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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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108.『世界の歪み』



[ ええ。もしお暇なら『世界の歪み』へと案内して差し上げますけど、如何? ]


 蛇口から出てきたウンディーネがくねくねと体を揺らしながらクルスに提案してきた。

 『世界の歪み』という単語を聞いたクルスに電流が走る。


 ラシェルとの死闘やらバルトロメウスの手がかりの調査で、すっかりクルスの頭から抜け落ちていた本来の目的である『世界の歪み』の捜索。


 そういえばいつだったか精霊サラマンダーも言っていた。

 『世界の歪み』がステロペ島にある、と。


 クルスは身を乗り出しながら即答した。


≪すぐ行く。案内してくれ≫

[ ええ。お安い御用よ ]

≪ここから近いのか?≫

[ 歩いて行けるわ ]


 その様子を隣で見ていたフィオレンティーナが聞いてくる。


「あ、あのクルスさん。精霊様は何て?」

「フィオ、悪い。ちょっと用事が出来た。保存食の件はフィオから皆に伝えておいてくれ」


 そう頼むクルスであったが、それを珍しく跳ね除けるフィオレンティーナ。


「お断りします。と、言うより私もその用事についていきます」

「え、どうした。急に」

「どうせまた何か一人で抱え込んでいるんでしょう? 私にはわかりますよ。とにかく今のクルスさんは危なっかしくて心配だから私もついていきます」


 クルスの目を真っ直ぐ見据えながら告げるフィオレンティーナ。


 ラシェルの件でクルスが落ち込んでいるのは、どうやら彼女にはバレバレのようであった。

 あまり彼女に心配をかけるわけにもいかない。


 観念したクルスはフィオレンティーナに言った。


「わかった。一緒に行くか、フィオ」

「はいっ」


 にっこりと微笑みながら返事をするフィオレンティーナ。

 クルスの言葉を聞いて安心したようだった。 


 そういえば彼女は“エセルバードが呼んでいる”とか言っていたが……まぁ奴は待たせておけば良いだろう。

 そう結論付けたクルスはウンディーネに向き直る。

 その様子を見守っていたウンディーネが声をかけてくる。


[ 話は纏まったかしら? 行くわよ ]

 

 先導するウンディーネについていくクルスとフィオレンティーナ。 

 一階から地下へ降り、薄暗い通路を進む。


 途中でハル達が監禁されていた地下牢を通り過ぎて、さらにその先へと行く。

 暫く進むと突き当たり、というより行き止まりにたどり着いた。


「あれ、行き止まりですね」


 不思議そうに首をかしげるフィオレンティーナ。

 クルスもそれに同調しようとして違和感を覚える。


「そうだな……ん?」

「どうしました?」

「何か、ゆらゆらと景色が揺れている」


 見ると、その行き止まりの壁はまるで砂漠で見る蜃気楼のようにゆらめいていた。


[ ふふ、気づいた? ちょっと待ってて。今扉を出すわ ]


 楽しそうな様子でくるくると宙を舞うウンディーネ。

 彼女が行き止まりのもやもやに水を噴き掛けると、扉が現れる。


[ さ、どうぞ。『世界存在』様。あなたならこの扉を開けられるはずよ ]

≪ああ、わかった。……って、あれ。どうした、お前ら。いつの間に≫


 ふと見回すと他の精霊シルフ、サラマンダー、ノームがいつの間にか扉の脇に控えている。

 代表してノームが答えた。


[ いえ、『世界存在』様が歪みを正す瞬間に是非立会いたいと思いまして…… ]

≪つまりは、見物か≫

[ がはは、まぁそんなものですな ]

≪わかったよ。お前らには何だかんだ世話になったし、好きにしな≫

[ ははーっ。ありがとうございます ]


 そう言いつつクルスは扉に手をかけ、一つ息をつくと一気に開いた。



 次の瞬間、クルス達は気がつけば屋敷の外に居た。


「えっ!? あれ、あれ!? わ、私たち……屋敷の中に居ましたよね……?」


 フィオレンティーナが動転した様子で呟いた。

 それに答えるクルス。


「そのはずだな」


 言いながら辺りを見回す。

 

