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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
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118.マイクロ・カッツ



「どうぞ、こちらへ」

「あ、はっはいっ! ど、どどうもです」


 宮殿を守護する兵士に先導されつつ、緊張した面持ちで豪華な宮殿の廊下を歩く女性。

 この行程は何回経験しても慣れないものだ。


 ここはハルマキスを統べるエルフの王様、カールシュテインの一家が建造した宮殿内部である。

 普通は彼女のような一般人が立ち入れるような場所ではないが、向こうにお呼ばれすれば話は別だ。


 彼女の名はミラベル・ミルズ。

 ハルマキスの冒険者ギルドの職員である。


 ミラベルはここ最近、ちょくちょくこの宮殿に呼ばれていた。

 その用件とはとある人物についての情報提供である。


 廊下を歩いたミラベルはやがて来客応対用の部屋へと通される。

 それほど大きな部屋ではないが、煌びやかな調度品に囲まれて落ち着かない部屋だ。

 質の良い椅子にミラベルが座ると部屋の主のエルフの男性に話しかけられる。


「何回もご足労をおかけして申し訳ないな」

「あっいえいえ。仕事ですから」


 彼に返事しつつ彼女は必死に頭を働かせる。


 彼の名前は……なんだっけ。

 たしか、なんとか大臣のなんとかさんだ。

 何一つ重要な情報を記憶していないミラベルであったが、それは極度の緊張によるものであった。


 そもそも自分のような一般ピープルを、いきなりこんな豪華な宮殿に呼びつけるのが悪いのだ。 

 そうミラベルは開き直っていた。

 そしてその何とかさんが質問してくる。


「それで、イェシカ様のご様子は?」

「はい。相変わらず冒険者稼業に勤しんでいられるご様子で。直近ではニルスという漁村で『白き大蛇』を片付けたとか」

「ほう。あの謎多き魔物をか」


 ミラベルはこのように“イェシカ”というエルフの冒険者の情報提供の為にしばしば宮殿に呼ばれるようになっていた。

 彼女の情報に関してはドゥルセの冒険者ギルドで受付嬢をしている従姉妹のメイベルが手紙で教えてくれるのだ。


 尤もメイベルは情報提供などではなく、ただの近況報告のつもりで手紙を送っているのだろうが、実はその手紙はカールシュテイン王家の諜報活動なのである。

 そしてイェシカ様はこの宮殿のお姫様であるらしい。



「それにしても大臣様、何なのでしょうか。その『白き大蛇』という魔物は?」

「私も詳しいところは知らん。だが、聞くところによると『レヴィアタン』から剥がれ落ちた欠片であるらしい」

「へえ」


 『白き大蛇』というのは近頃マリネリス大陸の沿岸部を騒がせている魔物である。

 名前の通り真っ白い色の蛇であるが、大きな体長と口から吐き出す強力な酸で恐れらている。


「まぁ、海が近くに無いハルマキスには縁遠い存在ではある。だが警戒はせねばならんだろうな」

「そうなんですか」

「それで、イェシカ様に関しての情報はそれで全部か?」

「ええ」

「わかった、協力に感謝する。引き続き頼むぞ」

「はい。今後ともご贔屓に」


 そう告げてその場を辞するミラベル。


 ひとまずは緊張の糸がほぐれてほっと息を吐く。

 どうもあの手の堅苦しいやりとりは苦手である。

 そう思いながらミラベルが廊下を歩いていると、声をかけられた。


「おっ。待っておったぞミラベル!」


 声の方を見ると、綺麗な栗色の髪をした小さな女の子が手招きしていた。

 彼女の名はセシーリア。


 ポニーテールに髪を結っているが、その髪が尋常じゃなく長い。

 もうすぐ床につきそうな程の長髪であった。

 生まれてからずっと髪を切っていないのではなかろうか。


「セシーリア様。ご健勝そうで何よりです」

「ああ、社交辞令はいらんから早よ来い」

「わかりました」


 そう言って少女の後を追うミラベル。

 やがて宮殿の離れにある彼女の自室に到着する。


 相変わらずセシーリアの部屋は乱雑としていた。

 あちこちに本が散乱して足の踏み場も無い。

 そんな汚部屋をミラベルに見せつつ顔をしかめるセシーリア。


「ほれ、お主が来んから部屋が汚いままではないか」

「いやいや……お掃除くらいお手伝いさんにやってもらえばいいじゃないですか。宮殿なんですから」

「あやつらは駄目じゃ。綺麗にし過ぎる。お主くらいの“ものぐさ”に掃除させた方が良い。適度に汚いからのう」

「……それ、褒めてます?」

「最大級の賛辞じゃよ」

「はいはい」


 ため息をつきつつ、ミラベルは掃除を開始した。

 このセシーリアという少女が何者なのかは宮殿の誰からも説明を受けていなかったが、おそらく高貴な血を引くお方なのだろう。

 そう思ってミラベルは子供扱いせずに丁寧に接している。


 それにエルフの年齢は当てにならない。

 見た目から察するにセシーリアも若年には違いないだろうが、それでもミラベルよりは歳を食っている可能性は充分にある。

 そう考えると彼女のやけに年寄り染みた喋り方にも納得がいくというものだ。


 やがてミラベルが部屋の掃除を終えるとセシーリアが話しかけてきた。


「終わったか?」

「ええ、ばっちりです」

「そいつは重畳じゃ。ところで……」

「はい?」

「イェルドの所在はわかったか?」

「いいえ……。メイベル……私の従姉妹も知らないそうで」

「ふうむ、そうか」


 イェルド様はイェシカ様の弟君であられるらしい。

 そんな高貴なお方が姉弟してい揃って出奔してしまうのだから、カールシュテイン家も大変である。


「それより、セシーリア様の思い人は見つかったんですか? 『世界存在』様でしたっけ」

