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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
101/327

101.回想



「うぬぅ……」


 地下牢に鎖が立てる金属音が響き渡る。


 ラシェルの屋敷の地下牢に捕らえられているハル、デボラ、そしてゾエの三名。

 そんな中ハルは何とか鎖と手枷、足枷を外せないか試行錯誤を繰り返していた。


 だが鎖も手足の枷も非常に頑丈でハルの力でもビクともしない。

 がしゃがしゃと金属音を立ててもがくハルだったが、やはり無理なものは無理であった。

 彼女は鎖を引きちぎる事を諦めて、大きくため息を吐く。


「駄目ですね。やはり私の力でも外せそうに無いですね。ああ、困ったなぁ……」


 彼女としては主であるクルスの手を煩わせる前に自力で脱出したかったのであるが、どうもそれも叶わないようだ。

 そんなハルにデボラが頭を下げてきた。


「ハルさん、ごめんなさい。オーベイ族のゴタゴタに巻き込んでしまって……」

「いえいえ、デボラさんが謝る事はありませんよ。幸いにして体の方は大丈夫ですし」

「本当ですか?」

「ええ、もちろん」


 そう言ってデボラに笑顔を見せるハル。

 そしてデボラに尋ねた。


「ねぇ、デボラさん。私が攫われている間、ムカバの集落で何があったんですか?」

「それは……」


 デボラは悲しげな表情でその夜のことを語り出した。





--------------------------





≪どういうつもりかしら? ラシェル≫


 プレアデスの呪術師レリアは深夜、唐突にムカバの集落を訪れた腹違いの姉・ラシェルと向かい合っていた。

 険しい表情を顔に浮かべるレリアに対し、嘲るような視線を向けてくるラシェル。


≪あらぁ、生きてたの? レリア。あなたプレアデスの外に向かったって聞いてたから、とっくに『メルヴィレイ』に食われて死んでると思ってたのに……残念ね≫

≪お生憎様。私はしぶといのよ。それでクルスさんに何の用?≫

≪あら、レリア。ひょっとして知り合い? だったら話が早いわ。会わせてくれる? そうしたらあのハルさんっていう人も解放してあげる≫

≪……先に用件を言いなさい≫


 レリアの言を聞いたラシェルはため息を吐きながらレリアに言う。


≪はぁ……何か勘違いしてるみたいね、レリア。私はお願いしてるわけじゃないのよ。能書きはいいからとっとと会わせなさいって言ってるの。わかる?≫


 高圧的に告げてくる異母姉に対し睨むような視線を向けるレリア。


≪……≫

≪何? その目。気に入らないわね。抉ってもいいのよ≫


 そう言うと懐からナイフを取り出すラシェル。

 そしてレリアに近付くとレリアの顔を手で押さえた。


 更にもう一方の手でナイフをレリアの眼球に突きつける。

 瞳とナイフの距離は十センチもない。


≪おい! やめろ!!≫


 レリアのやや後方に陣取っていたナゼールが声を荒げて制止する。

 それに冷ややかに答えるラシェル。


≪外野はすっこんでて頂けるかしら? ドンガラの坊っちゃん。これはオーベイの問題よ≫

≪そうはいかねぇ。レリアもデボラも、もうドンガラ族の一員だ≫


