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44話 決着

 ルーパートは強い。

 それは圧倒的だ。相手にも寄るが、おそらく1対10ぐらいまでなら、普通に勝ってしまうだろう。

 この段階で、桁外れに強いと言っても良い。さすがに、親衛隊の隊長なだけある。


 「うはははっ!どうしたあ!狂犬もこんなものかあ!」


 「ざけんなッ!」


 ただ、それでも、上には上が居ることを、目の前の光景は示していた。


 一見互角にも思えた二人の戦いは、少しずつ、マドックスが圧すようになってきた。見るだけには、今でも互角のように見える。それでも、両者を見るに、ルーパートが負う傷が増えていく。対して、マドックスは無傷なのだ。


 剣対剣。

 両者必殺の技を繰り出しながら、それでもその程度で済んでいるのは、双方に途轍もない技量があることを示している。おそらく、生半可な者であれば、数秒も保たないだろう。そもそも真剣の勝負とはそういうものだ。


 ただ、それでも、ルーパートの状況は、ジリ貧といって差し支えない状況だった。

 トリッキー故に、機動力を持って戦うルーパート。それが、少しずつ削られていく。近いうちに、その均衡が大きく崩れるのは想像に難くない。


 そうかといえば、加勢も出来ない。

 レパードやレオンの技量はわからないが、最早第三者が介入してどうにかなるような、尋常な勝負ではなくなっている。

 パルミラ程度の実力では、介入した途端、一瞬で両断されてしまうだろう。


 そしてレパードは、先ほどから閉じられた扉を何とかしてこじ開けようと、必死になっている。レオンだけでも逃がすという魂胆のようだ。

 ただ、その努力は今のところ実を結びそうに無い。

 誘い込まれただけあって、施錠は固く、扉も強固だった。


 「アイリン!魔法で扉を開けれないのかよ!」


 ルーパートが敗れれば、間違いなく俺たちは、マドックスの二つ名通り鏖殺されるに違いない。

 戦うなどという選択肢は全くなかった。何とかして逃げる。この場は、それに尽きる。


 「魔法でなんでもかんでも出来るなんて思わないでよ!」


 自分でもわりと無茶を言っているのはわかる。

 ただ、それでも一縷を賭けて叫ばざるを得ない。彼女でもわかるのだろう。ルーパートが負ければ自分たちも死ぬという事が。

 真っ青な顔をして必死に扉を叩いている。

 無駄だ。はっきり言って、錯乱しているに近い。


 だが、それでもアイリンの認識は正しい。

 実際、今はルーパートが戦っているからこそ、俺たちはまだ生きていられるのだ。

 死が目前に迫っている。これで平静を保っていられるほうがどうかしてる。

 チラッとレオンを見る。

 レオンの顔は、やや眉を顰めてはいるものの、恐怖の感情は読み取れない。ルーパートの勝利を信じているのだろうか。それとも。

 だが、このまま手をこまねいていれば、自分はおろか、レオンや、アイラ、パルミラの命も定かでは無い。

 おそらくには、完全に目標であろうレオンは確実に殺される末路だ。


 それだけは、嫌だった。

 手の中にある、降魔石の感触を確かめる。あの時発した力が、まだ発動できるかわからない。

 だが、今はそれに賭けるしか無い。






 目の前の戦いは、更に激しさを増す。

 ルーパートは苦戦ながらも、それでも反撃を返し、吠える。

 狂犬とマドックスは呼んだが、まさにそれそのものだった。


 「ウッガアアアアアァ!」


 既に満身創痍のルーパートが、人を超越したかのような機動で駆ける。瓦礫をはね飛ばしながら、瞬間移動のごとくマドックスの背後に回り込み、剣を振るう。

 だが、その剣はことごとくマドックスの大刀に阻まれた。そして返しに閃くマドックスの斬撃。それをも神速の体捌きで躱すものの、マドックスの斬撃の速さが上回るのか、その度に擦過の傷が増えていく。


