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31話 仲違い

 モヤモヤとした疑問を抱えたまま、ギルドを辞して、俺たちは帰路についた。

 外に出ると、既に日はかなり傾いていて空は真っ赤に染まっている。

 思った以上にギルドで時間を使ってしまったらしい。レオンはもう、俺たちが居ないことを知っているんじゃないだろうか。


 「すっかり遅くなっちゃいましたね……」


 トボトボ歩くアイラも不安そうに漏らす。


 ギルドでは、不十分ではあってもある程度の成果を得られた。

 一応聞きたいことは、聞けた。それは満足は出来ないが、脱走する価値はあったと思う。


 ただ、それはある意味、言い訳だった。

 実際、事が終わってみると、アイラと同様帰ったらどうなるかなあ程度には、不安になった。

 レオン、怒ってるだろうか、と。


 そうかと言えば、そんな不安とは別に、レオンに対しての不信がすこし、心の中にある。

 さっき、アルクが言っていた、軍が、という話。


 軍。

 もちろん、それは色々あるのだろう。帝国軍という括りで考えると、少なくとも10万近くに達すると言われる常備軍がある。

 単純に親衛隊と呼ぶその軍は、それから考えると、そのうちの1%にも満たない。だから、一概に軍といっても、それがレオンのそれと考えるほうがおかしいと言える。


 ただ、それでもそこを切り離して考えられない。なぜなら、俺がアートル遺跡の話をしたのはレオンに他ならず、だからこそ、軍がそこに居ると考える方が自然だから。

 それは俺の主観でしかない。もちろん、別の軍が別の目的で、そこに居る可能性もありうる。

 だが軍が動くには、何か相応の理由が要る。

 だからこそ、他の理由が考えられない今、どうしてもレオンのそれを関連づけずにはいられなかった。


 「はぁー……」


 ため息が漏れる。


 別に、悪くないじゃないか。

 例え、レオンがアートルの何かを探してても、別にそれは悪い事じゃない。

 何をしていたって、俺がそれを止めたりするのはおかしい。

 だから、それは大したことないだろう。


 そう考えているうちに、駐屯地の門が見えてきた。

 ああ、帰ってきてしまったな、などとふと思う。

 夕暮れの迫る中、ひどく俺は懐かしい気分になった。

 まだ俺が小さな頃、親の言いつけを破って遊びに行き、帰ってきたときのその感覚に、これは近い。

 その時は、どうだっただろうか。


 確か、母親が家の前で待っていて、俺は―――。


 門に、誰かが立っていた。

 いや、誰か、じゃない。

 遠目でも分かる、あれはレオンだ。横に、レパードの姿も見える。

 後ろで息を飲む気配を感じた。アイラだろう。

 俺もかなりバツが悪くなったが、観念するように、ゆっくりと歩を進める。


 いよいよレオンの姿が見えてくる。腕を組んで、俺たちを見ている。口元は、笑っていない。

 怒っているのだろうか。怒っているのだろう。

 何故ここまで不安になるのか、と思うぐらい、自分の動悸が速くなっていく。

 ああ、行きたくないなと心の中で思うのだが、足は動いてどんどんとレオンが近くなっていく。今更、そのままどこかに逃げるわけもいかず、いくら何でも逃げるとかないだろう俺、という気持ちが勝手に俺の足を動かす。


 そして、そのまま、俺はレオンの前に立った。

 じっと俺を見る、レオンの表情が硬い。どう、言うべきか。気まずさから目をふと反らす。


 「……あのな、レオン、実は」


 何を言うべきかわからないまま、ボソボソと話し始めた俺の頬が一瞬熱くなって、そして視界がぶれた。

 バシン、と、いう音が耳朶を打つ。


 「……っ?」


 あれ?


 何が起こったのか、わからないまま、ジンジンと熱い自分の頬に手をあてる。


 あれ?


