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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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112.白い大蛇



「くそっ、手強いぜ。あのアンドロイドと“ラッパ持ち”」


 ラルフの隣でジョゼフ・バーンズ伍長が忌々しげに呟く。

 ラルフも双眼鏡で戦況を確認しているが、同僚が次々と“ラッパ持ち”に落とされている。


 ジュノー社に雇われた傭兵マーセナリーのラルフ・ヴィーク少尉はほぞを噛む思いで、自分達が相対する敵を見つめていた。


 『プレアデス諸島』から出航した二隻の大型木造船。

 それに乗るクルス・ダラハイドなる人物を海上で殺害せよ、との命を受けクルーザーとモーターボート多数で襲撃をかけたジュノー社の傭兵たち。


 今回、傭兵を束ねるはラルフ・ヴィーク少尉であった。

 ラルフは全体の指揮を執るクルーザーの一隻に乗船しており、そこで全体の戦況を俯瞰している。


 作戦前に寄せられた情報では“敵のほとんどは前時代的な武器しか所有しておらず、警戒すべきはクルス本人とそのお付きのアンドロイド一体のみである”との話であった。

 それを受けたラルフの小隊は今回の任務を、小銭稼ぎの様な楽な仕事だと侮っていた。


 そう、確かにしばらくの間はこちらが優位であった。

 戦闘開始直後は敵の手品師マジシャンが火の玉を投げつけてきたり、水夫と思しき男達が原始的な弓矢で攻撃してきた。


 だが手品師は数が少なく、更に手品には詠唱というものが必要らしい。

 よって手数は少なくさして脅威では無かった。


 原始的な弓は言わずもがな。

 海上を高速で動くモーターボートをまともに捉えられる弓使いなど皆無であろう。


 状況が変わったのはあのアンドロイド『HL-426型』と思しき機体と、もう一人の“ラッパ持ち”が攻撃に参加し始めてからだった。


 アンドロイドは《スターカーリーグン249》を使って文字通り銃弾の雨を浴びせてくる。

 そしてその雨でこちらが動けなくなっているところに、“ラッパ持ち”が《トロンピート》で一隻ずつ無力化してくるのだ。


 おそらくあの“ラッパ持ち”がクルス本人であろう。

 外見的特徴も事前の情報と一致する。


 強敵だ。


 現に手柄欲しさに勇んでモーターボートで突進していった者達は次々に返り討ちに遭っている。

 打開策が見えない中、バーンズ伍長と同期の才女キーラ・フロスト伍長があるものを発見する。


「ヴィーク少尉、あれを見てください」

「どうした、伍長」

「やけに連中の守りが堅いところが」

「たしかに……」


 連中は一体どこに隠し持っていたのか、大量の《ライオットシールド》で防備を固めていた。

 いつの間にやら二人の射手であるアンドロイドと“ラッパ持ち”にも一名の盾持ちが付き、装填リロードの隙などを盾で補っている。


 そしてそいつらとは別に、船のマスト付近に取り付けられた“何か”を守るようにして複数名が盾で射線を塞いでいる。

 その時、高い波が来て船体が揺れた。


「あ、今一瞬見えました。あれはベルですかね……。一体何に使うんでしょうか」


 その情報を得たラルフは得心がいった。


「おそらくあれは連中にとっての“鯨よけ”だろう」


 それを聞いてフロスト伍長は目を丸くする。


「ええ!? あんな原始的な道具で『白き鯨』を追い払えるんですか?」

「ああ、たぶんな。向こうには手品師マジシャンが居るくらいだ。今更不思議ではない」


 ラルフ達の乗っているクルーザーには船底にソナーとは別に音波発生装置が取り付けられており、それで『白き鯨』が嫌がるという音波を発生させている。

 おそらく、それと似たような事を連中もやっているのだ。


 そこへ、バーンズ伍長が口を挟んでくる。


「少尉殿。ご歓談中のところ悪いが、そろそろ打開策を見つけてもらわねえとやばいぜ。このままだと全滅する」

「ああ、そうだな」


 今まで集めた情報を鑑みてラルフは二人の部下に指示を出す。


「フロスト伍長、クルーザーの奥に対物ライフルがあったはずだ。あれで鐘を狙え」

「了解」


 凛とした声で返事をして奥へ引っ込むフロスト伍長。 

 彼女は優秀な狙撃主スナイパーであった。


「バーンズ伍長、お前は閃光弾の用意をしろ」

「了解……って、閃光弾なんか何に使うんだ?」

「連中の気を逸らす。その隙にあの船に“ボール”を投げる」

「はぁ!? あんた正気かよ?」

「正気だよ、伍長。どの道このままではジリ貧だ。状況を一変させるには“奴”を呼ぶしかない」

「おいおい、俺は知らねえぞ……」


