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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
115/327

115.私は忘れない




「ほら、若様、レリア。急いで。みんな待ってますよ!」


 ゆっくりとしたペースで歩くナゼールとレリアを、ネコ耳の獣人族ライカンスロープポーラが先を急かす。

 ポーラは久々にチェルソ達に会える事を喜んでいるようだった。




 ナゼール、レリア、ポーラの三名は現在貿易都市ドゥルセにいた。

 ここ数日の三人はずっと王都サイドニアでドンガラの族長オサオレールとムカバの長アメリーの補佐をしていたのだが、どうにかこうにか時間を貰いドゥルセに来たのであった。


 歩きながらナゼールはこれまでの事を振り返る。



 海上でレヴィアタン=メルヴィレイに襲われたものの、辛くも生きてマリネリス大陸にたどり着いたナゼール達。

 そこで念願であったサイドニア王国を統べるウィリアム・エドガー陛下との謁見が叶い、プレアデスの代表二人との会合が実現した。


 ウィリアムと二人の族長の会合はつつがなく進行し、既に貿易内容は大筋で合意に至っている。

 そして海上で謎の勢力から襲撃を受けた事実もウィリアムと情報を共有し、これの殲滅に向けてお互いに協力し合う事を約束した。


 そしてそれらの内容は書面に起こされ、それぞれが抱える民に公表されることとなった。

 いわば実質的な同盟である。

 オレールとアメリーも『プレアデス諸島』に帰還した際にそれぞれの部族の民達にこの事を告げることを約束している。


 そんなオレールとアメリー、そしてそのお付きの者たちはプレアデスへと帰還する為の次の航海の準備ができるまで遊説してもらうこととなった。

 今はドゥルセの高級宿でくつろいでもらっている。


 ナゼールが今までの過密スケジュールを振り返りながら歩いていると、隣を歩くレリアが話しかけてきた。


「ほら、ナゼール。骨董屋が見えてきたわ」

「ああ、そうだな」


 レリアは以前はナゼールの事を“若”と呼んでいた気がするが、いつの間にやら名前呼びになっていた。

 ラシェルとの会話の際に“レリアもデボラもドンガラの一員だ”と言ったのが嬉しかったのだろうか。

 尤もレリア本人に聞いたわけではないので真相はわからない。



 その時、骨董屋パニッツィから人が出てきた。

 その人物はこちらに気づくと手を振ってくる。


 骨董屋の主人チェルソだ。

 チェルソは人の良さそうな笑みを浮かべて話しかけて来る。


「やぁ、三人とも。久しぶりに会えて嬉しいよ」

「ああ、チェルソさんも元気そうで何よりだぜ」

「ふふ、見ての通り僕は元気さ。さ、とりあえず上がりなよ。みんな待ってる」

「おう」


 そうして店の中に招かれるナゼール達。

 店に入るなり開口一番レジーナの罵声が聞こえてきた。


「遅っせーぞ! ナゼールてめー!! あたしらを待たせやがって」


 口調は乱暴だが不思議と嫌味を感じさせない声である。

 そんな彼女に言い返すナゼール。


「うっせーな。 今まで王都で働いてたんだからしょうがねえだろ」


 そう言いつつ、店内を見渡した。


 今日はどうやら定休らしく、客の姿は無い。

 そしてその静かな店内にレジーナ、コリン、ルチアとジルド、そして何故かバフェット伯爵も居合わせている。


 こうして皆が集まったところでチェルソが切り出した。


「さてと、それじゃ始めるとしようか」


 その言葉に頷く一同。

 彼らは今日、クルスの遺品の形見分けの為に集まったのだった。



 店内にあるテーブルの一つにクルスの遺した品々が集められている。

 事前にチェルソがまとめておいたのだろう。

 異民の道具と思しき物はほとんどなく、大半がマリネリスにもあるようなものであった。


 そしてテーブルの脇に鎮座する大きな鉄製の箱が目を引く。

 これもクルスの持ち物だろうか。


「っていうかさ、何? その大きな箱」


 コリン少年が怪訝そうに鉄の箱を指差す。

 人間一人がすっぽりと収まるサイズであり、それはまるで棺桶のようだった。

 コリンの問いにチェルソが答える。