 恐る恐る、ゆっくりと目を正面に向ける。


 ―――あの日、母親の前に立った俺は―――


 そこに居たのは、怒りと、そして悲しさの入り交じった顔で、今振り抜いたばかりだろう手を震わせる、レオンだった。






 「……あなたはっ!」


 呆然と見上げる俺の目の前で、レオンは声を張り上げた。ビクリ、と図らずも体を震わせる。

 そんな顔のレオンを見たのは初めてだった。レオン、怒ったりするのか、などと部分的に冷静な自分が、そんな暢気な事を考える。

 横に立つ、レパードを見ると、驚いた顔をして固まっている。

 ああ、レパードもこういう顔をするんだな。それぐらい、レオンのそれが、珍しいのか……。


 「一体何をしていたんですか?!街に出てはいけないと言ったはずでしょう?!そうでなくともあなたは―――!」


 怒るレオンが、一瞬言いよどむ。

 その様に、呆けていた意識が戻ってくる。


 なんだよ。

 一体、何なんだよ。


 何で、俺は怒られなければならない?なぜ叩かれなければならないんだよ。

 沸々とした怒りが、心を満たしていく。

 目の前で、言い淀んだレオンが俺を睨んで、次の言葉をさがしているように見えた。

 その様が如何にも何かを隠しているように、俺には感じられた。

 それが先ほどまで考え、俺の中にあったレオンの不信感と結合し、火を付けた。


 「わかっているのですか!?」


 「―――っ!う、るっ、せえんだよ!」


 続くレオンの声に、俺は感情のままに叫んだ。

 後ろで、二つの息を飲む声が聞こえるが、無視する。


 「何なんだよ!お前!お前は俺のなんだっていうんだよ!そりゃ、助けて貰った恩はあるさ!でもそうやって保護者気取りされる覚えまではねえんだよっ!ズカズカ近づいてくんな!俺は、俺だろうがよ!」


 思ってもみない言葉が、俺の口からどんどん吐き出される。

 レオンは、俺の言葉に顔を強ばらせ、俺を凝視してくる。


 「どうせ俺を違う誰かに見立てて、自分を誤魔化してんだろ!俺は誰か代わりなんかじゃねえっ!ふざけんな!俺は、俺だっ!他の誰でもねえ!」


 それはひょっとすると、俺の中に燻っていた何かだったのかもしれない。


 俺は俺だ。


 女か、男かなんてどうでもいい。

 ここにある『俺』が俺の全てだ。クリストファ・カーゾンであって、クリスティーンなんかじゃない。

 そんなことは、今まで一度も考えたりしなかった。そして実際そう思われていても、俺は気にしなかっただろう。どうでもいいはずの事だったはずだ。怒る意味が、自分にしてわからない。


 ただ、コイツが何かを俺に隠していること。それを伝えないこと。

 それによって、俺が思うこと。そうしなければならないこと。

 それらの全てが、反転し負の感情となって怒りへ転化する。


 結局こいつは、教えたり教えなかったりして、俺を良いように操って、自分にとっての都合の良い『何か』の代役をさせようとしているに過ぎないんだ。


 馬鹿にしてやがる……!ふざけやがって!


