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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
127/327

127.テルヴォ宿泊所




 ハルマキスの街並みを歩きながら嘆くドワーフの女性。

 ノアキスから遥々やって来たヘルガである。


「うーん、やっぱりまずは当座の資金かぁ……」


 ハルマキスに来て早々、木材の販売店を物色したヘルガ。

 早速幾つかの素材を購入して銃の試作品を作ろうかとも思ったが、しかしやはり予算が心もとない。


 おまけに収入の当てが無い現在、無謀な散財は命取りになりかねない。

 彼女は“これください”という一言を何とかぐっと飲み込んで店を後にする事に成功した。


 とりあえずは今日の宿探しが先決である。

 大通りを歩き看板を探すヘルガ。


 その中で一軒の宿屋が目に止まる。

 『テルヴォ宿泊所』というそっけない看板を掲げた民宿だ。


 ヘルガの見たところその建物はかなり年季が入っていそうだが、それ故に落ち着いた雰囲気が感じ取れる。

 何より料金が安そうだ。

 

 扉を開いて中に足を踏み入れると、内装は外観ほど古ぼけてはいなかった。

 きっと掃除と手入れが行き届いているのだろう。


 ドアを閉めた時に取り付けられた鈴が鳴り、正面カウンターの奥の部屋から人が出てくる。

 白髪交じりの六十歳くらいの女性だ。


「いらっしゃい。宿泊かい?」

「はい、部屋は空いてますか?」

「ええ、空いてますよ。あ、料金表はコレね」


 そう言って壁に貼ってある紙を指で示す。

 紙が比較的新しいところから察するに、どうやらシーズンや客足を見て細かく料金を変動させているようだ。


 そのような細やかな気配りが長く宿を存続させているのだろう。

 この宿はアタリかもしれない。

 記載されている料金もリーズナブルで先行き不透明なヘルガには有り難かった。


「えー、とりあえず三泊。食事は朝夕だけでお願いします」


 代金を渡し、宿帳に名前を記入しながらヘルガが女主人に告げると彼女はにっこりと微笑みながら言う。


「はい、ご利用ありがとうございます。部屋はこっちね。案内するわ」


 通されたのは二階の日当たりの良い部屋だった。

 こじんまりとしているが部屋は清潔に保たれており、ヘルガはすっかり気分が良くなる。


「うわぁ、綺麗!! あたし、ここ気にいっちゃったよ!」

「ふふふ、ありがとう。ヘルガちゃんは運がいい。今は貸切状態だよ」


 こんなにいい宿なのに今は他に宿泊客がいないようだ。

 もしかしたら宿の古い外観で損をしているのだろうか。


 その時、階下のドアが開き鈴が鳴る。

 別の客が来たらしい。

 早くも貸切状態解消であるが仕方ない。


「あのーすみませーん。テルヴォさんいるー?」


 まだあどけなさを残した少年の声が聞こえてくる。


「はーい、今行きますー。それじゃヘルガちゃん、また後でね」

「ええ」


 そう行って女主人は一階の受付カウンターへと降りていった。

 ヘルガが家具の確認と荷解きをしていると客の少年と女主人の会話が耳に入って来た。


「はいはい、お待たせしました。いらっしゃい……って、あらまぁ! 素敵なお耳!」

「でしょでしょー? ボクの耳は自分でも気に入ってるんだ」


 耳。


 一体何の事だろう、と気になったヘルガは自室の扉を開けてちらっと客の姿を視界に入れる。

 その客は獣人族ライカンスロープの少年だった。


 ヘルガがかつてノアキスのオットー工房で勤務していた時に、ポーラという獣人族が客として来た事があったが近頃はハルマキスでも獣人族が居るようだ。

 そういえば彼女は今どうしているだろうか。



「それで坊や、今日は宿泊かい?」

「うん、ボクね。テルヴォさんと一緒に野菜の仕入れやってたんだけど……」

「ああ! ウチの息子が世話になってるミントちゃんってのはあんたの事かい。なるほどなるほど。息子なら今は出かけてるよ」

「あ、そうなんだ」

「夕飯時には戻ってくるよ。で、ミントちゃんは息子からウチの事を聞いたんだね?」

「うん」

「そうかいそうかい。ありがとうねぇ」


 会話内容から察するにどうやらミントという少年は女主人の息子と親しいようだ。

 結局彼は一週間泊まる事にしたらしい。



 やがて日も暮れ夕飯の時間になる。


 おいしそうな料理の匂いに惹かれ一階の食堂に足を運ぶヘルガ。

 テーブルにはフォークとスプーンが用意されているが、肝心の料理はまだ出来上がっていないようだ。


