オレと進路と第二次成長
オレは相変わらずフラフラしている。
朝起きて、鍛錬をして、本屋や図書館に行って自主勉強をして。
この町には学校なんてないから、何か知識を手に入れようとしたら人に聞くか本を頼りに自分で調べるしかない。
オレと同い年の友人達は殆どが家業の大事な担い手として本格的に仕事をし始めたり、工房や商店に丁稚として勤めたり、冒険者になりに余所の町へ出てしまったりした。
アルトも森にこもるようになって、あまり会えなくなっていた。
今、オレがいる町はこの王国、グラーシアという町の王都とビレッツォという港のある中継の町として発達したレブノスというという町と山岳地帯との中間点にあるバハロンという町だ。
正直いって王国に点在する、なんてことのない町のひとつにあたる。
産業は山のめぐみ、川のめぐみ、それと山岳地帯にすむドワーフとの交易が主で、その他の仕事というと羊のような草食の動物、ハロングを山に放って遊牧したり、その毛をつむいで敷物を織る工房などで仕事をしたり関連産業で生計を立てたりしている。
あと
ごくまれにエルフの織物とかも扱っているみたいだ。
オレの養父の商会はここのメイン産業の羊毛や敷物ではなく、このエルフの織物とドワーフとの交易品を取り扱っている。
商い量は少ないが手堅い商売で堅実な経営をしていて待遇も悪くない。
さりとてのれん分けをして支店を出していくほど儲かっていないのも確かなのだが。
このグーラシアの北は高い山脈が連なり黒い石ガゴロゴロしていることからブラックストーン山脈とか呼ばれており、この山脈を下ってバハロンを通りレブノスまでに至る町を黒の街道と呼ぶ。
反対に王都と港のある町を結ぶ街道は白の街道とよび、隣のマルティネ国のロブスという町まで通じているそうだ。
それははるか昔には国なんてものはなくただの町が点在するだけの大陸だったらしい事の証明になるそうだが、今この国でそんな事を言う輩はいないと思われる。
レブロスとロブス間をつなぐ大河ローレアナ川の橋が落ちて久しい。
マルティネ国は内乱により南側のラドトスという国と二つに分かれ、今は往時の隆盛の面影なぞないようだ。
更にその西側のガルバトス諸国連合に何度も攻め入られ国は無くなる一歩手前だと言う。
我が国がマルティネ国とローレアナ川を境に国境を隔てているのは僥倖といえるだろう。
そしてオレの生家はこともあろうにオレの町、バハロスのとなりのレブノス領の領主だった。
位も侯爵位で、この国では古参のそこそこ重要な家柄らしい。
関係なくなった今じゃせいせいしてるけどな。
だってさ、貴族とか面倒くさくね?
面倒くさいよね?
でもなぁ。養父のアルダス商会を継がないとなるとなるものがないんだよなぁ。
そうこうしている内にオレにとって未知の第二成長がはじまった。
声が変わり髭が生え体毛が濃くなり(ピンクだけど)
身長がのび、アレも成長し、もう時間がないんだとオレに否応なく現実を突きつけてくる。
この頃になるとちやほやしてくれていた女の子達も厳しい事を言うようになってくる。
曰く
「ジュノは顔はいいんだけどねぇ」
そう、甲斐性がないって奴だ。
オレだって前世の時にはこんなフラフラした奴ごめんだったよ。
今じゃ甘い言葉で機嫌をとっても愛想笑いをされるだけ。
まともに相手してくれるのは幼馴染のロジーとリリア、それにメイドのレダぐらいだ。
養父のヨハンも養母のハンナもオレに甘く、オレに危機意識が芽生えにくい事も原因のひとつだと思う。
ヨハンもハンナもかなりの高齢なのでオレに対しては孫感覚であるから。
マイクはロジーとオレが結婚すればいいとでも思っているらしく、オレの放蕩馬鹿息子っぷりにも何も口を出さない。
まぁ放蕩って言っても商売に迷惑をかけている訳じゃないってのが大きいのかもしれないが。
「はぁ~~~どうするかなぁ」
物心がついてからオレはずっとこう悩んでる気がする。
未だに現生の性別はしっくりこず、男であることに違和感がぬぐえない。
この問題をどうにかしないかぎり、何をしてもどん詰まりな気がする。
ある日の午後、オレは子どもたちの林にいた。
6年前、この国中に猛威をふるった流行り病のため、あの時アルトと決めた後継の子達は次々と命を落としブランクが開いてしまった。
今いるのはその病の流行後に生まれた子どもたちで、まだちょっと幼いが、オレがこの林についての掟を直接教えてやる事にした。
まぁそんなこんなで小さい子どもの面倒を見るオレは奥様方には重宝されたが、お年頃の女の子からの評判は格段に下がった気がする。
「いいか。これは代々のリーダーが受け継いで次の代に受け渡していく事だからな」