 「ガアァアァァアアア」


 避けた先で、がはぁ、と口から大量の息を吐くルーパート。体中に浅い刀傷が走り、上半身の服は既にボロボロ。半裸に近い。

 構え直す双剣は、恐るべき膂力で放たれる斬撃を何度も受けた事で刃こぼれだらけになっている。

 むしろ、今の今までたたき折られていないことの方が不思議だった。


 「どうしたァ!狂犬!もっと俺を楽しませろ!」


 ルーパートに答えるように、号ぶマドックス。

 そこにいるのは、正しく二匹の獣だった。


 一方は、理性をかっ飛ばし怒りと本能で駆ける牙獣。それに対するは、狂気と歓喜をもって破壊を振りまく暴獣。

 戦斗を求め、相手を倒すことをこそ本然とし、自己の持つ最大の破壊力を叩き付ける純粋なる者達。

 その様に、何時しか俺たちは見取れ、そして動けなかった。

 状況に反して、目を離すことが出来ない。その凄まじくも美しいとすら感じる、力の激突に声を上げることすら出来なくなった。


 「ガ、ハァー……ハァー……ハァー」


 その戦いも、最後に近づこうとしている。

 間合いをとったルーパートは、攻め続けた動きを止め、双剣を持つ両手をだらりと伸ばし、息を整える。

 それを見て取ったマドックスは、答えて壮絶な笑みを浮かべ、大刀を両手で構え直した。


 次が、最後の一合になる。

 アイラが俺の腕を強く掴んだ。

 いかな素人であれ本能で悟れるほどの、不吉なる静けさ。

 無意識に俺は、唾を飲み込んだ。ゴクリという音がやけに大きく耳に残る。


 「ァァァアァァ……ルォアァァァァァアアアアアアア!」


 それは最早、およそ人間の出す声では無かった。


 咆哮し、一足をもって、ルーパートはその場から消失した。かのように見えた。

 その場に巻き上がる埃だけが、唯一、移動という手段を行使した証左として残る。


 次の瞬間、マドックスの胸元でガシャッ!と砕ける音が響き、消失したはずのルーパートの体がその場で泳ぐのを見た。


 砕けたのは、ルーパートの剣。砕いたのは、マドックスの大刀。そして、くの字に折れたルーパートの腹に突き刺さる、マドックスの豪脚。その顔が狂喜に歪む。

 それがその瞬間知覚できた全てだった。


 「ゴォアァ……」


 目を見開いて血反吐をまき散らすルーパート。ベキベキという、音が聞こえた気がした。

 それも一瞬のこと。

 振り抜かれた蹴撃でもって、ルーパートは小枝のように吹き飛び、部屋の奥にあった木箱をバラバラにしながらそこへ突っ込んだ。


 ルーパートが、敗北した。

 それは、半ば予想しながらも、絶望をもった衝撃として俺を打ちのめした。


 「ルーパート!!!」


 パルミラが叫ぶ。

 彼女が最も、その結末にショックを受けたのかもしれない。実際にその強さを、身をもって体験し続けた彼女だ。信じられない光景だったに違いない。

 ただ、パルミラらしからぬその叫びに俺は、逆にショックを受けて固まった思考を取り戻す。

 頭で考えていたとおり数歩前に出て、握り込んだ降魔石を突き出し、叫んだ。


 「Zi!」


 突き出した手のひらの上、赤熱するように、降魔石が発光し始める。

 だが、その瞬間、目の前でその降魔石は小さな破壊音を残して吹き飛んだ。


 「な……!」


 切り札と頼んだそれが消失したことに、何が起こったのか理解が追いつかない。

 だが、直ぐにそれは知れた。共に吹き飛んだように見えた腕の先、大刀を振り抜いた姿のマドックスがいた。


 「……魔法士だったとはな。だが、この間合いで詠唱など出来るわけがなかろうが」


 マドックスの声が無情に耳に響く。


 そんな、そんな……!


