122.ただいま
「遠路遥々よくお越しくださいました。ポーラ塾長とその護衛の皆様ですね」
ハルマキスのギルドにたどり着いたポーラ達を職員の女性が出迎える。
宮殿に居るという依頼主の元へ向かう前に一度ギルドへ寄れとの事であったので、彼女たちはこうしてギルドに顔を出しているのだ。
ポーラは職員の女性に答える。
「はい、ポーラは私です。あのう、こちらに立ち寄るようにと言われたのですが」
「ええ、依頼人の元へは私がご案内させて頂きます。詳細は歩きながら話しましょう。ついて来てください」
そう言って先導する職員の女性。
ポーラが彼女について歩こうとした時、イェシカが声をあげた。
「おい、ネェちゃんよ。ここに来た時点で私たちの依頼は完遂された、って認識でいいんだよな?」
「あーはい。護衛の皆さんは、そうですね」
「じゃあ、私達はついて行く必要もないだろ。報酬貰って帰るぜ」
「それが……必要あるんですよ。イェシカ様」
「……私は名乗った覚えはねえんだが、その様子を見ると……」
「ええ、セシーリア様から聞いております。彼女からは“あの家出娘を絶対に連れて来るのじゃ!”と釘を刺されております」
その言葉を聞いて表情を曇らせるイェシカ。
がっくりとうなだれる彼女の肩をデズモンドがぽんと叩く。
「そうがっくしすんなよ、イェシカ。いいじゃねえか、里帰り」
「でもよう……デズモンド」
何か家に帰りたくない事情があるのだろうか。
苦い表情でぐずるイェシカ。
こんな彼女の様子はポーラも初めて見る。
それを見かねたデズモンドがギルド職員の女性に提案した。
「なぁ、お嬢ちゃん。俺らもついて行っていいか?」
「うーん、まぁイェシカ様のご友人なら大丈夫でしょう。到着したら私からもお願いしてみます」
「そうかい、ありがとよ。ええと……」
「おっと、そういえば名乗ってませんでしたね。ミラベルです」
「ミラベルちゃんか。俺がデズモンドでこっちがリオネルとブリットマリーだ」
「はい、よろしくお願いします。じゃあついて来てください」
そうして歩き出す一行。
先導するミラベルの後を歩きながらポーラは街の様子を観察した。
森林に囲まれたこのハルマキスの街並みは、今までポーラが見てきたマリネリス大陸の他の街とは異なる印象を抱かせる。
所狭しと商店が立ち並ぶ雑然とした交易都市ドゥルセや、宗教色の強いノアキス、そして王のお膝元らしく整然としたサイドニア。
対してこのハルマキスは自然との調和を目指して造られたようにポーラには思えた。
街の通りにはたいてい街路樹が植えられており、それ以外にも至るところに花壇がある。
その花壇では色鮮やかな花が見る者の目を楽しませてくれる。
「きれいでしょ、花」
街の風景に見とれるポーラにミラベルが話しかけてくる。
「はい、何だか見てるだけで気持ちが明るくなります」
「それは良かったです。実は街ぐるみで景観を良くしようと努力してるんですよ。周りを山に囲まれてるせいか、なかなか人が来なくて」
「へえ、そうなんですか」
話しながら歩いていると一際大きな建物の横を通り過ぎる。
何の施設だろうか、とポーラが見てると最後尾を歩くイェシカが呟いた。
「昔のまんまだな、“大樹の学院”」
その名前にはポーラも聞き覚えがあった。
コリン少年がかつて魔術を学んでいたという場所だ。
船旅で時間を持て余していた時、彼が言葉少なく語るのを聞いただけではあるが。
郷愁に耽っているイェシカに先頭を歩くミラベルが声をかける。
「お懐かしいですか、イェシカ様?」
「べつに……ってか、やめろよ。様付け」
「そういうわけには……」
そのやりとりを聞いていたブリットマリーが尋ねる。
「さっきから気になってたけど……。イェシカ、あなた、ひょっとしてここの貴族のご令嬢とか?」
「……」
ブリットマリーの質問に沈黙で返すイェシカ。
その様子を見たミラベルは驚いた様子だった。
「あれ、イェシカ様。お仲間にも伝えて無いんですか? あなた様の出自を」
「必要ないと思ったからな……」
「左様ですか」
その時、リオネルが前方を見やりながら声を上げる。
「おい、まさか我々はあそこへ行こうとしてるのではなかろうな」
その声につられてポーラも前方を見やると、向かう先には立派な宮殿が見える。
リオネルの言葉に笑顔でミラベルが返答する。
「そうですよ。前方に見えるあの宮殿が、イェシカ・カールシュテイン殿下の生家です」
「殿下ァ?」
ミラベルの説明に驚く冒険者たち。
イェシカはこれまで誰にも自分の生い立ちを告げていなかったのだ。
「はぁーっ……だから来たくなかったんだよ……。変に気を遣われるだけじゃねえかよ」
ため息をつくイェシカをミラベルがなだめる。
「まぁまぁそう仰らずに。ほら、ご家族と感動の再会ですよ。行きましょう」
ミラベルはそう言って強引にイェシカの手を掴むと、宮殿への道を突き進んだ。
