勇者っぽい君とオレの友情
「あ、いたいた」
「ジュノ」
勇者っぽい少年、アルトは町はずれの林の木の上にいた。
視線の先にはきのこが生えた枝がある。
「どーにもオレにはその枝、お前を支えられると思えないんだけど」
「もう少しで採れそうなんだけどな」
「山分けにしてくれるんだったら、オレが採ってやるぜ。オレの方が軽い」
「いいよ。お前に怪我させる訳にはいかない」
「まぁまかせとけって」
乗り気じゃないアルトの返事を待たず、オレはアルトが登っている木にするすると登っていく。
ガードナー=チャラエロ先生が言うとおり、ちゃんと同性との付き合いも大事にしたおかげで、オレも町のガキ大将からガキ大将に口伝で代々教えてもらうこの場所を教えてもらっていた。
この場所は「子どもたちの場所」として大人達も認識していて、大人達に荒らされない場所だ。
たいしてお金になるものはないけど子どもには価値のある物があり、危険のない場所と言えばおわかりいただけるだろうか。
つまり 野イチゴやグミに似た実など子どものオヤツになりそうな実がなる場所で、少々の薬草も生えている代々のガキ大将が管理する場所だ。
オレ達の代ではアルトとオレがツートップで同じ年頃の子どもをまとめていたので、実質オレとアルトがここの管理人だ。
ちょっと乱獲すれば、ここの恵みは絶えてしまうから、それなりに配慮が出来ることと人望がないとここの管理は出来ない。
「ギガギシ茸なんてオレ達がここを任されてからはじめて見るな」
「ここにあるのは知ってたけど、枝が細すぎるから諦めていたんだが」
「ふぅん。リリアのためか?」
「まぁな。高価らしいからな。薬」
オレがこの町の薬師が嫌いなのは、人の足元を見てふっかけてくるからなのだが、あいにく腕はいいのだから始末におえない。リリアの母親の薬代もだいぶ足元を見られているようだ。
「あの薬師は役人の誰それと通じているらしいからな。大方目をつけられたんだろう」
リリアは10人いれば10人とも、美少女だという少女だ。
払えない薬代の変わりに何を要求されるかわかったもんじゃない。
「なぁギガギシ茸ってどんな効能あるか知ってんのか?」
「知らない。」
「コレを元気にさせんだぜ」
ちょっとふざけて腰を突き出すと、アルトは盛大に顔をしかめた。
「下品なマネをするな」
「冗談だよ」
元女なのに窘められてしまった。
そうかも、たしかに下品だった。
たとえ照れ隠しでの行動だとしても。
「大人は元気だったり、そうじゃなかったりするのか」
「なー。よくわかんねぇな。でもこれ教えてくれた時、先生はめちゃくちゃニヤニヤしてた」
「お前の先生は剣の腕はすごいけど下品すぎるって父さんが言ってたよ」
「仲悪いもんな。アルトの父ちゃんとオレの先生。あ、もう少しで採れる。落ちないように服掴んでてくれよ。アルト」
ギガギシ茸は同じ場所に何度も生えるという習性がある。
だから枝さら折ってしまう訳にはいかない。
代々のガキ大将が守ってきた物をオレ達の番で失くしてしまう訳にはいかないのだ。
「採れた!アルト!」
「やったな。ジュノ」
オレ達は木から落ちないように注意を払って降りた。
「リリアのために使うんなら山わけはなしでいいよ」
「おう」
「薬師に売るのか?」
「足元見られるだろ。お前のとこの商会でなるべく高く買ってもらえないか?」
「義父さんに聞いてみる。たぶん高く売れるよ。王都ではすごく需要があるんだって先生が言ってたから」
「この木の事、大人には知られないようにしないとな」
「本当だな。先輩たちは知ってたのかな。ここにギガギシ茸が生える木があるって事をさ」
「知らなかっただろうさ。でなきゃもっと前にこの林は荒らされてるよ」
アルトはいきなり大の字になって草の上に寝っころがった。
リリアの籠の中には相当量の薬草が入っていた。
あれだけの量を採集するためにアルトは一体どのくらいこの林の中を探していたのだろう。
「悪い、薬草、ちょっと採りすぎた。」
「うん。わかってる。暫くはここでの採集は休みだって言っとくかな」
「ジュノ」
アルトの横に腰を下ろしたオレにむかってアルトは寝ころびながら見上げてきた。
真剣な目をしていた。
「俺は来月から、父さんについて森に狩りに入る。ここの管理が出来るのもあと少しになる」
「え?もう?」
「ああ、急に決まったんだ。」
アルトの父親は猟師をしている。一年の間の殆どを森で過ごし、町に戻ってくるのは獲物を売りに来るときくらいだ。
今まではアルトを育てるために町に居を構えていたが、今後はアルトと共に森の家で過ごす事になるだろう。
アルトもとうとう自分の生きるべき進路を決めたのだ。
てっきり勇者っぽいから勇者になるのかと半ば本気で思っていたんだけど。
「お前は?」
「え?」
「マイクさんはその気だと思うぞ」
「え?」
「お前に商会を譲る気だ。というかお前が商会を継ぐべきだと思ってる」
「…そういう訳にはいかないだろ?今までのマイクのがんばりを思うとさ」
「お前はどうしたいんだ?」
「オレ?オレは…」
オレは言葉につまった。
商会を継ぐのはマイクに悪くてそんな気になれない。
かといってなりたいものがある訳じゃなかった。
「いつかは決めなくちゃならないんだ。悩んでばかりいても仕方ないと思うぞ」
「…わかっているよ」
「オレからも質問!」
「なんだ?」
「アルト、リリアの事好きなのか?」
顔を覗き込めば、アルトは真っ赤な顔をしていた。
言葉にしなくても態度でわかりすぎるってーの。
「お前こそ、どうなんだよ?」
「オレ?オレは…大事な友達だと思っているよ」
オレには、そんな恋愛の感情はどうしたって湧いてこない。どんなにチャラくふるまっていても、女の子は本当は同性なのだという意識がぬぐえないんだ。
「俺だってそう思ってる」
「ま、そういう事にしといてやるよ」
俺達は笑って、次のこの秘密の林の守り人は誰がいいかと話しあいはじめた。
未だ顔の赤みが抜けないアルトを妬ましく思う。
かわいい幼馴染がいて、その子に普通に恋愛感情を向けられるアルトを心底羨ましいと思ってしまったんだ。
思えば前の人生でのオレはいろいろ不自由だった。
オレにとっては女である事が一番の不自由で、だから今度の生では男に産まれたのかもしれない。
だけど、この新しい人生でもオレはちっとも自由じゃなかった。
「わっ!何をする!」
オレはふざけてアルトの頬をつねってひっぱった。
「やったな!ジュノ!同じ顔にしてやる!」
アルトは笑いながらオレの頬を同じようにつねってひっぱった。
「アルト。「がっきゅうぶんこ」って言ってみろよ」
「ぷっ!ジュノ「ぶんこ」が「うんこ」になってるぞ」
お互いに頬をつねってひっぱりあっているので本人達は「ぶんこ」って言ってるつもりが「うんこ」って発音になっていてオレ達は大笑いをした。
そうしてその日は限りある日を惜しむようにアルトと日暮れまで遊んだ。