「これはね……クルス君の部屋のクローゼットに隠されるように保管されていたものだ。誰か、これについて彼から聞いてないかい?」


 全員が首を振る。

 そんな中、唯一ジルドが遠慮がちに呟く。


「あ、もしかして……」

「ジルド、何か知っているのかい?」

「うん。プレアデス諸島でハルさんがクルスさんに聞いてたんだ。“私の事を棄てる予定はありますか”って」

「ええっ!?」


 驚いた声をあげるチェルソ。

 そしてその話はナゼールにとっても初耳である。


「二人の話を聞いても僕にはよくわかんなかったんだけど、ハルさんは物置にあったコレを見てそう思ったらしいんだ」

「ふむ」

「でもクルスさんは“俺がお前を棄てるわけないだろ。コレは予備だ”って」

「予備……」


 ジルドのもたらした情報をゆっくりと咀嚼する一同。

 そこでレリアが声を上げた。


「予備ってことは、もしかしてその中にハルさん……みたいなのが入ってんじゃないかしら?」 


 結局、ハルが何者だったのかは謎に包まれている。

 それを語れるで唯一の人物であろうクルスは海へと消えた。


 ハル本人の遺体というか残骸を調べても“マリネリスには無い素材と技術の結晶である”という以外には何もわかっていない。

 その体はサイドニア城に厳重に保管されている。


 レジーナがチェルソに問いかける。


「おい骨董屋、お前ちゃんとコレ調べたのかよ?」

「もちろん調べたさ。どうにかコレを開けられないかってね。でも駄目だった。わけのわからない文字が浮かぶだけさ」

「ちっ」


 そこでナゼールはふと思い出す。

 ハルが動かなくなる直前にクルスは何かの指示を出していた。


 そしてその指示の後、ハルの脊椎の辺りから黒い水晶のようなものが出てきたのだった。

 たしかあれはクルスが『ベヘモスの胃袋』に収納したはずである。


 ナゼールはクルスから預かったベヘモスの胃袋からその黒い水晶を取り出す。

 それを見たコリン少年が興味深そうに声を上げる。


「ナゼール、何それ?」

「これはな、ハルさんの体から出てきたものだ。ひょっとしたら……」


 そう言ってその黒水晶を箱に近づける。

 すると箱から赤い光の線が黒水晶に向けて照射される。


 そして箱に設置されている端末に今までとは別の文字列が表示される。

 おそるおそるその文字列に振れるナゼール。


 しかしそれ以上の変化は認められない。

 しばらく箱をいじってみたものの、進展は見られなかった。


「駄目だ。俺にはわからん」


 落胆して首を振るナゼールにチェルソが問いかける。


「じゃあ、どうしようか? コレ」

「陛下に預けよう。これは俺らの手には余る。ハルさんが使ってた武器同様にな」


 ウィリアムには既にハルが使用していた武器《パイルバンカーE型・改》と《フックショット》、さらに軽機関銃ライトマシンガンを預けてあった。

 機関銃はレヴィアタン=メルヴィレイの吐き出した酸を浴びてしまい半分以上溶けてしまっていたが、それでも何かの参考にはなるかもしれない。


 もしサイドニア王国がその銃の構造の解析に成功し模造品を生み出す事に成功したら、かつてクルスが懸念していた通り銃でお互いに殺し合う世界になってしまうのだろう。

 だが、すでに敵性勢力が銃を使いこなしている現状ではこちらも対応するほかは無いのは明白であった。


 ナゼールの言葉に頷くとチェルソは口を開く。


「じゃあコレはサイドニア王家に任せるとしよう。それとは別に……ナゼール君」

「何だ、チェルソさん?」

「例の白い袋の中身を見せてくれ」

「いいぜ」


 そう言ってナゼールは別れる直前にクルスから託された『ベヘモスの胃袋』の中身をテーブルに並べ始める。

 その様子を見た貴族のバフェット伯爵が一言呟く。


「ふむ、消耗品ばかりだな」


 底なしの容量を持つ魔道具のベヘモスの胃袋であったが、中に入っていたのは多量の回復薬。

 ほかには冒険者稼業で使う予定だった思しきロープ類、オイルなどである。


「そうだな、あとは……この鍵か。何の鍵かはわかんねえが」


 それは何やら差し込み部分がギザギザとした小型の鍵であった。

 その鍵を見たチェルソが声をあげる。


