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53話 暴走

 夕食前、レオンは俺たち三人を食堂に呼んだ。

 メイド服ではあったものの、流石にアイラも同席している。恐らく同じメイドは夕食を前に忙しくしているのだろうが、抜けさせてもらったようだった。


 まあ、もしパルミラと俺だけだったら、流石に俺が怒っているとこだったが。

 彼女が言い出したメイド修行とは言え、パルミラが同席するならば、ちゃんと三人で聞くべきだ。

 ただ俺としては、俺だけに話すのではなく、三人に話す、というのが少しだけ引っかかった。そもそもこれまで、レオンが俺たち三人を揃えてというのをあまりしたことが無い。

 それはいよいよ三人とも関係があった、あの再び奴隷になった日の会議ぐらいだった。

 それ以外では、殆どの場合、何かあるときは俺だけに言ってくるのが普通だった。

 なのに、わざわざ三人揃えたのは、何か余程関係があることなのだろう。

 そう、納得することにする。


 そうかといえば、何故かアーリィだけは同じく同席していた。

 レオンが呼んだのだろうか。それとも、これが普通ということなのだろうか。

 アーリィは座ったレオンの斜め後ろに控えるように立っていて、何となくそれだけのことなのに、不思議とレオンとの距離を俺は感じてしまった。

 なんていうか、偉い人と話す。

 そういう感じだ。今までのような感じではなく、初めて出会った時のような、距離感だった。


 「……」


 そんなレオンは、俺たちを呼んだにも関わらず、なにやら言葉を選んでいるようで、なかなか話し出さない。アイラはそわそわしているものの、俺も、何と無い距離感のせいで、あえて黙っていた。

 レオンは取りあえず何かを俺たちに隠していて、それを言い淀んでいる感じだが、それを促すような真似はしない。

 素直に言えば、俺は少しだけその事実に怒っていた。今の距離感にも不満があった。そして、さっき感じた不安が、馴れ馴れしくレオンに声をかけてその発言を促すなどという優しさを、俺から奪っていた。


 「……先ほどクリスが会った男。二人は見ましたか?」


 長い沈黙の後、レオンが出した言葉に、二人。つまり、アイラとパルミラは、同時に首を振った。そういえば、二人はあの騒動に気付くどころか、今、なぜここに居るのかもさっぱりわかってないのだろう。

 何時でも殆ど平常心なパルミラはともかく、そりゃ、アイラもそわそわするよな。頭の中は不安で一杯に違いない。


 「先ほど、実は来訪者が来ていまして……クリスは既に知っての通り、あれは私の兄です」


 頷く。

 実際、レオンは兄が二人居ると以前言っていた。ルシアンはそのうちの一人なのだろう。

 そのわりには、少なくとも見た目は全く似ていなかったが。

 レオンは、金髪碧眼。だが、ルシアンは、黒髪に黒目だった。兄弟でこの辺りが違うというのは、アリなのだろうか。


 「名前は、ルシアン―――ルシアン・クレイ・ストロイデル」


 レオンの声だけが響いていた食堂に、ガタッと音が響いた。

 何のことは無い。俺の椅子の音だ。その名前を聞いて、俺は椅子から立ち上がりかけた。


 冗談じゃなかった。洒落でも無い。

 横を見る。アイラは俺を驚いた顔で見ている。多分、わかってない。

 一方パルミラは、少なくとも普通では無くなっていた。流石に気付いたのだろう。


 ―――目の前の人物が、誰かということに。

 俺たちがずっと旅して、そしてかなり気兼ねなく付き合っていたレオンという者が、一体何者かという事に。


 「グレアストロイデル帝国、第二王子です」


 そしてレオンはそう、決定的な言葉を言い放った。

 言葉通りにルシアンがこの世界帝国の第二王子などという立場であることは、今この瞬間では、さほど重要では無い。もちろん、それはそれで十分に驚く事実ではある。

 だが、そこからいとも簡単に、導き出される答えこそが余程重要だった。


 「……なんで、黙って……」


 大抵の事には驚かないつもりだったが、流石にこれは衝撃的すぎた。

 あまりのことに言葉を失うが、何とかして絞り出すように言葉を紡ぐ。


 言うまでも無い。

 目の前に居るのは、レオンは、この超巨大国家の第三王子だ。

 貴族だと決めつけていたが、とんでもないことだった。だが、どうして、それが王子様だと想像出来るだろう。あり得なさすぎる。

 そう思うと、食堂とは言え上座に座り、アーリィを控えさせるレオンが急に―――さらに遠くなったような気がした。


 烏滸がましい事を言ってしまえば、貴族程度だと思ってたから、普通に接していられた。

 貴族というのは、一般民衆よりさらに下である冒険者であった俺でも、それでもまだ近い存在だったからだ。

 だが、王子となるとそうはいかない。しかもその辺の中小国とかなどではなく、世界に冠たる大帝国の王子!