「いや。一向に見つからん。やはり、あのお方は……」


 途端にしおらしい表情に変わるセシーリア。

 『世界存在』というのは彼女が行方を捜している黒髪の男性で、一年程前から姿を消しているらしい。

 それ以来、彼女は今日まですっと探しているのだ。


 セシーリアは“千里眼”という能力を有しており、自分が強く念じた人物の姿を視る事ができるそうだ。

 イェシカがドゥルセに居る事を突き止めたのも彼女である。

 それを知った大臣がミラベルに情報提供を請うてきたのだった。


 しかし、その千里眼でも『世界存在』の行方を追えないと言う事は……まぁそういう事だろう。

 その事を悟ったセシーリアは泣きそうな表情で呟く。


「もう視るのをやめようか、とも思っておるのじゃ。そもそも、あまり良い事ではないしの。人の動向を盗み見るなど……」


 その様子を見て居たたまれなくなったミラベルは慌てて話題を逸らす。


「ま、まぁきっと今は存在を感じ取れないだけですって。きっとどこかで生きてらっしゃいますよ。それより『召喚』っていうのはどうなんですか?」

「そっちも駄目じゃ。救世の徒なぞ来てはくれんかった……。一年試して駄目ならもう来ないじゃろ」


 いかん。

 話題を逸らしたつもりが余計に傷口を抉ってしまっていた。

 焦ったミラベルはセシーリアに適当な提案をする。


「い、いやいや。もっとたくさん試してみなければわかりませんって。あ、そうだ! 私にも『召喚』の光景を見せていただけませんか? ちょっと興味あります」

「ほんとうか?」

「ええ!」

「しょうがないのう。お主がそこまで言うのなら見せてやらん事もない」


 ミラベルの言葉で多少気を取り直したのか、セシーリアの表情が明るくなる。


「儀式の間はこっちじゃ。ついて来い」

「はい」


 宮殿の離れににあるセシーリアの自室から少し歩いたところの庭に、地下に続く階段があった。

 空気がひんやりとしているその階段をゆっくりと進むセシーリアとミラベル。


 一分ほど歩いて儀式の間へとたどり着く。

 石の壁に囲まれたそこには、何やら古めかしい魔方陣が所狭しと書き殴られていた。


「お主はそこにおれ。直ぐに終わる」

「はっはい!」


 そうしてセシーリアが仰々しい祭祀道具を用いて儀式を始める。

 するとたちまち魔方陣が青白く光輝きだした。


 その幻想的光景に目を見張るミラベル。

 しかし今回も儀式は失敗だったようだ。

 光り輝いた魔方陣には何の変化もなく、やがて輝きは失われた。


 およそ五分ほどの所要時間で儀式は終了した。

 何も『召喚』などされなかったのだ。


 儀式を終えたセシーリアはよろよろとした足取りでミラベルに近寄ってきた。


「やっぱり今回も駄目じゃった。やっぱりわしは……何も成せないのじゃな……」

「そ、そんな事は……」


 落胆するセシーリアをミラベルが励まそうとしたその時。

 何かがどさっと落ちる音が聞こえた。


 その音の方を恐る恐る見やるミラベルとセシーリア。

 そこにはネコ科の獣人族ライカンスロープの少年が倒れていた。


 灰色の毛並みに黒いトラ柄の模様であり、歳は十六、七歳くらいだろうと思われる。

 その少年が起き上がり、きょろきょろと辺りを見渡す。


「ま、まさか……」


 その少年にゆっくりと近寄るセシーリア。

 だが、少年が一糸纏わぬ姿だったので、ミラベルは慌てて少年に上着をかける。


「ぎゃーーーちょっとー!! はだかじゃないですかー! セシーリア様、見ちゃだめですよー!」


 だが、セシーリアはそんな事などおかまいなしに少年に問いかけた。


「あ、あなたは……世界存在様ですか? それとも救世の徒ですか?」


 その言葉に反応し、セシーリアの方を見る少年。

 ネコ耳をぴんと立て、こちらをじっと見やる。

 黄色い左目と白みがかった右目のオッドアイが色鮮やかである。


 そして少年は口を開き、こう言った。



「ごろろにゃあ」



 思わず絶句するセシーリアとミラベル。


 彼の発音はまるで本物の猫のようであった。

 




-----------------------






 勤務先の大学病院で医師・葛城は、自らの担当患者たちを診ながら物思いに耽っていた。


 バルトロメウス症候群。

 この患者たちを蝕んでいる病気の名前だ。


 ここ数日、葛城は慌しい時間を過ごした。


 完治の見込み無しと判断された患者が、在宅介護に切り替わったすぐ後の再び病院に担ぎ込まれたのである。

 そして今度は猫のおまけつきだ。

 急遽、近くの動物病院の医師に連絡を取って協力してもらう約束をどうにかこうにか取り付けた。


 飼い猫と患者が接触してしまった事について患者の両親は自分たちの非を詫びてきたが、しかし今回に関してはひょっとしたら怪我の功名かもしれない。

 患者の脳波レベルが以前の強さに戻っている。


 そして葛城は過去に集めたレポートから興味深い記述を見つけた。

 それを読んだ時は下らない妄想だと斬り捨てていたが、ここに来てそれが現実味を帯びてきた。


 『バルトロメウス線虫』同一個体から生まれた兄弟たちを、それぞれ別の個体のサルに感染させる動物実験。

 そのサル達の脳波を詳細に分析したものだ。


 それによると、感染者同士は“集団的無意識下”で繋がっている可能性があるという。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 2月18日(日) の予定です。


ご期待ください。





※ 2月17日  後書きに次話更新日を追加

※ 3月 4日  一部文章を追加

※ 4月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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