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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
114/327

114.レストランにて



「こちらです。 どうぞ」


 見るからに上等そうなスーツを着た男に促されてラルフ・ヴィーク少尉とその連れ、ジョゼフ・バーンズ伍長とキーラ・フロスト伍長はジュノー社所有の華美な建物の奥へと通される。

 今度オープンする予定の“レストラン”とかいう建物らしい。


 ルサールカが荒廃してしまう前はこういう施設が山ほど存在したようである。

 ラルフは大昔の記録映像でしかお目にかかった事は無かった。


 あの作戦の後、『ルサールカ人工島』へと帰還した彼らを待ち受けていたのは所属している民間軍事会社の上司達からの賛辞と、そしてジュノー社のお偉いさんからの招待状であった。

 もう既にジュノー社からの報酬は振り込まれており、彼らがラルフ達にこれ以上用事があるとも思えなかったが、何ゆえこんな招待状を送りつけてきたのだろうか。


 いまいち先方の意図が読めず剣呑なものを感じてしまうラルフであったが、かといってこの招待を断るのも今後の仕事に差し障るような気がした。

 悩んだ彼はとりあえず信頼できる部下である両伍長を伴って、ノコノコとレストランまで足を運んだわけだ。


 今日のラルフ達は滅多に袖を通さない軍服の礼装に身を包んでいる。

 これならばこの無駄に華美な建物でも浮かないだろうか。

 不安を覚えつつも、男の後をついてレストラン内部を進む。


 レストランには沢山のテーブルと椅子が用意されており、わざと暗めに設定された照明で雰囲気をだそうとしているようであった。

 それらの席を素通りして奥に通される。


 この奥はVIPルームだそうだ。

 その重厚な扉を開けてスーツの男が言う。


「お入りください」


 スーツの男に促されるまま、部屋に足を踏み入れるラルフ達。


 その部屋は先ほど通ってきた場所とは明らかに豪華さが違っていた。

 おそらく、このように待遇に格差を設けることで富裕層を取り込もうとしているのだ。


 そしてその豪華な部屋に置かれたテーブルで一人の少年が座っていた。

 ここらでは見ないような格好をした黒髪の少年だ。


 歳は十代半ば頃であろうか。

 古風な白いローブを優雅に着こなしており、どこか超俗的な雰囲気を漂わせている。


 そしてその少年と何やら話している恰幅の良い中年の男。

 その男にはラルフも見覚えがあった。


 彼は確かジュノー社の重役の一人だ。

 その重役が黒髪の少年にへこへことへつらっている。


 大企業であるジュノー社の重役にこんな態度をとらせるとは、この少年はどうやら只者ではないようだ。


「いやあ、ハロルド様のおかげで弊社も安泰でございますよ~、ははは」

「それはお互い様ですよ。こちらも今回の件では助かりましたし」


 その時、ハロルドと呼ばれた黒髪の少年がこちらに気づく。


「お、英雄さん達のお出ましだ。ほら、三人とも。そこに掛けて」


 言われるままにハロルドの向かいに席に腰掛けるラルフ達。

 その様子を見た重役が口を開く。


「それでは、ハロルド様。私はこの辺で失礼させて頂きます」

「はい、今度ここがオープンしたらご一緒に食事でもしましょう」

「ええ、是非に」

「御社の取締役にもよろしくお伝え下さい」

「はい、勿論。それでは」


 そう言うと重役は太った体を揺らしながら退室した。

 それを見送り、ハロルドが吐き捨てる。


「けっ、俗物が。誰がお前みたいな豚とメシを食うかよ。豚は皿の上にでも乗ってろや、ふん」


 心底不機嫌そうな表情を浮かべた彼だったが、ラルフ達の事を視界に入れると一瞬で表情を戻す。


