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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
10/327

10.RNC



 いよいよ訪れた決戦の時。

 だがここまでの勝負全てに勝ったのは、何も来栖とダリルだけではない。


 勝負師・ダラハイド男爵は本日一番の悩みに直面していた。


 来栖、ダリルのどちらに賭けるか。

 これまでの実績では間違いなくダリルである。


 過去に何度も優勝をもぎ取っているテクニシャンであるダリル。

 過去の拳闘会ではフィジカル面での不安もあったが、今回の相手である来栖に体格面で遅れを取る可能性は無いだろう。


 しかし問題はその対戦相手・来栖である。

 彼はここまでの二試合をいずれも無傷の勝利。


 更に異民らしくこちらの知らない技術をふんだんに取り入れた戦術で、これまでの相手を一蹴した。

 当然まだ秘策を持っている可能性は高く、決勝でそれが火を噴く事は十分に考えられた。


 先ほどの結果を受けて更にオッズが下がったが、まだまだダリルより高配当。

 厚く張るなら来栖であろう。

 そもそも情報が少な過ぎてこのオッズもまったく信用できる数字ではないのだが。


 どっちだ……どっちが勝つ……?


 悩みに悩んだ男爵は券売所へと向かった。

 そこで買った券を震える手で握り締めた男爵は急ぎ引き返す。

 彼にはまだ仕事が残っていた。


 男爵が戻ると既に選手二人が向かい合って試合開始を待っていた。

 その眼光の鋭さに気圧されそうになりながらも男爵は二人の間に立つ。


「それではこれより決勝戦を行う!!」


 男爵の一声で観客が沸き上がる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 歴代興行の中でも、間違いなく五指に入る盛り上がりを見せる今回の拳闘会。

