111.後にしなければならない
「うー……」
骨董屋の主人チェルソ・パニッツィはマリネリスへと向かう大型船の船室で膨大な量の品々と格闘していた。
クルスに頼まれた作業、つまり交易に使えそうなプレアデスの特産品の選別の最中である。
ジルドが大まかに選別した宝石類に加え、ルチアが目利きした衣類、更にプレアデスの各部族がそれぞれ見繕った品物群をチェルソがチェックしているのだ。
その中でもルチアとジルドが選んだ物はともかく、各部族から提出された物は中々に難物であった。
幸運の象徴とされている怪魚のトゲ付き鱗。
魔なるものを払うとされる木の枝。
占いに使うという何かの動物の踝の骨。
どんな効用があるかも知れぬ、何だかよくわからない獣の毛の束……等々。
これらの品々に値段をつけろというのは骨董屋を長年営んでいるチェルソにとっても難題だ。
もしこれらが自分の知る文化圏のものであったなら歴史的・文化的背景や希少性を加味しておおよその値打ちは判別できる。
しかしながら未知の文化圏の品々の価値を判断するのはチェルソにとっては初めての経験であった。
チェルソが四苦八苦しながら鑑定を続けていると、ナゼールが船室に入ってくる。
「どうだ、進んでるか? チェルソさん」
「ああ、ナゼール君。いやあ、たいへんだね。見た事無い物に値段をつけるっていうのは」
「そうなのか。でも、あんまり難しく考える必要は無いと思うぜ。要は“マリネリス大陸の人たちが欲しがるか”だろ?」
と、あっさりと商売の本質を突いてくるナゼール。
言われてみれば確かにそうだ。
チェルソは骨董屋である為、文化的価値やら希少性やらをどうしても考えてしまう。
対してナゼールはあくまでシンプルに、需要を見れば良いと考えているのだ。
こんな事にも気づかないなんて、どうやら自分も長い船旅と淡白なブロック食品に思考をやられてしまっていたようだ。
そう思ったチェルソは苦笑して言う。
「なるほど、ナゼール君の言うとおりだね。ありがとう、これで糸口が見えたよ」
「そりゃ良かったぜ」
「ところで、オレールさんの様子はどうだい?」
「親父は今のところ元気だぜ。まぁちょっと船旅に飽きてはきてるが体調面で心配はねえよ」
「それは良かった」
今回の旅にはナゼールの父であるドンガラの族長オレールも同行している。
当初は“持病が悪化するといけないから”と周囲の人間に止められていたのだが、本人の強い希望で同行することになったそうである。
そしてアメリー・ムカバも今回の旅に同行している。
プレアデスを代表する四部族の代表二人で、サイドニアの王エドガーと交易について話し合うのだろう。
そして残ったヤニック・ンゴマと新族長デボラに留守中のプレアデスを任せるのだ。
その後もナゼールと時折言葉を交えながら品物の選別に励むチェルソ。
そろそろ休憩がてら食事でもしようかと思い食堂に行こうかという時、急に船室の外が騒がしくなる。
それが気になって出てみると、船員同士が何やら話しこんでいた。
「おい何だ? 今の音。 ほら、また聞こえた」
「この船に爆竹なんて積んでたか?」
その会話を聞いたチェルソが耳を澄ますと確かに波の音に混じって断続的にタタタ、と何かが弾けるような音が聞こえてくる。
船室の奥に引っ込んでいて作業に没頭していた為に今まで気づかなかったのだ。
「何の音だろうね、ナゼール君」
「……もしかして……これって」
深刻な表情で考え込むナゼール。
「知ってるのかい?」
「ひょっとすると、銃声かもしれねえ。前に聞いた事がある」
「え? なんだいそれは」
「説明は後だ。ちょっと様子を見てくるぜ。チェルソさんはここにいろ。嫌な予感がする」
「え? ちょっと! ナゼール君!?」
チェルソの言葉には答えずにナゼールは廊下を駆けて行ってしまう。
どうしたものかとチェルソが思案していると、背後からどたどたと足音が聞こえてきた。
振り返るとハルであった。
「あ、ハルちゃん。丁度良かった。今ナゼール君がね……」
だがハルはチェルソには目もくれず全速力で音の方へと駆け抜けていった。
その表情には鬼気迫るものがあり、明らかにいつもと様子が違っていた。
「やれやれ……何かまずい事が起きてるみたいだね……」
チェルソは独り言を呟くと、ナゼールとハルが駆けて行った先へと歩き出した。
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突如現れた鋼鉄の船に乗った男達。
彼らの銃撃から庇うべく、クルスを突き飛ばすフィオレンティーナ。
直後に彼女を襲う激痛。
胸と首筋に銃弾を受けてしまった。
視界が赤黒く滲む。
聴覚もおかしくなった。
全身に鉛でも突っ込まれたみたいに、体が重い。
何とか首を動かしてクルスの方を見やる。
