表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
105/327

105.精霊もどき



 ハルとデボラ、そして二人と共に捕らえられていたゾエ婆と共に屋敷からの離脱を試みるクルス達。

 当初の予定では二人を救出し次第ラシェルの拘束に向けて動く予定だったのだが、護衛対象が一人増えた為、予定変更してひとまず離脱を優先した。


 だがその豪華絢爛な屋敷からの離脱の際、クルスはラシェル独自の呪術で捕らえられてしまう。

 突如現れた巨大な漆黒の腕に掴まれ、それを振り払おうとともがくクルス。


≪くそっ、離せ!!≫

≪いいわ。離してあげる。ほうら≫


 ラシェルの呼び出した巨大な漆黒の腕に投げ飛ばされてしまったクルス。

 凄まじい力で投げ飛ばされたせいか、加速の衝撃で一瞬意識が飛びかけるが何とか持ちこたえる事に成功する。


 闇夜の空に投げ出されるのは通常なら相当の恐怖を伴う事ではあったが、『精霊』シルフに風で飛ばされたのが今思えば良い予行演習になった。

 段々と勢いが無くなって、やがて地面が近付いてくる。


 着地の衝撃を逃がす為に魔術《風塵》を発動するクルス。

 地面への着地タイミングを計り、何とか無傷での着地を成功させる。


 クルスが降り立ったのは、集落の外れ近くにある畑であった。

 何の作物を育てているかは辺りが暗くてよく見えなかったが、飢饉で苦しんでいる他の集落とは違ってここの畑は問題なく作物が育っているようだ。


 そこでふと疑問が生じる。

 何故ここの畑は問題なく収穫できているのだろうか。


 いや、それは後でラシェルを締め上げて吐かせればいい。

 とりあえずハル達と合流するのが先決だ。


 そう考えたクルスはラシェルの屋敷の方へと歩き出す。


 そこへ見覚えのある小人の老人がひょい、と姿を現した。

 『精霊』ノームだ。


 ノームはぴょんと勢い良く飛び跳ねると、クルスの隣に着地して一緒に歩き出す。


[ ご無事でしたか、『世界存在』 ]

≪ああ、何とかな。それより、ノーム。ひとつ聞きたいんだが……≫

[ 何なりと ]

≪お前は今プレアデスを襲っている飢饉の原因を知っているか?≫


 プレアデス諸島を舞台にしたクルスの二作目の小説『この森が生まれた朝に』。

 その作中では飢饉が発生するなどという出来事イベントは起こらない。

 ましてや今回のようにオーベイと他の部族が本気で敵対するなんて状況は本来有り得なかった。


 西洋風王道ファンタジーの処女作『ナイツオブサイドニア』や銃と機械兵器によるドンパチを書きたかった三作目『機械仕掛けの女神』と違い、『この森が生まれた朝に』は日常系の話である。


 作中ではラシェルもここまで悪逆非道な存在ではなく、せいぜいナゼールに嫌がらせやちょっかいをかけてくる程度の存在だった。

 それが今では殺し合いに発展してしまっている。

 その原因にして出発点はクルスには心当たりの無い飢饉である。


 クルスの問いかけにノームは意外そうに答える。


[ おや、『世界存在』はご存知ではなかったのですか。てっきりお見通しかと ]

≪勘違いするなよ、ノーム。俺はそこまで万能の存在じゃない≫

[ 左様でしたか。では時間も無いので端的に説明しますと今回の飢饉はオーベイの仕業です。独自の《印術ルーン》を刻んだ死体を田畑の近くの地中に埋めておったのです ]

≪なんだと?≫

[ どうやらその死体が付近の生気を吸い取っておったようですな。それで作物の実りが急に悪くなってしまったと。そして完全に周囲から生気を吸い尽くした後に、その死体は不死者アンデッドに転じて集落を襲っておったのです ]