 言いながら閃光弾の準備にとりかかるバーンズ伍長。

 部隊の中で隊長クラスの人間にこうして平然と疑義を向けられる彼の事を、ラルフは貴重だと考えていた。


 周りをイエスマンで固めて失敗してきた指揮官なら腐るほど見てきた。

 自分はその轍は踏まない。


 ラルフは無線機を取ると作戦海域の仲間に告げた。


「全部隊に通達。これより閃光弾を打ち上げる。それに乗じて目標大型船に“ボール”を投擲する。モーターボート乗員は閃光弾の後に離脱せよ。繰り返す……」





----------------------






「ナゼール! 弾ァ!!」

「あ、ああ!」


 ハルの怒声を聞きながらナゼールは銃弾の詰まった鉄製の箱を差し出す。

 この箱の中に二百発も入っているらしい。


 そしてハルが銃に弾を装填している間、盾でハルの身を守るナゼール。

 もう何回繰り返したかわからない作業であった。



 当初は動きの素早い小船は積極的に攻撃を仕掛けてきていたのだが、ある時を境に動きが変わった。

 まるで挑発するかのようにふらふらとハルの射程に入っては、直ぐに離脱する。

 それを複数の船で連携して行っている。


 その様子を見たナゼールはハルに問いかける。


「ハルさん、何かおかしいぜ。連中の攻め方がさっきと全然違う。これは俺の勘だが、連中には何か策があるんじゃねえか?」

「……」


 黙りこくって装填作業をするハル。

 だがその表情からハルも何か不気味なものを感じ取っている事は明白であった。


「何だったら俺がクルスさんの意見も聞いてくるぜ? どうする?」


 クルスはナゼール達から離れたところで銃を撃っている。

 だが敵の小船を撃破するペースはだいぶ落ちていた。


 あちらはレジーナがサポートしているようだった。


 ナゼールの提案を聞いて決心を固めるハル。


「わかりました。マスターに判断を仰ぎましょう。ナゼール、お願いします」

「よしきた」


 その時、今まで鳴っていた銃声とは別種のひどく重厚な音が響き渡る。


 次の瞬間、“鐘”を守っていた盾持ちの水夫が一人斃れた。

 その盾には大穴が開いている。

 強固な盾ごと銃弾に貫かれたのだ。


 近くに居たポーラが驚いて腰を抜かす。

 そのポーラに叫んで注意を促すナゼール。


「ポーラ、頭を下げろっ!!」


 咄嗟に頭を抱えてうつ伏せになるポーラ。


 その直後もう一発ズドン、という重い銃声が鳴った。

 その一撃で鐘が壊される。

 鐘は凄まじい衝撃を受けたようで、大穴がべっこりと開いている。


 それを見たハルが忌々しげに呟く。


「対物ライフル……。この波の揺れの中でよく当ててくるもんですね……」

「敵を褒めている場合かよ、ハルさん! ああ、くそったれ! 連中の狙いはこれか!! やばいぜ、早く予備の鐘を準備しねえと……」

「いえ、ナゼール。まだです! 今、予備を出してもまた撃たれて終わりです。先にあの狙撃手を仕留めないと……」


 直後にもう一発、対物ライフルの銃声が響く。

 今度はナゼール達の乗っている船とは別の船に搭載されている鐘が破壊された。

 敵狙撃手は今度は盾持ちの水夫ごと鐘に風穴を開けてきた。


 二隻で鐘を鳴らし続ければ不測の事態に対処できるという考えのもとに考案された『メルヴィレイ』対策であったが、流石にこの事態はクルスも想定していなかっただろう。

 その時、唐突に白い光が目の前に瞬いた。


 まるでラシェルの屋敷でクルスが打ち上げた閃光弾のような光だ。

 ナゼールがそれに気をとられていると、ハルが何かに気づく。


「ナゼール、あれ」


 ハルの指差す方を見やると、ちょうど小船が撤退してゆくところであった。


「やったぜ。あいつら逃げて行きやがった。今の光は撤退の合図か」


 喜色を表すナゼール。

 だがハルはまだ気を抜いていなかった。


「いえ、だとしたら何で鐘を破壊していったんでしょう? 不自然です」

「こっちが予備の鐘を持ってるって知らなかったんだろうぜ。ほら、早く準備しないと“奴”が来る」


 その時、不意に轟音が響く。

 ナゼール達が乗っている船のはるか下の方から、何か大きな巨大なものが迫ってくる感覚。

 その感覚にナゼールは覚えがあった。


 くそっ、いくら何でも来るのが早すぎる。

 イラつきながらナゼールが唇を噛み締めた時、水夫の一人が叫ぶ。


「『レヴィアタン』だ!!」


 次の瞬間、海中から大きな水しぶきを上げながら巨大な白い蛇の頭が現れる。

 全長二十メートルはありそうな蛇が長大な体躯を延ばし、船体を横から叩き付ける。


 凄まじい衝撃が船を襲う。


 バランスを崩しながらも、何とか甲板に叩きつけられずに済んだナゼール。

 衝撃に耐えようとうずくまっていた彼が立ち上がろうとしたその時、視線を感じた。


