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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
104/327

104.死者達の宴



≪クルス・ダラハイドぉぉっ!! 私の妹を返せぇぇっ!!≫


 背後から突如襲い掛かってきた女の大鎌による斬撃を、すんでのところでかわしたクルス。

 咄嗟に“骨砕ボーンクラッシャーき”で反撃を試みるが、一瞬反応が遅れてかわされてしまう。

 その女の姿を視認したハルがクルスに注意を促してきた。


≪マスター! そいつがラシェル・オーベイですよ。注意してください、私はスタンガンでやられました≫

≪何だと?≫


 これではっきりした。

 この女にはやはり外部の協力者が居て、クルス抹殺はそいつに頼まれたものに違いない。


 というよりもそんな心当たりは一人しかいなかった。

 いや、“一人”という表現が適切かはわからないのだが。

 クルスの脳内の空想世界では、何故か邪神と崇められている病魔バルトロメウス。


 この女は“殺人鬼マーダー”と同じくバルトロメウスの信奉者に他ならない。

 その事を確認する為にクルスはラシェルに尋ねてみる。

 

≪おい、バルトロメウスは元気か?≫


 敢えて気さくな口調を使うクルス。

 相手の神経を逆撫でするためだ。

 何か情報を喋ってくれるかもしれない。


 クルスの言い方が不服だったのかラシェルは激昂した。


≪あの方の御名を穢れた口で呼ぶな! このろくでなしめ!!≫


 ひどい嫌われようだ。

 自らの考えた登場人物に口汚く罵られ、胸が痛くなるクルス。


 だが、そんなクルスの考えなどお構い無しにラシェルは呪術を発動させる。

 短い詠唱の後、さっとしゃがんで右手を地につけるラシェル。


 対象の動きを蔦で制限する《樹縛じゅばく》を警戒したクルスは咄嗟に跳び上がった。


 《樹縛》は相手に読まれているとあまり効果を発揮しない術である。

 相手を拘束する力は確かに強いのだが、蔦が相手を捕らえる動きは意外と緩慢であるからだ。


 それ故に逃げ回るか、蔦が絡まる前に焼き払ってしまう等の対処がとれる。


 しかしラシェルが使用したその呪術は、クルスの設定していないものであった。

 彼女のオリジナルだ。


 ラシェルが手をつけた地面が影の様な黒い何かに覆われる。

 そしてその影の中から巨大な漆黒の手が伸びてきた。


≪な……んだとっ!?≫


 自分が設定していない未知の呪術に不意を突かれたクルスは、その巨大な手に捕まってしまう。

 その手の力は凄まじく、クルスがもがいてもびくともしない。


 その様子を満足げに眺めるラシェル。


≪ふふふ、哀れね≫

≪くそっ、離せ!!≫


 必死に暴れるクルスの言葉を聞いてラシェルがにんまりと笑った。


≪いいわ。お望み通り離してあげる。ほうら≫


 ラシェルの言葉が終わらぬうちに、クルスを掴んでいる腕が投球動作の様に大きく振りかぶる。

 次の瞬間、物凄い力でクルスは空中へと投げ出されていた。





---------------------







≪マスター!!≫


 闇夜にハルの叫び声が響き渡る。

 主であるクルスが巨大な漆黒の腕に放り投げられてしまった。


 できることなら直ぐにクルスのもとへと駆けつけたいところであったが、生憎彼女の前にはラシェル・オーベイとその配下達が居る。

 そしてハルの隣には非力なデボラとゾエ婆。


 彼らを置いて行くことはできない。

 チェルソだけではこの数の相手は出来ないであろう。

 ハルはここから離れられない。


 そんなハルを尻目にラシェルが余裕綽々に告げた。


≪さてと、これで分断できたかしら。一応足止めの駒も置いて行こうかしらね≫


 ラシェルがまたもや詠唱を開始する。

 先ほどとは違い、今度は長めの詠唱である。


 だが詠唱が長かろうが短かろうが、奴の術が発動してしまってはどの道ロクな事にならない。

 そう判断したハルは一気に距離を詰めて妨害すべくフックショットを構える。


 そしてワイヤーを巻き取って移動しようとしたその時、見覚えのあるサーベルタイガーが飛び掛ってきた。

 その剣の様な牙による攻撃を《パイルバンカーE型・改》で受け止めるハル。


≪まーた君ですか、アルベリク!!≫


 そう毒づくハルに、グルルルと呻り声で返すアルベリク。

 主人であるラシェルのサポートを的確にこなす辺り、本当に知能は高いのかもしれない。


 そしてハルが足止めを食らっている間にラシェルの術が発動してしまう。


 辺りの空気がラシェルの放つ瘴気のようなもので振動する。