≪そりゃひどいな……≫


 その残忍極まりない食糧攻撃は、極限までコストカットしたBCテロとでも言うべき狂気を内包していた。

 非人道さではベトナム戦争で撒かれた悪名高い“枯葉剤”と大差ないように思える。

 そしてクルスはもうひとつの自分が設定していない事柄についてノームに尋ねた。


≪ん? ちょっと待てよ。その独自の《印術ルーン》ってのは何だ? 俺はそんなの設定してないぞ≫

[ それはあの女に聞いた方が良いでしょうな。我々も正確なところはわかりませぬ。唯一つ確かなことはあのオーベイの魔女は我々以外の新しい精霊を生み出そうとしておったようです ]

≪はぁ? ≫

[ 尤も、出来上がったのは“精霊もどき”と呼ぶべき歪な存在ですがな。その“もどき”がしるした文字を使って死体を操っておったようです ]


 その時、トカゲの姿をした『精霊』がクルスの前に姿を現す。

 サラマンダーだ。


[ 『世界存在』さま。気をつけて。あの女がこっちに来ます ]


 それを受けてクルスは頷く。

 そしてノームがクルスに告げてきた。


[ 我々は実体を持ちませんので直接戦闘のお手伝いはできませんが、《印術ルーン》での支援は可能です。あの女と“精霊もどき”は手強いでしょうから、複数の文字を刻んだ方が良いでしょう ]

≪おい、いいのか? 《印術ルーン》の重ねがけは禁忌だと……≫

[ ええ、この戦いにはプレアデスの存亡がかかっております。今回は特別です ]

≪わかった≫

[ ですが、一度に身体能力を上げすぎると体にかかる負担が増大してしまいます。せいぜい二~三の文字に留めた方がよろしいでしょう ]


 丁度その時、ラシェルの姿がクルスにも視認できた。

 大鎌を携えてゆっくりと歩いてきている。


≪わかった。ありがとう、ノーム、サラマンダー≫


 精霊に礼を言うとクルスは《しるし》を刻む。

 一方の精霊達は頭を下げて畏まる。


[ あなた様もお気をつけください。それでは ]