 それほどに“ダリル対クルス”は近年稀に見る好カードなのであろう。


 頭の中では先ほどの自分の選択が正しかったのか、ずっと考えているギャンブラーであったが自分の仕事は果たさなければならない。


 決勝戦の開始の合図だけは主催者である自分がやらなければならない。

 合図を出した後は審判役の仕事なのでさっさと済ませてしまおう、と男爵は考えた。

 でないと、心臓の高鳴りで倒れてしまいそうだった。


 このギャンブラーは、あろう事かこれまでの勝ち分を全額投入オールインしたのだ。


「決勝戦……始めぇぇっ!!」


 これまでの試合と違い、両選手の立ち上がりは穏やかなものだった。

 片やダリルは来栖の秘策を警戒し、一方の来栖はダリルの天才的カウンターを恐れていた。


 慎重に間合いを計るダリル。

 対する来栖はサークリングしながら、隙の少ない左ジャブを牽制に置いて様子を見ている。

 開始時の盛り上がりも綺麗さっぱりどこかへ行ってしまい、固唾をを飲んで見守る観客達。


 試合が動いたのは、たっぷり一分半にらみ合った後だった。

 当人同士にしか分からぬ隙があったのか、不意にダリルが体勢を低くしながらのロングフックで飛び込む。


 来栖はそれをブロックしたまでは良かったが一瞬、ほんの一瞬、再度距離を取るかこちらもパンチを返すか迷ってしまう。


 その一瞬をダリルは逃さなかった。

 いきなり両手でのプッシング。


 現代MMAではまず見られない奇抜な技に面食らう来栖。

 即座にダリルの右フックが飛んでくる。

 クリーンヒットは何とか免れた来栖だったが、これで瞼の上を切られてしまう。


 出血により左目の視界を塞がれてしまう不味い展開。

 これを好機と見たか、一気呵成に攻め込んで来るダリル。

 左右のフック連打を来栖は何とかブロックしたものの、続く右のストレートを被弾してしまいさらに出血が深くなる。


 堪らず来栖はバックステップで距離を離そうとするが、ダリルの追い足は速く完璧に追従してくる。

 死中に活を求めるべくフックを返す来栖。

 ダリルはそれを冷静にブロック。

 今や完全に優勢を得ながらも用心深く振舞うダリル。


 もう一発フックを繰り出そうとする来栖に、ダリルは一撃必殺のカウンターを狙う、が。

 そのフックは全く力を込めていない、言わば“釣り”だった。


 フックのモーションを半ばキャンセルするようにして体勢を低くする来栖。

 ダリルのカウンターの右フックを潜り、来栖は絶妙なタイミングで片足タックルを仕掛ける。


 相手の足を掴んで踵側をこちらに引き寄せ、自分の肩で相手の胴体を前に押し出すのがタックルによるテイクダウンの鉄則だ。


 来栖は忠実にそれを実行し、見事ダリルを倒す事に成功する。

 一方、倒されたダリルは不利な状況から逃げるべく、すぐに立ち上がろうと一瞬来栖に背を向けてしまう。


 そしてそれは、一番の悪手だった。


 すかさず来栖はダリルのバックにつき、足を四の字にロックして胴体に固定。

 そのままバックからダリルのアゴを狙うようにパンチを放つ。


 たまらず顔を上げてしまったダリルの首筋にするりと腕を回し、首を絞める。

 おそらく、現代MMAで最も目にする機会の多い絞め技《リアネイキドチョーク》である。


 この状態に一度なってしまえば両者に余程の筋力差が無い限り、外すのは不可能である。

 諦め悪くもがいていたダリルであったが、程なくタップした。



「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 当日までほとんど誰にも知られてなかったダークホースが、優勝候補にまさかの大逆転勝利。

