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60話 ダンスタイムと謎の男

 殆ど拉致に近い形で会場に戻ると、知らない間に雰囲気が変わっていた。


 会場にはスローな音楽が流れ、その出所を目で追うと、会場奥にステージがあり、そこで様々な楽器を持った黒服の奏者達が素人目にもわかるほど完璧なシンフォニを奏でている。


 実際、俺的に音楽というと、酒場で偶に聞いた吟遊詩人の語り唄ぐらいか、安っぽいピアノの曲なのか、どちらかでしかなかった。

 初めて聞く交響曲は、重厚で、それでいて涼やかに耳に届く。


 「綺麗な曲だな……」


 レオンに手を引かれながら、その曲の心地よさに目を細める。

 今まで、歌や音楽なんて、ついでにあれば良い物だと思っていた。

 これなら、ついでなんかじゃ無くて、聞く、それだけを目的にいても良いかもしれない。


 いや、それはともかく。

 強引に手を引かれ、着いた先でそれは行われていた。


 「なっ……あっ……」


 最初入ったときに不自然に真ん中が開いていると思っていた中央部で既に、数組の男女がダンスらしきものを踊っていた。


 その姿を見て、俺は絶句する。

 そもそも二人で踊るダンスというものを、俺はよく知らなかった。漠然とだったが、二人がそれぞれ踊るものなのか程度しか考えていなかった。


 目の前のそれは、そんな想像が全然甘いものだということを俺に伝えていた。

 二人、身を寄せ合って踊る男女。

 殆ど抱かれているといっても過言では無い。

 そういえば、カレンが身をゆだねてとか何とか言っていた意味が、今ならはっきりと理解出来る。というかむしろわかってなかった俺が間抜けなのかも知れない。


 それにしても……これは恥ずかしい。

 ダンスだけでもどうかと思うのに、こんな衆目の前で身を寄せ合うのかと思うと、想像だけで十分顔から火が出そうだ。


 ちらと、レオンを窺う。


 「クリス、行きましょう」


 目が合った瞬間、これまでに無いほどに嬉しそうな笑顔でそう言われ、是非をも言う前に、さながら刑を執行される罪人のごとく俺は、ダンスフロアに引っ立てられた。


 っていうか、どうしたんだよレオン。

 何か何時にないほど強引で、どことなく子供っぽい気がする。


 ……でもまあ、いいか。

 その笑顔が楽しそうなのは、確かなことだし。


 だが、やっぱりその様は余りに珍しいようで、ホールに入った時以上に俺たちは注目を集めていた。

 驚きと、それから微笑ましいものを見るような、好奇の視線が突き刺さる。


 流石にこれは、演技が出来ない。歩き方も何もあったもんじゃなくて、それにそもそもレオンが引っ張るもんだから、ついていくのに精一杯だ。


 「れ、レオン。おい……」


 そんなレオンを諫めようとする声は、どうしても小さくしなければいけなくて、そんな小声はやっぱりレオンに届いていない。


 ……なんなんだよお前。

 全く今日は、どれだけ俺を辱めれば気が済むんだよ。

 普通だったら、ビンタでも食らわして帰ってるところだぞ。


 と、心の中では毒突くものの、嬉しそうなレオンを見るに、そうする気力も萎えてくる。


 「わぷ」


 うつむき加減に歩いていた俺は、急に立ち止まったレオンに気付かず、つんのめってレオンにぶつかった。

 ……のだが、多分端から見ると、レオンに抱き留められたように見えるのだろう。

 事実正面から抱きすくめられた俺は、そのままレオンを見上げる。


 「大丈夫ですよ。緊張しないで」


 緊張してるんじゃない。恥ずかしいんだよ!