 見ると白い大蛇『メルヴィレイ』の首がナゼールをじいっと見つめていた。


 その白い蛇の体表は海水に濡れてぬめっとしており、目は血のように真っ赤だ。

 そして口からは触手のようなものが無数に生えている。


 否、その触手はすべて人間の腕のように五指が生えていた。

 それらが何かを掴もうと、ぐねぐね蠢いている。


 その大蛇がゆっくりとナゼールに顔を近づけてくる。

 その距離は十メートルもない。


 恐怖に体が竦み、動けなくなるナゼール。

 以前遭遇した際は嵐の闇夜であったため、ここまではっきりと『メルヴィレイ』の容姿を見る事ができなかったのだ。


 白い大蛇が大きく口を開ける。

 口を開けた大蛇が唾液をナゼールに向けて吐き出してきたのだ。


 咄嗟に盾を構えて身を守ろうとするナゼール。

 その時横からハルの叫び声が聞こえた。


「ナゼール、駄目!! その液体は」


 直後その声が聞こえた方向から強い衝撃がかかる。

 ハルがナゼールを突き飛ばしたのだ。


 ハルに突き飛ばされ、倒れこむナゼール。

 そのおかげで白い大蛇の唾液を浴びずに済んだ。


 倒れこんだ衝撃にもめげずに、すぐに起き上がりハルの方を見やるナゼール。

 その時、ナゼールの目に信じられない光景が飛び込んでくる。


 辺りには白い湯気が漂っている。

 あの唾液は強烈な酸であったらしい。


 唾液が降り注いだ辺りの甲板は醜くどろどろに溶けてしまっている。

 それはナゼールの持っていた盾も同様であった。


 そして湯気が風に払われ、その先に居たハルの姿が見えた。


 ハルの下半身は酸でまるごと溶けてしまい、融解しかけていた。

 そして左半身にも酸を浴びてしまっており、皮膚が捲れ上がっていた。

 そして、そこから……何か鉄のようなものが見える。


 あまりのことに理解が追いつかず、体の動きが止まるナゼール。

 動きが止まったナゼールに再び白い大蛇が顔を近づけて唾液を浴びせてこようとする。


 その大蛇の口元がにやりと笑っているように、ナゼールには見えた。





---------------------






「ク…ス! …ル…! おい、クルス! 起きろって!」


 誰かが自分に大声で語りかけている。

 それをどこか遠いところで起きている出来事のように感じていたクルスであったが、次の瞬間意識が覚醒した。


 がばっと起き上がり回りを見る。

 船が揺れた衝撃で先ほど居た場所より吹き飛ばされてしまっていたようであった。


 かなり遠くにナゼール達の姿が見える。


 傍らにはレジーナが居た。

 クルスに呼びかけてくれていたのは彼女であった。

 心配そうにクルスの顔を覗き込むレジーナ。


「お、起きたか。おい、大丈夫かクルス? 頭打ったぞ、お前」


 それを聞いてクルスは思い出す。

 突如打ち上げられた閃光弾に気をとられたすぐ後、海が揺れて甲板に叩きつけられたのであった。


 そこまで思い出したクルスがこめかみを触ると血がべったりと付いている。

 頭から出血しているらしい。


「ちょっと待ってろ、クルス。ネコ耳呼んでくるからよ。あんまり頭は動かすなよ」


 そう言ってその場から離れて行くレジーナ。

 クルスが痛む頭をさすりながら座っていると、何かが海からざばぁっと海上に出てくる音がした。


 その方向を見やると白い大蛇がナゼールに顔を近づけているところであった。


 即座にクルスは立ち上がりナゼールの元へ走り出す。

 体が軋むように痛いが気にしてはいられなかった。


 その時、白い大蛇がナゼールに向かって唾液をぶち撒ける。

 それを盾で防ごうとするナゼールであったが、ハルが横から突き飛ばす。


 大蛇の吐いた唾液は強酸性の液体であったらしい。

 それをまともに浴びたハルの体は瞬く間に溶けてしまう。


 合成樹脂でできた人工皮膚が捲り上がり、鋼鉄の体が露になる。

 しかしその鋼鉄の体も強酸の前には無力であり、あっという間に体の半分以上を溶かされてしまう。


 その光景に動けなくなったナゼールに白い大蛇『レヴィアタン』が顔を近づける。

 クルスは《トロンピート》の銃口を『レヴィアタン』に向けながら叫んだ。


「ナゼール!! 下がれ!!」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 1月19日(金) の予定です。


ご期待ください。




※ 1月18日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月21日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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