 周りはプレアデス諸島の密林ではなく、田園風景が広がっている。

 鮮やかな緑色の稲穂が風になびいている様子が美しい。

 そして夏場のような強い日差しが照りつけており、蝉の声が五月蝿うるさかった。


 クルスが顔を上げると透き通るような青空で、そこには特徴的な入道雲が浮かんでいる。

 その光景は何とも日本的であった。


「わっ! なんですか、この黒い地面。ざらざらしてる」


 フィオレンティーナが驚いて声を上げる。

 その声に釣られてクルスが地面を見やると、そこはアスファルトが敷かれた道路であった。


「アスファルトだな」

「あ、あす……?」


 その時、クルスは道路を進んだ先に建物を見つける。

 真っ白な外壁の一軒家だ。


 駐車場にはアクリル製の屋根があり、庭にはプラムが植えてある。

 クルスはその建物を見た事があった。


 昔、クルスが住んでいた家だ。

 小学校五年生になるまでその家で暮らし、その後父親の転勤で引越しをしている。


「……」


 クルスは無言でその家に引き寄せられるように歩き出した。


「え、ちょ、クルスさん?」


 後ろでフィオレンティーナが声を上げるが、クルスはそれを意に介さずに歩き続ける。

 旧来栖家の玄関までたどり着いたクルスは、ドアノブに手を掛け開けようとするがドアには鍵がかかっていた。


「くそっ」


 ドアを開けようと何度も引くが当然、開かない。


 どうするか。

 いっそ“骨砕ボーンクラッシャーき”でドアか窓を叩き壊して中に侵入するべきだろうか。

 と、考えたところでクルスは閃く。


 クルスは『生成の指輪』に“ある物”を思い浮かべ念を込めた。

 そうやって生成したものは、かつて使っていたこの家の鍵だ。


 鍵には当時流行っていたキャラクターのキーホルダーが取り付けられている。

 その鍵を穴に差込み、捻るとがちゃりと音を立ててドアが開錠される。


「ただいま」


 そう小さく言いながらクルスは家の中に足を踏み入れる。

 用心して土足のままリビングに踏み込むが、家の中は無人であった。


 家の中を見回すクルスにフィオレンティーナが遠慮がちに話しかけてくる。


「あ、あのクルスさん。こ、ここって一体……」

「あーその、何ていうか……。俺が昔住んでた家っていうか」

「え? その家が何でプレアデスに……ってそもそも、ここは本当にプレアデスなんでしょうか?」

「わからん。俺にも本当にわからない。正直、とても混乱している」


 その時、家の固定電話の呼び出し音が響き渡った。


「ひィっ!! ま、まま魔物ですかっ!?」


 電話の音に飛び上がって驚くフィオレンティーナ。

 そんなフィオレンティーナにクルスはやさしく告げる。


「フィオ、大丈夫だ。心配するな。魔物なんかじゃないさ」


 おそらく電話の相手は“あいつ”であろう。

 クルスには密かな予感があった。


 そして受話器を取るクルス。


「もしもし」

「よう、久しぶり」


 声の主はやはり“無意識”君であった。


「ああ、本当に久しぶりだな。俺の“無意識”」

「とりあえず、おめでとうと言わせてくれ。とうとう『世界の歪み』を見つけたんだな」

「ああ、ここまで長かった」

「うん、そうだな」

「それで、見つけたはいいが……これからどうすれば良いんだろうな?」

「それなんだがな、一つ言っておかなきゃならない事がある」

「何だ? もしかして俺達の病状の事か?」

「ああ、そうだ。『バルトロメウス症候群』に関する事だ。……いいか、クルス・ダラハイド。落ち着いて聞けよ」


 意味ありげに前置きをする“無意識”の言葉に身構えるクルス。


「……言えよ」

「お前の脳内には今、寄生虫が巣食っている。『バルトロメウス症候群』はウィルス性ではなく寄生虫性の病気だ」


 その言葉を聞いてクルスは絶句した。


 自分の脳内に寄生虫がいる。


 そう思った途端に全身に鳥肌が立ち、頭を掻き毟りたい衝動に駆られるクルス。

 その様子を心配そうな眼差しで見つめるフィオレンティーナ。

 彼女の視線を受けたクルスは何とか平静を装い、受話器を握る右腕を左手で抑えて震えを止める。


「だから、落ち着けって。ダラハイド」

「無茶を言うな、無意識」

「いいから俺のいう事を聞け。いいか、冷蔵庫を開けろ」

「冷蔵庫? 何で?」

「いいから」


 クルスは“持っててくれ”とフィオレンティーナに受話器を預けると、言われた通りに冷蔵庫に向かう。

 そして冷蔵庫を開けた。


