表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
121/327

121.レウル山脈にて





「ぜぇ……ぜぇ……」

「おーい、どうしたー塾長さまー? 置いてくぞー」

「ちょ、ちょっと待っ……て。イェシカさん」


 疲れた様子で息を切らしながらへたり込む獣人族ライカンスロープポーラ。

 彼女は現在、エルフの建てた国ハルマキスへ向かっている途中の山道を懸命に進んでいる最中であった。


 ハルマキスの王家の関係者からの依頼で、かの地の宮殿に呼ばれたのである。

 道中はドゥルセの“金”級冒険者デズモンド率いるベテランパーティが護衛してくれていた。


 ハルマキスはレウル山脈に囲まれた森林に存在する。

 そこに至る道は起伏の激しい山道である為、馬車は使えず徒歩での旅を強いられている。

 麓の町までは馬車で向かったが、そこからは当然歩き詰めである。


 彼女もプレアデスに居た頃はこの程度の山道で音を上げる事は無かっただろうが、ドゥルセでの暮らしですっかり体が鈍ってしまっていた。

 加えて目的地のハルマキスに近付くにつれて護衛の女エルフ、イェシカの機嫌が目に見えて悪くなる。


 否、不機嫌というよりは普段の余裕が無くなっているという感じだろうか。

 そんな彼女がポーラにイラついた様子で呟く。


「おいおい、そんなペースじゃいつまで経っても着かねえぞ」

「ご、ごめんなさい……」


 息を切らしながら頭を垂れるポーラ。

 そこへ聖職者崩れのリオネルが助け舟を出してくれた。

 彼はフィオレンティーナと懇意であったポーラのことを、たびたび気にかけてくれていたのだ。


「イェシカ、そう急かすでない。ここで急いだところでどの道今日中の到着は無理だ。じきに日も暮れる」

「ふん、そうかい。それは悪うござんした」


 そう言ってぷいっと横を向くイェシカ。

 それを見たリオネルが呆れ顔でデズモンドに提案した。


「やれやれまったく……。おい、デズモンド。ここらで野営の準備に取り掛かるべきではないか?」

「ふむ、ちと早いがそうするかね。ネコ耳ちゃんも限界みたいだしな」


 その時、女魔術師ブリットマリーが前方を指差しながら声を上げた。


「ねぇ、デズ。向こうに丁度雨やどりできそうな窪みがあるわ」


 見ると岩壁が削れてい窪んでいる部分があり、そこで風雨を凌げそうであった。

 それを見つけたデズモンドは上機嫌だ。


「おっ、テントを張る手間が省けたな。でかした! “ブリマリ”!」

「だから、やめてよ。その略しかた。とにかく準備しましょ」


 そうして各々が野営の準備を始める。


 デズモンドは焚き火の為に枯れ木を集め、リオネルは周囲に魔物避けの札を貼る。

 イェシカは周囲に動物対策のワイヤートラップを仕掛けた後、弓で狩猟に赴く。


 そしてブリットマリーとポーラで夕食を用意するのがここ数日のルーチンであった。

 

