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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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12.圧迫


 レジーナとコリンを目撃した後で来栖は農場へと戻った。

 夕食を振舞ってもらった後で彼は高鳴る胸を押さえながらベッドにもぐりこむ。


 自分が考えた物語の登場人物との初遭遇。

 これで心を揺さぶられない物書きはおそらく存在しないだろう。


 実際来栖も妙な高揚感を憶えて、なかなか寝付けなかった。

 凶暴な女剣士レジーナと小さな魔術師コリンを、まさかこの目で見ることになろうとは。


 彼らが付けていたタグは“銀”と“銅”だったか。

 ということは、これから彼らは凄まじい活躍を見せ、後に伝説的冒険者として名を馳せるのだ。


 見たい。

 来栖は切実に願う。

 もういっそ彼らに付いて行ってしまおうかとも考えたが、断腸の思いで却下した。


 あいつらは、とにかく厄介ごとを引き寄せるのだ。

 物語を動かす為に必要な措置ではあるのだがその頻度は尋常でない。


 例えて言うなら行く先々で殺人事件に巻き込まれる名探偵である。

 彼らに付いて行けば名探偵が難事件を解決する様を見物できるかも知れないが、一歩間違えばこちらが被害者である。


 やっぱりダメだ。

 危険すぎる。

 

