09話 作戦会議、その1
「……というワケなんだよ」
あの後少しだけ遅くて、やっぱり豪華な朝食を皆で食べた後、三人を俺の部屋に呼び寄せて、レオンとの遣り取りと契約について簡単に説明した。
「わかった。私はクリスが決めた事に異存は無い」
何だかんだで反対するかもしれないと思っていたが、パルミラは拍子抜けするほどあっさり頷いた。
だが、問題はその横でベッドに頭を突っ込み悶絶しているアイラの方だ。
「おいおいアイラ、ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてましたよっ?!あー、もー、うううー」
やはり嘘を並べ立ててたのが全部バレてたところが、彼女の繊細なハートを傷つけたらしい。
黙っておこうかとも思ったが上手く説明できなかったので、面倒くさくなりきちんと全部説明した。結果、この様だった。
その姿は素直に哀れだった。なんというか、やはりアイラはアイラなのかと思う。今回の仕事に彼女を連れて行っても大丈夫なのだろうか。
そう考えていると、突然アイラはベッドからがばっと起きて、俺に詰め寄ってきた。
「それはそれとして、お姉様。私、レオン様に嘘……不敬を働いたからとかいって死刑とかになりませんよね?大丈夫ですよね?」
「いや、それはないだろ。そういう意味では、俺の方が既に遙かに不敬を働いてるし、パルミラも適当なこと言ってたしな」
死ぬときは一蓮托生的な事を言って、フワッとアイラを慰める。それでも何とか彼女の中で折り合いが付いたらしく、黙ってベッドに腰掛けた。
「んで、アイラも今言った話で良いか?」
「う、うん。正直また奴隷とか凄いイヤだけど、お金は欲しいし……それにパルミラじゃないけど、お姉様に助けられた身だもん。お姉様が決めたんだったら、私はいいよ」
その真摯な言葉に、軽く感動する俺。
そして同時に思った。
重い、と。
やはり、二人は残して自分だけで行くべきなのだろうか。
「そうですねぇ、別に貴女だけでも良いのですが」
その辺を昼食後にレオンに聞いた。
食堂からバルコニーに出て、二人で話す。
というか、朝昼夜で食堂が違う。昼食は、バルコニーに面した部屋だった。当然そこもでかい。
馬車で夜中に着いたため全然気付かなかったが、屋敷は街中の高台の上にあり、バルコニーからだと、塀で囲まれる三日月状の街全体が一望できた。
三日月の欠けた部分は港で、大きな帆船が2隻ほど今も泊まっている。
そこから視線を巡らせると、海と、水平線が見えた。
今日は天気が良いのか、靄も無く遠くまで見渡せる。
……俺は、あの向こうから来た。
何時か、あの向こうへ帰る時がくるのだろうか。
「クリスさん?」
自分から聞いたにも関わらず、眺めに夢中になっていた俺は、レオンの一言で我に返る。
慌てて振り返ると、レオンが不思議そうな顔で俺を見ていた。
「あ、ああ。すまん」
非礼を詫びる。すると、
逆にレオンはその不思議そうな顔のまま、しばらく固まり、ハッとして言葉を続けた。何なんだ。
「ええと……私が言いたいのはですね。二人にそうまで言われているのです。それを仲間はずれにするっていうのは、ちょっとかわいそうじゃ無いかって思うんですよ」
頼む私が言うのも何ですけどね。と、苦笑して付け加えるレオン。
「そういう、ものかな」
「そうですね、じゃあ、逆に私はこう言いましょう……別にあの二人だけでもいいのですが?」
「それは、駄目だ」
突然の提案に、俺は慌ててそれを却下する。
すると、わかってますと言わんばかりにレオンは微笑んで、言った。
「でしょう?そういうことですよ」
結局、悩みながらも、やはり三人で受けることにする。
上手いこと言った感満載のレオンの言葉に触発されたわけではない。
その後、二人に会いに行ったら、二人とも妙な気合いの入り方をしていて、一人で行くとは言い出せなくなった。
もちろん、はっきりと自分の中で決めていたならば、彼女らの気持ちがどうであれ、俺ははっきり一人で行くと告げただろう。
ただ、俺は悩んでいた。
