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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
120/327

120.鏡



「こら! じっとせんか! “ごろねこ”!」

「にゃーあ!」


 カールシュテイン王家の宮殿の離れにあるセシーリアの自室にて。


 セシーリアは自身が『召喚』した獣人族ライカンスロープの少年である“救世の徒(仮)”を何とか躾けようと奮闘していた。

 呼び名が無いと不便なのでとりあえず“ごろねこ”と呼称する。


「だーかーら! そこを爪でがりがりするのをやめるのじゃ! “ごろねこ”!」

「ううーにゃーあ!」

「ああもう! 気が強いのう!」


 “ごろねこ”は見慣れぬ地に召喚されたストレスからか、しきりに部屋のあちこちで爪研ぎを始めている。

 これではセシーリアの部屋が傷だらけになってしまう。


 ならば、とセシーリアは秘密兵器を用意する。

 戸棚の奥に締まってある金属製の箱の中から、あるものを取り出した。


「ほれ“ごろねこ”。おまえのだーい好きな、おさかなさんじゃぞー」


 セシーリアが取り出したのは漁村ニルスで獲れたイワシの煮干である。

 “ごろねこ”を召喚した後で色々な料理を見せたが、彼が一番気に入ったのがこの煮干であった。


「ごろろろ」


 煮干を見た“ごろねこ”は喉を鳴らしながら、セシーリアの元に駆け寄ってきた。


「ほれ、ゆっくり食べるのじゃぞ」


 そう言いながら煮干を渡すと“ごろねこ”はぱりぽりと煮干を噛み始めた。

 当初は手を使って食べることもせず、その辺の野良猫のように地面に落ちた煮干を食べていた“ごろねこ”であったが、本日めでたく手を使う事を覚えた。


「よしよし、えらいぞー“ごろねこ”」


 ぽりぽりと煮干を頬張る“ごろねこ”を撫でるセシーリア。

 やはり、こうして条件付けで地道に教育していく他ないのであろうか。


 なんにせよ、この前ドゥルセのギルドに出した依頼クエストの語学教師が来る前に少しでも躾けておく必要がある。

 そう考えたセシーリアは“ごろねこ”に向かって言う。


「“ごろねこ”。これは“ごはん”じゃぞ。ごはん」

「にゃあ」

「にゃあ、じゃないのじゃ。ご・は・ん! ほれ言ってみい」

「な・あ・あ」

「ご・は・ん」

「ご・にゃ・あ」

「おっ、惜しいぞ。もう一回! ご・は・ん」

「ご・にゃ・ん」

「おー、良くなったぞ“ごろねこ”。よしよし、撫でてやろう」


 そう言って“ごろねこ”の頭を撫でてやるセシーリア。

 すると彼は気持ち良さそうに目を細める。


 先日召喚した直後は裸の彼であったが、その後宮殿の侍女が見繕った服をどうにか着せている。

 だがやはり気になるのか、しきりにくんくんと服の匂いを嗅いでいる。


 そこへ扉の外から女性の声が聞こえてきた。

 ハルマキスのギルド職員のミラベルだ。


「セシーリア様ー。来ましたよー」

「おう、よう来たのうミラベル」

「まったく……私にだってギルドの業務があるんですから、こう毎日呼び出されては困りますよ」

「そう言うな。一応謝礼は出ておるのじゃろう?」

「いやまぁ、それはそうなんですけど」

「それより、依頼クエストは出してくれたか?」

「ええ、先ほどメイベルから手紙が届きました。イェシカ様はちゃんと依頼を受領してくれたそうですよ」

「そうか。それは良かったわい。大儀であった、ミラベル」

「いえいえ」


 ミラベルからの報告を聞いてほっと胸を撫で下ろすセシーリア。

 “ごろねこ”の教師探しついでにイェシカも帰郷させようという魂胆で出した依頼であったが、思惑通りの結果である。


 イェシカが“婆っちゃん、あたし家出する!”とセシーリアに打ち明けて、そして実際にハルマキスを出てからもう随分経つ。

 だが、そろそろ実家の土を踏んでもいい頃だろう。


 そう思ったセシーリアは、とうとう彼女の居場所を千里眼で視ることにした。

