表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
119/327

119.女エルフと塾長



「ああ、やべぇ。吐きそうだ」


 交易都市ドゥルセにて。

 暖かい陽光が差しこむカフェテラスで女エルフが顔を青くしていた。

 彼女の目の前にはカプチーノとサンドウィッチが置かれているが、どちらも喉を通りそうに無い。


 そして向かいの席には一目で神官崩れと分かる剃髪の男性が腰掛けている。

 彼が二日酔いを隠そうともしないエルフを諭す。


「二日酔いか……。弱いのに飲み過ぎるからだぞ、イェシカ」

「うっせえよ、リオネル。っていうか、てめー昨日見てたんなら止めろよ」

「私が止める間も無く、浴びるように酒を飲んでおいてよく言う」

「んだよそれ、くそっ。頭が鉛のように重いぜ。死んじまいそうだ」

「その時は手厚く弔ってやるから安心せい」

「神官崩れのお前が言うと冗談にならねえぞ、それ」

「そうかもな。とにかく、そろそろギルドに行こうか。デズモンドとブリットマリーが待っている」


 先日『白き大蛇』と呼ばれる魔物を片付けたイェシカのパーティ。

 その時の報酬であと数日は生活に困らない状況ではあったが、あまり休みすぎるのも勘が鈍っていけない。


 そう考えたデズモンドが“何か軽めの依頼クエストでも片付けよう”と呼びかけたのであった。

 そしてイェシカがそれを聞いたのは昨日の酒場での事。


 黒ビールスタウトを一杯飲み干した後の事である。

 ふわふわと夢心地にいた彼女の耳にその言葉は入っていたのだが、結局“まぁいいか”と飲みを継続してしまったのだった。


「ああ、もうしょうがねえなぁ。行きゃあいいんだろ行きゃあ!」


 そう言って重い腰を上げるイェシカ。

 そして二人はドゥルセの冒険者ギルドの建物へと歩き出す。


 程なくしてギルドに着いた二人。

 中へ入ると既に冒険者達で賑わっている。

 入ってすぐに聞きなれた声が聞こえてきた。


「おう、来たか。イェシカ、リオネル」


 声の方を見るとデズモンドとブリットマリーが掲示板の近くに陣取っていた。

 彼らの方へと歩き出すイェシカとリオネル。


「感謝しろよ、デズモンド。頭痛にもめげずにこうして来てやったんだぜ」

「何でそんな事で感謝しなきゃなんねえんだよ。それよか、どうするよ依頼」


 デズモンドが掲示板を指差す。

 その掲示板を苦心して注視するイェシカ。


「そうだなぁ……ああ、文字を読むのもしんどいぜ」


 グロッキーな様子のイェシカを見かねてブリットマリーが声をかける。


「だったら、私が選んであげようかしら。ええと、そうね……」


 そう言ってブリットマリーが掲示板の前で唸っていると、受付から朗らかな女性の声が聞こえてきた。


「あ! イェシカさーーん! こっちこっちー!」


 受付嬢のメイベルが手招きしている。

 呼ばれるままに彼女の元へと向かうイェシカ。


「んだよ、何か用かメイベル?」

「実はイェシカさんにご指名が……」

「あ? 指名依頼かよ」

「はい」

「ほーん。内容は?」

「護衛ですね。とある人を送り届けて欲しい、と」

「とある人?」

「ええ、語学講師の方ですね」


 ふむ、と腕を組んで内容を咀嚼するイェシカ。

 ここまで聞いた段階では特に不審な点は見られない。


 だが、イェシカの第六感が何ともキナ臭い何かを感じ取っていた。

 とにかくもっと情報を聞き出さなくてはならない。


「送り届けるって、どこへ?」

「ハルマキスです」

「……依頼主の名前は?」

「ええと、セシーリアさんって方ですね」


 セシーリア。

 その名前を耳にして、思わず天を仰ぐイェシカ。


 なんてこった。

 あのロリババァがまさか自分に指名依頼を出してくるとは……。


 そんなイェシカの様子を見て取ったメイベルがにこやかに話しかけて来る。


「あれ、ひょっとしてお知り合いですか? 良かったですねえ」

「はぁー……見てわかんねえかな、メイベルちゃんよ。全然良くねえんだよなぁ……」

「へーそうなんですか。あ、ちなみにこの依頼ですが特記事項がありまして」

「特記事項?」

「はい、“イェシカという女エルフの冒険者に必ず護衛させる事。拒否するようならその旨もこちらに報告する事”と」

「……」


 それを聞いて青ざめるイェシカ。

 二日酔いとは別に、更に気分が悪くなる理由が出来てしまった。

 あのロリババァ様が暗に“這ってでも来い”と言っておられるのである。


 これは、どうやら選択の余地は無さそうである。

 観念した彼女は言葉を紡ぐ。


「わぁーったよ。受けるよ、その依頼」

「わぁ良かったです。穏便に済んで」

「それよか」

「何ですか?」

「護衛対象はどんな奴なんだ。語学教師つったっけ?」

「ああ、それなんですけど。実はまだ語学教室の方から誰を派遣するか聞いてないんですよ。今日中に誰を送るか決めるって言ってたんですけど……」

「ふぅん……」

「ですので、できればイェシカさんの方から語学教室の人に問い合わせて貰えたら嬉しいなー……なんて」


 そう言いつつ、チラチラと視線を向けてくる。

 要するに“私は忙しいからお前行って来い”と言っているのである。


 だが、イェシカとしても護衛対象とは早めに顔合わせをしておきたかった。

 