特に、レオンの言葉に感化されたからというわけではない。
今回、俺が二人を巻き込んでしまった感がかなりある。
もし俺が一人で行くとするならば、そもそも二人にこの話をするべきでは無かった。
それは、今思い返せば痛恨のミスのように思えた。かなり何となく二人に相談を持ちかけるように話してしまった。こうすると決める前に、不用意に。
正直、俺らしくないと思う。責任をとるも何もあったもんじゃない。
だが、一方でここまで生死を共にした二人を置いて、一人で行くというのも、それはそれで心をざわつかせるものがあった。
……別に、レオンの言葉のせいじゃない。
作戦の説明は、その日の午後、兵舎のほうで行われた。
どこもかしこも嫌になるぐらい豪華だった屋敷と比べ、兵舎は兵舎らしい簡素な内装だった。何となくホッとする俺。
レオンに先導され、俺、アイラ、パルミラの順に、その玄関を抜け、続いて鍛錬場を兼ねるホールを抜ける。剣の模擬試合をしている兵士やら、黙々と筋トレをしていたりする兵士とか、そのほぼ全員にガン見されながら。
抜けてからレオンに、
「おい、いくら何でも不敬じゃないのか。お前が連れているのに」
と小声で言うと、
「まあここに居るのは全員家族みたいなものですし」
そんなものですよ、と答えた。
そんなものなのだろうか。
というか、推定貴族のレオンは、間違いなく貴族なのだろうが、貴族ってこんなものだっけ、と思うようになってきた。
むしろ会った瞬間が一番貴族してた気がするのだが、今日の朝辺りから、その砕けっぷりがやたら目立つ。本人の姿が型にはめたような貴族だけに、そうした部分はより色濃く印象に残った。
そうかといえば、もちろん俺もこれほどまでに近しく貴族に接したことは無い。
というか、数えるほどしか無い。
直近の記憶を辿ると、反乱討伐に傭兵として参加した際に、全軍出撃前になって心底エラそうに薫陶を垂れたのが、確かナントカっていう貴族だった。
話の内容は殆ど聞いてなかったが、確か「逃げるなら死ね」的な事を言っていたような気がする。
だからといって別段、怒りは感じなかった。貴族ってそんなもんだろと思っていたし、従うつもりも無かったからだ。
チラと、レオンを見る。
もし、こいつなら、俺たちに死ねというだろうか。
いや、少なくとも『あの場』では言わないだろう。そして『この場』では。
……どうだろうか。
言わないだろうと、思う。それはただの直感でしか無いが。
ただ俺がそうしたように、より大切なものを守らなければならないときは、どうだろうか。
死ねと、いうだろうか。
殺すだろうか。
ホール、続く通路を進み、その突き当たりの部屋に通された。
作戦会議室。
なるほど、そういう部屋だ。
そこそこ大きな部屋の真ん中に重厚なテーブルが置かれ、壁には巨大な黒板が設置されている。その半分は既に街の地図が張られていて、その地図には赤い丸が二つほど書き込まれていた。
俺たちがこの部屋に入ったとき、既に何人か先客が居た。
一人は、レパードのおっさん。屋敷ではあの後全く見なかったが、なにをしていたのだろうか。
後は、兵士……小隊長、なのだろうか、が二人既に椅子に座って待っていた。
第一印象からすると、一人は寡黙っぽく、一人は軽薄そうなヤツだった。なにしろ軽薄そうな男は、俺たちが入ってくるのを見るなり値踏みするような視線で見た後、流石に音さえ鳴らさなかったが、口笛を吹くように口元をゆがませたからだ。俺の中でそいつに対する好感度が一気に下がる。
残りは二人。
一人は、長身黒髪で、線の細い男。夏だというのに薄黒い長衣を着ていた。
格好は神父のそれに似ている。が、受ける印象は、その細身と、不健康そうな顔立ちのせいで、不吉とか、不景気とか、そういう言葉しか出てこない。
最後の一人は、所帯なさげに椅子に座っているハタチぐらいの女。兵士なのかとも思うが、推定小隊長達の鎧着と違って、記章入りのローブを着ていた。
軍属かなにかなのかもしれない。普通の女の子然していてどうにも兵士という感じではない。