 そうして冷静に判断を下しつつ、やがて考えるのは今後のことである。

 来栖がこの農場と結んでいる契約期間も残り少なくなってきた。


 気を抜くと忘れてしまいがちになってしまうが、来栖の目的は『世界の歪み』を見つけ出すことである。

 決して農場の繁栄の為に貢献することではないし、ましてや凶暴な女剣士達と栄光への道を往くことでもないのだ。


 しかし一口に『世界の歪み』を見つけるといっても難しい。

 おそらく来栖の“設定”していない何かだとは思うのだが、手がかりは少ない。


 唯一思い浮かぶのは『危難の海』に棲息していると言われている『レヴィアタン』だ。

 現実世界ではキリスト教系の悪魔であったと記憶している。

 海蛇のような外見であると想像されているが、果たしてこちらの世界でもそうなのか。


 いずれにせよ手がかりを探すのに世界を巡るのは必須事項である。

 これは間違いない。

 では世界を巡るのに適した立場は何か。


 まず思いついたのは商人だ。

 たしかに通商で世界を廻れる可能性はある。

 だが商売がそもそも上手くいく保障が無いし、荷を野盗などに狙われるリスクもある。

 商人はダメだ。


 では巡礼者か。

 巡礼者になるにはまず教会で洗礼を受けるのだが、異民の来栖がすんなり受け入れられるとは限らない。

 むしろトラブルに巻き込まれそうな気さえする。

 そもそも無神論者の来栖が祈ったところで奇跡が顕現するとも思えない。

 これもダメだ。


 では、どんな立場が適任か。


 冒険者だ。

 ギルドと呼ばれる組合が冒険者達に発行するタグは、格付けの意味合いもあるが、通行証も兼ねている。各国の移動がスムーズにこなせなくては有事に対応できないからだ。

 これを利用して世界を巡り、そして歪みを見つけるしかない。


 未だ病室で眠りこけている来栖青年を救えるのは、他ならぬ自分自身なのだ。





-------------------





 狼狩りは順調そのものだった。

 二日目の今日も順調に狼の数を減らし、暗くなる前にレジーナは引き上げを決意する。

 この分なら当初の見込み通り三日で終わる仕事になりそうだ。

 そうしたらさっさと王都に戻って、こんな寂れた田舎からはおさらばしよう。


 燃えるような赤い髪をなびかせながらレジーナはコリンに問いかける。


「よぉコリン。この二日間で何頭狩ったっけか?」

「合わせて三十八」

「じゃあもう狩りつくしたんじゃねぇのか?」

「町長は五十くらい居るかもって言ってたけど」

「うわ、そんな事言ってたっけ。あのおっさん」

「依頼内容くらい、ちゃんと聞いときなよ」

「うっせーな、おめーが全然しゃべんねぇのが悪いんだろ」

「何でそうなるんだよ!」


 この程度の言い争いは二人にとっては日常茶飯事である。

 普段だったら決して問題にはならなかったであろう。

 だがここは狼の縄張りからさほど離れていない地点であり、まだまだ警戒が必要な場所だった。


「だいたいお前がしゃべんねぇおかげでなぁ、面倒くせぇ交渉事全部こっちに廻ってくるじゃねぇかよ」

「……」

「んだよ。急に黙りこくりやがっ……」

「シィッ!! 静かに、尾行けられてる」


 遮るようにコリンが言う。


「送り狼ってやつか?」


 ささやき声で問いかけるレジーナ。


「どうかな。ねぇレジーナ、今まで倒した中に群れの主は居たと思う?」

「わかんねぇな。お前はどう思ってんだよ?」

「主はまだ生きてると僕は思う。だって……」

「だって?」

「今こっちを尾行けてる奴は今までで一番大きいよ」


 その瞬間、殺気を感じた二人は即座に戦闘態勢に移行する。


 そして姿を現す狼が十頭、その中の一頭は他の個体の三倍近いサイズを有している。

 グレーター・ウルフだ。

 こいつこそが群れの主であろう。


 これ以上群れの頭数を減らされる前に、打って出てきたものと思われた。

 送り狼などではない。

 