『薬草は採りつくさない。背中の赤い蜘蛛は毒をもっているから近寄らない。林の恵みは子供達に均等に分け与えて独り占めしない。それに大事な事はここを卒業したら、もうここは次の世代のものになるからここの物に手をださない』
今回、オレが選んだのはリリアが手を引いていた弟のその下に生まれた弟だ。
結局リリアの母親は、一度はよくなって、もう一人この一番下の子どもを産んだけどすぐに儚くなってしまった。
「よく言えたな。ここを宜しく頼むよ」
オレが頭を撫でてやるとリリアによく似たその弟は顔を真っ赤にした。
「お前たち姉弟はすぐ赤くなるな」
笑いながらオレはオレの子ども時代が終了した事を肌で感じていた。
今日を最後に、この林を散策したら、もう二度とここには来ないようにしよう。
納得できるとかしっくり来ないとかはもう二の次にして自分の人生をちゃんと考えるのだ。
無理矢理でも将来進む道を決めないと、オレはダメになってしまうかもしれない。
さっそく男の子たちを集め、キイチゴを採集したリリアの弟が、集まってきた子供達に平等にそれを分配していくのを確認してオレはゆっくりとその場を離れはじめた。
暫く林の中を無言で歩く。
こんなに狭い林だったかなぁ。小さな頃はとても広い場所だと思っていたんだけど。
そんな感慨にふけっていると背後から急に肩を叩かれた。
「!びっくりさせんなよ…アルトかよ」
足音もさせずアルトがオレの近くまで来ていた。
「ここにいるって聞いてな」
アルトは長い前髪の間から覗く漆黒の瞳でオレを見ていた。
「悪いな。引き継ぎの役目は俺も果たさなければならいのに。一人でやらせてしまったな。」
「あんな事がなきゃ、あの時引き継いでオレ達の役目は終わりだったからな」
「ああ」
二人の間に沈黙が落ちる。アルトはここ2~3年で随分と逞しく、青年に近づいてきていた。
アルトに比べたら、オレは格段にヒョロい。
「なぁアルト、昔みたいに手合せしてくれないか」
「…いいとも」
お互い、木の棒を拾い、息が切れるまで打ち合わせる。
何度かアルトの攻撃をうけているうちにオレの木の棒はぽっきりと折れてしまった。
「相変わらず…強いな。アルト…本当にマタギだけしているのかよ…」
「…父と鍛錬もしている」
「お前の父ちゃん、強いもんなぁ」
オレの先生であるチャラエロ先生も騎士あがりで強いのだが、アルトの父親もマタギになる前は王国に仕える騎士だったとかでめちゃくちゃ強い。
「なんでマタギやってるかねぇ…」
「人間関係が煩わしかったってさ」
息を切らして、へたり込むとアルトはオレの隣に座った。
アルトは息さえ乱していない。
「なぁアルト。オレ、騎士として勤まると思うか?」
オレが言うのは治安などを担当する地方の騎士の事である。
自警団とは違って一応王国の所属で給料ももらえる。例えるなら警察官のような仕事だ。
不法移民を検挙したり盗賊を討伐したり、町の巡回をしたり。
…だけど平和なこの町じゃせいぜい詰所勤務が関の山である。
そのため、なり手の希望者は常に多いのだが、選抜のために隣町のレブノスの有料の養成所に3年は在籍しなくてはならないが、そこでのしごきは相当なものだと聞く。
「お前の先生だってなれたんだぞ?」
「ははっ!違いない」
いい加減な師、チャラエロ騎士、ガードナーでもなれたのだ。
剣の方はもうガードナーと引き分けるほどになっているし。
「あとは一般常識だな。でもな…ハニートラップ審査とかあったら引っかかりそうだぞ?お前」
「ちぇ!言うようになったじゃないかアルト!」
オレはアルトに飛びかかった。
いきなりとびかかられてアルトは「うわっ」っと声をあげてひっくり返った。
だがすぐにオレはアルトにひっくり返されてしまう。
「重い!重い!アルト!」
「もう少し筋肉をつけろよ。」
顔の真上にアルトの顔があって、その瞳は笑っている。
その目に浮かぶのは変わらない信愛の色だ。
「ははっ!分かったよアルト」
「俺にこう簡単にひっくり返されるようじゃ、先輩方に簡単にヤラれるぞ」
この時、オレは「ヤラれる」の意味をきちんと把握していなかった。
「そうなったらヤリ返すさ!」
「ダメだ。簡単にヤラれんな」
アルトの顔は真剣になる。
「わかった!」
随分と高いハードルをこの幼馴染はオレに課してくるもんだ。
「つっか、どけ!重いんだよお前!」
アルトは何故か怖い顔のままでオレの身体の上からよじってその身体をどけた。
「いいか。絶対ヤラれんなよ」
念を押しつつ、アルトが身を起こす時、長い前髪が俺の頬にさらりと当たり、くすぐったかった。
同時にオレの唇に何かがかすめたような…。
気のせいだよな?
そのあと、何故か変な空気になり、オレとアルトは3年の月日を離れる事になる。