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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
125/327

125.確認作業



 暖かい陽光が差し込む中、宮殿の廊下をゆったりとした歩調で歩く女性。

 現在この宮殿に住み込んで語学教師をしている獣人族ライカンスロープのポーラである。


 仕事場であるセシーリアの自室へとたどり着いた彼女は、お手製の辞書と筆記用具をセッティングする。

 といっても“ごろねこ”改めミントが思いのほか早く言語を習得したため、辞書に関してはもはや無用の長物であった。


 セシーリアの部屋は現在、無人であり部屋の主は外出中であった。

 ポーラがソファに腰掛けつつ静かに待っていると、風に乗ってかすかに音が聞こえてくる。


 ポーラがスナネコのように大きな耳をそばだてて様子を伺うと、微かな剣戟音が聞こえてきた。

 そしてその音に混じってセシーリアとミントの声も聞こえてくる。

 どうやら訓練がヒートアップしているようだ。


「だーかーら! パリングダガーで相手の武器を“いなす”時はじゃな! こう……手首を、こうしてじゃな……」

「こう?」

「そうじゃ! よし! もう一回わしが杖を振るから、ちゃんとその通りに手を動かすのじゃぞ!」

「うん!」


 会話内容から察するに、セシーリアはパリングダガーという武器の使い方を教えているようだ。

 小柄なミントが持つのに適した小さな武器で、どちらかというと防御的な使い方をするらしい。

 その時、セシーリアの怒号が聞こえてくる。


「だーーー! そうじゃないのじゃ、へたくそ! さっきはできてたのに何で出来なくなるんじゃ!」

「お婆ちゃんの杖の振りが速すぎるんだよ」

「これでも手加減しとるわい! そんな甘い事言っとると生き残れんぞ」

「えー、別にこれに頼らなくても大丈夫だよー。相手の攻撃は動いてかわすし」


 ごねるミント。

 彼はパリングダガーに頼らずとも大丈夫だと考えているらしい。

 だが、そんなミントにセシーリアは力説する。


「わかっとらんな、ミント」

「え? 何が?」

「パリングダガーによる防御行動なぞ、実戦においては半分博打じゃ。お前の体格なら無理して狙うより動いてかわした方が良い。そんな事はわしでもわかっておる」

「ん? じゃあ何で練習させるの?」

「それはじゃな、相手にパリングダガーを“見せる”ためじゃ」

「見せる、だけ? それって意味あるの?」

「もちろんじゃ。それを見せる事によって相手が勝手に警戒してくれる。“ひょっとすると自分の攻撃は逸らされるかも”と思ってくれる」

「あ、そっか!」

「じゃが、流石に触った事もない武器をチラつかせたところで相手は騙せん。だから、ちょっとは練習せい」

「うん! わかった、ちょっと練習する!」

「……やっぱり、一杯練習せい」


 そうして再びセシーリアの杖とミントのパリングダガーがぶつかる音が響き始めた。

 暖かな陽気の中、響く音をポーラが心地よく聞いていると急にミントが何かに気づく。


「あれ、おばあちゃん。ひょっとしてもう“おべんきょう”の時間じゃない?」

「あ”っ!! 忘れておった!」


 どうやらミントが気づいてくれたようである。

 どたどたと足音を響かせながら二人がこちらに向かってくるのを聞きながら、ポーラは立ち上がって部屋の主とその弟子を出迎えた。


「セシーリア様、おはようございます」

「ああ、すまぬポーラ。訓練に没頭してしまっての」

「いえいえ、おかまないなく。ほら、汗を拭いて下さい」


 そう言って二人にタオルを差し出すポーラ。

 ポーラの気遣いに師弟二人は礼を述べる。


「すまぬなぁ、ポーラよ」

「先生、ありがとう!」


 それらを聞きながらポーラは微笑んでソファに腰掛けた。


「はい、どういたしまして。じゃ、“おべんきょう”しましょうか」


 ポーラの向かい側に座るミント。

