王命
「何ともつまらん目をした騎士だな」
人を呼びつけた上にこの国で最も貴い人は、心底つまらなそうにそう言った。
一介の騎士が国王の御前に呼ばれるという意味も、この頃にはもうオレには分別ついていなかったかもしれない。
王宮で出会う貴族は全て紙で作ったような人型に見え、目の前の人のそれには王冠が乗っていて王様という文字が書いてあるだけのように見える。
「…お目を汚してしまって恐縮でございます」
オレの口は壊れた心を置き去りに耳障りの酔い言葉を勝手につむぐ。
「わが王宮の騎士の中では一番の女たらしと聞いて呼びつけたが、これは期待はずれのようじゃ」
「陛下。人の好みはいろいろでございます。このような者が混じっているのも一興でございましょう。よもやこのような者があの方の心を射止めるかもしれません。何事も番狂わせというものがありますから」
「しかしのぅ」
「陛下、この物をはずすとなると我が国では王子を選出しなければならなくなります」
「ならぬぞ。我が国の王子は一人しかおらぬ。魔王などというものと対峙させるわけにはいかぬ」
その時、黙って控えていた王妃が口を出した。
「恐れながら申し上げます。わが君」
「妃よ、何か意見があるがら申してみよ」
王妃は座っていた椅子から立ち上がるとオレの顎にその手に持っていた扇子をパチリと閉じるとオレの顎にあて顔をあげさせた。
「占い師によりますと、この男の顔には女を惑わす相が出ているそうですわ」
そうしてオレの耳元に顔を近づけると囁くように言った。
「おろかなリズベットが渡した宝石を返せとは言いませんが、その価値に見合うだけの働きをしてごらんなさい」
何を言われてもオレには紙の人型が勝手にしゃべっているような他人事にしか聞こえないが、
これも身からでた錆びなのかもしれない。
「わが王子は唯一の存在。顔のいいだけの騎士などいくらでも取り換えは効きましょうが」
王妃は跪くオレの頭上から、冷たく言い放った。
高貴なるものの傲慢さをそのままに。
「わが君、ご覧あそばせ。この者、特に女子どもが喜びそうな姿形をしておりますわ」
そうしてオレは異世界から召喚した「聖女」をこの世に繋ぎとめる楔としての任務を受け、これから選定される勇者と共に魔王討伐の旅に出る事が決まった。
「かならずやご期待に添えてみせます」
オレは微笑みながら言った。
自分が微笑みの形をその表情に浮かべていることすら気づかないままに。
ここでなければ何処でもいい。
王宮から、ただ出たかった。




