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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
128/327

128.映画



「“銃”でしょ? コレ。昔“おにいちゃん”が見てた戦争映画に出てきたよ」


 そうミントが澄ました顔で言ってのけるのを、ヘルガは驚きを持って聞いていた。


 なぜ、このネコ耳が“銃”の事を知っているのだろうか。

 驚きのあまり思考が鈍るヘルガをよそに、テルヴォがミントに問いかける。


「あ? じゅう? なんだよそれ?」

「テルヴォさん。銃はね、武器だよ。ここの穴からバキューンって弾が出るんだ」


 そう言ってヘルガが書いた銃の図面の銃口部分を指差すミント。


「なんじゃそら。それは魔道具なのか?」

「ううん。ボクも詳しい原理は知らないけど、たぶん火薬か何かを使うんじゃない?」 


 そこまで言って、ミントが横目でヘルガを見つめてくる。


「ねえ教えてよ、ヘルガ」


 心なしか、先ほどより少し彼の雰囲気がぴりっとしている。


 ヘルガが銃を開発しようとしているのを警戒しているのだろうか。

 であるならば早いうちに警戒心を解いておかねばならない。


「銃については教えてやってもいいけど、その前にこっちも聞きたい事があるんだけど……」

「何?」

「“えいが”って何?」

「あーそっか、こっちの人は知らないんだ。ええと、何て言ったらいいかなぁ。映画はねー、テレビで見る演劇みたいなものだよ」

「……て、てれび?」


 困った。

 知らない単語について尋ねたら、別の知らない単語が出てきたのだ。


「うん、テレビ。映像を見れる板だよ。昔は箱だったみたいなんだけど今は薄型になってるんだって。それでね、今のテレビは画素数が凄いんだって“おかあさん”が言ってた。“この女優さんってこんなに皺あったのねぇ。最近のテレビはすごいわ”って」

「は、はぁ……」


 ヘルガとテルヴォの困惑をよそに、ミントの話は続く。


「でね“おにいちゃん”が見てた映画はね、何てタイトルだっけかな。たしか『個人的なライアン』だったかなぁ。それに出てくる狙撃手スナイパーがかっこいいって“おにいちゃん”が言ってたんだ。その人がね、銃を撃つ前に神様に祈るんだって。ヘンだよね」


 ヘルガにはよく分からなかったが、おそらくその『個人的なライアン』というのが演目名だろう。

 なるほど確かにヘンなタイトルである。


 その演劇は戦争を題材にしたもので、それに銃が登場したようだ。

 どうにかミントの奇っ怪な話を咀嚼したヘルガにミントが問いかける。


「映画についてはこんなところかな。どう? わかった?」

「うん、“よくわからない”っていう事がわかったよ」

「そっか。まぁまた気が向いたら詳しく教えてあげるよ。それより“銃”の事なんだけど……」

「ああ、さっきミントが言ってた通り、火薬を使って弾を撃ち出す武器だよ。魔力を使ったりはしない」


 言いながらヘルガは図面を指差す。


「ここに弾を装填してここの引き金を引いて射撃するんだ。射撃後はここのボルトハンドルを操作して排莢はいきょうする」

「ふーん。面倒くさい仕組みだね。実戦でそんなヒマあるの?」

「遠距離から一発で仕留めれば問題ないだろう?」

「うん、まぁ……そりゃそうだけど」

「この銃は……ボルトアクションライフルってあたしは呼んでるけど、とにかく精度の高さと威力の高さを求めて考えたんだ。他は二の次さ」

「ふーん」


 そこで、横で聞いていたテルヴォが疑問を挟む。


「それがすげぇ武器だって事はわかった。で、それはあんたが一から閃いたのか?」

「いいや。実はあたしの働いていた工房に“あるもの”が届いてね……」


 そこまで言うとヘルガは二人に手招きする。

 ミントとテルヴォが顔を近づけてきたところで、囁き声で続きを言う。


「その“あるもの”っていうのが、このボルトアクションライフルよりも更にイカレた代物でさ、あたしはそれを見て思いついたんだよ」

「イカレた代物?」

「うん。あたしも詳しくは知らないんだけど軽機関銃っていうらしい。二百発もの弾丸を休みなく撃ち出せるとんでもない銃だよ」

「え、だったらその軽機関銃の真似っこすればよかったんじゃ……」

「それは『レヴィアタン』の酸にやられて全体の半分が溶かされていた。だから、それの構造を詳しく解析するために現物がうちの工房に送られてきたみたいなんだ」

「なるほどねー」

「で、うちの工房の職人達が見様見真似でそれを造りはじめたんだけど……上手くいかなくてさ。そんで部分的な再現も覚束おぼつかないから、しょうがなく簡略化したものを造りはじめた」