ただ、もし軍属的立場なのだとしたら、なぜこの席に居るのかが謎だった。
「ああ、申し訳なかったね。お待たせしました」
「全員、揃っております。若」
部下にまでさわやかなレオン。
さっき、家族のようなものと言い切っただけに、そんなものなのかもしれない。
「それじゃ、始めようか。ああ、君たちはその辺り、空いているところに座ってくれますか?」
促され、適当に座る。軽薄男からはなるべく離れた位置に。
そうすると、アイラもパルミラも順々に座った。なんかさっきから無言だなと思っていたら、緊張しているらしい。
アイラははっきりわかるぐらい顔が固まっている。パルミラは相変わらず無表情だが、やはり少し動きがぎこちない。
仕方ないのかもしれない。よく考えてみると、こうした場所でこういう任務を受けるのは、二人にとって初めてなのだろう。物々しい雰囲気に当てられているとも言える。
「それじゃ、まず、レグナム。報告を頼むよ」
俺の横の椅子に座りながら、レオンが言う。
これで立っているのは、レパードのおっさんと、不景気な長身だけになった。レパードはレパードなので、レオンの言うレグナムはこの不景気な男の事なのだろう。
「では、現在の状況から説明します」
レグナムはそれを受けて一礼し、説明を始めた。声も不景気だった。
「現在稼働しているのは、セクション3及びセクション5になります。それぞれ実働構成は10づつ。セクション3は、主に市街における情報収集。セクション5は、対象に対する潜入調査です。現状、目標がこちらに気付いた様子はありませんが、レオン様の到着により、対象の警戒レベルが少し上がっています。危険と判断しましたので、セクション5の一部は引き上げさせました」
どうやらそれは解っている人向けのようで、何も知らない俺たちからしてみると、かなりの部分が抜け落ちた説明だった。
想像で補うと、このレグナムという男はどうもスパイとか、そういう任務を請け負っていて、今の街とグイブナーグの状況を探っている、と。
で、今はレオンが鳴り物入りで街に来ちゃったもんだから、対象、つまりグイブナーグもビビってるというところだろうか。
「続いて目標ですが、ここ数ヶ月を遡りますと、およそ三ヶ月に一回のペースで目標を乗せた馬車が到着しているようです。ただこれは、およそ、ですので、かなり幅があります。また、目標を乗せた馬車は毎回構成が違いますが、現状把握している情報から推定しますと、およそ4から5の隊をもってローテーションしている模様です……そのうち1つは不幸な事故により壊滅していますが」
そうしてレグナムはその不景気な視線を一瞬俺たちに向けた。隣であからさまにびくっと震えるアイラ。俺の仲間を不景気にするなと言いたい。
ここで言う目標はつまり、奴隷そのもの事だろう。
それでグイブナーグが使っている奴隷商人は4か5隊ぐらいで、そのうちの一つ、つまり俺たちが捕まっていた奴隷商人は……成る程、確かに不幸な事故で消滅している。
「さて、問題の目標の場所なのですが、これがはっきりしません。まず第一に、目標を乗せた馬車はそのまま対象の屋敷に入っていくのですが、セクション5の調査によっても、その後、どこに行ってしまうのかがわかっていません。明らかに怪しいのは地下なのですが、わかる範囲ではそこに監禁されている様子はありません。第二に、目標が屋敷外に連れ出される痕跡が無い、というのも問題です。予想通り、奴隷は船によって出荷されていると考えますが、その船を張っても積み込みの痕跡が見当たらないのが現状です」
以上です。とレグナムは不景気に締めくくった。
本当に、不景気だ。
このレグナムの配下たちがどれほどの技量があるかはわかならないが、結論は、証拠がまだ見つかってません、というものに他ならない。
……まあ、だからこそ俺たちがここに居るのだろうが。
「ここまでで質問は?」
黙って聞いていたレパードが周りを全員を見回しながら言う。
変なタイミングですが、長くなってきたので一端切ります。