 心と目力による抗議は伝わらなかったらしい。

 レオンの手が俺の腰に回され、そしてもう片手は俺の手を握る。あっという間の出来事だった。


 「落ち着いて、合わせて」


 「お、おう……」


 何かを言う前に、真面目な顔でそう言われ、ぎこちなく足を合わせる。その作業に集中する。

 そうしなければ、重ね合わせる手を、密着する胸を、抱えられる腰を、どうしても意識してしまう。

 それはそれとして、空いた俺のもう片手は何処に持ってけばいいのか……。


 「顔を上げて、手は私の肩に」


 肩、か。

 戸惑いを言い当てられた恥ずかしさよりも、ホッとする気持ちが勝る。


 ええと、顔を上げて、手を肩に。


 しようとして気付く。これは、必然的にレオンを抱き留める格好になると。

 一気に体温が上昇するのを感じる。とはいえ、空いた手があまりにも手持ち無沙汰なので、仕方なくレオンの肩口に顔を埋め、手を肩に回す。身長差的に、そうにしかならない。


 くそ、案外筋肉質なんだな。レオン。


 今更のように、そんなことを思う。

 もちろん、思ってはいけない。いけないが、そう思えば思うほど意識してしまうのは、どうしようもない。


 意識を変えようと、レオンの肩越しに周りをそっと窺う。


 ……案の定、いやそれ以上に、注目の的だった。先ほどのシルバーバーグ夫妻や、あとパルミラもそこに混じっている。

 それはそれで恥ずかしい光景だったので、ついレオンの肩にしがみついた。

 こっちも恥ずかしくはあるが、それでも少し、安心感がある。


 「どうしました?」


 「……なんでもねえよ」


 そんなことを正直に言うのも何なので、ぷいと顔を逸らした。


 レオンの身体に引き摺られるようにして、身体を合わせステップを刻む。上手く出来ているかどうかは、さっぱりわからない。だけど、不思議と苦にならない。


 だんだんと、そんなことはどうでもよくて、今は、こうして一緒の事を、一緒にすることが、楽しく、そして嬉しいと感じるようになってきた。


 それは何処か悔しくて、でも何も言いようが無いほど心地よい。

 良くないのはわかっていても、それでも、ずっとこうしていられればいいのに、と、素直に俺は思った。






 そんな時間を永遠にやっていられるわけも無く、それでもその曲一杯は踊り、そして再びレオンに手を引かれて周りの輪に戻った。


 そんな俺たちを、未だ全員が好奇の目で見ていた。

 それはやはり恥ずかしくて、レオンを盾にするように隠れながら、うつむき加減に歩調を早める。最早、習ったこともなにもない状態ではあったものの、ここまで来ると、もういいだろという思ってしまう俺だった。


 「やあ、レオン、ご機嫌じゃないか。珍しい」


 「兄上」


 そんな声に、顔を上げる。

 兄上、って。ルシアン?


 ではなかった。

 そこに居たのは、見たことの無い男だった。朗らかと言うか、陽気な笑顔の中年男。少しだけ、レオンに似ている。会ったばかりのすぐの頃のレオンに。

 ルシアンで無い、兄上。

 ―――つまり、彼こそが第一王子。約束された後の皇帝。世界を手にする男……。


 思わずまじまじと見てしまい、目が合ってから我に返り、慌てて目を伏せお辞儀をする。


 何してるんだ俺。油断しすぎだ。


 すると、第一王子はおよそ王子、というか、上流階級の者とは思えないような、ニイッとした悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺に真っ直ぐな視線を向けた。


 「ああ、君がルシアンの言ってた、レオンの彼女だね。宜しく。僕はアーサー・ベイト・ストロイデルだ。レオンの兄だ」


 宜しく、って……。


 余りのフランクさに目眩がしそうになる。

 これは、なんて答えたら良いんだろう。当たり前だが、宜しくと答え返すわけにはいかない。ええと、えーっと。


 「……お初にお目に掛かります。アーサー様。クリスティーン・ルエル・フェルミランと申します。レオン様のかのっ」


 焦った余り、相手の言葉に引き摺られて、妙な事を口走りそうになってしまうのを、慌てて止めた。

 止めたが、どうしたらいいのかわからない。

 第一王子とやらも、若干顔を傾げ気味だ。かといってレオンに露骨に助けを求めるわけにもいかない。


 「……彼女です」


 仕方なく。小声で続けた。顔から火が出そうだった。


 「ふぐっ!うははは!レオン、君の彼女は面白いね。それにとてもにチャーミングだ。くくく。レオンが虜になるのも頷けるな。それにしても……フェルミラン、か。どこかで聞いたことがあるな……」