 絶望に、足が震え、腰が砕ける。再びガチガチと歯の根が震えた。

 意せずして、自分の内股が生温かく濡れるのがわかる。それでも情けないなどと思う気持ちも浮かばない。思考が再び恐怖に固まる。


 「クリス!」


 その場に崩れ落ちそうになる俺を、背後からレオンが支えた。

 張り付いたようにマドックスから離れない視線を無理矢理引きはがし、滲む視界で、首を後ろに回し、レオンを見る。


 その視線は、ただ俺だけに、向けられていた。


 強張りながらも、心配するその目。


 ああ、なんで。なんでなんだよ。


 ……危ないのは、お前なんだぞ……。


「うっ……ひっ……」


 その声は、喉から音として出てはこなかった。代わりに、俺の目から涙がボロボロと止め処なく溢れる。


 「……それで……どうするつもりなんだ」


 情けなくも涙で歪む視界の向こう、レオンが気丈にマドックスを睨み付ける。

 レパードがじりっと前に出て、構えるのが見えた。アイラ、パルミラ、アイリンをも守るように。

 ……どうするつもりなのだろう。混濁する意識で考える。マドックスは。そして、レオンは。


 「まあ、ルーパートは次いでだ。本命はアンタ。竜を呼び出してまでお膳立てたんだ。運が悪かったと思って諦めるんだな」


 その言葉に、意識が戻ってくる。やはり、レオンを狙っていたんだ。


 「誰に……雇われた」


 笑いあい、言い合いもした。


 「俺は死人にも手向けないタチでね。言う道理もねえよ」


 助けられ、今も支えられている。


 「……成る程。だが、私はともかく、この人達の首をやるわけにはいかないな」


 レオンを、殺そうというのか。

 アイラを、パルミラを、殺そうというのか。


 許さない。

 視界の端に、青の炎が灯のを見た。何故、は無い。疑問は無い。今、知覚できるそれが全て。

 歯を食いしばる。

 守らなければ。レオンを、みんなを、守らなければ。


 「Zi!」


 涙を振り飛ばし、マドックスを睨み付け、俺は叫ぶ。

 降魔石など無い。だが、目の前に回る、青く光る円の文様が見える。

 その中央に、俺はマドックスを置いた。


 「なに?!」


 一瞬だけ、マドックスは怯んだ。予想外だったのだろう。俺には、その一瞬だけで十分だった。詠唱など、必要としない。


 イメージを絞る。破壊。狙うのは前面。目の前を粉砕しろ。


 回る文様が止まる―――


 「ああああっ!」


  絞り出された声と共に、眼前に閃光が走る。

 あの時と同じように、体から何かが放出された。一瞬、マドックスは両腕で身を守り、後ろに飛んだのが見えた。


 無駄だ。砕けろ。


 「があっ!」


 マドックスの巨躯が、見えざる俺の力を浴びて後ろに吹き飛ぶ。


 砕けろっ!


 そして、壁に叩き付けられ、その壁をも粉砕し、その向こうに消えた。


 「はぁっ……はっ……」


 その向こうを、俺はなおも睨み付ける。奴がなおも立ち上がることを予想して。

 ただ、それに反して、俺の力は抜けていく。

 目の前の光輪は解けるように消失し、再び足が砕けた。


 「クリス?!」


 同様、レオンに支えられる俺。

 それでも、砕けた壁の向こうから目を離さない。もう一度、今の力を行使できるかはわからない。

 でも、それでも、マドックスが死んだとは到底俺には思えなかった。


 だが、力が抜ける。何かが足りない。目の前の視界が、少しずつ黒く塗りつぶされていく。

 まだ。まだなのに。


 「クリス!?大丈夫ですか?!クリス!」


 目は、もう見えない。俺の名を連呼する、レオンの声だけが、耳に響く。

 俺の心配をするより、あれを、なんとか―――しなければ―――。


 ああ、でも。

 暖かいな。


 つい最近、これと同じ暖かさを感じた気がする。

 それが何時だったのか、思い出す前に、俺の意識は閉じた。

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