39話 再会
「はぁー、生き返るわぁ」
などと風呂に浸かりながら、魂まで抜けそうなため息を漏らすのは、何を隠そう俺だったりする。
湯に浸かった体に暖かさが染み渡り、それと同時に四肢にこびり付いているだろう汚れが剥離していくような感覚に、得も言われぬ快感を感じる。
要塞にある風呂は案外立派で広かった。多分、何時もは兵士に供されるのだろう。それだけに見た目実用一辺倒なデザインではあるものの、ちゃんと浸かれる湯船が存在するというのは幸運だった。
午後の昼下がり。多分、本格的にここがむくつけき兵士達でごった返すのは、もう少し後なのだろう。
だからこそ、俺たちの為に、早めに準備してくれた、ということのようだ。
「あぁー……しあわせぇ」
「……」
そう、俺たちだ。
流石に、今は貸し切りとはいえ、一人ずつ入るなどという贅沢は出来ない。それにレオンや親衛隊の兵士も入るだろう。そうそうゆっくりともしていられない。
結果、3人まとめて入ることになった。
そうすると、当然俺の目にも、二人の肢体が晒されることになるわけなのだが、まず二人がこれっぽっちも気にしていないということと、俺自身が別段気まずくなったり、或いは、興奮してしまったり、恥ずかしくなってしまったりなどということが無かったので、何事も無かったように仲良く一緒に湯船に浸かっている。
アイラは年相応以上に発育の良い―――いやもう平たく言えば、でかいおっぱいをプカプカさせながら、体を一切隠すこと無くだらけきった体勢で、惚けただらしない顔を晒しながら湯殿を満喫しているし、パルミラはパルミラで、水深的にそうなるのか、顔を半没させながら上気した顔をこちらに向けている。
きっとパルミラなりに、リラックスしているのだろう。多分だが。
しかし、実際は三人で風呂などは初めてだったりする。
レオンのお屋敷では、メイドさんが居たものの、三人別々に入っていた。きっとその時、一緒に入るとかいう羽目だったならば、俺も多少は気にしたかも知れない。
そうかと言えば、既に3人同じ場所で、既に何日も過ごしている事もあって、最早、気にするような段階では無い。というか、もう気にする方が何か恥ずかしい。
「それにしてもさぁ、酒宴とやらはどうしたらいいのかなぁ」
弛緩しきったまま、目下の悩みを相談することにする俺。
そう、酒宴だ。
そりゃ、もし男の身柄で参加するなら、気兼ねなく楽しめるのだろうが、何しろ既にレオンの間接的な開始宣言が出されている以上、淑女っぽい演技をしなければならないのか、という疑問が生じる。
多分、した方が良いのだろうとは思う。しかし、流石にそこまでは勝手が分からない。
さっきゲイリーの前では、何とか乗り切ったものの、今度こそボロが出そうで仕方が無い。
それに、慰労っていうからには、親衛隊の兵士の皆さんも普通に参加するのだろうが、そんな兵士の前では、姫様などと呼ばれつつも、かなり今まで素で通してきた俺である。
そんな彼らの前で、妙ちくりんな演技をかますのも、かなり恥ずかしい。ひょっとしたらルーパートなどには、爆笑されそうな気がする。
「難しいですねぇ。みんな仲よさそうでしたから、普通でいいんじゃないですかぁ」
「ごぼごぼ」
わかった。ここで聞いた俺が馬鹿だった。パルミラなどは明らかにどうでも良さそうだ。
とはいえ、適当そうなアイラの言にも、一考の価値はある。
それでいいのかなぁ。レオンを困らせてしまわないだろうか……。
いや、困ったら困ったでいいか。オレが困るわけでも無し。
「まぁ、適当にやるかぁ」
そう結論し、俺は湯船から立ち上がった。そろそろ茹だりそうだ。
「それにしても、お姉様。綺麗な体ですよねぇ。羨ましい……シミ一つ無いですし」
未だ湯船に浸かったままだらけているアイラが不穏なことを言う。
……しかしまあ、確かに。
自分の両手を見る。肌は透き通るように白く滑らかで、それこそアラバスターのようなという表現がぴったりだ。
二の腕から指先まで、指をなぞらせても、引っかかるものが全くない。それは自分で言うのも何だが、良く出来た人形のようでもあった。
とはいえ、かりそめの体だし、それが如何に完璧であっても、関係ないと切って捨てられる。褒められたところで、複雑な気分になるだけだ。
「えい」
「どうぁ!」
フクザツになって悩んでるところに、突然背後から何かがのし掛かってきた。