「ふんふん」

「だからあたしにも造らせてくれって親方……じゃないや、工房長に頼んだんだけど“おめえの出る幕じゃねぇ! これは危ない仕事なんだからすっこんでろ!”って言われてさ……。それであたしもムキになって結局、工房を辞めちまったんだ」

「そっかぁ。大変だったね」

「ふん、今に見返してやるさ」


 と、息巻くヘルガであったがテルヴォに現実を突きつけられる。


「でも、まだ何も出来てないんだろ? その図面の通りに作ろうとなると結構かかるんじゃねえか? 時間も金も」

「……うん、それな」


 急激にトーンダウンするヘルガを見て、ミントが呟く。


「最初にヘルガが銃の図面を持ってきた時はひょっとして“悪い奴”かなと思ったけど、今の話を聞くとそうでもなさそうだね。もし嫌じゃないならボクと一緒に仕事しない?」


 ミントの提案に顔を上げるヘルガ。


「当てがあるのか?」

「うん。狩人ハンターになろう」

「狩人……かぁ。何か難しそうだなぁ」


 難色を示すヘルガをミントが勇気づける。


「そんなことないよ。そうだ! 今度講習があるから一緒に受けようよ」

「講習?」


 顔に疑問符を浮かべるヘルガにテルヴォが補足した。


「そういやギルドで定期的にやってるな、講習。なんか座学で動物の生態とか罠の作り方とか習うらしいぞ」

「へぇーそうなんだ」

「ってかよ、確か講習の最後に試験があって、それに受かんないと狩猟免許貰えないぞ」

「うわぁー……聞いただけでめんどくせー」

「そう言うなって。上手くいけば相当稼げるぜ、狩人は」


 その時ミントがふみゃあ、と大きな欠伸をする。


「ああ、なんだかボク、眠くなってきちゃった」

「なんだよ、腹がふくれて眠くなっちまったのかい」

「うん。ヘルガ、狩人の話は明日でもいい? 知り合いにギルドで働いてる人が居るから明日その人に聞きに行こう」

「おい、あたしはまだやるって決めたわけじゃ……」

「まだ働き口決まって無いんでしょ? ちょっとやってみて向いてなかったら改めて探せばいいんだし、そんな身構えなくても大丈夫だよ」


 などと歳の割りに落ち着き払ってヘルガを諭してくるミント。

 反論しようとして、だが相手の言葉が圧倒的に正論である事に気づいたヘルガはおとなしく彼の言葉に従う事にした。


「わかったよ、ミント。明日からよろしくな」

「うん、よろしく。じゃ、おやすみー」


 そう言ってよろよろと階段を上っていくミント。

 その姿を見送ってから、ヘルガはテルヴォに尋ねる。


「それにしても、まさか“銃”の事を知っているとは驚いたよ。あのネコって何者?」

「俺にもよくわからん。ただ、宮殿のお偉いさんのお気に入りらしいぜ」

「うそ?」

「本当。誰かは知らんが」

「へぇー……。見かけによらないなぁ」

「それと、さっきの“えいが”だとか“てれび”みたいに、たまにわけのわからない事を口走るな」

「例えば?」

「そうだな……。食糧品の搬送が終わった後とかに“あー動いたら暑くなっちゃった。クーラーつけようよ”とかな」

「“くーらー”?」


 どうやらあのネコはこちらの知らない知識を随分と持っているらしい。



用語補足


個人的なライアン

 戦争映画の名作『プライベート・ライアン』のこと。

 本文中でのミントは軍の階級“上等兵”を表すプライベートを、“私的な”という意味に誤認したようである。

 作中では左利きの狙撃手がスプリングフィールドM1903を使用して見事な射撃を披露している。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 3月31日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 3月30日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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