 中を見ると食品の類いは何も入ってなかったが、理科の授業で使うような円筒形のシャーレが一枚だけ置いてあった。

 そのシャーレを手に取り、電話の受話器をフィオレンティーナから受け取るクルス。


「いったい何なんだ? このシャーレ」

「中をよく見てみな」


 言われた通りに見てみると、何やら極小の埃のようなものがゆらゆらと揺れているように見えた。


「なんかゴミが入ってる」

「ゴミじゃねえよ。そいつが寄生虫『バルトロメウス線虫』だよ」


 それを聞いた瞬間、クルスはシャーレを持つ手がガタガタと震えるのを感じた。


「こ、これが……」

「そうだ、ダラハイド。いいか、それをシャーレごと踏み潰せ」

「踏み潰す? それで歪みを正した事になるのか?」

「ああ、おそらく」

「おそらく?」

「俺にだって確実な事はわからねえよ。それと、ひとつ注意が」

「今度は何だ?」

「バルトロメウスもたぶん、そっちの空想世界に受肉している」

「受肉……つまり俺みたいに人間の姿でこっちの世界に存在してるってことか?」

「ああ。心当たりはあるか?」


 クルスはラシェルの屋敷を漁った記憶を探る。

 おそらくあのイニシャルの人物だろう。


「たぶんこっちの世界では“H・D”って名乗ってる」

「そうか」

「こっちからも質問いいか?」

「なんだよ」

「何で連絡が途絶えがちなんだ? もっと連絡してくれればこっちだって情報を得られるのに」

「それはバルトロメウスが俺らの通信を逆探知してるからだ。だからある程度のところで切らざるを得ないし、こっちからの連絡もタイミングを計らなきゃならない」

「……厄介な事だな」

「まったくだ。……ちっ、ボチボチ気づかれる。いいか、歪みが全部で何個あるかわかんねえが、一個一個潰していけば現実に戻れる可能性はある。希望を捨てるなよ!」

「そうは言っても、脳内の寄生虫を本当に駆除できるのか?」

「けっ何を今更。ヒトの大腸に何億の菌が居ると思ってるんだ。脳内の寄生虫なんて恐るるに足んねえよ」


 無茶苦茶な理論であったが、それには不思議な説得力があった。


「わかったよ、またいずれ声を聞かせてくれ」

「勿論だ。またな、ダラハイド」

「ああ、またな無意識」


 そう言うとクルスはシャーレを床に置き、それを思いっきり踏み潰した。




「あ、あれ? 戻ってきましたね……」


 フィオレンティーナが静かに声を上げる。

 その声ではっとして顔を上げるクルス。


 そこは先ほどまで居た屋敷地下の行き止まりであった。

 壁を見ても、もう旧来栖家への扉はない。


「ああ、そうだな。戻ってきた」


 どっと疲れを感じながらクルスが見回すと精霊達が満足そうな顔で出迎える。

 ノームがクルスを労うように言った。


[ 遂にやり遂げましたな。『世界存在』様 ]

≪いいや、まだ歪みを一つ正しただけだ≫

[ ご謙遜を。『世界存在』様にかかれば一も百も変わりません ]


 適当な事を言いやがってこのジジイ。

 そうクルスが思っているとフィオレンティーナが聞いてくる。


「あの……クルスさん。さっきのは一体……?」

「あ、ええとそれは……」


 と、クルスが答えようとした時。


「あーーーーーーーー!!! 居たーー!!」


 突如投げかけられた大声にびっくりして目をやると、声の主はコリン少年であった。


「あ、コリン先輩……」

「もーーーーーーー心配したんだよ! 屋敷のどこ探しても居ないんだからぁ!」

「あ、ごめん」

「まったく……エセルバードもカンカンだったよ。あいつにはクルスが謝ってよね。僕悪くないんだから」


 そう言うとコリンはぷんすかと怒りながら、すたすたと歩いて行ってしまった。


「あ、あのクルスさん……?」


 尚も尋ねてくるフィオレンティーナ。

 そのフィオレンティーナにクルスは精一杯強がった笑みを見せて告げた。


「フィオ、今回の事はしばらく二人だけの秘密だ」


 などと冗談めかしてのたまうクルス。

 そうでもしないと、突きつけられた事実に潰されてしまいそうであった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 1月8日(月) の予定です。


ご期待ください。




※ 1月 7日  後書きに次話更新日を追加 

※ 1月 9日  一部文章を修正

※ 4月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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