っていうかアイラだった。背中に例のご立派な二つが押しつけられる。同時に、両手が俺の体の前に回され、俺は背後から抱きすくめられる格好になった。
「な、あ、あ!何してる!離せ!」
「うふふー、だってお姉様、綺麗なんだもの。ほら、悩んでる時はこうするんでしょう?レオン様にした時みたいにっ!」
背中に密着するアレが、柔らかく俺を圧迫する。もちろんだからといって、嬉しくも何ともない。ただ恥ずかしいだけだ。というか、むしろ恥ずかしいのはアイラであって、俺では無いはず。
いや、やっぱり恥ずかしい。レオンにしたみたいに、などと言われてしまうと、ふざけんなと思うと同時に、頭に血が上ってくる。
「ああぁ、やっぱりスベスベぇ……もー、たまらないかもぉ……」
「~~~~っ!!」
耳の横に、惚けたアイラの吐息がかかる。
ゾクゾクとした恐怖を感じ、そんなアイラの拘束を必死になって解こうと藻掻くが、わかったのはアイラより力が弱い自分という事実だけだった。それはそれで衝撃的なのだが、今はそれどころじゃ無い。
そうだった。コイツはすっかり忘れていたが、あの奴隷馬車の時もなんか迫ってきてた。あれから、あんまりにも色々あったので頭から抜けていた。
アイラの俺の前に回された両手は、俺の腹をなぞるようになで回した後、そのまま上にせり上がってきて、俺の胸に手をかける。
「お姉様のおっぱい、形が良いですよねぇー」
「っ!馬鹿たれっ!自分のでっもっお、揉んでろっ!っ!」
どう考えても淫靡なアイラの手の動きに、良いように蹂躙される俺。認めたくない何かが脳髄を叩く。その度に変な息と共に声が出そうになるのを、歯を食いしばって堪える。
そんな攻防を繰り広げていると、いつの間にか無表情、というか未だ顔を半没させたパルミラが目前に居た。
一瞬、パルミラに助けを求めようとしたが、その三白眼がいつも以上に座っている事と、湯のせいだけとは言いがたい程に真っ赤になったその顔を見て、言葉を飲み込む。
「ごぼごぼ」
まだそれかよっ!
必死になりながら、ツッコむ俺。
そうすると、パルミラの手がすうっと、湯船から俺に向かって突き出された。嫌な予感におののく俺の目の前で、その両手のひらが、俺の胸にむかっ
「痛いイタイいたい!もげる!パルミラ!もげるっ!うあ!」
「もう二度とお前らと一緒に風呂に入らんからな!死ぬまでだ!」
良いように二人に弄ばれた俺は、脱衣所で激高したまま捲し立てた。
そんな怒りをまともに受ながら……二人は満足そうな顔をしている。アイラなどは、妙に艶々した顔だった。パルミラも、明らかに反省した様子は無い。
「えー、でも、私はお姉様付きメイドですからー、今度から、お姉様を隅々まで洗うのも仕事ですしー、次はこう両手でお姉様のあんなとこやこんなとこまでうへへへへいたたたたたたたたごめんなさあああああ」
調子に乗りすぎているアイラの両こめかみを、全力を持って拳でグリグリする。アイラが涙目で悲鳴を上げて謝るが、取りあえず一分ほど許さなかった。
「……二人が楽しそうだったので、つい」
ついでなので、アイラが崩れ落ちた後、パルミラも平等にグリグリしておく。グリグリされながらも、無表情で言い訳をするパルミラ。制裁のしがいがない。
「ったく!」
全く見事にこれっぽっちも気は晴れないが、取りあえず過ぎたことは忘れて、服を着ることにする。これ以上、こいつらの前で防御力が低いままでいるのは危険だ。主に精神的に。
そう思って脱衣所の籠を見ると、そこに俺の脱いだ服は無かった。
周囲を見渡す。アイラの仕業かと思ったが、未だにこめかみを押さえて無様に蹲っているのを見るに、そうじゃないようだ。少し溜飲が下がる。
と、棚の上に、服らしきものが畳んでおいてあった。
深く考えず、手に取ってみる……ドレスだ。
ドレスだ。
これを、着ろと。
いや、ドレスというと、そういえばレオンの屋敷でも着たことあった。
着たことあったが、着方がわからない。あの時はメイドさんにされるがままだったこともあり、いちいちどう着るかなどは覚えなかった。
ドレスは3つ。
どういう基準で選んだのか、或いは、誰がそれを選んだのか気になるところではあるが、少なくともこの黒と白のフリフリしたのは、大きさ的にパルミラだろう。
そして、胸元が大きく開いた赤のコレは、きっとアイラ向けだ。
とすると、最後のこの淡い水縹の短めのが、俺のか。
いや、本当に、誰が選んだのだろう。レオンか。レオンしか、居なさそうだ。
