オレと勇者と聖女と
前世で干物だったオレといえども、曲がりなりにも社会人をこなしていたので、一通りの事はしていた。
すなわち、風呂、洗顔、スキンケア&日焼け対策。髪の手入れ、爪は割れ対策で補強用のマニュキュア位はしていた。
化粧はセンスがなかったし、シミやソバカスが気になって常に白塗りだった。
ファンデーションを季節で変えるとかもしなかったし、(日の出直後出勤深夜帰宅が続いていたため肌色に変化なし、あれ?今思えば日焼け対策いらなかったんじゃね?)通勤着も仕事の事務服だったので変化は必要なかった。
そんな干物女でも唯一のこじゃれ要素「編み込み」位は出来る。
遠征3日目
オレは今、宿屋の部屋で「聖女」シンシアちゃんの髪を梳いて香油を塗り、カチューシャを止める位置で編み込みをしてあげている。
シンシアちゃんの髪は素直でとても扱いやすいので、オレの男としては細めだろうが女とくらべると太っとい指でも難なく取り扱える。
剣扱ってると指はどうしてもね…。
「日焼け止めはどうする?」
「お願い。ジュノ」
シンシアちゃんの希望により、オレは空間収納から化粧品を取り出してテーブルに並べると首のうしろや、耳、足の裏側など、塗りむらが出そうなところにクリームをのばしてあげる。
「今度は私がジュノの塗ってあげるね」
「助かる~。後ろ側は見えないからね」
オレは背をかがめて、シンシアちゃんの指に身体を預ける。
人に塗ってもらうのって気持ちいいんだよね~。
「ここ、ツボでしょう?」
「そそ。うぉ!」
「凝ってるよ~ジュノ」
「はー気持ちいい~」
首の付け根あたりのツボを押されると思わずほぇぇぇ~となる。
シンシアちゃんツボ押しうまいわ~。
癒しの力もきっと使っているだろう。
おされた肩を中心に血行が良くなって思わず呆けてしまう。
「……お前たち、何やってんだ」
「おお~。我が友アルトよ、女の子の部屋に入るにはノックしてから1分は待とうね。今ノックと同時にドアが開いたぞー」
「…もう一度聞く。その女の子の部屋でお前は何してんだ?」
「夕べ風呂に入れなかったからねー。朝ちょっと井戸のところで水浴びして今身支度してるところ」
王女ルネをはじめオレ以外は貴い人ばかりのため、いろいろ細かい事に気がまわらず。必然的に勇者パーティの付属騎士のオレが雑用を引き受けることになる。
ゆうべはちょっと用事がたてこんでいてオレだけ風呂の時間に間に合わなかったのだ。
アルトの目がテーブルの上に並べられた大小の瓶にむけられる。
「これは?」
「んー。まぁ、ウチの実家の商会で扱う予定のものなんだけどー」
「そうじゃなくて、こんなの持っていなかったろ?」
「ははは~。そこはまぁ奥の手があるからというか」
オレは頭を掻いた。空間収納が使える事は秘密にしておきたかったのだ。
でもまぁアルトならいいか。
最初はどうしても化粧品類を不自然な形じゃないように持ち歩きたいと切実に願った事がきっかけだった。
。
「この日焼け止めどこかにしまえないかなー。不自然な形じゃなく、持ち歩きたいんだけど」
とか考えた瞬間だった。
手にした小瓶がいきなり消えた。
あちこち探したのだけれど小瓶は見つからない。
でも、なんか自分の意識の範囲に違和感があるなーと思ってそれに意識を集中したら異空間みたいなのがオレの中にあってそこにその小瓶が入っているのが感覚として感じられたんだ。
最初はケア製品をちょこっと仕舞まったり、財布代わりに小銭を入れとく位しかできなかった。
でも使っているうちにだんだん容量が増えていき、爆発的に増えたのは王都での生活だった。
いやぁ男の苛めでも物を隠したり破損させたりってあるんですよねぇ。
大事なものは空間収納に全部しまって持ち歩き、外に出してあるのはダミーの壊されたり汚されたりしていいもの。そんな風に使っていたら仕舞う物が増えるにしたがって、どんどん容積が増えた。
だからオレが大事な物は空間収納にしまって大事なものは持ち歩いているとかあんまり知られたくないんだよね。
他の事で嫌がらせされちゃうから。
なんか泣ける話だろ?
