103.閃光
「おい、シスター。あれから何か動きはあったか?」
双眼鏡でラシェルの屋敷を見張るフィオレンティーナにレジーナが話しかけてくる。
クルスとチェルソがギリースーツとかいう服を着てラシェルの屋敷に向かうのを見届けたフィオレンティーナとレジーナは、少し離れた高台の森にてラシェルの屋敷を監視していた。
彼女達の少し後方では、プレアデス勢の皆とコリンが来るべき決戦の時に備えて骨休めをしている。
特に妹を誘拐されてしまったレリアは、表面上は気丈に振舞っているものの、だいぶ無理をしているように思えた。
そんなレリアを見て、居たたまれない気持ちを抱いたフィオレンティーナは見張り役を買って出た。
そこへ、この前の失態を取り戻そうとレジーナも同調して今に至っている。
監視を開始して暫く経つがラシェルの配下やサーベルタイガーに動きはなく、現時点では作戦に支障はない。
「いえ、今のところは何も。特に動きは見られません」
「そうか。あいつらが窓から忍び込んだのが五分くらい前だろ。まだハル達のところには辿りついてねえってことか」
「もしくは、何らかの障害に阻まれているかもしれません」
「けっ。少々の障害如き、あいつなら楽勝だろ。あの妙ちくりんな指輪で便利グッズ造れるんだからな」
「そうだといいですけどね。うん、きっとそうですね」
と、自分に言い聞かせるように述べるフィオレンティーナ。
否、クルスが手段を選ばないのなら本当に楽勝なのかもしれない。
現に今フィオレンティーナが覗いている双眼鏡の性能の高さは、マリネリス大陸のものとは比べ物にならないほどだ。
その双眼鏡を一瞥してレジーナが吐き捨てる。
「けっ。さっきの“茂み服”といいその双眼鏡といい、あの野郎絶対マリネリスより良い暮らしを知ってるぜ。気に食わねえ」
その言葉にはフィオレンティーナも色々と考えさせられる事があった。
確かにクルスはあまりあの指輪で便利な物を造りたがらない。
銃については明確に造らない理由を語っていたが、武器になりそうにない生活用具も必要最低限のものしか造ろうとはしなかった。
理由はわからないが、クルスにはその土地の価値観やら風習をなるべく崩さないように振舞っているフシが見られる。
なんというか上手く言葉にできないが“世界に遠慮している”とでもいうのだろうか。
とにかく、何だかよくわからない配慮めいたものを感じるのだ。
フィオレンティーナが思案していると、不意に目の前を微かな光を放つ白い羽虫のようなものが横切る。
蛍だろうか。
それにしては随分と大きかった気がするが。
そう思って双眼鏡から目を離すと“それ”と目があった。
風を司る精霊『シルフ』だ。
それを目敏く見つけた祈祷師の獣人族ポーラが近寄ってくる。
「あ、精霊様だ。シルフ■、■■■■■」
と、精霊に話しかけるポーラ。
どうやら挨拶をしているようだ。
その様子をフィオレンティーナが眺めていると、レジーナが双眼鏡を奪い取る。
「交代だぜ、シスター。ちょっとは休みな」
「あ、ええ。ありがとう、レジーナさん」
最初は粗野で乱暴そうな見た目のレジーナの事を、ほんの少し恐がっていたフィオレンティーナであったが、今ではだいぶ打ち解けてきたように思う。
それに意外と、といったら失礼だがレジーナはこう見えて信心深いようで《祈祷》も《印術》もいくつかモノにしている。
そんなレジーナからポーラに視線を移すと、丁度精霊との会話を終えたところであった。
ポーラに会話内容を尋ねるフィオレンティーナ。
「ポーラさん、精霊様は何て?」
「あ、はい。私たちの作戦が上手くいくかどうか気になって、様子見にいらっしゃったそうです」
「そうなんですか。ところで一つ疑問が……」
「何ですか?」
「精霊様って人間同士の争いに、こんな感じで毎回介入してくるんですか?」
今回精霊たちはクルス達に情報を提供したばかりか、ステロペ島への移動も手伝ってくれた。
無論、その文字通り“ぶっ飛んだ”移動方法については、関係者全員でクルスを締め上げたのだが。
「そう言われれば確かに、うーん。基本的には人間同士の争いには不干渉のはずなんですけど……。ちょっと待って下さいね。今お聞きします」
そう言ってシルフと会話を始めるポーラ。
すると、それまで無垢な子供のようにニコニコとした笑顔だったシルフが、冷徹な表情で何事かを言う。
その言葉をポーラが訳してくれた。
「“オーベイは私たちのしるした文字を冒涜した”だそうです。きっとグールに直接刻まれた《印術》の事だと思います」
エレクトラ島でフィオレンティーナ達に襲い掛かったグール達に刻まれた禍々しい文字。
それを見たヤニック・ンゴマとポーラはオーベイの仕業ではないかという仮説を立てていたが、どうやら正解であったらしい。
その時、レジーナがフィオレンティーナ達に告げる。
「おい、見ろあれ!! きっとクルスからの合図だぜ!」