少なくとも、この要塞にそういうのを選ぶような人間は居ない気がする。それ以前に、なぜこんなドレスが存在するのか、その方が不思議ではあるが。
そんな謎に悩んでいると、脱衣所の扉がノックされた。
と思った瞬間、それは開け放たれ、見知った顔がひょっこりと入ってきた。
「ハーイ、ひっさしぶりィー」
「アイリン!」
それは、屋敷から、というか例の告白の翌日から姿を消していた、アイリンに他ならなかった。確かに、久しぶりな気がするが、冷静になってみると、精々10日ぶりぐらいだ。
それよりも、何とは無しに俺の秘密を知る者として軽く心配していたが、全くそれが杞憂だったことがわかり、拍子抜けして呆れる俺。
「一体お前、何してたんだよ。あれから」
「うわっ、なによアンタら、下着ぐらい着ときなさいよね。っていうか、アイラはなにしてんの、そこで」
俺の質問など無視して、中に入ってくるアイリン。
そのマイペースっぷりに、なんだか懐かしいような気分を覚える。
「お姉様がぁ、嫌がる私を無理矢理……」
未だ床にへたり込むアイラがそんなことを言い、それを聞いたアイリンが、マジか、みたいな目で俺を見る。
「アホか。ふざけんな。むしろされたのは俺だ」
不用意にそんなことを言ってしまい、更にマジか、みたいな顔をされた。
「い、いや、そんなことより、何しに来たんだよ」
「あー、あのね。ここって、今、私しか女って居ないから、様子を見に行けってレオン様が……って、ドレスとか、気合い入ってるわね。ひょっとして、これ、私が着せなきゃダメって事?私、メイドじゃないのになぁ」
自動で進むアイリンワールド。ある意味楽でいいが面倒くさい。パルミラも、この前評価を改めたくせに、再び、うざい、みたいな顔になっていた。
「とにかく、下着ぐらいは自分で着なさいよね。ドレスの面倒ぐらいは私が見るから。あ、あと化粧とさ。男女でも、見た目は重要なんだし」
「……」
「なによ?」
「いや、なんでもない」
なんでもない、ではなく、正直ちゃんと俺を男扱いするアイラに、少し感動した。
実際、既に俺の周りで、きちんと俺を男扱いする者は誰もいないような気がする。それはある意味新鮮で、不覚にも少しだけ目頭が熱くなった。
「ほらほら、早くー。この後、男どもも入るんだから、ゆっくりしてる間は無いんだって!あっ、髪はちゃんと拭いておきなさいよ!」
「はあい」
「わかった」
それでも素直に、もそもそとタオルで頭を拭き始める二人。明らかにアイリンにかき回されているが、不本意にも言ってる事は確かなので、俺もそれに従う。
「んでさぁ、私はね、先発で第一小隊と一緒に、帝都に戻ってたの。色々あって、私だけここで足止められちゃったけどさ。まあ、クリスを待ってたってところかな」
なんの話なのかと思ったら、最初の俺の問いの答えだった。聞いてんじゃねーかと思ったが、それがアイリンなので、努めて気にしないことにする。
「俺を、待ってた?」
タオルを頭に乗せたまま、下着を履いて、アイリンに向き直る。
「そ、そ。師匠に……あ、私の魔法の師匠ね。会ったんだけど、クリスの事話したら、渡しておけって、貰ったものあるのよね」
わしわしと頭をアイリンに拭かれていた俺は、アイリンの何の気無いが、同時に聞き捨て無い話を聞いて、慌てて聞き返す。
「って、お前、俺の話って」
「あ、うん。ゴメン。でも師匠だし、隠しておけなくってさ……ちゃんと秘密だからねって言っておいたし、師匠もちゃんとしてるから、誰にも言わないと思うんだ」
「もうなんか『お前』の師匠ってだけで、信用がた落ちだよ」
師匠とやらが何者かはわからないが、不本意ながらこれで俺の秘密を知る人間が6人になった。これ以上増えないのを祈るばかりだ。
しかしこの6人目。正体が分からない上に、その話を聞いて一体何を俺に渡そうとしているのだろう。
「ごめんって!もう誰にも言わないからさ。師匠の贈り物は、後で渡すね。それよりも早く着替えて。アイラちゃんも、パルミラちゃんも、急いで」
疑問は尽きないのだが、結局、アイリンのペースに巻き込まれ、俺たちは言うとおりに従った。
結局の所、それが一番手っ取り早い事を、よく分かっていたからだった。
エロとグロはエンターテインメントの花などと言いまして……。
折角なので、グロはともかく、そういうシーンも入れてみました。
まさか殆どそれで1話潰れるとは思いませんでしたが。