 そして彼女がドゥルセに居ることを突き止めたのだった。


 彼女の父、即ちこの宮殿の主アレクサンテリ・カールシュテインもこれで一安心であろう。

 あの撥ねっ返り娘はおそらくセシーリアが無理矢理にでも帰郷を促さないと、帰っては来なかっただろうから。


「それで、教師の方はどうなったのじゃ?」

「ああ、それなんですけど語学教室の塾長さま自ら来て下さるとのことです」

「ほう、それは重畳じゃな」


 “なるべく優秀な人物を派遣するように”という文言を依頼書に記しておいたのが功を奏したようである。

 その時“ごろねこ”がミラベルに向き直る。


「ごろろにゃあ」

「おっ、こんにちはです。“ごろねこ”君」


 そう言って“ごろねこ”を撫でるミラベル。

 彼はどちらかというとセシーリアよりもミラベルに懐いていた。

 セシーリアがわざわざミラベルをここに呼びつけているのもそれが理由である。


「ぐるるる」


 口を閉じて喉を鳴らしながら目を細めている彼は本当に気持ち良さそうである。

 そんな彼を見てミラベルがセシーリアに聞いてきた。


「よく彼に服を着せられましたね。召喚初日は物凄く嫌がってましたけど」

「ああ、侍女にまかせた」

「そうなんですね」

「うむ、じゃが……」

「じゃが?」

「無理矢理着せたせいか、“ごろねこ”は侍女たちを怖がってしまっての。今ではわしにしか寄り付かん」

「ああ……それで今は結局セシーリア様がお一人で面倒を見ておられるのですね」

「うむ、大変じゃ。急に赤子を押し付けられたような感じでの」

「押し付けられた、って……。ご自分で召喚されたんじゃないですか」

「まぁ、それはそうなんじゃが」


 そして息を一つ吸い込むとミラベルはより深く突っ込んだ質問をしてくる。


「それで……何かわかったんですか? “ごろねこ”君と『世界存在』様の関係とか」

「いや、何にも。さっぱりじゃ。どうやらこやつは“こっちの言葉を知らん”というより“言葉そのものを知らん”という気さえする」

「じゃあ、何なんでしょうね。猫の生まれ変わりですかね」

「わからん」


 難しい顔をして考え込むセシーリアにミラベルが妙案を示してきた。


「あ、そうだ。彼に『世界存在』様のお姿を見せてどんな反応をするか見てみましょうよ。『千里眼』はそこの水盆に映すんでしたっけ?」

「む、たしかにそれはよい案なのじゃが……。もう彼のお姿は映らん……」


 結局『世界存在』の姿を千里眼で捉える事は適わなかった。


「あっそうか……。ごめんなさい」

「じゃが、彼のお顔はばっちりとこの目に焼きついておる。描いてみるとしよう。どれ、久々に筆をとってみるかのう」


 そう言って棚の奥にしまっている画材を取り出すセシーリア。


「あれ、セシーリア様。画がお得意で?」

「いや、ちょっと昔にハマっておっただけじゃ。大した腕前ではないぞ」

「へえ、じゃあ。私は“ごろねこ”君が邪魔しないように見てますね」

「うむ、頼むぞ」


 そう言ってセシーリアは自身の網膜に焼きついた『世界存在』の姿をキャンパスに描き始めた。

 まずは鉛筆で軽くアタリを付け始める。


 そうして輪郭のイメージを浮き上がらせたら、その上から豪快に不透明水彩絵具ガッシュを塗りたくる。

 セシーリアが以前絵画にハマっていた際には水彩画を描いていたが、とくに誰にも師事せずに独学で描いていた。


 乾きの早いガッシュによる水彩画はせっかちな彼女の性分に合っていたのだ。

 そしてどんどんと上から重ね塗りしていて、当初想定していたイメージに近づけてゆく。


 おそらくこのやり方もセオリーとはかけ離れているのだろう。

 しかしそんな事はおかまいなく彼女は筆をせっせと走らせた。


 やがて黒髪の男性の肖像画が出来上がる。

 ミラベルが待っているので急いで仕上げたやっつけの絵にしては、その完成度は高いと思われた。


「よし、こんなもんかの」

「えっ、早っ! ちょっと見せてください……ってめちゃくちゃ上手いじゃないですか!」

「今回は上手く描けたのう。ほれ“ごろねこ”見てみい」