 そう言い残すと精霊たちは何処かへと消えてしまった。

 おそらくクルスが戦闘に集中できるようにという配慮だろう。


 今回クルスは使用者の反応速度を向上させる《俊足》のルーンと、相手の術を弾く《魂壁》のルーンを選択した。

 それぞれ、シルフとウンディーネのしるした文字である。


 先ほど“精霊もどき”に掴まれた時に感じた事であるが、おそらく《勝利》のルーンで身体能力を底上げしたところであの腕は振りほどけなかった。

 ならば最初から捕まらないように《俊足》のルーンで敏捷性を上げた方が効果的だ。

 そして《魂壁》のルーンはラシェル本体の呪術対策である。


 そうこうしているうちにラシェルが近付いてきた。

 そして彼女は口を開く。


≪あらあら、『精霊』もすっかり手懐けちゃって。楽しそうね、創造主さん≫

≪まあな。でもそっちにだって愉快な黒い腕が居るじゃないか≫

≪ああ、この腕はね……≫


 そう言ってラシェルは再び巨大な黒い腕を出現させた。

 いや今度は腕だけではなく“精霊もどき”の上半身が出てくる。


 その“精霊もどき”を見上げて、ラシェルは言った。


≪これはね……私の父よ≫

≪これが……マティアス……だと?≫


 クルスは驚愕に目を見開く。

 この女は父殺しをした後でその父を人ならざる存在へと変容させてしまったというのか。


≪そうよ、あなたが設定してくれた外道よ。本当に感謝してるわ≫

≪……どうやって人間を精霊もどきに変えた?≫

≪もどき、とは失礼ね。これは成り立ちは兎も角、本質的には本当に精霊に近いものよ。バルトロメウス様が造り方を教えてくれたの。でもあなたに教える義理はないわね≫


 ラシェルはどうやらすっかりバルトロメウスに入れ込んでいるようだ。

 クルスとしては是が非でもその情報を聞き出したいところだが、クルスの事を憎悪しているこの女からは聞きだすことはおそらく無理であろう。


 覚悟を決めたクルスは“骨砕ボーンクラッシャーき”を鞘から抜く。

 それを見たラシェルは口が裂けそうなほどの笑みを浮かべる。


≪そうね。そろそろ始めましょうか。ああ、安心して。あの機械人形の相手は私のかわいい不死者アンデッドの巨人とアルベリクがやってくれてるわ≫


 どうやらハルは足止めを食らってしまっているようだ。

 であるならば、さっさとラシェルを撃破してしまっての短期決着を狙う他ない。

 そう考えたクルスはラシェル本体に向かって突撃を敢行する。


 クルスが突っ込んでくるのを見たラシェルは、精霊もどきに合図を出す。

 すぐさま先ほどと同じく黒い巨大な腕がクルスに襲い掛かってくる。


 だが、《俊足》のルーンで反応速度が向上したクルスには実にスローに見える攻撃だ。

 そのまま腕をかわしラシェル本体に斬りかかるクルスであったが、ラシェルが手から黒い焔を吹き出してきて迎撃してきた。


 それに反応したクルスは咄嗟に横へ飛びずさり、かわしきれない焔は魔術《水撃》をぶつけて威力をやわらげる。

 しかしそうして工夫して威力をやわらげても、その焔の威力は凄まじかった。

 《魂壁》のルーンも貫通しそうな勢いで、高温に晒されるクルス。

 否、おそらくルーンがなければ致命傷だったのだ。


 焔でクルスを追い払い再び距離を取ることに成功したラシェルが話しかけてきた。


≪危ない危ない。流石ね、創造主≫

≪その黒い焔は何だ?≫

≪これ? バルトロメウス様が教えてくれた呪術《黒焔》よ。あなたが考えたヘボ呪術より有用よ。凄いでしょ≫


 そう言って更に《黒焔》を撃ってくるラシェル。

 火炎放射器のように薙ぎ払われる焔に阻まれ接近できないクルス。

 だが距離をとれば、今度は精霊もどきの腕が襲い掛かってくる。


 手詰まりだ。


 クルスは決断を迫られた。

 ここでラシェルを単騎で撃破するのは諦め、逃げてからハル達と合流するのを目指すべきか。


 いや、向こうの戦況が不明な今はそれも得策とはいえない。

 死体の巨人とやらが暴れているという場所に、精霊もどきまで連れていったら大混乱は必至だ。


 クルスが頭をフル回転させて打開策が無いかを思案しているその時、唐突に福音は届けられる。


 急に背後から響くワイヤーの音。

 次の瞬間、近くの樹木に《フックショット》の楔が打ちつけられる。


 ハルがここに駆けつけてくれたのだ。

 そしてその腕にレリアを抱えている。


≪マスター!! 無事ですか!?≫

≪何とかな!≫


 そしてクルスの近くに着地するハルとレリア。

 レリアがクルスに声をかけてきた。


≪クルスさん、あの黒いのは?≫

≪あれは……精霊もどきというらしい≫


 あれがレリアの父だとは言わない方が良いだろう。

 少なくともこの戦闘中は。

 そう考えたクルスはぼやかして答えた。


 そこへラシェルが声をかけてくる。


≪裏切り者の子レリア! こっちへいらっしゃい! 決着けりを付けましょう!!≫


 ラシェルの挑発だ。

 それに反応したレリアをクルスは諌めようとする。


≪おい、レリア……≫

≪クルスさん、大丈夫。私は冷静よ。それにラシェルのいう事も正しい。どっち道ここで決着を付けるしかないわ≫

≪……わかった。精霊もどきは俺とハルで抑えておく≫

≪ええ、ありがと≫


 そう言うとレリアは鉈を構え、異母姉へと突進していった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 12月31日(日) の予定です。


ご期待ください。


※ 4月21日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