「空間収納持ちとか国中を探しても、30人もいないじゃないか」
「…確率として皆無じゃないとこが微妙な能力だけどね。だから、知られるとそこそこ面倒だろ?アルトも黙っててくれよ。荷物持ちとかやらされるの嫌だし」
「内緒よねー」
「ねー」
シンシアも一緒になって言うのでアルトも口をつぐんだ。
ま、王宮からは一人につきひとつの、遠征用のあれこれがつまった空間収納つきの道具袋が貸与されてるんで荷物が多すぎて困っているってこともないんだけど。
だからってオレの能力をあてにされてアレコレ詰め込まれても嫌なのだ。
ほら、失くされただの、預けたはずだとか…面倒だろ?
「おー。おかげと肩が軽くなったよシンシアちゃん」
「こんな事しかできないけど頼ってね。ジュノ」
首をまわせば、凝りはほぐれていて最近ちょっと気になっていた胃の痛みも感じない。
癒しの力ってすごいねぇ。
「フレグランスは?どうする?」
「前と同じお花の香りでよろしく~」
「シンシアちゃん。あの香り好きだね」
ふわっとやさしく香るフレグランスをシンシアちゃんにつけてあげる。
オレはいつもの柑橘系で。
「アルトは?」
「オレはいい…」
「よし出来上がり、シンシアちゃん。今日もパーフェクト!」
「うふふ。ジュノもいつもと同じで恰好いいですよ」
「ありがとう。大好きだよ。シンシアちゃん」
ふと見るとアルトがなんかしょんぼしして立ち尽くしている。
気のせいか寝癖もピンピンと元気がない。
「ほらーアルト。また王女殿下に何か言われちゃうよ?身だしなみがどうのこうのって。
髪位なおせよ~」
言いながら、少々のミストを魔法で発生させながらアルトの髪を指で軽く梳いてやった。
「思うんですけど、ジュノのその魔法便利ですね~。覚えて元の世界でも使いたい~」
「このふわふわで寝癖だらけになる髪をなんとか纏めたくて必死に練習したからねぇ。ミストの量とか粒だとか」
最期に軽く風をあてる。
アルトの奴は静かにされるがままになっていた。
「あれ?アルトなんかつけてる?」
フレグランスなんて無縁なアルトからいい香りがする。
「お前のがうつったんじゃないか?」
「そうなのかな?ちょっとオレのと違うみたいだけど」
オレのは柑橘系なのだがアルトからはグリーン系の爽やかな香りがしてくる。
「夕べの風呂の石鹸のにおいだろ」
「ふーん。この宿屋って高級志向なんだねぇ」
香料入りの石鹸なんて高級店しかおいてない。
あ、ここ高級店か。
なんせ王女が泊まるんだもんな。
オレの部屋があまりにも普通っぽかったから忘れていたよ。
「お前の香りは、何かうまそうだ」
オレの首あたりの臭いを嗅ごうとするアルト。
ちょ、よせやい。
アルトとじゃれていると、シンシアが何故かうるんだ瞳でこっちを見ていた。
「シンシアちゃん?」
「な、なんでもない!」
そうかな?何かあるような表情なんだけど。
ま、いいやそろそろ出ないと王女様付きのあの忠節馬鹿騎士が五月蠅いから早いところ支度しよう。
軽くなった肩をもう一度ぐるりとまわしてオレはアルトを促して持ち歩き用の荷物をとりに自分の部屋へと戻った。
シンシアちゃんパワーすごいね。
気のせいか最高に気持ちいいよ。
今日、出発の時に見たら馬上のアルトの頬と首のあたりが赤い。
日差しつよいもんなぁー
アルトにも日焼け止め貸してやるか
男だって肌ケアしなきゃボロボロになっちゃうゾ