 今宵の夕餉はイェシカが仕留めた野ウサギの肉である。

 イェシカにより手早く皮を剥がれた肉を受け取ると香草と岩塩をまぶして焚き火で焼く。


 そして焼き上がりを待つ間にスープとパンを準備した。

 付近で採れた山菜ときのこのスープである。


 それらを食しながらデズモンドがポーラに語りかけてくる。


「ネコ耳ちゃんよ、大丈夫か?」

「あっはい。ちょっと疲れが溜まってきましたけど、でもあと数日は何とか体力も持つんじゃないかと」

「そうかい。もうちょっと辛抱してくれよ。見立てでは明日か明後日くらいには着くだろうからよ」

「ええ、ご心配ありがとうございます」


 そこへブリットマリーがポーラに尋ねてくる。


「ねぇポーラちゃん」

「何ですか?」

「今回の依頼って長期間なんじゃないの? ドゥルセの教室を空けちゃって大丈夫?」


 セシーリアという人物の依頼によると、“出来る限り優秀な人物を長期で派遣してほしい”とのことであった。


「ええ、大丈夫ですよ。ドゥルセの商人さん達で日常会話レベルを求める人は少ないですし」

「あら、そうなの?」

「はい。“ハイ、イイエ、カウ、ウル、タカイ、ヤスイ”が分かれば最低限の商談はできるそうなので」

「へぇ、そうなのね」


 そこへリオネルが疑問を投げかけてきた。


「しかし、ポーラよ。すべての客がそうでは無かろう?」

「ええ。例えば図書館の司書さんとかはちゃんとした講義を受けたがる人が多いですね」

「では、どうするのだ? いちいちドゥルセとハルマキスを往復するのも難儀であろう」

「流石にそうそう往復はできませんね。でもこの一年でマリネリス人の講師も育ちましたし、それにいざとなれば代打も頼んでます」

「代打?」

「はい、若様とレリアに」

「ふむ、なるほどな」


 ドンガラ族の若様ことナゼール・ドンガラとその相棒レリアはこの一年で冒険者として活躍していた。

 骨董屋チェルソ・パニッツィとともに数多くの依頼を片付けており、生前のクルスと同階級の“銀”まで上り詰めている。


「へぇー“プレアデスの黒豹”様にそんなの押し付けて大丈夫なのかよ」


 イェシカが皮肉っぽく呟く。

 “プレアデスの黒豹”とはナゼールについた二つ名である。

 詳しい由来を本人に尋ねたが、恥ずかしがって教えてくれなかった。


「若様達には手が空いた時にお願いしてるだけですけどね。それよりイェシカさん」

「あ? なんだよ」

「セシーリアさんってどんな方なんですか?」

「どんな方って……うーん。一言で言うとだな、とびっきりの変人だな」

「変人? どんなところが?」

「悪いがこれ以上は言えねえ」

「え? 何でですか? 気になりますよ!」

「別に私の意地悪で教えないってわけじゃないぜ。本当にあまり迂闊な事は言えねえんだ。本来なら名前すら表には出さないようなお人さ」

「は、はぁ……」

「まぁどうせ明日か明後日くらいには嫌でも会えるんだ。楽しみにしてな」





---------------------------





 ハルマキスの冒険者ギルドにて。

 その建物の二階でミラベルは溜まっていた書類仕事に精を出していた。


 あの獣人族の少年“ごろねこ”が召喚されて以来、何かと宮殿に呼ばれる機会が増えた結果ギルドの仕事が溜まってしまっていたのだ。

 その為、今日は早朝からこの建物に缶詰である。


 一階の受付では荒くれ者の冒険者や狩人ハンター達を受付の職員達が捌いている。

 その喧騒を聞きながら彼女は業務に勤しむ。


 ハルマキスは周りを森林に囲まれている故に、他の都市に比べ狩猟で生計を立てているものが多い。

 だがそんな者達を野放しにしてしまっていると周辺の動物を狩りつくしてしまう恐れがあるので、狩猟免許制度を設けて管理している。


 そしてその狩猟免許保有者、即ち狩人たちもハルマキスのギルドの管轄下であるため他都市のギルドに比べここのギルドは規模が大きい。

 従姉妹のメイベルが勤めているドゥルセのギルドでは僅か二人で受付を回しているそうだが、ここでそんな事をしたらたちまち業務がパンクしてしまうだろう。


 そんな事を考えながらミラベルは事務所の掲示板で付近の生態情報を確認した。


 いまは森林の北東と南西の生態系に乱れがあるので禁猟区に指定されている。

 生態調査員が調べた動物の数は今のところ問題は無いが、その中で唯一アカシカの数が減ると猟を制限する必要が出るかもしれない。


 そして狩猟免許の更新者リストをチェックする。

 数名が更新手続きに訪れていないので督促状を作成し郵送する。


 業務に一区切りがついて、ぼちぼち昼休憩にでも行こうかとミラベルが思案していると階下から声がかかった。

 同僚の受付嬢だ。


「ミラベル、お客さん」

「はーい」


 軽快に階段を駆け下りて受付に赴くと、ここらでは見ない冒険者が四人。

 そしてその冒険者に連れられた獣人族の女性が一人。


 その姿を見た同僚が小声で問うてくる。


「ねぇ……何? あの人。獣の耳が生えてるわ……」

「あれが獣人族よ。後は私が応対するから」

「う、うん」


 そう言うとカウンターで待つ五人組にミラベルは話しかけた。


「遠路遥々よくお越しくださいました。ポーラ塾長とその護衛の皆様ですね」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 3月7日(水) の予定です。


ご期待ください。





※ 3月 6日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