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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
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126.やりたい事


セシーリアの“狩人になれ”という言葉に返事するミント。


「わかった、ボク狩人になるよ!」


 そう高らかに宣言するミントの姿を見てポーラの胸に熱いものがこみ上げる。

 セシーリアと共に一年ほど面倒を見てきたこの少年の成長ぶりに何も思わない筈はなく、できるならもう少しハルマキスへの滞在を延ばしたいところであった。


 しかし、そうしてしまってはミントもいつまで経っても巣立ちができない。

 それは彼にとっても良くない事である。


 そう思う事によって何とか気持ちに区切りをつけるポーラ。

 そんな彼女に向かって頭を下げてくるミント。


「ポーラ先生。今日までありがとうございました。今のボクがあるのは先生のおかげです」


 生徒による不意打ちの感謝の言葉に、ポーラは目頭を熱くする。


「ううん、私もミントに教える事で色々と成長できたよ」

「え? そうなの?」

「そうだよ。ミントもドゥルセに来たら私の語学教室においでよ。時間つくるから」

「うん!」


 その様子を見ていたセシーリアがうんうんと頷きながら呟いた。


「うむ、美しい師弟愛じゃな。師弟とはこうあるべきじゃな、うむ」


 そんなセシーリアにポーラは声をかける。


「セシーリア様にも大変お世話になりました」

「ふん、世話したのはそっちじゃろ。それよりポーラ、たまにはこっちに顔見せに来るのじゃ。わしもさびしいからの」

「ええ、是非。その時は何かお土産をお持ちします」

「ほう、気が利くのう」

「何か欲しいものはありますか?」

「わし、アレが欲しいのう。最近サイドニアでよく取引されておるとかいう宝石」

「宝石?」

「うむ、“ジルダイト”やら“ルチアライト”とかいうやつじゃ。それらを使ったアクセサリーが欲しいのう。小っちゃい安いやつで構わんぞ」


 急に知り合いの“吸血鬼ヴァンパイア”二人の名前が出てきて驚くポーラであったが、何とか表情を保つ事に成功する。


「顔の利く骨董屋がありますので、そちらに頼んでみます」

「おお、さすがポーラじゃ! ちなみに何ていう店じゃ?」

「骨董屋パニッツィですね」

「ほーん、わしは知らんな。繁盛しておるのか?」

「ええ」

「それにしても、パニッツィか……」


 何故かチェルソの名乗っている姓に反応を示すセシーリア。

 その様子を不審に思ったのか、ミントが尋ねる。


「お婆ちゃん。その名前がどうしたの?」

「いや、大したことではない。同じ姓の知り合いが大昔に居たというだけじゃ」

「ふーん、何ていう人?」

「チェーリアという女子おなごじゃ。もう二百年以上前の事じゃがな」

「なーんだ。じゃあ、ボクは会えないね」

「そうじゃな」


 二人の会話を聞きながらポーラは思考した。


 チェーリア。

 どことなくチェルソと似通った名前である。

 “吸血鬼”である彼もセシーリアと会っている可能性も無くはないが、流石に人違いであろう。

 そもそもチェルソは男性である。


 うん、人違いだ。

 きっとそうに違いない。





-------------------------





 ポーラからの最後の授業の翌日。

 彼女の乗った馬車を見送るミントとセシーリア。


 ポーラ達はあの馬車でレウル山脈の麓まで向かうのだ。

 ミント達から遠ざかる馬車に力の限り手を振り、彼女の旅の安全を祈るミント。

 やがて完全に馬車が見えなくなった後でミントがボソっと呟いた。


「ポーラ先生、行っちゃったね」


 ちょっと寂しそうなミントにセシーリアが答える。


「そうじゃな。まぁ、またそのうち会えるじゃろ」

「うん」


 ポーラは護衛の冒険者に連れられてドゥルセへと向かった。

 護衛はここに来た時と同じく熟練冒険者デズモンド率いるパーティである。


 ちなみにイェシカは“たまに顔を見せにハルマキスに戻る事”を条件に再び野に下った。

 彼女の両親であるアレクサンテリとルオナヴァーラは何とか愛娘を宮殿に留まらせるべく説き伏せようとしたが、本人はまだ“外の世界を見たい”と言って聞かなかった。


 結局セシーリアの“宮殿に閉じ込めて世間知らずに育つよりはいいじゃろ”という鶴の一声でイェシカは再び自由を得たのであった。



「まぁ、お前は暫くは他人ではなく自分の心配をするのじゃな。ミントよ」

