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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
106/327

106.最期の質問



 プレアデスの呪術師ラシェルは異母姉ラシェルへと突進する。

 鉈を右手に携え、ラシェルに斬りかかった。


≪ラシェル!≫


 レリアの鉈を大鎌で器用に受け流したラシェル。

 呪術の詠唱を開始しようとするラシェルだったが、レリアは連続して攻撃を仕掛けてそれを阻止する。


≪詠唱の邪魔が上手いわね。まったく……嫌になるわ≫


 辟易した様子で呟くラシェル。

 そのラシェルから今度は仕掛けてくる。


 大鎌を豪快に横に払ってレリアを遠ざけようとするラシェル。

 そしてレリアがバックステップで距離を離した瞬間に短い詠唱の呪術を放つ。


 烏賊イカの墨を彷彿とさせる霧を放ち相手の視界を短い時間塞ぐ《黒霧》だ。


 視界を制限できる時間はごくごく僅かではあるが、白兵戦の最中ではその数瞬が勝敗を分ける。

 レリアは咄嗟に右手の鉈に《炎蛇》を纏わせて《黒霧》を振り払う。


 そしてその勢いのままラシェルに斬りかかる。

 ぶんぶんと鉈を振り回す連撃を見せるレリア。


 それをすんでのところで回避するラシェル。

 通常の鉈であったなら回避できていた攻撃であったが、レリアが現在振っているのは《炎蛇》付きである。

 すんでのところでかわしても、炎が徐々に身を焼いてゆく。


≪ああ! もううざったいわね!!≫


 守勢に回りイラつきを隠せなくなったラシェルが鋭い蹴りを放ち、それを食らったレリアは後ろに吹き飛ぶ。

 だが吹っ飛びながらも受身をとって素早く立ち上がるレリア。


 そしてすぐさま距離を詰めようと走り寄る。

 しかし時間が足りなかったようだ。

 ラシェルが呪術の詠唱を完了させる。


 ラシェルは右手に黒い焔を纏わせて、それをレリアに向けて放とうとしてきた。

 レリアは反射的に持っていた鉈をラシェルに向かって全力で投擲した。


 ぶんぶんと回転しながらラシェルに向かって飛んでゆく鉈。

 《炎蛇》を纏わせた鉈は、この月夜でラシェルの目の順応を狂わせることに成功する。


 暗い夜に慣れたラシェルの目に、急に炎の光で輝く鉈が飛び込んできた。

 それに面食らったラシェルは術を中断し、大鎌で鉈をはたき落とす。


 その隙を逃さずレリアが駆け寄り、体当たりを食らわせた。

 それをまともに受けてもんどりうって倒れるラシェル。

 地面に頭を打ち付けて、一瞬意識が落ちかけている。


 今だ、今しかない。


 そう直感したレリアは右手に毒素の塊を集める。

 どんな生物だろうと容赦なく穢れた肉塊に変えてしまう《毒霧》である。


 それをラシェルに放とうとした時、レリアの脳裏に誰かの声が響く。


“危険な呪術を考え無しにホイホイと使うんじゃないよ。”


 それはレリアがウモッカを《毒霧》で撃退したときに、アメリー・ムカバがレリアを諌めた時の言葉だった。

 それを思い出してはっとするレリア。


 その時ラシェルの顔がレリアの目に入る。

 今でこそお互いにいがみ合っている二人ではあるが、幼少の頃は仲が良かった。


 ラシェルの顔が《毒霧》でドロドロに溶けて崩れるのを想像するレリア。

 その結果、おぞましいイメージに一瞬思考を奪われてしまった。


 次の瞬間。


≪甘いわ、レリア≫


 ぞっとする声で静かに告げるラシェル。

 彼女はレリアが躊躇している隙に、自らも《毒霧》の詠唱を完了させていた。


 ああ、しくじった。


 自分がくだらない逡巡をして動けない間に、この女は生き残る為の最善の選択を完了していた。

 自分には覚悟が、執念が足りなかった。


 レリアは後悔を顔に滲ませる。

 

