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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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11.邂逅



 拳闘会の翌日。


 筋肉痛に苦しみながらも来栖はジャニスさんの業務を引き継ぐ。

 どうやら高位奇跡でも筋肉痛は防げないらしい。


 来栖は経理の専門ではなく現実でもせいぜい人件費管理やら備品発注、MPマスタープランの達成可否確認の際しか経費を気にしてなかったので、ひたすら数字と睨めっこするのはあまり経験がなかった。


 おおまかな業務内容としては農場で採れた野菜の収穫の利益算出、それにかかった人件費等の支出のバランス管理。


 こんなことなら簿記の資格でもとっておくんだった。

 と後悔する来栖だったがそもそもこの牧歌的な大陸においては貸借対照表も損益計算書も存在しないので、そんな知識があってもおそらく無用の長物であっただろう。


 ちなみに来栖の給金は決して低くはない、とは思う。

 物価を設定したときの記憶が曖昧であり、相場も忘れてしまったがバーラムの町に出て日用品の値段と比較しての評価である。


 そこから下宿代・食事代、さらには来栖を奴隷身分から解放するのにかかった額を差し引いても、この大陸における頭脳労働者は高給取りだった。


 ちなみに、拳闘会は慣例として月に一回の開催であるらしかった。

 当然、来栖にとってはもともと勘違いで出場した大会であった為、次は出場する気はさらさら無かったのだがその事を周りの人間に伝えたところ“てめぇ勝ち逃げか”と批難されてしまう。

 周りの人間に叱責されて渋々出場する来栖だったが、結果は一回戦敗退だった。


 前回圧倒したアランと対戦し《飛びつき腕ひしぎ十字固め》でまたも秒殺勝利を狙うも腕が極まる前にバスターで地面に叩きつけられそのまま失神KO。

 知識がパワーに打ち砕かれた瞬間である。


 そうなると人間不思議な物で当初は来栖も乗り気ではなかったイベントだったが、いざ初戦であっさりと負けてしまうと負けず嫌いの心に火が付いてしまった。


 ダリルとの交換授業にも熱が入るようになってきた。

 ダリルは来栖が初戦負けしたのを尻目にちゃっかり優勝している。


 そうして2ヶ月半が経った。

 ダラハイド男爵との契約満了まであと僅かである。





--------------





 バーラムの町の町長シモンズは、ほとほと困り果てていた。

 近頃この周辺を荒らしまわっている狼の群れの対処の件である。


 バーラム近辺の畜産農家が扱っている家畜達が何らかの野生動物に襲われている、という報告が寄せられたのがおよそ一週間前。

 調査の結果それらの凶行は狼達の仕業であると調べがついたのだが、これが思わぬ難題であった。


 そもそも狼というのは非常に社会性の強い動物である。

 単体での強さは熊などの他の野生動物に比べるといささか劣るが、問題は群れ単位での戦闘能力の高さだ。


 群れの規模や敵との相性にもよるが、格上の動物や魔物などは緻密な連携でたやすく狩ってしまう。

 そしてこの近辺を荒らしている群れは近年まれに見る大所帯であった。


 その大規模な群れを排除してくれる冒険者を派遣してくれるように、交易都市ドゥルセの冒険者ギルドに依頼クエストを出したばかりである。

 このまま放置してしまってはやがて群れの規模は膨れ上がり、取り返しのつかないことにもなりかねない。

 早期対処が望ましかった。


 少しでも腕のある冒険者が来てくれることを祈るばかりである。



 翌日の昼前に二人組みの冒険者が現れる。

 