 そう言ってセシーリアが“ごろねこ”に絵を見せると彼はしきりに鳴き始めた。


「にゃー。ごろろにゃあーーあ」

「おっと、触っちゃ駄目じゃぞ。まだ完全に乾いておらんのじゃ。しかしこれほどの反応を見せるとは、やはり何らかの関係があったということじゃろうな」


 しきりに絵に触ろうとする“ごろねこ”からセシーリアが絵を守っていると、ミラベルが感嘆した様子で言う。


「それにしても……本当にお上手ですね。画家になれますよ、セシーリア様」

「そんな事はないぞ。さらっと描いただけじゃ。本気で描くなら数年はかけたいのう」

「へー……。ちなみにセシーリア様が絵にハマってたのっていつ頃なんですか?」

「うーむ、たしか百二十年程前かのう」

「はぁっ? えっちょっと待って、セシーリア様っておいくつなんですか?」


 しまった。

 絵を褒められて、ついつい口が軽くなってしまった。

 セシーリアはあまり自分の年齢を口外したくは無かったのだ。


 なぜならそれを言ってしまうと、皆自分から離れていってしまうからである。

 それは長寿で知られるエルフの者達も例外ではなかった。


「……ひみつじゃ」

「何でですか?」

「それを言うと、皆わしの事をバケモノでも見るような目で見るからじゃ」

「私はそんな事しませんよ」

「ふん、口ではそう言うのじゃ。皆」

「……」


 口に手を当てて考え込むミラベル。

 二秒ほど経って、彼女は口を開いた。


「セシーリア様、こんな言葉をご存知ですか? “他人は自分を映す鏡である”」

「それが何じゃ。何が言いたいのじゃ、ミラベル」

「周りをバケモノ……つまり価値観の違う存在として見ていたのはセシーリア様の方だったのでは?」

「……!」


 ミラベルの言葉に虚を突かれた心地のセシーリア。

 言われてみれば、そうかもしれない。

 無意識に他者と距離を置いていたのは自分の方だったのだ。


 そんな、雷に打たれたように目を見開いたセシーリアにミラベルが声をかけてくる。


「あれ、ひょっとして私……出過ぎた事言っちゃいました?」

「いや………そんな事はないぞ、ミラベル。なるほどのう。その通りかもしれん。まさか自分より遥かに若いお主に教えられるとはのう」

「はぁ」


 どうやら自分は随分と多くの出会いを自ら捨ててしまっていたようだ。

 少しばかりしんみりしてしまうセシーリアであったが、同時に清清しい気持ちでもあった。

 ちょっとした感動すら覚えている。


 このミラベルになら打ち明けてしまっても大丈夫かもしれない。

 自分のことをバケモノなどと呼ばず、友人のまま居てくれるかもしれない。

 意を決してセシーリアは打ち明ける。


「わしは今年、三百二十二歳になる」


 人間にとっては途方も無い程の時間であろう。

 そんな時を過ごしてなお幼年期が終わりそうに無いセシーリアの異常さに、普通の人間やエルフなら恐れおののく。


 だがきっとこの娘なら、普通に接してくれるはず。

 そう信じながらセシーリアがミラベルの言葉を待っていると、彼女はびっくりした様子で言葉を発した。


「はぁっ!!? さささんびゃく!? え、エルフの人の寿命ってたしか……」

「……三百までいったら、かなりの高齢じゃな。二百でこの世を去る者もおる」

「な、なのにまだ子供の外見なんですか!? そ、それって……」


 息を大きく吸い込んでミラベルが言い放つ。


「それってバケモノじゃないですか!」

「おい、ミラベル。わしの感動を返せ」


 そんな二人の会話を退屈そうに“ごろねこ”は眺めていた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 3月1日(木) の予定です。


ご期待ください。





※ 2月28日  後書きに次話更新日を追加 タイトル変更 一部文章を追加

※ 4月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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