ローレアナ川の渡し、斥候の暗躍
遠征4~17日
馬をとっかえひっかえしたせいで、格段のスピードで旅程は進む。
だけどだんだんと疲労からか仲間達の言葉は少なくなり機嫌も悪くなってくる。
当然一番下っ端のオレに対して当たりが一番キツイ。
ーー特に王女様からの。
いつも薄ら笑いを浮かべていて気持ち悪いとか、もうこれは顔に張り付いちゃったような物だから無理なのに、目が笑っていないとか、人の顔の事を主にアレコレ言ってくれる。
最初はオレも気をつかっていたよ?
「麗しの姫」だとか「貴女の笑みにつられて風が微笑んでいるかのようだ」とか頑張って機嫌をとろうとしたんだ。
だってね?褒めるところあまりないんだよ。
目だって髪だってありふれたこげ茶。
一度「木漏れ日の森の秋の日の木の葉のような叡智をたたえた瞳ですね」って褒めたら王女付きの騎士のケインに窘められたよ。
「姫様は御髪も瞳の色もお嫌いなようだから触れてくださるな」
だ、そうだ。
肌はオレの方がモチモチだし、聖女であるシンシアちゃんはオレが丹精込めて手入れしているんで姫様なんかよりうるうるのピカピカなんで、肌褒めたりするのは白々しいし。
「利発そう」も「叡智ある」もあまり女性を褒めるのに使わない。
「お転婆」は褒め言葉じゃないしねぇ。
子どもじゃないから「元気そう」も「健康そう」も言われてもうれしくないだろうなぁ。
可愛らしいからは程遠く、かと言って美人と言われても喜ぶタイプでなく。
いや、オレの褒め言葉のレパートリーの少なさに自分でも絶望したわ。
しっかりしろオレ。引き出し少なすぎるし浅すぎだろ!
そうやってオレが気をつかっているのに、騎士ケインと打ち合わせしたりしていると。
「ケインに軽いのが移るから近づくな」
とか言ってくる。
どうしろっていうのさ?
温和なオレもキレちゃうよ?
そういう訳でオレの笑顔はますます目が笑っていなくなるし、慇懃無礼な態度になっちゃうし?
でもそれは仕方ないよね?
でも気が付くと視線を感じる。
で、そっちを見ると
「こちらを見ないでくださる?チャラ菌が飛んできますわ」
などと言いやがる。
もーコレどうしろってさ?
仕方ないのでシンシアちゃんの方ばかりに顔を向けていたらシンシアちゃんの顔が真っ赤に。
「あのぉ、恥ずかしいのであまり見つめないで」
と、とうとう言われちゃったよ。
「あんまり君が可愛いのでついつい目で追っちゃうんだよ」
って言ったら、隣にいたアルトの奴、盛大にため息をつきやがったよ!何でだよ!女性は褒めて伸ばすものなの!
でも、アルトはオレの目配せに気がついて馬を並べてきた。
「ん。」
オレが顎でしゃくった先にはラドトス国より斥候でこのパーティに加わっているマティアスの姿がある。
アルトは目を細めて奴を見ると神官のロベルトの方に馬を寄せていった。
「国境を過ぎる前に…」
「わかっている」
短いやりとりのあと、アルトはオレの方へ馬をもどす。
あいつの動向のせいで、昨日オレの風呂の時間が無くなっちゃったんだよねぇ。
「ローレアナ川の渡しに着きました。各自用意をお願いします。」
騎士ケインの号令におのおの馬から降り、馬の背につけていた荷物を下ろす。
流れも急で水棲の魔物のいるローレアナ川で、隣国のラトドス側に渡れる場所は限られている。
ここはそういった「渡し」のひとつだ。
オレ達はここからラドトス側へ川を渡って移動し、それから北上して魔王が出現したというマルティネ国へと入国する。
母国グラーシアはローレアナ川により他国の侵略からは守られているが、交流の方は川によって阻まれている。オレもアルトもはじめて川を渡るし、これからはじめての国外に行く事になるのだ。
向こうでも馬を用意して待っていてくれるので、渡しの船に馬は乗せていかない。
グラーシアの馬とはここでお別れた。
馬から荷物を下ろした面々は渡し場の関所を素通りし、一般人の列を飛ばして渡し船の桟橋に列をつくった。
「では、皆そろったようなので、突然だが協定が守られているか調べる事にする」
魔王討伐時は国同士が争っている場合じゃないのでお互いに敵対行動をしないような協定が結ばれる。
その審査には中立の立場である神殿からの使者が立ち会う事が多いし、ロベルトは神官だ。