 そしてポーラの言葉にミントは素直に従おうとして、だが懐疑的な表情を浮かべる。


「うん……でも“おべんきょう”ってまだ必要? ボクもう言葉はペラペラだよ」


 ミントは既にマリネリス公用語だけではなく、古プレアデス語もマスターしている。

 その素晴らしい成果は短期集中の英才教育と彼自身の努力の賜物である。


 たしかに彼の言う通りこれ以上の“おべんきょう”は必要ないかもしれない。

 だが、ポーラはどうしてもサイドニアに帰る前にミントと話しておきたい事があった。


「今回の“おべんきょう”はね……。ううん、“おべんきょう”じゃないな。確認作業」

「へ? どういうこと?」

「今日私が話したいのは、ハルさんについて」


 ハルの名前を出すとセシーリアが身を乗り出しながら尋ねてくる。


「結局、何者なんじゃ。そやつは? 何やら人間ではない、という話じゃったが……」

「はい、この大陸には無い技術で造られたと思います。この表現が適切かどうかは分かりませんが“物凄く精巧な人形”というか」

「精巧な……?」

「ええ。それこそ人間と区別がつかないくらいです。実際、私も全くわかりませんでしたし」

「で、そのハルがクルス様に仕えておったと」

「はい」


 そこまで聞いてたミントが反応する。


「先生、“おにいちゃん”がそのハルって……人形? を造ったの?」

「それはわからない。でもクルスさんは『生成の指輪』を持っていたし、その可能性はあると思う」


 ミントはクルスの事を“おにいちゃん”と呼んでいた。


 最初に聞いたときはポーラも耳を疑ったものだが、このミントという少年は元はクルスの家に居た飼い猫であったらしい。

 元々は本物の猫であった彼がセシーリアに『召喚』された際に獣人族になった経緯はポーラにはよくわからないが、ハルを復活させればそれも判明するかもしれない。


「ふーん。で、ボクはどうすればいいの?」

「ハルさん復活の為には……たぶんマリネリスともプレアデスとも違う、別の場所から来た異民を見つけるのがいいと思う」

「心当たりはあるの? 先生」

「……うーん、一応、ね」


 歯切れの悪いポーラの様子を見て、セシーリアがイラついて言う。


「なんじゃ、はっきり言わんかポーラ」

「セシーリア様、私も“彼ら”がどこに居るかはわからないんですよ」

「む? “彼ら”じゃと?」

「ええ、“彼ら”は二年前、私たちの乗った船がプレアデス諸島からマリネリス大陸に戻る際に襲撃をかけてきました」


 大量の“銃”と“もーたーぼーと”でポーラ達の船を襲った連中。

 圧倒的劣勢の中、クルスとハルは彼らの襲撃に対抗するために自分達も“銃”で武装し反撃した。


 その事実から察するに、クルス達もあの連中の文化に精通している。

 そうポーラは推測していた。


「ふうむ、その襲撃の話は聞いておる。じゃが、あの後はこちら側も武装を大分強化して追い払ったんじゃろう?」


 セシーリアが尋ねてくる。


 彼女の言うとおりあの後は船団の編成は、大型船二隻ではなく中型船六隻に変更された。

 リスク分散もさることながら、最大の狙いは襲撃を受けた際により戦闘的な行動を取れるようにする事である。

 そして多数の弓矢とクロスボウ、そして魔術師での波状攻撃を浴びせて武器の性能差をカバーしたのだ。


 その戦術は見事結実し、二度目の襲撃ではこちら側の完勝で幕を閉じた。

 しかし。


「セシーリア様の仰る通りです。もちろん結果自体は喜ばしい事なのですが……」

「ふむ、なるほど。連中を追い払ってしまってはハルの手がかりが掴めない……か」

「ええ」

「たしかに、連中を一人とっ捕まえればかなりの情報を得られたじゃろうな。言葉の壁はあるじゃろうからすぐには無理だったじゃろうがな」

「そうなんです。でももう彼らは最近の航海では海上に現れないと聞きます。先の敗戦が手痛かったのでしょう」


 沈んだ表情で告げるポーラにセシーリアはやさしく声をかける。


「そう気を落とすでない、ポーラよ」