 思いもよらぬ言葉に胸が熱くなるレリア。


≪……ナゼール≫

≪なんだよ。そんなの当然だろ、レリア≫


 と、さも何でもない風に答えるナゼール。

 そして彼はそのままラシェルに問いかけた。


≪そんでラシェルさんよ、お前はクルスさんの名前をどこで知ったんだよ?≫

≪異民の知り合いの方に頼まれて探しているの。ねぇ、坊ちゃん。あなたでもいいわ。教えてくれる? クルスさんはどこに居るの?≫

≪目的を言えば教えてやるよ。やましい事がなけりゃ言えるはずだ≫


 それを聞いたラシェルのこめかみにぴきっと血管が浮き出た。

 一向に先に進まない問答に我慢の限界を迎えたようである。


≪まったく……。救いようのない人たちね。ドンガラ族は皆揃いも揃って何故こんな裏切り者の血統を助けるのかしら? 理解に苦しむわ≫


 その発言にはレリアもカチンときてしまう。

 レリアの母セリアの遺した血を裏切り者の血統となじられるのは我慢ならなかった。


≪ラシェル!! セリア母様の事を裏切り者呼ばわりするのは止めなさい!!≫

≪うるさいっ!! おまえ達が居なくなったせいでドロテ母様は……母様は!!≫

≪私たちの逃亡はドロテ母様だって承知の上の事よ!!≫

≪そんなの信用できないわ! あの後お前らはドンガラの族長に取り入ってオーベイの集落を襲ってきたじゃないか!≫

≪それはマティアス族長が先に手を出してきたからでしょ!!≫

 

 事の真相はセリアに頼まれたオレール達がオーベイの集落を訪ねたのだが、この時逆上したマティアス・オーベイに暴行を受けている。

 そしてそれは両部族の者達に禍根を残し、過激派はオーベイ討伐を主張したが族長オレールはこれを不問にした。


 おそらくセリアとレリア、そしてデボラに配慮しての事だろう。

 それ以来、レリアはラシェルとほとんど会っていない。


≪ふん、水掛け論じゃ埒があかないわね。過去の事はもういいわ。さっさとクルスとやらの居場所を吐きなさい。じゃないと……≫


 やがて鬼の形相になったラシェルは、ナイフを持つ右手に力を入れる。

 危機を察知したレリアは咄嗟にラシェルの手を抑える。

 瞳とナイフの距離が五センチ以内に縮まる。



≪やめてっ!!≫


 凛とした声が響いた。

 デボラの声だ。


≪デボラ……≫

≪レリア姉様から手を放して!!≫


 一方のラシェルは“レリア姉様”というワードを聞いた瞬間、放心したような表情を浮かべた。


≪え? ちょっと待って。デボラ、何でこの女の事を“姉様”なんて呼んでるの? あなたの本当の姉は私なのよ?≫


 ひどく悲しそうな顔で問いかけるラシェルだったが、デボラはぴしゃりと言い放つ。


≪私の姉様はレリア姉様だけです! そのナイフを放してください≫


 オーベイの集落から逃げ延びた時、デボラはまだ小さかったのでラシェルの事は覚えていない。

 便宜上、異母姉であるレリアがデボラの本当の姉だと教えていた。


 デボラの言葉を聞いてラシェルの表情が怒りに染まる。


≪私の可愛い妹に何を吹き込んだ! この裏切り者め!≫


 ナイフを突きつけてくる力が益々強くなった。

 それを見たナゼールが駆けつけようとするが、ラシェルが連れているサーベルタイガーが立ちはだかる。

 他のムカバ族もそいつに威圧されて動けないようだ。



 まずい!