 たった二人か……。


 と、内心の落胆を表に出さないように苦心しつつシモンズは二人に応対した。


「よくぞ、来てくださいました。感謝しますぞ、冒険者の方々。私は町長を勤めるシモンズと申します」


 そう言って二人組みを観察する。


 一人は魔術師ソーサラーだろう。

 十才くらいの少年だ。

 危険を伴う冒険者を志すにはいささか、というかかなり若すぎるが何か事情があるのだろう。

 とんがり帽子を目深に被って油断なくこちらを伺っている。


 そして、もう一人は戦士ファイターと見受けられる女性。

 燃えるような深紅の赤毛が特徴的だ。

 身長二メートルはありそうな長身で、筋肉質の体には刀傷がいくつもついている。


 女性の方がシモンズに自己紹介してきた。


「あぁ、あんたが町長さんか。あたしはレジーナ。こっちのちっこいのはコリンだ。よろしくな」


 ハスキーな声でレジーナが挨拶するとコリン少年が続ける。

 だがその声は異常に小さい。


「……(よろしくお願いし)ます……」


 ほとんど聞き取れないくらい小さい声だったが、コミュニケーションをとる意思が全く無いわけではないらしい。


 本当にこの二人で大丈夫か……相手は大規模な群れなのだぞ。


 と、シモンズは一瞬不安になるが、二人が首からぶら下げているタグを見て考えを改める。

 レジーナが“銀”でコリンは“銅”だった。


 ドッグタグのような形状をしたそれは冒険者の実績を分かりやすく可視化したものであり、ギルドがその冒険者にかけている信頼の度合いでもある。


 魔物討伐数やら依頼成功数などで業績が加算されていき、それが一定以上になると昇格してゆく。

 こう見えて意外と経験を積んだ冒険者であるようだ。

 特に“銀”は中々お目にかかれない高ランクである。


 シモンズが二人組みを値踏みしているとレジーナが説明を促してくる。


「じゃあ町長さん。早速詳しい内容を聞かせてもらおうか」


 シモンズは手短に相手の狼がかなりの群れであること、さらには連中の今の縄張りと思しき場所を伝える。


「なるほどねぇ。その犬っころ共の群れを皆殺しにすりゃいいわけだ。楽な仕事で助かった」


 レジーナはけらけらと笑う。


 だが狼の群れの駆除は二人組みで行うには難易度が高すぎるようにシモンズには思えた。

 シモンズは心配になり尋ねる。


「ら、楽なのですか?」


 それに答える二人組みの冒険者。


「……(楽です)よ……」

「ああ、楽、楽」


 という頼もしい返事が。

 いや、コリン少年の声はほぼ聞こえなかったのだが。


 その時レジーナが腰を上げた。


「うしっ、さっさと終わらせるか。犬はたぶん逃げ回るだろうから、三日くらいかかっかな?」

「……(うん)……」


 シモンズには、ほぼ吐息しか聞こえない。

 レジーナが少年の声をどうやって聞き取っているのか謎だった。


「つうわけだ町長さん、とりあえず宿教えてくれよ」


 そうして宿に余分な荷物を置いて行くと二人組みは意気揚々と狼狩りに向かった。






----------------------





 日が中天に差し掛かった頃。


 シモンズに教わった狼共の縄張り。

 それはバーラムの町から南西に五キロ程進んだ丘陵地帯と森の中間地点だ。

 そこを目指しレジーナとコリンは進んでいる。


 ただ黙って歩くのも退屈なのでレジーナはコリンに日頃思っている事をぶちまける。


「なぁ、お前いい加減その人見知り治したほうがいいぜ」

「うるさいなぁ! しょうがないだろ。生理的な現象なんだから!」


 と、さっきとは比べ物にならない声量でコリン少年が返す。

 彼は病的なまでの人見知りであった。


「わぁーったからそうカッカすんなよ。そんなに喚いたら犬っころ共が逃げちまうだろ」

「逃げるような連中だったらここまで人間の領域に踏み込んでこないと思うよ。たぶん群れが大きくなりすぎて、しょうがなく縄張りを広くしたんだろうし」


 と、冷静にコリンは分析する。


「ふーん。しょうがなく……ねぇ。と、噂をしてりゃお出ましだ」


 狼五頭の小グループがこちらに接近してくる。

 斥候だろうか。


 コリンは魔導触媒である杖を構え詠唱準備に入る。

 レジーナは背中のバスタードソードを鞘から抜き放ち、構える。


「やるぞっ!」


 掛け声と共に前進したレジーナが、踏み込んでの豪快な横振りの一撃で手早く二匹を葬る。

 その振り終わりの隙を狙うべく狼が距離を詰めてきたが、それは果たされなかった。


 コリンの詠唱した《火球》に三匹がまるごと飲み込まれたのだ。


 《火球》の魔術は文字通り手元に大きな火の玉をつくりだし、それを対象目掛けてぶつけるというシンプルなものだ。

 獣相手には炎系の魔術は絶大な効果を発揮する。


 鮮やかな連携で狼どもを仕留めたレジーナが舌なめずりをする。


「さぁて今日は何匹狩れるかね」


 レジーナとコリンは更に進む。





-----------------------






 時は夕刻。


 来栖はバーラムの町に買い物に来ていた。

 正確にはキャスリン奥様とフレデリカ嬢のお付きである。

 日用品を買い込むから荷物持ちをしろ、と頼まれたのだ。


「あと何買うんでしたっけ?」


 荷物を抱えて来栖は尋ねる。

 キャスリンがその問いかけに答えた。


「うん、あとは……チャドさんのとこの雑貨屋で石鹸買って終わりだよ。悪いねぇクルスちゃん付きあわせちゃって」

「いえ、お気になさらず」


 雑貨屋に着くとフレデリカ嬢がまるで歌でも歌うように品目名を連呼した。


「せっけーん、せっけーん」


 元気な子だ。

 来栖がこのくらいの歳だった頃は周囲の大人達から“死んだ魚のような目をしている”と、最大級の賛辞を頂いたものだ。


 そうして買い物を済ませ、来栖たち三人が歩いていると向かいから二人組みが歩いてくるのが見えた。

 冒険者だろうか。

 町の人にはない剣呑な雰囲気を漂わせている。

 彼らとの距離が近付き顔がはっきり見えると、来栖は驚愕に目を見開いた。


 まさか、あいつらは……。

 来栖はひとり息を呑んだ。



 すれ違った後でフレデリカ嬢が口を開く。


「お母さん、今の人達って冒険者さん?」

「うん、そういえばシモンズさんが狼退治に雇ったって言ってたわねぇ」


 キャスリン奥様が、つい今しがた思い出したようにそれに答えた。


 一方の来栖は己で設定した登場人物と、初遭遇した興奮を何とか押し隠していた。

 街で有名人を見かけてしまい、話しかけたいとは思うが結局遠慮してしまう、そんな心境である。


 長身、燃えるような赤毛、背負った大剣、無数の刀傷。

 間違いない。


 彼女は、彼女の名は。


 レジーナ・カルヴァート。

 来栖の処女作『ナイツオブサイドニア』の主人公だ。



用語補足


マスタープラン

 ビジネスの基本計画・基本設計を指す言葉で、元々は建築用語。

 来栖の勤めていた会社では月間目標数値のようなニュアンスで使用されていた。


バスター

 相手を地面(マット)に叩きつける事。

 ダメージを与えるというよりは、極められ掛けている技を外す目的で使用される事が多い。

 だが、バスターでのKOとなった試合がまったく無いわけではない。


お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月19日(水) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月15日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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