 もはや、どう声を掛けて良いかすらも、頭から消えてしまっていた。


 「~~~~~っ!」


 余りのことに頭が真空になってしまった俺の隣で、パルミラが突然勢いよく席を立った。

 両手の拳を握りしめて、それを震わせながら。その目でレオンを―――帝国の王子を睨み付けて。

 呆けていた俺は、その鬼気迫る尋常で無い様子に思考がおいつかなくて固まる。そして俺の目の前で、パルミラの手が自分の腰に伸びて―――


 「パルミラ!だめえっ!」


 明らかに剣を抜こうとしたパルミラを止めたのは、その横に座っていたはずのアイラだった。

 必死の形相で、国家的反逆行為を起こそうとしていたパルミラの小さな体に覆い被さるように体当たりして、床に引き倒す。


 「っ!アイラ!どいて!」


 「だめ!絶対だめ!」


 床でもつれ合いながら藻掻く二人を呆然と見る。止めなければとは思うのだが、何故か体が動かない。

 代わりに、自分でも理由が見付からないまま、俺はレオンの方を向いた。


 レオンが、悲痛そうな顔で俺を見ている。そしてそれを庇うように、アーリィがナイフを構えて前に立っていた。

 アーリィの目にあったのは、純粋な敵意。たった数時間前、厳しくも―――優しく接してくれた彼女は、そんな事など欠片も残さず、今俺の目の前で一切呵責の無い視線で俺たちを見ていた。


 そのレオンとアーリィの姿に、俺はいい知れないほどの衝撃を受けた。急に、二人のその姿が、遠くになってしまったような感覚を覚える。


 仲良くしていたと思っていたそれは、幻想だった。

 俺たちは所詮元奴隷だし、レオンは至高の王子様。

 もとより、対等な立場なんかじゃ無い。


 ここにこうして俺たちが居るのも、そうしたフリをするのに必要だったから。

 大切な人などと、それもそう装っただけ。


 どこからが本当で、どこまでがフリなのか、わからなくなってくる。


 もしかすると、全て―――


 ぼろっと、不意に自分の目から涙が零れるのがわかった。

 歪む視界の向こう、レオンが椅子から立ち上がり、俺に近付いてくる。その表情が、見えない。

 駄目だと思っても、自分の中にある想いが反転していくのがわかる。止める事が出来ない。


 自分の中の冷静な部分が、その感情の反転に悲鳴のような懐疑を向ける。

 そんなわけが無い。大したことは無い。レオンはただ、自分の身分を黙っていただけじゃないか。アーリィだって、今の状況から言って、仕方ないことなんだ。それは当然のことじゃないか。


 一方で、その思考を叩き潰すように、沸いてくる感情がある。

 裏切られた。

 また、裏切られた。

 私は、また、裏切られた。

 身を切られるような哀しみが、俺の心を圧倒する。

 ぼろぼろと、涙が溢れ止まらない。嫌いだ。嫌いだ―――


 「クリス!」


 「―――触るなっ!」


 近付いてきたレオンの手が俺に伸びてくる。俺は、全くの無意識に、その手を叩き付けるように両手で払った。


 「?!」


 近いから、歪んでいてもわかる。レオンの顔が驚愕の色に染まる。

 それを目の当たりにして、強烈な罪悪感が俺の心を打ちのめした。何でこんな事を?俺は何故こんなことをしているんだ。


 俺の中に、何かがある。

 俺じゃ無い、何かが確かに。

 ルシアンの顔が、俺の脳裏にフラッシュバックする。だが、その顔はさっき見たそれじゃない。

 レオンの顔が、浮かぶ。

 それは、今俺の目の前に居る、レオンのそれじゃない。


 裏切られた!裏切られた!裏切られた裏切られた裏切られた私は裏切られた。


 「違う!!!!!!」


 叫ぶ何かに、叩き付けるように俺は叫んだ。


 俺は!

 裏切られてなんかいない!