「おっと、今のは彼にはナイショだよ。ふふふ」

「ええ、勿論です」

「うん、そうしてくれると助かるよ。あ、僕はハロルド・ダーガー。見ての通り異民さ。それで君たちが……」

「私がラルフ・ヴィーク少尉で、こちらがフロスト伍長、それとバーンズ伍長です」

「ふむ、よろしくね三人とも。さて、今回の君達の働きは素晴らしかったよ。あの映像は何度見ても気分が良い。ふふふふ」


 あどけない子供のような笑顔で語る少年。


 彼が言った“あの映像”とはクルス・ダラハイドが『白き鯨』に喰われるシーンを収めたものだ。

 凄まじい水しぶきと振動の中、たくみにドローンを操作して何とかそのシーンを収めたバーンズ伍長は今回の影の立役者と言えた。


 それにしても人が死ぬ瞬間のシーンを見て“気分が良い”と笑顔で言うこの少年は一体どのような人生を歩んできたのだろうか。


 ラルフがそう思いながらハロルド少年を見つめていると、白い陶器の皿に盛り付けられたものが運ばれてくる。

 これが“料理”だろう。

 これも大昔の記録映像で見た事がある。


 ラルフの隣に座るフロスト伍長は普段冷静な彼女にしては珍しく興味津々の表情で皿を見つめている。

 一方のバーンズ伍長は怪訝そうな顔で皿の上の料理を眺めていた。

 学の無い彼は大昔の記録映像を見た事が無いようだ。


 そしてその料理の皿と共にグラスに入った水が運ばれてくる。

 その水は透き通っていて見るからに上質なものだ。


 これには三人とも驚いた。

 そしてその三人を見てニヤニヤと笑みを浮かべるハロルド。


「ここでは、水は貴重品だそうだね。少尉」

「ええ。ですので上質のものは通貨として使われて、飲用にはなりません」

「なるほどねえ。酷い“設定”だよ、まったく……」

「“設定”?」

「そう、設定。まぁそれはそれとしてさ。とりあえず折角の料理が冷めてしまう前に召し上がれ。今日の料理は牛肉のガーリックステーキと野菜の盛り合わせだよ」


 その台詞とともにステーキと呼ばれた肉の塊に、ウェイターがソースがかける。

 その瞬間に何とも言えぬ芳しい香りがラルフ達の鼻腔をつついた。


 だが食事といえば加工されたブロック食品かゼリー食品しか口に入れたことの無いルサールカ民のラルフ達は、このようなまともな食事の食べ方を知らなかった。

 並べられた皿と、その隣の銀色に輝くナイフとフォークを見て困惑するラルフ達。 


 それを見たハロルドが、思い出したように言う。


「ああそうか。ごめんごめん。君達はこういう料理に不慣れだったね。いいかい、僕が実演するから真似してごらん」


 そう言って実演してくれるハロルド。

 それを見様見真似するラルフ達三名。


 そうして口に運んだ肉から溢れ出す肉汁が舌を刺激する。

 ラルフは生まれて初めて、食事による幸福感というものを得た。


 付け合せの野菜の盛り合わせはあっさりとした味付けで、濃厚な肉との相性を考えられたメニューのようであった。

 最初は物足りなさ感じたものの、肉の後に食すとこちらもまた美味である。


 提供された質の高い料理に喜びを感じて無意識に咀嚼のペースが速まる三人。

 すると、もう止まらない。

 結局、三人は会話らしい会話もせずに黙々と料理を平らげてしまった。



「料理はお気に召したかい?」


 穏やかな表情でハロルドが聞いてくる。


「ええ、とても」

「うんうん、それは良かったよ」

「ですが……」

「ですが?」

「この料理は、その……一体どのくらいの価格で提供されるのでしょうか?」

「ああ、何? 値段の心配してんの? 大丈夫だって。今回は僕からの感謝の気持ちなんだからさ。それにこの肉はたいしたもんじゃないよ。僕にとっては、そうだな……中の下ってとこかな」