その後をついていくポーラと護衛の冒険者たち。
やがて宮殿の正門にたどり着く。
宮殿の周囲には深い堀があり、正門へと続く橋が架かっている。
おそらく緊急の時にはその橋を上げて通行を制限するのだろう。
その正門を固める衛兵にミラベルが来訪理由を伝えると、驚くほどあっさりと通行許可が下りた。
顔見知りの衛兵と親しげに話すミラベルの様子から、彼女が既にここに何度も訪れている事が伺える。
だが、一番大きいのはやはりイェシカの帰還だろう。
その報が宮殿に伝わるなり、ちょっとした騒ぎになっている。
だが、当の本人は居心地悪そうだ。
その様子が気になったポーラはイェシカに尋ねてみた。
「イェシカさん、どうしたんですか? 浮かない顔してますけど」
「いや、帰ってきて嬉しくねえわけじゃないんだけどな……」
「だけど……」
「親父に見つかったら、きっとカミナリが飛んでくる」
「それは大変ですね。そもそも、何で家を飛び出したりしたんですか?」
「ウチは、その、“一般家庭”と比べると、その……ちょっと“過保護”なんだ」
「はぁ」
「でも、私にとってはそれが窮屈で窮屈で堪らなくなっちまってな」
「なるほど」
「そんで一念発起して飛び出しちまった。でも、外の世界で得がたい経験は出来たと思うぜ」
そこへ侍女のひとりが話しかけて来る。
「イェシカ様、セシーリア様がお呼びです」
「ああ、わかった。ほら、ネコ耳。依頼主サマに会いにいくぞ」
一行は宮殿の離れにある小さな建物へと通される。
そこに着くとミラベルが中の人物に声をかけた。
「セシーリア様ー。来ましたよー」
「おー、ミラベルか。入れ」
そして一向が建物の中にぞろぞろと足を踏み入れると、綺麗な栗色の長髪をした女の子がだらしなくソファに寝っ転がって本を読んでいた。
彼女は読書に夢中でこちらにまったく視線を向けていない。
そんな彼女にイェシカが声をかける。
「婆っちゃん、ただいま」
その声にびっくりしたセシーリアは手に持っていた本を取り落とし、頭にぶつける。
彼女はおでこを赤くしながら起き上がった。
「な、なな何じゃ。おまえ、帰って来ておったのか」
「うん」
「そうかぁ、大きくなったのぉ。イェシカや」
「うん、婆っちゃんは変わらないな。チビのまんまだ」
「そういう時は“相変わらずお若い”とかなんとか言うもんじゃよ。まぁ立ち話もアレじゃ。皆、座れ」
促されるままソファに腰掛けるポーラ達。
それに続いてミラベルも座ろうとするが、セシーリアが彼女を止める。
「これ、ミラベル。なに寛いでおるのじゃ。菓子を用意せい。そこの戸棚に入っておる」
「へ?」
「へ? じゃないが! そもそもイェシカたちが帰ってきたなら一言わしに告げんか! この“ものぐさ”!」
「ひいー! ごめんなさいー! っていうかなんであたしだけー」
謝罪の言葉を口にしながら、てきぱきと菓子と茶を用意し始めるミラベル。
二人のやり取りを聞くに随分と打ち解けている様子だ。
せっせと茶を用意するミラベルを尻目に、セシーリアがポーラに向き直る。
「で、おぬしが塾長サマじゃな」
「はい、『ドゥルセ語学教室』の代表教師塾長のポーラと申します」
「わしが依頼主のセシーリアじゃ。こんな見た目じゃが、この場で最年長じゃからの」
それを聞いて驚愕するポーラ達。
どうりでイェシカに“婆っちゃん”などと呼ばれているわけだ。
ポーラは居住まいを正し、彼女の頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします。セシーリア様」
「うむ。それで早速講義の件なんじゃが」
「はい、こちらとしてはいつでも開始可能なのですが」
「実はな、講義を受けたいのは……わしではないのじゃ」
「はぁ、その方は今どちらに?」
「それはじゃな……お、丁度来おった。“ごろねこ”、こっちじゃ!」
ふと見ると広い庭の方からこちらの建物の方へ駆け寄ってくる人影が見えた。
灰色の毛並みの獣人族の少年だ。
歳は十五、六といったところであろうか。
かわいい。
ポーラの好みにストライクだ。
いや、そうではなく。
「え? 獣人族……? ちょっと待ってください。だったら古プレアデス語が喋れるはず……」
「ごろろにゃーあ」
「え……?」
困惑するポーラの様子を見てとったセシーリアが申し訳なさそうに言った。
「すまんのう、ポーラ。教えて欲しいのは二言語じゃ。マリネリスとプレアデス両方じゃ」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 3月10日(土) の予定です。
ご期待ください。
※ 3月 9日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月24日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。