彼は無事だ。
彼に言わなければ。
彼は今精神的に参っているはずだ。
彼に言わなければ。
“あなたのせいじゃない、気にしないで”
そう、言わなければ。
ですから、神様、どうかお願いです。
もう少し、もう少しだけ時間をください。
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「クルスさん!! 伏せてっ!!!」
起き上がろうと腰を浮かせたクルスをフィオレンティーナが突き飛ばす。
突如横からの強い衝撃を浴びたクルスはもんどりうって倒れる。
そして倒れている時、彼の耳に信じられない音声が飛び込んできた。
タタタタ、という銃声だ。
その瞬間、寝ぼけ気味だったクルスの頭は一気に覚醒する。
一体何故こんなところで銃声が聞こえるのだ。
バルトロメウスの差し金だろうか。
いや、そんなことより。
クルスは恐る恐るフィオレンティーナの居た方を見やる。
「……フィオ……?」
クルスの目の前には血だらけになったフィオレンティーナが横たわっている。
胸の辺りに銃撃を受けたようだ。
慌ててクルスは彼女に駆け寄る。
「フィオっ!! 待ってろ、今回復薬を」
そうしている間にも銃声は響いているが、分厚い船の縁が銃弾を防いでくれている。
敵の武器は貫通力の低い短機関銃だろうか。
その銃声を聞きながら、クルスは震える手で『ベヘモスの胃袋』から回復薬を取り出そうとする。
その時フィオレンティーナが血まみれの腕を伸ばしてきてクルスを掴んだ。
「フィオ!? どうした?」
「ぐ……る……ず、ざん」
フィオレンティーナは何かを喋ろうとしているが、それが上手く音にならない。
首元を見ると銃弾が貫通して喉に穴が開いており、そこから息がひゅうひゅうと漏れている。
クルスの頭の中の冷静な部分が告げる。
彼女の生存は絶望的だ、と。
それを振り払うようにクルスは言った。
「いいから、喋るな! 今、治療を」
「……」
だがフィオレンティーナはクルスを掴むのを止めず、クルスに何事かを伝えようとしている。
喋るのを諦めた彼女はクルスの腕を強く握ると、にっこりと微笑んで頷いた。
それを呆然とした面持ちで見つめるクルス。
「フィ、オ……?」
次の瞬間。
クルスの腕を握っていたフィオレンティーナの腕から力が抜けて、下に落ちる。
その腕を掴んで脈を調べるクルス。
脈は既に止まっている。
「うそだろ……?」
クルスが彼女の顔を見ると、一切の表情が消えて瞳孔が散大している。
フィオレンティーナは死亡していた。
こうなってしまってはもう、《奇跡》を神に祈ろうが《祈祷》で精霊に助けを請おうが助からない。
「あ、ああああ……ああ……あああぁぁ」
言葉にならない嗚咽が喉の奥からあふれ出してくる。
尚も銃声が響いて船の分厚い縁を叩き付けているが、クルスはその場から動けなかった。
「クルスさん!! 生きてるか!?」
突如、声をかけられたクルスがその方向を見やるとナゼールが走ってきていた。
そのすぐ後ろからハルも駆けてきている。
「マスター!!!! 無事ですかっ!?」
「ハル……ナゼール。ああ、フィオが、フィオが……」
フィオレンティーナの遺体を見つめて鎮痛な表情を浮かべる二人。
だが次の瞬間ハルが、尚も茫然自失しているクルスの頬をパンと張る。
「しっかりしてください、マスター!! ここでマスターまで死んだらフィオさんは犬死にですよっ!!」
「…………」
「ほら!! ぼさっとしないで指示を出す!!!」
言われてクルスは周りを見る。
いつの間にやら既に戦闘は始まっていた。
コリンとレリアはそれぞれ自前の術で遠距離攻撃をして相手の射手を牽制していた。
レジーナとチェルソは船員達と共に船に取り付こうとしている敵兵士を振り落としている。
更に他の船員たちも総出で突如現れた敵に対処していた。
しかし彼我の戦力差は大きく、このままでは勝ち目は無いのは明白だ。
そうだ、ぼさっとしている暇なんてない。
クルスは自らのこめかみを拳骨で叩き、喝を入れる。
フィオレンティーナの死を悼むのは、後だ。
後にしなければならない。
彼女を悼んで頬を濡らし号泣するのは、後にしなければならないのだ。
クルスはフィオレンティーナの瞼を閉じてやり、遺体をそっと床に置いた。
そして考えを巡らせる。
敵は間違いなくルサールカの連中だ。
ならばこちらもそれに対抗できる武器が必要だ。
それも、とびきり強力な。
もう手段なんぞ選んではいられない。
その時、クルスはようやく理解した。
いままで自分が、何かと理由をつけて頑なに銃を造らなかった本当の理由を。
剣と魔術が活躍する世界観の『ナイツオブサイドニア』の登場人物達に銃なんか使って欲しくはなかったし、それは『この森が生まれた朝に』のキャラ達だってそうだ。