「わかったわかった。聞いてきてやる。護衛の日程は人選が済んでからでいいだろ?」

「ええ、よろしくお願いします」


 と、慇懃に頭を下げてくるメイベル。

 どうも上手いように使われてしまった気がするが、今更気にしても詮無き事である。


 カウンターを離れデズモンド達と合流するイェシカ。

 リオネルがイェシカに聞いてくる。


「何の話だったのだ、イェシカ?」

「あーそれなんだけどよ、実はあたしに指名依頼が入っちまってな」

「ほう、よかったではないか。どんな内容だ?」

「護衛だってよ。ハルマキスまで。お前らも手伝ってくれるか?」


 そう言って仲間達を見回すイェシカ。

 パーティのまとめ役のデズモンドが答える。


「いいだろう。俺もハルマキスに行ってみたいしな」

「そう言ってくれて助かるぜ。そんなわけだからよ、今日の依頼クエストはキャンセルだ。この後護衛対象と顔合わせだからな」

「そうか。仔細が決まったら教えてくれ」

「ああ、夜に酒場で話すぜ」


 そう言ってギルドの建物を後にするイェシカ。

 だが建物を出て早々に後ろからリオネルに声をかけられる。


「おい待て。イェシカ」

「んだよ。どうしたリオネル」

「二日酔いのお前だけではどうにも心配だ。私もついて行こう」

「心配症な野郎だな」

「慎重と言ってもらおうか」

「へっ、どっちも似たようなもんだろ」


 そうして軽口を叩き合いながら歩き出す二人。

 目的の語学教室は大通りの向こう側であった。


 そこへ向けて歩いてるとふいにリオネルが口を開いた。


「それにしても、ドゥルセにも随分と異民が増えたものだな」


 そう呟くリオネルの横を肌の浅黒いプレアデスの商人が通り過ぎてゆく。

 その光景を見ながらイェシカはリオネルに同意した。


「たしかにな。昔は異民っつったらクルスとかナゼール達しかいなかったのによ」

「……そうであるな。あれからもう一年か……」

「そうだな……。この賑わいっぷりもあいつらに見て欲しかったぜ」


 ナゼールからクルスの死を聞かされた時、イェシカは半信半疑であった。

 彼がそう簡単にくたばるとも思えなかったし、何より遺体を見ていないからだ。


 実際、ギルドでも記録上は行方不明扱いであった。

 しかし、ついこの前彼の死亡が記録上でも確定された。

 行方不明になってから一年が経過したためである。


 そして彼の死亡が確定された事を受けて、サイドニア国王ウィリアム・エドガーはある発表をする。

 サイドニアとプレアデスの国交に多大な尽力をした三人の冒険者の功績を称えて、彼らの慰霊の為の石碑を立てると。


 そして冒険者クルス・ダラハイドに“黒曜”のタグ。

 ハルとフィオレンティーナ・サリーニに“金”のタグがそれぞれ授与された。

 三人とも生前の階級から二階級上のものを授与されたのだった。


 サイドニア国王の名の下に冒険者……しかも没後の者たちにタグを授与する、というのは前代未聞であったため、随分と話題になったものである。


 そして彼らの犠牲のもとに、サイドニア王国とプレアデス諸島の交易が開始してから早一年。

 お互いの名産品を運んで売る商人達の数は増える一方であった。


 交易初期の頃は風変わりな、しかし実用性皆無の珍品を売りつける的外れなプレアデス民もいたが、そういう怪しげな商人は程なくして淘汰され、今は比較的まともな連中が幅を利かせているようである。

 対するマリネリスの商人達は、飢饉に見舞われていたプレアデスに食料品を次々と輸出して利益を出しているようであった。


 そしてそういう商人達にとって今や多言語は必須技能なのであろう。

 語学教室が繁盛するのも頷ける話であった。


 二人が歩いていると目的の建物が見えてきた。

 かつての友の事を思い出し、少し沈んだ表情をしていたイェシカであったがそれを振り払うように明るい声で告げる。


「お、見えてきたぜ。語学教室」

「うむ、そうだな。とりあえず受け付けに向かおうか」

「ああ」


 建物の玄関の扉を開けると右手にカウンターが見えた。

 そこに座っている職員の男性が話しかけて来る。


「いらっしゃいませ。講習のご予約ですか?」

「いんや、あたしらはギルドの依頼で来たんだが」

「ああ、護衛の件ですね。こちらへどうぞ」


 職員に案内されるがまま応接室へ通される。

 イェシカたちが革張りのソファーに腰掛けると職員が紅茶を持ってきた。


「護衛の件なんですが、塾長から直接お話しさせていただきます。塾長は現在講義中ですが間も無く終了しますので、もう少々お待ちください」

「ああ、わかった」


 退出する職員を尻目にカップの中の紅茶を啜るイェシカ。


「“塾長”ねえ……。あのネコ耳も偉くなったもんだな」

「まぁ、実際彼女は多大な貢献をしているからな。妥当な地位であろう」

「ふうん」


 などと二人が会話していると鐘の音が響き渡る。

 講義終了の合図である。

 そしてその音から一分ほど経って応接室の扉が開いた。


「お待たせいたしました。イェシカさん、リオネルさん」


 声の方を見やると一人の獣人族ライカンスロープの女性が入ってくる。

 スナネコのような幅広の耳に黄色い体毛が可愛らしい女性である。


 昔はプレアデス民ならではの薄着の格好であったが、この一年で随分とマリネリス大陸の民っぽくなっている。

 細身のシルエットのメガネをかけ、白いカーディガンにゆったりとしたロングスカートを合わせて落ち着いた雰囲気を出していた。

 

 そんな彼女にイェシカが話しかけた。


「よう、ポーラ塾長サマ」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 2月23日(金) の予定です。


ご期待ください。





※ 2月22日  後書きに次話更新日を追加

※ 3月 4日  誤字修正

※ 4月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