 レリアは焦った。

 ナイフを持つ腕を抑えきれない。


 レリアが諦観の念を抱いた時、再びデボラの声が響き渡る。


≪待って!≫


 その声でピタッとラシェルの手が止まった。

 物言わず目だけでデボラを見つめるラシェル。


 そんなラシェルにデボラが懇願した。


≪わ、私がオーベイに……あなたについていく。だから……もうやめて……≫


 それを聞いたラシェルは、今までと同じ人物とは思えない人の良さそうな笑顔を浮かべる。


≪わかったわ、デボラ。ありがとう。姉さんは嬉しいわ。ふふっ≫


 そうしてラシェルの方へと歩み寄るデボラ。

 ラシェルはレリアから手を放すとデボラを抱き寄せた。


≪さぁ行きましょうか、デボラ≫

≪……はい≫


 そうして集落の外へと歩いていく二人。

 その背後をサーベルタイガーとラシェルの配下が固めている。


≪デボラ!!≫


 レリアがデボラに呼びかけるがデボラの返事の代わりに返ってきたのはラシェルの言葉だった。


≪ハルを解放してほしければ、クルスとやらを連れて来なさい。オーベイの屋敷で待ってるわ≫





-----------------------





≪っていう事があってよ……≫


 と、渋い表情で語るのはムカバ族の族長アメリーだ。

 彼女からハルとデボラが拉致された夜の事を聞いたクルスは頭を抱えていた。


 クソが。

 まったく、自分の考えた設定が嫌になる。


 ラシェル・オーベイ。

 なんであんな不幸な性悪女なんか設定してしまったのだ。






 シルフの風に巻き上げられて一気にステロペ島へと移動したクルスとレジーナ。

 二人はその後他のメンバーであるポーラ、フィオレンティーナ、チェルソの到着を待ち、アメリー・ムカバから事のあらましを聞いた。


 チェルソの子供の二人、ジルドとルチアはンゴマの集落で預かってもらっている。

 そしてンゴマの族長ヤニックと、サイドニア代表のエセルバードには集落に残ってもらう事にした。


 可能性は低いがンゴマの集落も襲われる可能性もゼロではない。

 その間、エセルバードには通訳がつかないが……まぁ何とかなるだろう。


 アメリーの話を聞き終えてじっと思案しているクルスに、ナゼールが謝罪してくる。


「クルスさん、本当に済まねえ。俺がついていながらハルさんとデボラを……」

「いや、気にするな。ナゼールのせいじゃない」


 そう言いつつクルスはナゼールの肩にぽんと手を置く。

 すると今度はレリアが謝ってきた。


「クルスさん、私からも謝罪の言葉を言わせて。本当にごめんなさい」

「だから気にするなって。それより、二人はハルがどんな状況で連れ去られたかわかるか?」

「いいえ、わからないわ。でもハルさんの武器は残されてた」


 そう言って《パイルバンカーE型・改》と《フックショット》を指差すレリア。

 運良くハルと合流できた場合に備えて一応持ってきたようだ。


「ということは、丸腰で一人になったときにそいつらと出くわしたのか」

「だと思うわ」

「ふむ」


 クルスは腕を組んで思考する。

 丸腰とはいえ、ハルは徒手格闘でも戦闘行為はこなせる。

 おそらくサーベルタイガー・アルベリク相手に遅れをとったのだろう。


 サーベルタイガーは現存するネコ科の狩猟動物チーターやヒョウ等と違い、走るスピードはそれほどではなかったと言われている。

 そんな彼らが狩っていたのはマンモスのような鈍重な動きの大型動物であったという。

 であるならば、かなりのパワーはあるはずであった。


 クルスがそう推測しているとレジーナが聞いてくる。


「で、どうすんだ? クルス。ハルとデボラを助けに行くんだろ?」

「当然だ。だが今はまだ空が明るい。辺りが宵闇に包まれてからだ」

「夜襲か」

「そう、“やられたらやり返す”だ。先に俺とチェルソさんでオーベイの屋敷に潜り込む」


 それを聞いて、急に名前を出されたチェルソはびっくりした様子である。

 そして眉を顰める。


「えっ、僕かい?」


 明らかに難色を示すチェルソ。

 彼はプレアデス諸島への旅に出る前には“自分達の身の安全の保障”を条件としてクルスに提示していた。

 クルスとしてもそれを遵守したいのは山々ではあったが、今回はそんな贅沢を言ってられる状況ではなかった。


 かつては人間を狩って血を吸っていた“吸血鬼ヴァンパイア”であるチェルソ。

 当然、隠密向けの魔術も所持している。

 今回の作戦に彼の能力は必要であった。


 よってクルスはチェルソのモチベーションを上げる為の一言を放った。


「そうだよ。ジルドは宝石集めで大活躍したんだから、チェルソさんもボチボチいいところを見せないとね」

「!」


 ぱっと目を見開いたチェルソ。

 何だかんだで愛する子供たちにいいところを見せたいのだ。


「しょうがないなぁ。今回は一つ貸しだよ、クルス君」


 と、満更でも無さそうに告げる“吸血鬼”。

 その様は最凶の悪役ヴィランとは思えないチョロさであった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 12月15日(金) の予定です。


ご期待ください。




※12月14日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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