 じわっと浸透してくる知らない記憶を、必死に振り払う。

 俺の記憶に、入ってくるな。

 俺の心に、意思に、干渉するな。


 「クリス?!一体どうしたんですか?!」


 レオンが、再び手を俺に伸ばしてくる。

 両肩を掴まれた。俺はビクッと体を震わせる。正面にレオンの真剣な顔。俺は、歯を軋らせた。憎しみに近い嫌悪感が、俺の体を震わせる。


 助けてくれ。レオン。たすけて。俺が俺で無くなってしまう。

 声が出ない。ガクガクと体が震えて、ぼろぼろと涙が流れる。


 嫌い嫌い嫌い嫌い。


 一体、なんなんだ。『クリス』、お前は一体何を。どうしてそこまで。


 「ひいっ!」


 目の端に、青い炎が灯った。俺は戦慄し、魂からの悲鳴を上げる。

 意思に反して灯る青火。自分が全然、制御できていない。気持ち悪いと思ったことはあるが、俺は初めて、自分の身体を純粋に恐怖した。


 マドックスをも撃破した、強大な力。


 それが勝手に、発動しようとしている。目の前には、未だその危機に気付いていないレオン。必死な顔で、俺の名を呼び続けている。それが嫌で、そして恐れる。

 このままだと、レオンが。俺が、レオンを。


 青い炎は、俺の意思に反して、目の前で円を描きはじめた。一重、二重。

 俺は絶望の淵に踏みとどまりながら、歯を食いしばって、必死に止まれと念じる―――三重。止まらない!


 「うううーーーっ!」


 俺は、力を振り絞って、レオンを突き飛ばした。

 思いっきりそうした筈だったが、俺もレオンもその場で多々良を踏むだけ。それでも、レオンの拘束が切れた。俺は、数歩そのまま後ろに下がり、足を縺れさせ床に尻餅をついた。


 だめだ、これだと、レオンがまた俺のほうに来てしまう。四重!もうあまり余裕は無い。文様の回転が始まってしまう。始まってしまったら、もう終わりだ。

 だったら。


 「レオン様!」


 俺がそれを腰から引き抜くと、予想通りアーリィが、レオンを庇って後ろに下がらせた。

 俺はそれ―――以前、アイリンに貰った黒いナイフを両手で握りしめ、胸の前に突き出す。そう、こうすれば、アーリィはレオンを庇う。パルミラが剣を抜こうとしたとき、そうしたように。


 だが、ほんの少し生まれた余裕に息を付く間もなく、更に文様が重なり、五重になった。

 俺は戦慄に目を見開く。前も、その前も、文様は三重、四重で終わった。直感でわかる。それを超える破壊の力が、発揮されようとしている。

 最早、庇うアーリィはおろか、レオンも、そしてすぐ側に居るはずの、アイラやパルミラも危ない。もしかすると、それ以上の被害が出てもおかしくない。六重!さらに文様は増える。


 「うっ……うううっ!」


 その目の前の光景に、完全に俺の心は折れた。ガタガタと震えることしか出来ない。

 これが放出されてしまったら、俺もただでは済まないだろうという予感がある。

 アイラ。パルミラを視る余裕は無かった。せめて、レオンだけでも守りたい。だけどどうしたらいい。どうしたら。


 「クリス!」


 レオンがアーリィを押しのけて、片膝着いてしゃがみ込み、再び俺の前に来る。ついに七重にもなった文様の真ん中。必死そうな顔をして。そんなに、俺を心配して―――


 「うぅーーー、れーー、おーーーーーんんーーーーーーー!!」


 縺れる舌で、俺も必死に名前を呼んだ。ナイフに目を落とす。迷う間は無い。

 俺は、馬鹿だ。でも、レオンを。アイラを、パルミラを。

 守りたい全てを、守る為には、それ以外が思いつかなかった。


 俺はナイフの切っ先を自分に向け、そして自分の胸に突き刺した。

 その瞬間、ばきんとひときわ大きく、何かが弾ける音がした気がした。身体に貫入したナイフに、体中の何かが集まっていくのがわかる。それと同時に、体中の力が、萎むように急速に抜けていく。


 「クリスっ!」


 驚愕に目を見開くレオン。

 ああ、そんな顔もするんだな。


 心の中にあった、あの嫌悪感は消え、そして文様は消失した。俺は安堵に包まれる。代わりに、視界が黒く染まりはじめた。目の前にあるはずのレオンの顔が見えなくなっていく。


 怖くはあった。切なくも。だがそれでも俺は、自分を、そしてレオンを守れた事に満足した。

 笑みを浮かべ、ナイフの束から手を離し、抜けていく力を振り絞って目の前に伸ばす。最後にレオンに触れたいと、俺は思った。


 「クリス!!!」


 その手が何かに触れる前に、俺の意識は消失した。

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