 ごめんなさい、デボラ。


 最愛の妹の顔を脳裏に浮かべ、レリアは静かに目を閉じた。






--------------------






≪レリアっ!!!≫


 ハルとともに精霊もどきを牽制して封じていたクルス。


 そんなクルスは戦いながらも遠目にレリアの窮状を視認していた。

 トドメを刺すのを躊躇ったレリアにラシェルは《毒霧》を放とうとしている。


 クルスは即座に《勝利》のルーンを刻み、更に足元に魔術《風塵》を発動させた。

 その勢いで以って全力でレリアの元に向かう。


 一足飛びでレリアの元に向かうクルスだったが、焦りのせいか途中でバランスを崩してしまう。

 しかしよろけて完全に転倒する前に、目の前の地面に《氷床》を発動させた。


 目の前を滑りやすいアイスバーンに変えたクルスは、転倒した勢いでスライディングをして地面を高速で進んだ。

 《俊足》のルーンの効果で時間がややゆっくりに感じられる中、クルスは僅かな時間で判断を迫られる。


 レリアは自分の死を悟って諦めてしまっている。

 対するラシェルには異母妹と違って迷いは無い。

 起き上がりつつ《毒霧》をレリアにぶつけようとしている。


 彼女を止めるには殺すしかない。

 レリアの正に目の前で、殺すしかないのだ。


 滑りながらもクルスは覚悟を決めて“骨砕ボーンクラッシャーき”の切っ先をラシェルに向けた。

 そして勢いを保ったままラシェルに刺突を見舞う。


「レリア!! よけろ!!」


 その声に気づき目を開いたレリアの眼前でクルスはラシェルの胸に剣を突き立てた。

 ラシェルの左胸に深々と突き刺さる剣。


≪がふっ、ああ……≫


 致命傷を負ったラシェルが口から血を吐き出す。

 そのラシェルに叫ぶレリア。


≪姉さん!!≫


 そしてラシェルに近付いて顔を寄せる。

 その様子を見て力なく笑うラシェル。


≪な、んてかお、してんの、よ……レリア≫

≪だって、だって……≫

≪わた、じはあなた達のてき、なんだから、喜、びなざいよ……≫

≪でも……! 今まで言えなかったけど、私は姉さんの事を尊敬してた……。私はあの時、あなたみたいに自分以外の誰かを案じる事ができなかったから……≫

≪なん、で今さら、いうのよ。ばかね……≫


 そう言って血だらけの胸にレリアを抱き寄せる。

 それを目の当たりにして胸が押し潰されそうになるクルス。


 そのクルスにレリアが話しかけてきた。



≪クルス……ひ、とつだけ、おじえて……≫

≪……何だ?≫

≪わたしと、レリア達と、何が、ちがったの? なんで、わた、しは、こんな生き方しか、でき、なかったの?≫



 それを聞いて頭が真っ白になってしまうクルス。

 まさか“登場人物ラシェルの気の毒な生い立ちは、特に必然性の無い単なる作者クルスの思いつき”とは、口が裂けても言えない。


 ならば、何と言えば良いのか。

 どういう言葉をかけてやればこの女は最期に納得するのか。

 クルスは答えを見つけられなかった。


≪そ……それは……≫


 空虚な表情で必死にに言葉を探すクルス。

 そんな彼にレリアが話しかけてくる。

 目に大粒の涙を溜めていた。


≪クルスさん≫

≪……え?≫

≪もう、逝ってしまったわ……≫

≪あ……ああ。そうか。…………そうか≫


 そう言いながら、震える手で剣を引き抜く。

 そして瞳孔が開いたラシェルの瞳を閉じてやった。


 クルスが空っぽの頭で辺りを見回すと、ハルが直ぐ傍に駆け寄ってきていた。


≪マスター。大丈夫ですか?≫

≪あ、ああ。ハル≫

≪ほんとに本当に大丈夫ですか? しっかりしてください。それとあの“黒いやつ”なんですが……≫


 その一言で我に帰るクルス。


≪そうだ! “精霊もどき”は?≫

≪なんだか、急に微動だにしなくなりました。……おそらくラシェルさんが……≫


 “死んだから”という言葉を飲み込むハル。

 その視線の先のレリアは、うなだれてへたり込んでいる。


 クルスは精霊もどきに視線を向ける。

 その漆黒の巨大な人影が何だかやけに寂しげに見えた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 1月4日(木) の予定です。


ご期待ください。




※ 1月 3日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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