逆に『機械仕掛けの女神』のキャラクター達が魔術やら祈祷なんぞを使いこなしたら、クルスはひどくがっかりしたかもしれない。
それは作品の世界観を崩したくない“作者のエゴ”だった。
そのエゴを捨て去る時がやってきたのだ。
そう考えたクルスはあるものを生成してハルに渡す。
「ハル、これを使え。敵兵を一匹たりとも近づけるな」
「はい……!」
そう言ってハルに渡したのはヴァルズ社製の軽機関銃、《スターカーリーグン249》だ。
多量の携行弾数が売りの軽機関銃で、今回ハルに渡したボックスマガジンには二百発もの弾が装填されている。
また二脚が標準装備されており、射撃時の安定性にも定評があった。
クルスから《スターカーリーグン249》と予備の弾層を受け取るなり、制圧射撃を開始するハル。
そしてズダダダダ、と豪快に銃声を響かせながらクルスに叫ぶ。
「マスター! 敵はモーターボート十数隻!! クルーザーも二隻居ます!!」
クルス達が撃たれた時、突如として敵が出現したように思われたが、実際は敵の光学迷彩で見えていなかっただけであろう。
「わかった! 続けてろ!」
そう言うとクルスは魔力回復薬を一気飲みして、更に生成を開始する。
次に生成したのは銃弾を防ぐ盾《ライオットシールド》だ。
セラミックプレート、硬化ケブラー、チタン等の素材を複合的に組み合わせて防弾性を向上させたモデルである。
複数枚生成してそれらをナゼールに渡す。
「ナゼール。これで非戦闘員と“鐘”を守れ。鐘が壊されたら『メルヴィレイ』が来るぞ」
「ああ、わかった」
「余った盾は手すきの者に渡せ。頼むぞ!」
「ああ! 任せろ!」
そしてクルスは自分用に武器を生成した。
こちらもヴァルズ社製の突撃銃、《トロンピート》だ。
ブルバップ式の突撃銃でフルオート射撃・セミオート射撃の他に、ワントリガーで弾を三発発射する三点バースト射撃への切り替えが可能だ。
さらに銃身下部にアタッチメントとしてグレネードランチャーを取り付けている。
こちらには炸裂弾を装填しており、爆発の衝撃で敵をまとめて排除できる代物だ。
クルスは船べりに身を潜め、敵の銃声が途絶えた瞬間を狙い身を乗り出す。
敵の船団のうちのモーターボート一隻をグレネード炸裂弾で吹き飛ばす。
すかさず《トロンピート》の三点バースト射撃を敵兵に浴びせるクルス。
船上での撃ち合いであるがゆえに、波の揺れの影響を受けてか命中精度はお互いに高くはない。
クルスもかなり敵を撃ち漏らす。
だがハルの《スターカーリーグン249》による的確な制圧射撃により敵の反撃は手薄であった。
それにつけこみ《トロンピート》での強気の射撃を継続するクルス。
その甲斐あってモーターボート数隻を沈めるに至る。
その時、敵兵の一人に視線を吸い寄せられた。
そいつはクルーザーに乗っている。
身体拡張者と思しき男性で、軍用ヘルメットには特徴的なスカルのマーク。
そしてミリタリーサングラスをかけている。
ライフルを持つその腕には鷹の羽をあしらったタトゥーが彫ってあった。
なんてこった。
なぜ、あいつがこんなところに。
その男の名は。
ラルフ・ヴィーク。
クルスの第三作目『機械仕掛けの女神』で主人公を助ける兄貴分の男だ。
用語補足
スターカーリーグン249(Starker Regen 249)
ヴァルズ社製のライトマシンガン。
実銃のベルギーFN社製ミニミ軽機関銃をモデルにクルスが設定した架空銃。
実銃は二百発装填状態で十キロ近い重量であるが、本銃は素材の材質を見直す事でその欠点を若干ではあるが解消しているという設定である。
スターカーリーグンは独語で“大雨”の意。
ライオットシールド
現実世界では暴徒鎮圧の際などに用いられる盾。
それらの多くはポリカーボネート製の透明な盾であり視認性に優れるが、本文中に登場した架空モデルはあくまで耐弾性を重視した結果、視認性は劣悪である。
トロンピート(Trompete)
ヴァルズ社製のアサルトライフルの架空銃。
こちらはフランス軍で採用されているファマスがモデルである。
実際のファマスにはキャリングハンドル部分に二脚が取り付けられているが、トロンピートにはコストダウンの為に取り払われている等の相違点がある。
フォルムが楽器のようにも見えることから、トロンピート(トランペット)と呼ばれる。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 1月15日(月) の予定です。
ご期待ください。
※ 1月14日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月21日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。