ロベルトの金の瞳が一人ひとりを見つめる、順番に。
よくわからないが神と制約を交わすことで『魔眼』のような能力を神官たちは授かるらしい。
異世界の嘘発見機のようなものか。
「関所を素通りすると知って油断したか。だが、私が同行するからには協定破りはさせん」
ロベルトが手をかざすと、斥候のマティアスが急に苦しみだす。マティアスは膝をつき脂汗をたらしている。
「あなた、協定破りに抵触するようなこと、いえ物を持っていますね?」
ロベルトの言にアルトがマティアスの手をひねって後ろ手にすると、その袖から小さくまかれた紙が出てきた。
「ただの手紙だ!返してくれ」
マティアスはこの期に及んでそれを取り返そうとアルトに掴み掛る。
しかしアルトは素早くその紙の包みをマティアスの手の届かない方向へそらした。
突然、オレは首のうしろにチリチリとした違和感を感じて叫んだ。
「アルト!危ない!それを離せ!」
首の後ろの感覚、それは他者の魔法の発動の気配だ。
オレが声をかけたと同時にアルトのもつその紙筒に火がつき燃えはじめる。
「ツッ!」
アルトは手を抑えて蹲った。
手を火傷したのではないだろうか。
すわ攻撃かと騎士ケイン、オレ、戦士のドランが剣を手に身構える。
そんなオレ達の前に魔法使いのパーシが割り込んできた。
「すまぬっ。斥候は家族や大切な者を人質にとられている事が多い。マティアスを見逃してくれ。
お願いだ!彼とて命令されてしたに違いない。進んでした事ではないのだ」
「私の『裁きの視線』に耐えられず反応した事から言って協定破りをしていたのは間違いない。このような非常時にラドトス王は何を考えておられるのか。『魔王の脅威』をよほど軽く見ておられるようだ」
ロベルトは冷たく言い放った。
「だけど証拠はもうない。」
パーシは断じていった。
「証拠がなければ、神官殿の奇跡の技での判定だけということになる」
「お前が燃してしまったのでしょう。まったく勇者を焼死させる気ですか」
「そんな事はしない!俺だって『勇者パーティ』の一人なんだ!」
「…仲間割れは、魔王を喜ばすだけなんだけどな」
戦士ドランは眉をしかめて言った。
たしかに戦力がこんな理由で減るのは痛い、彼だって選定された仲間なのだから。
「だけど、こんな仲間を信じる事が出来る?」
王女ルネは腕を組んで皮肉気な笑みを浮かべた。
「この者は我が国、マルティネに来ても同じような裏切り行為を働くでしょう。自由に国境を越え、他国へ入国できる『勇者パーティ』の一人としての立場を悪用して他国の情報を嗅ぎまわるようなマネを犯わね。」
一行の間に緊張した空気が流れる。
ひと月もたたないうちに『勇者パーティ存続の危機』かよ。
ラドトス王め、何考えていやがる。
ロベルトの言うとおり、そんな場合じゃないだろうに。
だいたいが、勇者パーティに『斥候』だなんて微妙なジョブの奴を押し込んできたなと思っていたら
そんなくだらないこと考えていたのか。
ラドトス王の先祖は旧マルティネ国の南半分をぶんどって国を作った。
その際にマルティネ国と敵対する西ガルバトス諸国連合を味方につけ共闘したと聞く。
なかなかに策士で野心あふれる一族だといえる。
だけど、こんな時にねぇ?
その時、なりゆきを見守っていたシンシアがのんきに言った。
「あのぉー。命令は遂行したんだけど、ラドトスの王様には魔物との戦いで紛失しちゃったって事にしたらどうですかぁ?そしたらマティアスさんは王様には怒られないし」
シンシアがゆっくり指を指した方向には水中から頭を出し船頭を咥え鋭い牙ののぞく口で咀嚼している巨大な太刀魚のような魔物の姿が。
「たとえばあの魔物とかちょうどいいかと。幸いというか不幸な事に一切合財を見てた目撃者の人、今食べられちゃいましたし」
この子けっこう心臓強いかもしれない。
皆が武器を慌てて構えるのを横に見ながら、オレも『聖女』シンシアを庇うために前に出た。
その頃のアルトは火傷をおった手にふぅふぅと息を吹きかけていたが、魔獣出現にあわてて剣を構えていた。
ふぅふぅするしぐさが、なんかかわいいぞ。
やっぱり熱いのかな?それとも痛いのかもしれない。
シンシアに治療してもらって、それでもまだよくなかったらあとで薬を塗ってやろう。