 る気だ。

 既にこちらを包囲しつつある。


「出やがったな」


 愛用の大剣バスタードソードを抜き放つレジーナ。

 レジーナに後ろでコリンは既に詠唱を開始している。


「コリン、先ずは周りの雑魚を減らす。主の動きをけん制しろ」


 指示を受けたコリンが魔術《火球》をグレーター・ウルフに放つ、が巨体に似合わぬ素早い動きでかわされる。

 今だ。


 包囲陣形が崩れた一瞬の隙を突きレジーナが突進し、刺突からの横振りで二頭を血祭りにあげる。

 レジーナが突っ込んだことで、コリンの守りが手薄になった。

 そこを背後から狼が狙う。


 三頭が一気に飛び掛ってきたが、コリンは動じていなかった。

 すぐさま魔術《氷壁》を発動し、狼を跳ね返す。


 《氷壁》は瞬時に氷による壁を形成する魔術で咄嗟の防御手段に最適だった。

 ただし力に優れる魔物には簡単に破られてしまうので、相手の力量はよく見極めなければならない。

 俊敏だが筋力に劣る狼には相性の良い防御手段である。


 そうしてコリンが身を守っている間に、レジーナが残る四頭を切り裂いていた。

 あとはグレーター・ウルフと《氷壁》に跳ね返された三頭だ。


 自慢の連携も歯が立たず、瞬く間に六頭を失った狼達。

 劣勢だと感じたのかグレーター・ウルフが短く一吠えすると逃げ出した。


 否、逃げたにしては方角がおかしい。

 異変に気付いたレジーナが叫ぶ。


「まずい! あいつら町に向かいやがった!」

「急ごう!!」


 二人は急ぎ駆け出した。





-------------------





「ジョスリン、水を汲んできておくれ」

「はい、母さん」


 ダラハイド邸ではキャスリン奥様が現在夕餉の支度をしている。

 ジョスリン少年とフレデリカ嬢がその手伝いをしていた。

 ダラハイド男爵とクルスは書斎でなにやら話しこんでいる。

 仕事のことだろうか。


 桶を持ち、井戸へと向かうジョスリン。

 せっせと水を汲んでいると、何やら町のほうが騒がしい。

 何だろう、と思って目を凝らしていると血相を変えてダリルが走ってきた。


「ジョス坊っ! 無事か!」

「どうしたんですか? ダリルさん」

「狼を見なかったか? 数頭が町に入ったらしい。とびきりでかい奴もいるようだ」

「でかい奴?」

「あぁグレーター・ウルフだ。旦那に早く伝えねぇと。お前も早く母屋に戻れ!」


 そう言い残しダリルは母屋に走っていった。

 自分もうかうかして居られない。

 早く戻らなければ。


 そう思ってジョスリンが走り出すと暗闇からぬっと現れる影が一つ、また一つ。

 狼の生き残りだ。

 彼らはジョスリンを威嚇するようにグルルと低い唸り声を上げている。


 途端に足が竦む。

 ジョスリンは恐怖で動けなかった。

 そんなジョスリンに容赦なく飛び掛る手負いの獣。


「うわあっ」


 反射的に後ずさってしまったジョスリン。

 しまった、思ったときには既に遅く、後ろ向きに井戸に転落してしまう。






-------------------




 書斎で話し込んでいた来栖とダラハイド男爵のもとにダリルが急いでやって来た。

 彼は息を切らしながらダラハイド男爵に“狼が町に入った”と伝える。

 それを聞いて驚きの声を上げる男爵。


「グレーター・ウルフだと? そいつは厄介な」


 男爵が忌々しそうに呟いたその時だった。


 バシャン、と何かが水面に落ちる音が聞こえてくる。

 その音を聞いた来栖はダリルに問いかけた。


「ダリル、井戸のそばに誰かいたか?」

「しまった! ジョス坊が!!」


 ダリルの言葉に男爵が立ち上がる。


「なんだと!!」


 そのまま彼は井戸の方へと走り出した。

 その後を追う来栖とダリル。


 三人が猛然と走り出て行くと母屋前に手負いの狼が二頭いた。

 噂のグレーター・ウルフではないようだ。

 周囲にジョスリンの姿はない。


「てめぇ!!」


 ダリルがエストックによる刺突で一頭を仕留めるが、もう一頭はしぶとく立ち回っている。


 このまま時間をかけてしまうとまずい。

 そう考えた来栖は狼を狙い投石する。


 来栖の投石により隙を作った狼は、一刺しでダリルに貫かれた。

 男爵が井戸のそばで叫び声を上げる。


「クルス! ジョスリンを引き上げるのを手伝ってくれ!!」

「はいっ!」


 転落したジョスリンは頭から水に使っている。

 状況から見て、背中から井戸に落ちてしまったのだろう。


 彼の体は水を引き上げる縄付きの桶に引っかかっていた。

 二人がかりで引き上げたジョスリン少年は、既に呼吸が止まっていた。

 男爵が取り乱しながらジョスリンに声をかける。


「ジョスリン! 起きろ! 起きるんだ!!」


 一心不乱にジョスリンに呼びかける男爵にダリルが謝罪する。


「旦那……ほんとうに……済まねぇ。俺が目を離したばっかりに……」


 その瞬間、男爵はダリルに渾身の鉄拳を食らわせる。


「ダリル! 本当にそう思ってるなら戯言を抜かしてないで、さっさとベルナール神官を呼んで来い!!」


 普段の男爵からは考えられない程の剣幕だった。


「わ、わかった!」


 走り出すダリルを尻目に来栖は男爵に話しかける。


「旦那様、少しの間私にジョスリンを任せてはもらえないでしょうか? 試してみたい事がございます」

「……」


 男爵は一瞬鬼のような形相で来栖を見据えたが、数秒後には身を引いた。

 来栖はぐったりとして動かないジョスリン少年の体を検分する。


 この大陸では『奇跡』などという便利なものが出回っているが故に救急医療が発達していない。

 そこそこ教養のありそうなダラハイド男爵は息子の生存を絶望視しているようだが、来栖にはまだ助かる見込みはあるように思えた。


 状況から判断するにジョスリン少年は落下の衝撃で気を失い、その際に水を飲みすぎてしまったのだ。

 心配蘇生法の手順を踏めばひょっとしたら彼を助けることができるかもしれない。


 心肺蘇生法の講習を最後に受けたのは自動車の教習所だったように思う。

 来栖が学生だった頃は胸部圧迫と人口呼吸を交互に行うように指導されていた気がするが、教習所で講習を受けた際は胸部圧迫の方が重要だと言われた。


 訓練を受けていない人間が下手に人工呼吸やら気道確保をするよりは、とにかく胸部圧迫を適切なペースで続けた方が生存率が高いのだろうか。


 来栖は仰向けに横たわったジョスリンの胸の真ん中に、肘を伸ばし両手を重ねて添える。

 そして圧迫を開始する。

 正直、強さとペースが合っているかは全く分からないが諦めずにやるしかない。


「ふっ! ふっ! ふっ!」


 尚も圧迫を続ける。

 その様子を男爵はじっと見つめている。

 いつの間に家から出てきたのか奥様とフレデリカ嬢も目に涙を湛えながら見守っていた。


 その時。


「……か、がはぁっ」


 ぴくりとも動かなかったジョスリンが水を吐き出した。




お読み頂きありがとうございます。

ストック分を一気に予約したので実際に上がってる物よりも、見かけ上の文字数が増えてしまっていますがご了承ください。


次話更新は 4月20日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月17日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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