「おやぁ? それはひょっとして……これのかな?」


 そう言うと彼は鉄製の箱をナゼールの前に差し出した。

 鉄製の箱と言っても先ほどの棺桶とは別の小型のものである。

 金庫か何かだろう。


 ナゼールは差し出された箱の鍵穴に鍵を差し込んだ。

 それはぴったりと穴に収まり、がちゃりという音を立てる。

 飛び上がって喝采をあげるポーラ。


「おっ! やったー! 開きそうですね!」

「ああ、開けるぞ」


 緊張しながら箱を開けるナゼール。

 中には金貨が山と積まれている。

 それを見て開口一番に俗っぽい感想を述べるレジーナ。


「おっ、カネじゃねえか!! あの野郎、結構溜め込んでやがったな。なぁコリン?」

「うん。それにしても、けっこうな大金だねぇ。どうやらクルスは“殺人鬼マーダー”の報奨金にもあまり手をつけてなかったみたいだね」


 一方、困った顔で聞いてくるのはレリアだ。


「っていうかどうするのよ、これ。みんなで分けるの?」


 彼女は死者が遺した金貨を使うのに抵抗があるようだ。

 対して冒険者のレジーナとコリンはシビアだった。


「そんなの当たり前だろう? なぁコリン」

「うんうん、みんなで分けるべきだね。ここにいるみんなでね」


 その時、チェルソが何かを発見する。

 金貨が詰まっている金庫の隅に何かの紙片が入っている。


「あれ、何か紙が挟まってるね。えーどれどれ……“もしこれを読んでいるのが俺……クルス・ダラハイド以外の誰かだったとしたら、おそらく俺はしくじったんだろう。”……」


 静まり返る一同。

 静寂の中、ナゼールはおそるおそる口を開いた。


「おい、チェルソさん、それって……」

「遺書、だねぇ……」


 聡明なクルスは航海の前に自分が死ぬ可能性を考慮して、これを遺しておいたに違いない。


「……続きを読んでくれ」


 チェルソに頼むナゼール。

 今の自分には、その文章を冷静に読むのは不可能だと悟っていた。


「わかった。読むよ……」



 その遺書には、金庫の中の金貨はすべて自由に使っていいこと。

 むしろこれしか遺せなくてすまない、という謝罪。


 そして今まで共に過ごした仲間達、ギルドで世話になった者達、ダラハイド農場の皆への感謝の言葉が真摯な文体で丁寧に綴られていた。

 出航前に書いていた為か、フィオレンティーナとハルへの言葉も記載されている。


 そして文末にはこう書いてあった。



 “ある日急にここに迷いこんで以来、俺はずっと出口の見えない暗い森を彷徨っているようなものだった。


 孤独だった。

 辛かった。

 真っ暗で先の見えない境遇に気が触れてしまう思いだった。


 その暗闇を星明りのようにまばゆく照らしてくれたのは、俺と共に旅をしてくれた『みんな』だ。

 もし出会えていなかったら、俺の心はとうに折れていただろう。

 『みんな』が俺を絶望から救ってくれたんだ。


 その『みんな』のことを、 俺は忘れない。


 だが『みんな』は俺の事を忘れてくれていい。

 さっさと俺を忘れて次の一歩を踏み出して自分の道へと進んで欲しい。


 『みんな』の幸福を心の底から祈っている。


 無神論者の祈りですまないが。



 クルス・ダラハイド”



 ナゼールは落涙しながら遺書を読みあげるチェルソの声を聞いていた。

 いや、ナゼールだけではなく他の皆も多かれ少なかれ涙を流している。


 レジーナですら目を真っ赤にして口を真一文字に結んで涙を堪えていた。

 そして搾り出すように一言呟く。


「……忘れられるわけねえだろうが。ばか野郎が……」


 それはそこに居る者達の総意であった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 2月3日(土) の予定です。


ご期待ください。





※ 1月30日  脱字修正

※ 2月 3日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月21日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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