 局地的な地震のような揺れの後、地面から無数の腕が伸びてきた。


 腕、といっても先ほどクルスを投げ飛ばした巨大な腕ではなく人間大のサイズだ。

 さらにその腕は実体を持っていた。


≪これは……まさか……≫


 デボラが信じられない、と言った様子で呟く。

 無数に生えてきた腕の正体は夥しい量の死体であった。


 その死体の群れは地面を掘り進め地上に顔を出す。

 多くの屍が地中から這い出して蠢いている様はまさに地獄絵図である。

 そして屍たちは周囲に腐乱したアンモニア臭を撒き散らす。


 地中からあふれ出た死体達が、まるで灯りに群がる虫のように一箇所に集まりだした。

 集まった死体はやがて人のような形を形成する。


 その様子を呆然とした面持ちで見つめるハル達。

 否、唯一人ゾエ婆のみは孫に向けて怒りを露にする。


≪ラシェル。このバカ孫が……。こんな、こんな禁忌を犯しおって≫

≪あなたの息子の素晴らしい教育の賜物ですわ。お婆様≫

≪その私の息子を殺しておいてよく言うよ、この罰当たりめが≫

≪あら、人聞きの悪い。あれは事故ですわ。それじゃあ私はあの男に止めを刺してくるわ。あなた達はその死体の巨人とアルベリクと遊んでなさい≫


 そう言い残しラシェルはクルスが飛んで行った方角へと去っていった。


 不味い。

 強力な術を使うラシェルとの一騎打ちはクルスといえども勝算は高く無いように思えた。

 いやそもそも、投げ飛ばされたクルスが無事という保証も無い。


 一刻も早く助太刀に入らなければならないが、目の前のサーベルタイガーがそれをさせてくれない。


 その時、アルベリクが急に回避動作をとった。

 チェルソが決死の斬撃をアルベリクに放ったのだ。


 ようやくアルベリクから離れられたハル。

 そのハルにチェルソが聞いてくる。


「くそっ。どうする、ハルちゃん?」


 クルス曰く彼は抜刀術の達人であるそうだが、今回の相手アルベリクと死体の巨人とは相性が悪そうだ。


「何とか、この二人だけでも逃がさないと……」


 そう行ってデボラとゾエを見やるハル。

 しかしゾエ婆は高齢かつ、暫くラシェルに捉えられていたせいで早く走れない。


 今この場で逃がしてもラシェルの配下に捕まってしまうのは明白であった。

 かといってハルとチェルソが二人の護衛についてしまうとクルスを長時間危険に晒す事になる。


 どうするべきか。



 その時、死体の巨人の一部が白い炎に包まれた。

 これはフィオレンティーナの顕現させた《奇跡》だろうか。


 という事は……。

 

 後ろを振り返るハル。

 レジーナとフィオレンティーナ、そしてレリア達、プレアデスの民達がこちらに駆け寄ってくるところであった。

 レジーナがハルに問いかけてくる。


「ハル! 生きてるか!!」

「ええ! おかげさまで何とか」


 一方レリアはデボラとゾエに駆け寄り無事を喜んでいる。

 だが、まだラシェルとの決着がついていないせいか表情は固いままだ。

 二人と短く言葉を交わしたレリアはハルに聞いてきた。


「ハルさん。ラシェルはどこ?」

「あっちに向かいました。マスターもそこに居るのですが……」


 それを聞いたコリンがハルに告げる。


「行ってきなよ。ハルさん、レリア。ここは僕らで何とかするからさ」


 そう言いつつ魔術《火球》を死体の巨人にぶつけているコリン。

 その相棒のレジーナは強敵であるアルベリクと向かい合っていた。


 それぞれが自分の役割を適切に果たしていた。

 確かにこのメンバーならこの局面を乗り越えられるかもしれない。

 しかし数では明らかに不利である。


「で、でも……」


 躊躇するハルの背中をフィオレンティーナが押した。


「いいから行ってください、二人とも。クルスさんを頼みます」

「……わかりました。皆さんは死なないでくださいよ。仲間の不死者アンデッドなんて見たくないですからね!」


 そう言うとハルはレリアを右手で抱え、《フックショット》で高速移動をする。


「レリアさん、ちゃんと掴まっててくださいよ!」

「ええ!」


 目指すはクルスが投げ飛ばされ、ラシェルが去った方角である。

 オーベイの一族の因縁に決着をつける時が近付いていた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 12月30日(土) の予定です。


ご期待ください。




※12月29日  後書きに次話更新日を追加 

※ 1月 7日  一部文章を修正

※ 4月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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