 吹き出し、笑いが収まらないという体の、アーサー第一王子に、ますます顔が熱くなる。


 退屈あそばされてる王家の小倅様に笑いを提供差し上げましたことよ。おーっほほほ。


 しょうも無いことを頭の中で考え、溜飲を下げようと試みてみるが、当然のように気は晴れない。


 「ええ、その話は少し長くなりますね……クリス、少し待っていて欲しい」


 「あ、は、はい。わかりました」


 そう言いつつ、レオンは俺から離れ、アーサーとなにやら話しはじめた。

 多分、俺の根回しなのだろう。例の微妙に捏造した話を、浸透させているのかもしれない。


 それにしても、アーサーといい、ルシアンといい、妙に馴れ馴れしいというか、人付き合いが良いというか、そんな者しか居ないのだろうか。ある意味、レオンもそうだが……。

 ルシアンといえば、今日この場には、居ないのだろうか。あの日の事を思い出すに、会いたくは無いので、居なければ居ないで全然良いけど。


 軽く会場内を見回す。


 「?」


 すると、壁際で誰かと話しているパルミラの姿が見えた。

 誰と話をしているのだろうと見てみるが、こちらを向いたパルミラに対し、男であろうその者は、背中を見せていてよくわからない。わかるのは特徴的な赤毛だけだ。

 手持ち無沙汰なのも手伝って、パルミラに合流しようとそちらの方に歩く。そうすると、男が少しだけ振り返り、目線をこちらに向けた。


 「っ!」


 目が合った瞬間、ぞくっとした感覚が、体中を駆け抜けた。

 目が合ったのは、一瞬。

 だが、何か、凄まじい悪寒を感じた。


 あれは、誰なんだ。

 男は、パルミラとの会話を自然に打ち切り、そしてパルミラから離れ、そのまま会場の外に出て行った。


 それを目線で追いながら、俺は出来る限り急いで、パルミラの側に歩み寄る。


 「パルミラ」


 近くまで寄って、声を掛ける。

 パルミラの様子は―――普通だった。何か変わった感じは見受けない。

 何を話していたかはわからないが、何も無かったんだろうか。


 「クリス様」


 その声が届いたのか、俺を認め、銃士宜しく礼をするパルミラ。流石だが、それは今はどうでもいい。


 「パルミラ、今の男は?」


 焦って口調が戻っているのに気付く。キョトンとしているパルミラに、腰を折って耳を寄せる。


 「今の男は誰なんだ?知り合いなのか?」


 「今の人は、誰かの銃士様だったみたい。誰かは知らないし、名前もわからない。ただ、声を掛けられたから少しだけ話していただけ」


 「……そうか」


 大した情報は無かった。身を起こして、男が出て行った扉を見る。


 確かに、銃士のようで、コートの外に帯剣していた気がする。顔は良く見えなかったが、20か30ぐらいだったと、思う。


 俺の知り合いでも、このような場所で会うような者は居ない。だが、どこかで会ったような気もした。

 冒険者の頃だろうか。わかるのは身長と赤毛ということだけ。だが、思い出せない。


 それに、あの目があった瞬間の悪寒。あれがなんだったのかが、酷く気になる。


 「パルミラ」


 「うん。追うの?」


 流石パルミラ、従者過ぎる。声を掛けただけで、俺の意図を一発で言い当てた。

 それだけ俺の様子が変だったのかもしれないが、時間が無いだけに、有り難い。


 「ああ、ちょっと気になってな……」


 そう言いながら、男が出て行った会場出口に歩を進める。

 出る前に、会場の、レオンのほうに視線を投げた。どこに居るか、わからない。


 少しだけ、レオンに何も言わず行動することに気が咎めたが、きっと気付いてくれるだろうと思い込むことにして、俺は扉を潜った。

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