「うん、頑張るよ」


 セシーリアの言葉にミントは明るく答える。


「良い返事じゃ、我が弟子よ。さて、そんなわしのかわいい弟子に贈り物がある」

「え? 何かくれるの?」

「うむ、こっちじゃ。ついて来い」


 言われるままセシーリアについて行くミント。

 やがてセシーリアの自室にたどり着いた。

 部屋に入るなりセシーリアは床下の隠し棚を開ける。


「さてと、宮殿での仕事を頑張ったお前へのご褒美じゃ」


 セシーリアに手渡されたのはミントの給料数か月分の金貨である。


「うおお、おかねだ! でも、こんなに貰っちゃっていいの?」

「貰うも何も、それは元々はお前の稼いだ金じゃぞミント」

「え? でも食糧運搬の給料は宮殿の下宿代とか、食費として婆ちゃんにあげるって約束で……」

「そんなもん全部お前に負担させるわけなかろう。ウソじゃよウソ。元々お前はわしの都合で『召喚』されたのじゃ。そんなやつから食費だのなんだのをせびる程、わしはケチくさくないのじゃ」

「え? じゃあ何で今までそれを黙ってたの?」

「どうせお前に給料渡すと散財するじゃろ」

「……」


 これにはミントもぐぅの音も出ない。


「じゃからわしが積み立てといてやったのじゃ。これからお前は独り立ちするに当たってこの宮殿を出てもらう。その為には色々とカネが要る。ま、これだけあれば足りるじゃろ」

「わかった。ありがとう、お婆ちゃん」

「言葉での礼は要らん。まずは立派な狩人ハンターになれ」

「うん」

「そして実力がついたら冒険者登録もするのじゃ」

「わかった」

「そして依頼クエストをこなして……そうじゃな、タグが“銅”になったら再びここに来い。その時、お前の道を示してやるのじゃ」

「うん!」





--------------------





 大量の保存食が入った樽を抱えた一人のドワーフの女性。

 長い距離を歩き詰めであった彼女であったが、今目の前にはエルフの創った国ハルマキスの街並みが広がっている。

 その景色を見た彼女一言呟く。


「ここがハルマキスかぁ…」


 彼女は商隊のキャラバンの荷物持ちポーターの仕事を見つけてここまで来たのであった。

 国境を抜けるには商隊に紛れ込むのが一番楽だ。

 ギルドの冒険者になってそれなりのタグ……“銅”とか“銀”のタグをぶら下げていれば、国境ももっと楽に抜けられるのだが、無いものはしょうがない。


 そのままハルマキスの街を商隊について歩く。


 しばらく歩いたところで商隊の目的地にたどり着いた。

 大きな市場である。

 この市場で売られる様々な食料品やら雑貨やらを商隊は運んでいたのだ。

 

 ドワーフの女性も抱えていた樽を下ろし一息つく。

 力には自信があった方だが、長距離移動で体に疲れが溜まっていた。


 そんな彼女に一人の男が話しかけて来る。

 商隊のリーダーだ。


「ヘルガさん。お疲れ様」


 ヘルガと呼ばれたドワーフの女性は雇用主に会釈を返す。


「お疲れ様です、リーダー」

「うん。俺達はこのままここで一泊してノアキスに戻るけど……君はどうするんだい?」

「あたしは、せっかくだからしばらくこっちで暮らしてみます。ノアキスには戻りません」

「そうか、わかった」


 そう言うとリーダーはちゃりちゃりと音の鳴る小袋を手渡してきた。


「これは今回の報酬だよ。達者でな、ヘルガさん」

「ありがとう。リーダーもお元気で」


 さっぱりと商隊と別れを済ませたヘルガ。


 彼女は元々はノアキスの工房で働く職人であったが、とある事情でその職を辞した。

 工房での仕事は楽しかったし自分に向いていると思っていたが、他にどうしてもやりたい事ができてしまったのだから仕方ない。


「さてと、まずは今日の宿を見つけないと……」


 独り言を言いつつ辺りを見回すヘルガ。

 その時、とある建物が目に付いた。


 職人向けと思しき木材の販売店だ。

 宿探しの前にちょっと物色しようか。

 そう考えた彼女は店を覗く。


銃床ストック向きの木材があればいいなぁ……」


 ヘルガのやりたい事というのは“銃”と呼称される未知の武器の開発であった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 3月24日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 3月23日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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