「えっ……」

「肉も硬いしソースもまだまだ。野菜は鮮度が悪くて紙細工のようだ。でも、これでも大分マシになったんだよ。まぁ現地の君らにウケてるんだからこの品質でも問題ないかな」


 思わず絶句してしまうラルフ。

 舌がとろけてしまうかと思った絶品の料理であったが、異民の彼にとっては“中の下”のクオリティらしい。


「とはいっても牛や野菜をここのシェルターに運んで育てる手間とコストがかなりかかるから、当分ルサールカでは高級品になることは間違いないよ」

「そうですか。その食材をジュノー社に卸されているのですか?」

「うん。まぁこのレストランが上手くいくかは彼ら次第だねぇ、くふふふふ」


 と意地悪そうな笑みを浮かべるハロルド。

 おそらくジュノー社に食材を卸している時点で彼に相当の利益が転がり込んでいるに違いない。

 レストランが失敗しようが痛くも痒くも無いのだろう。


 そんなハロルドにラルフは質問を投げかける。


「ハロルド様、お聞きしてもよろしいですか?」

「ん? 何?」

「今回、私たちを招いて頂いたのは本当にこの料理の為だけですか?」

「勿論、ノーだ。実は一つお願いがあってね」

「お願い?」

「うん」


 ハロルドは頷くとグラスの水を飲んで喉を潤す。

 そしてにこやかに笑いかけながら言う。


「優秀な兵隊を探してる。僕の護衛としてね」

「ハロルド様の護衛、というと……」

「そう。勤務地は『マリネリス大陸』だよ」

「マリネリス大陸……」


 その話を聞いていたフロスト伍長が堪らずに口を挟む。


「あっ、あの!」

「ん? なんだい、お嬢さん?」


 自分より年上のフロスト伍長を“お嬢さん”呼ばわりするハロルド。

 だが彼にはそれに違和感を感じさせない覇気の様な何かがあった。


「そ、そのマリネリス大陸の大気は……」

「ああ、空気は清浄だよ。君らも『危難の海』に出たなら知ってるでしょ」

「じゃあ、シェルターも」

「ないない。ガスマスク無しで外を出歩けるし、こんな綺麗な水だって無料タダで飲み放題さ。どうだい、魅力的な職場だろう?」


 それを聞いて目を輝かせるフロスト伍長。

 対照的にバーンズ伍長は無表情を貫いて話を黙って聞いていた。

 “おいしい話には裏がある”とでも考えているのだろうか。

 その様子を見たハロルドは優しく告げる。


「ま、すぐに結論を出さなくてもいいさ。僕もまだ暫くは滞在する予定だし」


 こちらの事を慮ってくれているらしい。

 素直に礼を述べるラルフ。


「ありがとうございます」

「うんうん、ゆっくり考えたらいいさ」

「ところで、もう一つ質問をよろしいでしょうか?」

「いいよ」

「あの男……クルス・ダラハイドとは一体何者だったのでしょうか? 勿論、差支えが無ければで構いませんが……」

「ふうむ。まぁ実際に奴と相対した君らにとっては不可解な存在だっただろうねぇ」


 口元に手を当てて呟くハロルド。

 不可解という言葉を聞いてラルフの記憶がフラッシュバックする。


 僚船のクルーザーでの苛烈な襲撃。

 あのバケモノは次々と銃や盾を何も無い空間から生成し、圧倒的な力で僚船を殲滅して見せた。

 あの時『白き鯨』に奴が喰われなければラルフ達も殺されていたに違いない。


 ラルフが振り返っているその時、ハロルドが衝撃的な一言を発した。


「あいつはね、この世界の創造主だよ」

「……は?」


 あまりに予想外の言葉についつい呆けたリアクションをしてしまうラルフ。


「まぁそういう反応になるのも無理はないね」

「も、もし本当にそうなら、この世界は……」

「ああ、大丈夫。あいつを殺しても世界は滅んだりしない。『本体』はまだ生きてるし」

「そ、そうなのですか?」

「うん。あいつはあくまでその本体の『自意識の欠片』だからね」

「は、はぁ……」


 突拍子も無い話を急にされて理解が追いつかないラルフ。

 それに構わずハロルドの話は続く。


「重要なのはそのクソ創造主の自意識を無力化できたって事さ。これでこの世界を“より良く”造りかえる事ができる。あいつが“設定”しやがった事を僕が全部、ぜーんぶ変えてやるんだ」

「……」

「でも、それは僕一人じゃ成せない事だ。だから君達にも手伝って欲しいのさ」

「なるほど、それで護衛を」

「そういう事。ま、無理強いはしないからさ。考えといてよ」


 あくまで優しげに告げるハロルド。


 ふとラルフが時計を見ると気づけば時間が経ってしまっていた。

 そろそろこの場を辞することにする。


「わかりました。今日は素敵な食事をありがとうございます」

「うん、また会える事を祈ってるよ。少尉、伍長たち」


 レストランを出たラルフはハロルドの頼みについて考えを巡らせる。


 果たしてこの依頼を受けるべきか、否か。

 大いに悩む必要がありそうだった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 1月28日(日) の予定です。


ご期待ください。




※ 1月27日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 4月21日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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