 しかもこれまでほぼ使う者が居なかった、蹴りと絞め技をこれでもかと使っての優勝。

 これで盛り上がらない筈も無く、会場は未だ冷めやらぬ興奮の中にあった。


 歓声をあげながら観客たちが感想を口にしだした。


「すっげぇ……」

「血がでた時はダリル勝ったと思ったのになぁ」

「あの黒髪やべぇぞ!」


 一方、一人絶望に淵に佇んでいる男が一人。


「……終わった……」


 哀れなギャンブラーは、ダリルに全額賭けていた。






--------------------







 世紀の名勝負の光景を目を輝かせて見つめる者がいた。

 ジョスリンである。


 ジョスリンは拳闘会が嫌いであった。

 いい大人がうるさく馬鹿騒ぎしてみっともない、とさえ思っている程だ。


 試合内容だってひどいものだ。

 ただ己の体の頑丈さだけを競っているような内容に心底辟易していた。


 その中でダリルだけは、技術とそれに裏打ちされた華麗なカウンターで体格差を覆してきた。

 退屈な拳闘会でたった一人、見ていて退屈じゃない男。

 彼こそ、ジョスリンにとってのヒーローだった。


 そのヒーローが、負けたのだ。


 相手の来栖はダリルのような天才的な当て勘はなく、他の連中のような体格もない。

 ただ、それを補って余りある知識と戦術があった。


 ジョスリンはませたガキには違いないが、馬鹿でもなかった。

 だから他の力自慢達が来栖に、いい様に手玉に取られていたのを理解していた。


 唯一、決勝では出血によりかなり不利な状況に追い込まれた。

 それでも冷静に状況を見据え逆転に向けて罠を張り、見事ダリルを絡め取ってみせたのだ。


 自分もああいう風になりたい。

 これは、何も拳闘に限った話ではない。


 自分がこれから身に着けなければならないのは知識・戦略・冷静さだ。

 その三つがあれば、自分より力があるものを相手にしても互角以上に渡り合えるかも知れない。


 少年が、もう一人のヒーローを見つけた瞬間だった。







--------------------







 今日も母屋で夕食を振舞ってもらう来栖。

 キャスリン奥様と二人の子供たちが優勝した来栖を祝福してくれる。


「いやぁ、クルスちゃん見直したわよぉ。正直に言うとアランにも勝てないと思ってたからねぇ」


 奥様が拳闘会の事を振り返る。


「アンデッドのお兄ちゃんすごかったー」


 もう包帯はとれたのにフレデリカ嬢にいつまで経っても不死者アンデッド呼ばわりされてしまう来栖。

 すると彼女の兄であるジョスリンが妹に注意した。


「こらフレデリカ。クルスさんに失礼だろう。ところで、クルスさんはどこであんな凄い技術を?」


 ジョスリンが尋ねてくる。

 ほとんど喋らなかった昨日に比べて、今日は積極的に話しかけてきてくれる。

 年齢の割りに気難しそうな少年だったが、今回のことで認めてくれたのだろうか。


「あれは故郷で見た技術でね。俺はそれをただ真似ただけだよ」

「故郷? 来栖さんは海を渡ってきたんですよね。どこなんですか?」


 さて、何と答えたものか。


「いや実は場所はよく分からないんだよ。途中でレヴィアタンにも襲われたし」

「そうですか。『危難の海』には謎が多いですもんね。でもレヴィアタンに襲われて生きのびたのは本当に幸運なことだと思いますよ」


 興奮した様子で喋るジョスリンが珍しいのか、キャスリン奥様が驚いた様子で言った。


「なんだいジョスリン、今日は随分と饒舌だねぇ。……それに引き換え」


 奥様がチラリと見やると、そこには深淵を覗き込み過ぎて頭がおかしくなったようなギャンブラーの姿があった。


「……」

「馬鹿だねぇ、せっかく勝ってたのに調子乗って全額突っ込むからそんなことになんのさ」

「……五月蝿うるさい。私は自分の選択を後悔なぞしていないぞ」


 いや、しろよ。


 心の中で突っ込みを入れる来栖。



「……私はただ、忠実なる護衛に賭けただけなのだ。なぁダリルよ」

「……うるせぇ、今話しかけんな」


 一方のダリルは不機嫌を露にしている。

 いつもなら試合に負けてもケロッとしているらしいのだが、今回のように感情を露にするのは初めてなのだそうだ。

 これは来栖の推測だがおそらく体格差による力負けではなく、技術面・知識面で負けたのが悔しいのだろう。


「はぁー……まったく。いいかい! あんた達、明日になっても今みたいにメソメソしてたら即刻たたき出すよ!」


 暗い表情の二人にキャスリン奥様の叱咤が飛んだ。


 その後、寝るために小屋へと戻る途中でダリルに話しかけられる。


「おいクルス」

「どうしたダリル?」

「俺にお前の技術を教えてはくれないか? 俺はこの農場の護衛だ。腕っ節だけが取り柄の護衛だ。そんな俺がお前みたいな事務屋に負けっぱなしってのは、許せないんだ。自分自身を」


 更にダリルはまくしたてる。


「お前を負かす為に俺に技術を教えろ、なんておかしい事言ってるのはわかってるんだぜ。ムシのいい話だ。でも、それ以外に勝つ方法が思いうかばねぇんだ。なぁ頼むよ、この通りだ」


 そう言ってダリルは深く頭を下げた。

 しばし逡巡した後、来栖は返事をする。


「いいよ、教えよう。その代わり、タダじゃない」

「金か? いいぜ、払うよ。いくらだ?」

「いや、金じゃない」

「?」

「俺に剣を教えてくれ。交換授業だ」


 それを聞いてダリルはニカッと笑う。


「いいぜ!」


 こうしてダリルと来栖は交換授業をする事になったのだった。




用語補足


RNC

 決勝で来栖が極めた絞め技《リアネイキドチョーク》の略称。

 元々は柔道技であり、《リアネイキドチョーク》という名称も《裏裸絞め》の直訳である。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月18日(火) の予定です。


ご期待ください。


※ 4月22日  ルビの振りミス等を修正

※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 3月18日  一部文章を修正

※ 2月16日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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