 そこへ無精髭を生やした男が声をかけてくる。

 彼が女主人の息子であろう。


「悪いな、お客さん。今カミさんが夕飯作っててもうちょっとで出来上がるからよ。座って待っててくれるかい?」

「うん、わかったよ。ちなみに何の料理?」

「今日はロールキャベツだぜ。ウチのロールキャベツは普通のトマトソースと、バターとシロップの甘いソースから選んで食えるのが売りなんだぜ」

「へぇ、そいつは楽しみだ」


 その時、二階から降りてくる足音が聞こえた。

 昼間にちらっと姿を見た獣人族の少年、ミントだ。


「あぁー、お腹すいたー。あ! テルヴォさん、こんばんは」

「ようミント。ウチに泊まってくれるとは嬉しいぜ」

「でしょでしょー? テルヴォさんはボクに親切に仕事を教えてくれたから、その恩返しにね」

「そうかい、恩義をわきまえたネコだな」


 その時、ミントがヘルガの方を見て目をまん丸くして驚く。


「うわぁー小っちゃいお姉さんだ!」


 どうやらミントはドワーフを見た事が無いらしい。

 身長の低いドワーフを見て珍しがっている。


 しかしながら、そう言うミント本人も小柄である。

 思わず反論してしまうヘルガ。


「そう言うけど、お前だってチビじゃんかよ」

「にゃんだとー?」


 そんな二人の口論をテルヴォが諌める。


「まぁまぁ客同士で喧嘩すんなよ二人とも。ほら、ミント謝れ。今のお前の言い方はちょっと失礼だったぞ」

「そっか。うん、ええと……ごめんね。お姉さん」


 素直に自身の失礼を詫びるミント。

 ヘルガもそれを受け入れた。


「ああ大丈夫。気にしてないよ、ミント。あたしはヘルガ。よろしくね」

「うん、よろしく」


 そこへ料理が女主人ともう一人の女性によって運ばれてくる。

 彼女が無精髭の男の“カミさん”のようだ。


「はい、お待たせしました」


 カミさんがロールキャベツの載せられた皿を二人の席に置き、女主人が二種類のソースを置く。


「ごゆっくりどうぞ。ミントちゃん、ヘルガちゃん」


 ヘルガとミントは二人に礼を言い、ロールキャベツを食し始める。

 豚肉とライスの持つ旨みがキャベツによってやさしく包まれており、一噛みする毎に口の中にそれが広がっていく。


 おまけに二種類のソースを切り替える事で飽きも来ない。

 非常に満足度の高い食事であった。

 そしてそんな食事の後は会話も弾むものだ。


「ねぇ、ヘルガ」


 ミントが話しかけて来る。


「ん?」

「ヘルガってボクの姿を見てもあんまり驚いてない気がしたんだけど……。獣人族は珍しくないの?」

「ああ、前に見た事があるからね」

「ふうん、そうなんだ。そんで何でハルマキスに来たの?」

「それは……自分の“作品”造りのためにね」

「へえ」


 さすがに“銃という未知の武器を開発するため”というのは外聞が悪すぎると思ったヘルガは言葉を濁した。

 それに“作品”という表現もあながち間違いではない。

 優れた工業製品には時に芸術的な美しさが宿る事があるからだ。


「それって、どんな作品なんだ?」


 テルヴォが無精髭をさすりながら聞いてくる。

 それに同調するミント。


「ボクも見たい! ねぇヘルガ。どんなやつなの?」

「えー……まだ図面しかできてないけど……」

「見たい見たい!」

「しょうがないなぁ……」


 まぁ、図面くらいなら見せても問題は無いだろう。

 彼らが“銃”のフォルムを見たところで、それが何なのか知る由も無いであろうから。


 そう考えたヘルガは部屋から“銃”の図面を取って来て、それをミントとテルヴォに見せる。

 案の定、テルヴォは顔に疑問符を貼り付けていた。


「何じゃこりゃ? これが作品? はぁー、ゲージュツってのはよく分からねぇな」


 ところがテルヴォとは対照的にミントは澄ました顔をしていた。

 そして静かに口を開く。


「ふーん。随分と物騒な作品を作ろうとしてるんだね、ヘルガ」

「……物騒?」


 聞き返すヘルガにミントは尋ねた。


「“銃”でしょ? コレ。昔“おにいちゃん”が見てた戦争映画に出てきたよ」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 3月27日(火) の予定です。


ご期待ください。



※3月26日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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