「ですが、ハルさんへの手がかりが……」

「ポーラ、よく聞け。わしの読みでは連中は既にこのマリネリス大陸に入り込んでおる」

「えっ」

「あれから沿岸部の監視も開始されたそうじゃが、流石に全地域の見張りは無理じゃ。絶対に穴はある。どうせこっそり入り込んでおるに違いない。そう思わんか?」

「たしかに……。でも、入り込んでも言葉が通じなければボロが出るはずです。そうなったらあっという間に捕らえられます」

「ふむ、サイドニア領だったらそうじゃな。じゃが、もしザルカ領じゃったら?」


 セシーリアの言葉に虚を突かれるポーラ。

 彼女はザルカ帝国とあの襲撃犯が裏で繋がっている可能性を懸念しているのだ。


「……ありえますね、それ」

「じゃろ?」


 一方、二人の話を聞いていたミントは曖昧な表情で聞いてくる。


「よくわかんないけど、その“彼ら”とザルカ帝国って悪い人達なんでしょ?」


 それにセシーリアが答える。


「まぁ、乱暴な言い方じゃが“わしらにとっては”悪い人じゃな」

「じゃあさ、悪い人たちをやっつけてればそのうち手がかりが掴めるんじゃない?」

「極論を言えばそうじゃな。問題はその悪い人……ザルカの人間をどうやって見つけるかじゃが。ポーラ、何か知っておるか?」

「え? そうですね、ええと……」


 口に手を当てて考え込むポーラ。

 やがて一つの事実に思い当たる。


「そういえば、最近また邪教徒の活動が活発になってきたとか……」

「ああ、流行りの邪教か。噂には聞いておる」

「ええ、もしかしてそれって、ザルカの手引きなんじゃないでしょうか?」

「ふむ、カルト宗教を流行らせて治安を乱そうという意図かもしれんのう。じゃが、いかんせん情報が少ない」

「そうですね。検挙された者も、ほとんどが捕縛前にその場で自害してしまっているとか」

「胸糞悪い話じゃな、まったく……。連中の教義か何かが分かれば多少の手がかりになるやも知れんが……」


 教義。


 その単語がポーラの記憶を呼び覚ます。

 あれはどこで聞いた話であったか。


 そうだ。

 二年前、退屈を持て余していた船旅の途中でコリン少年とクルスが話していた。


 閃いたポーラは手を叩いた。


「……あ! そ、それ知って……ます。ええと、何だっけ。バ、バル……あー出てこない」

「何じゃ、ポーラ。何を言おうとしておる?」

「邪教徒の崇める神の名です。ええとバル……ト……?」


 その時、急にミントが叫ぶ。


「バルトロメウス!」

「そう、それ! って、ミント……何で知っているの?」

「“おとうさん”と“おかあさん”が言ってた。“おにいちゃん”はそいつのせいで病気になったって! ボク、そいつの事許さないよ。ギッタンギッタンにしてやるんだ!」


 普段見せた事の無い激昂した表情で告げるミント。

 思わず呆気にとられてしまうポーラであったが、対してセシーリアは満足げだった。


「ほう、いい面構えじゃ。気に入ったぞ、我が弟子よ。じゃがまだ気張るにはちと早い。まずは力をつけるのじゃ」

「うん……!」

「まずは、そうじゃな。ギルドに行ってお前、“狩人ハンター”になるのじゃ」

「狩人?」

「そうじゃ、これからは自分の食い扶持は自分で稼げ。そのくらいはできんとお前の“おにいちゃん”は救えんぞ」

「わかった、ボク狩人になるよ!」


 高らかに宣言して決意を胸に宿したミント。

 その表情はバルトロメウスへの怒りを露にしていた先ほどとは違い、清清しく晴れやかだった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 3月21日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 3月19日  一部文章を修正 

※ 3月20日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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