レジーナの指差す先を見ると屋敷の窓から白い光が上がっている。
垂直に煙を上げながら空に舞うその光は“閃光弾”というらしい。
出発前にクルスが生成していたものだ。
そして白い光は“二人の奪還に成功した”という合図だった。
「やった! ハルさんもデボラさんも無事みたいです」
「ああ、よし。こっからはあたしらの出番だ。おい! みんな行くぞ!!」
骨休めをしていたメンバーに大声で呼びかけるレジーナ。
そして彼女は愛用の大剣を手に取り、早速駆け出す。
その後についてフィオレンティーナも走り出した。
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≪……≫
屋敷内の自室で紅茶を啜る落ち着かない様子のラシェル・オーベイ。
結局あの後もクルスは見つからず、後ろ髪を引かれる思いでモニタールームを後にした彼女は心を落ち着ける為に茶を飲んでいた。
状況から見てクルスとその僕が近くに来ているのは間違いないと思われる。
しかし、いつ来るか分からない相手にずっと気を張っているのも非効率的である。
それ故にラシェルは愛用の大鎌を傍らに置いて、静かに精神を統一している。
ラシェルの敬愛してやまないバルトロメウスもルサールカの最新鋭の武器を横流すのは難しかったようで、彼がくれた武器類といえば機械人形・ハルをショートさせたスタンガンくらいである。
ラシェルはこれからこの世界の創造主を殺そうとしているのだ。
欲を言えばもっと殺傷力の高い武器で一気に勝負を決めたかった。
しかし、すべてをバルトロメウスに頼っていては彼に失望されてしまう。
それは自分が死んでしまうより辛いことであった。
持てる戦力でどうにかするしかないのだ。
その時ふと窓の外から強烈な光が見えた。
ラシェルは椅子から立ち上がると大鎌を掴んですぐ窓に駆け寄る。
テラスに出て光の方を見やるとその光がゆっくりと地面へ落ちてゆくところであった。
あれは、閃光弾だろうか。
一体、誰が…。
そう一瞬考えたラシェルは、すぐさまモニタールームに駆け出す。
蹴り破るようにしてモニタールームの扉を開けたラシェルが目にしたものは、床に倒れ伏している配下達であった。
やはり、既に侵入されている。
その事を悟ったラシェルは、デボラ達を幽閉していた地下牢の監視モニターを見やる。
その映像によれば、地下牢は既にもぬけの殻であった。
なんということだ。
ようやく会えた妹が、デボラが攫われてしまった。
腸が煮えくり返り、胃液が沸騰しそうな程の怒りがラシェルの体を渦巻く。
それを何とか意志の力で抑えつけ、今やるべき事をラシェルは実行した。
まず、くまなく配下の体を調べるラシェル。
見たところ目だった外傷は無く、単に気絶させられているだけのようだ。
≪おい!! 起きろ、この間抜けどもっ!!≫
配下の一人を乱暴に蹴りつけて起こした。
蹴られた衝撃で目を覚ました配下がゆっくりと起き上がろうとする。
≪……う……うう≫
血走った目をしたラシェルは、その配下の襟を乱暴に引き上げ身を起こした。
そして目を覚ました配下の胸倉を掴み問いただす。
≪おい! 誰かがここに来ただろう! 言えっ!!≫
≪も、申し訳ございません……ラシェル様。急に背後から首を絞められまして……それ以上の事は≫
その問いに失望したラシェル。
≪もういいっ!! この役立たずめが!!≫
そうヒステリックに叫び、その配下を突き飛ばしたラシェル。
そしてモニタールームに備え付けられているコンソールから非常警報を作動させる。
けたたましくサイレンが鳴り響く中、ラシェルは慌しく駆け出した。
モニタールームを飛び出て、廊下を全力で駆け抜ける。
豪華なシャンデリアが吊られている玄関ホールを抜けて中庭に出た。
全力疾走の甲斐あって、息を切らしながらも侵入者の姿を捉える事に成功する。
見るとそこには機械人形と異民の男が二人。
そしてそいつらに連れられているゾエ婆とデボラだ。
連中はゾエ婆とデボラを連れているせいか、スピーディな離脱に失敗したようだ。
異民二人と機械人形で配下を倒しつつ進んでいる。
その時、異民二人の片割れが背後から追って来たラシェルに気づいた。
こちらを振り返ったその顔を月明かりが照らす。
そいつは黄色い肌に黒髪だった。
あの男に間違いない。
ラシェルが心の底から敬愛してやまないバルトロメウスの敵だ。
≪クルス・ダラハイドぉぉっ!! 私の妹を返せぇぇっ!!≫
叫びながらラシェルは大鎌でクルスに斬りかかった。
お読み頂きありがとうございます。
次話は既に掲載済みです。
予告の記載を忘れてしまっておりました。
申し訳ありません。
※12月29日 後書きに文章を追加
※ 4月20日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。