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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ジャックの夢の中はからっぽ

作者: 柚月ハル
掲載日:2015/10/31



 漆黒のスーツ姿は、もしかすると喪服かもしれない。


「メアリ、君と会うのは365日ぶりだね」

「ああ、私がこの日をいつから楽しみにしてたかわかる?364日前からよ!」


 彼に思い切りハグをすると、ふわふわと宙に浮いた気持ちになる。彼にはいくら触れても“触った”感じはしないが、とても気持ちがよくなる。彼とのハグは、夜眠る前にママに内緒でこっそり食べるチョコチップクリームクッキーと同じくらい好きなのだ。

 ジャックは顔に満面の笑みを浮かべて私の頭をいい子だと撫でる。白いシルクの手袋からは、ほのかな温かさを感じる。


「さあ、行こう。私はいつでも時間がないし、そのくせいつまでもやることがないからね」


 私のくせっ毛ですぐふわふわしてしまうブロンドの髪を撫でていたシルクの手袋は、彼の三分の一くらいの大きさしかない私の手を取って歩き出す。私は胸の鼓動の高まりを感じながら、彼の歩調に足を合わせる。今日のためにママにおねだりして買ってもらっていた赤い靴は、まだぴかぴかに光っている。


「ねえジャック、今年はどこに行くの?」


 ジャックは私の質問には答えないまま、変わらない笑みを浮かべている。


 街中はハロウィン一色。たくさんのお化けがいて、たくさんの魔女がいて、たくさんの怪物がいて、たくさんのジャックがいる。だから、ジャックがジャックであることに気付くひとはいない。多くの子供たちが、扉をノックし歩いている。「トリック・オア・トリート!」色々なところから聞こえてくる楽しげな声。笑い声。できたてのお菓子のあまいあまい香り。

 ジャックが立ち止まったかと思うと、しゃがんで交差点の方を指さした。


「フランケンシュタインだよ」


 指し示す方を見ると、片方の目がつぶれた、緑色の皮膚の大男が歩いていたが、ジャックに気付くと、こちらへ向かってきた。ジャックの3倍はありそうな体が一歩進むと、コンクリートの地面は簡単にひびが入る。


「やあフランケン、今年も遊びに来てたのか」

「今年の仮装はレベルが高いな」


 さっきはウルフの仮装をしていた人間を本物だと思って、この間借りていた芋虫の照り焼きを返そうとポッケから出したんだ。そしたら血相変えて逃げていった。フランケンは釘の刺さったこめかみあたりをポリポリと掻きながら照れたように笑って言った。ジャックはおかしそうにお腹を抱えてケタケタ笑っている。ジャックは笑うと顔がポッと光って、あったかくなるのだ。


「こんにちは。君がメアリだね。よくジャックから話を聞いてるんだ」


 フランケンは、ジャックの背後に隠れていた私を覗き込むと、黄ばんだ歯を見せながらにやりといった風に笑顔をつくった。私は顔だけ出して、今日の挨拶をした。


「トリック・オア・トリート」

「やあ、いい子だね」


 フランケンはポッケから緑色のものを出して差し出した。芋虫の照り焼きかと思い身構えたが、それは棒付きキャンデーだった。両手で受け取り、何味なの?と尋ねると、ミドリの味さ、と答えられる。フランケンはその大きな手で私の頭を撫でようとしたが、ジャックがその手を払った。


「メアリに触らないでくれないか」

「ほう……これは失礼した」


 フランケンは特に悪びる様子も見せず、じゃあ俺はこのへんで、と反対方向へ歩いて行った。去り際彼が「ジャックには気をつけなよ」と小声で私に耳打ちしたが、何を気をつければいいのかよくわからなかった。

 またしばらく歩いていると、ジャックが腕時計を気にし始めた。


「もうなの?ジャック。今年も全然進んでないわ」


 ジャックは笑みを浮かべたまま、私の方を見て、また腕時計を見た。


「ああ、私の愛しいメアリ。進んでいないように見えて、すごく進んでいるのかもしれないんだ。別れの挨拶を言えるかい?」

「待って。来年のおねがいを聞いて」


 ジャックはしゃがんで私と目線を合わせたまま、「来年は何がいいんだい?」と毎年のセリフを言った。


「マシュマロがいいの。ふわふわで、あなたとハグをしたときのような気持ちになるやつよ」

「それは探すのが大変そうだね。でも必ず近くにあるし、もしかしたらもう持っているかもしれないから、家に帰ったらクローゼットを探すよ」


 ぜひそうして。私はしゃがんだままのジャックにハグをする。ふわふわした、気持のよさが全身に広がる。ジャックは顔に明かりを蓄えて暖かい。

 離れてから、私はジャックに別れの挨拶を言う。


「トリック・オア・トリート、ジャック」


 ジャックは笑みを残したまま、ポケットから去年私がおねがいしたチョコチップクリームクッキーと、いつもの赤いキャンデーを差し出す。

 受け取ると、まぶしい光に視界が眩む。大型トラックのクラクションが鳴る音が聞こえ、体中にかかる激しい衝撃の後すぐ体が宙に浮く感覚で私の意識は途絶える。閉じていく瞼の向こうに、笑うカボチャの頭が見えた気がした。



「ええ、メアリったら昨日たくさんお菓子をもらってきて……それはもちろん、うちはビスケットを……」


 電話をしているママの声で目が覚めた。相手はグランマか、それとも新しいボーイフレンドか。ベッドの上にはバラバラとおいしそうなたくさんのお菓子が散らばっている。どのお菓子も、もらった記憶はないけれど。

 私のもらった記憶があるお菓子は、毎年枕の下で見つかる。緑のキャンデーと、チョコチップクリームクッキー、それから赤いキャンデーだ。毎年、もったいなくて食べられないからママに内緒で瓶にしまってクローゼットの奥の奥に隠してある。だって、食べてしまったら私の一年の中で一番素敵な日の記憶がなくなってしまう気がするから。


 次にジャックに会えるまで、あと364日だ。ああ、はやくあなたに会いたいな。

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