 「お姉様!」


 「駄目!」


 不意に後ろから、アイラに抱きつかれた。

 右手にも何かが巻き付く感触。パルミラか。

 だが、俺の目はレオンの目を凝視して離さない。

 レオンは、強ばった顔のまま、俺を見つめている。その瞳が、色んな感情を写しているのがわかる。

 そして、それはある一つに収束していき、それがはっきりする前に、レオンは俺から目を反らした。


 「若……」


 雰囲気が変わった事に気付いたのか、レパードが気遣うような顔で、レオンに声をかける。

 レオンは目を、そして体ごと顔を反らし、少しだけ時間をおいた。


 「レパード」


 思わずどきりとするぐらい、平坦な声。呼ばれたレパードは、表情をも硬直させて直立の姿勢になる。


 「彼女たちを、部屋に。それから、扉の外に兵を配しておくように」


 前半はともかく、なぜそうするのか、などとは聞くまでもなかった。

 監禁だ。

 俺の奥歯が、ギリ、と、音を立てる。


 「は……はッ!」


 遅れて、意味を理解したのだろうレパードの固く、短い了承の声が響く。

 そして、レオンは俺たちに顔を向けないまま、その場から離れていく。

 レパードは迅速だった。感情を押し殺し切れていない複雑な顔で俺たちを見た後、軽く頷いて俺たちを促した。

 ついてこい。そういう事だ。

 レオンを見る。その背中からは、何を考えているのか、うかがい知れない。


 「……俺は、クリスだ!『クリス』なんかじゃねえぞ!」


 その背中に、俺は最後の声を投げかけた。

 果たしてレオンは、ほんの一瞬だけ、こちらを振り向いた。

 その顔に映っていたのは、怒りでは無かった。

 哀しみでも、無かった。


 そこにあったのは、恐れ、だった。






 「あああー、やっちまったよ……」


 レパードに連れて行かれた部屋で、早くも俺は後悔していた。

 呻吟しつつ、ベッドの上をごろごろと転がる。


 思い返せば、そこまで言う事もなかったような気がする。

 実際、レオンが俺を、どのように見ていようが、関係ないことのはずだ。

 例え、レオンから見て俺が『クリス』の代用のように見ていたとしても、別にそれはそれで気にする必要などないはずだ。そもそも、結婚云々の話で、すでに代役をすることは了承していたはずだし。


 だいたい、あの夜、俺は言ったはずじゃなかったのか。自分から、代役だぞ、と。

 それに、そもそもレオンが怒るのも、冷静になってみれば当然のことなんじゃないかとか思う。

 約束はしなかったが、出るななどと言われてて、それを破ったのは俺たちなわけだし。


 ……でも、叩くほど怒るなよな、とも思う。


 ただ、それも、心配してなどと思えばこそだとするならば、それもまた仕方ない気がしなくも無い。

 考えれば考えるほど、自分が悪い気がする。


 「……この生活も終わりですかねー……」


 ベッドの端に腰掛けたアイラが、向こうを向いたままぼーっとした顔でそんなことを漏らす。

 ぐっ……!

 ぴたっと転がるのを止める俺。


 「さっきのは、クリスが悪い」


 アイラの横で、ギルドで借りた本を読みながら、パルミラが言う。

 しかもその本から視線を上げる事すらしない。


 ぐぐっ……!


 「―――っ!わかったよ!俺が悪かったって!」


 俺はたまらず、ベッドから跳ね起きて叫んだ。

 その声に、二人が振り向く。


 「それは、レオン様に言わなければ駄目」


 「そうですよ。私達に言っても仕方ないじゃないですか」


 確かに、そうなんだが。


 「そうなんだが、なんて言えばいいのかわからないんだよ。それに、レオンにどうやって会えば良いんだよ」


 部屋を抜け出して、会いに行くか?

 いや、部屋の前には、かなり気の毒な兵士が今見張っているはずだ。すまん。兵士。


 「うーん、そうですね。でもこういうのって早ければ早いほどいいんですけどね……明日になったら、出発ですよね。機会、無くなっちゃいそうですし」


 「抜け出して、行ってくれば良い」


 「それが出来たら苦労しないだろ……」


 パルミラの率直な提言に、今同じ事を思っていたばかりの俺は、すぐに否定する。


 とはいえ、実際それぐらいしか考えつかない。

 アイラが言うように、明日になったらその機会が無くなりそうだし、俺もだんだんと顔を合わせづらくなってしまうだろう。ひょっとしたら、時間が解決するのかも知れないが、それを黙って待っているのは、嫌だった。


 それに、レオンが最後に見せた顔が、気になる。

 あれは、不安、或いは、恐れ。

 レオンは何を思い、何を恐れていたのだろうか。


 「あーあ、どうするかな」


 ぱたっと、ベッドに倒れて、ふとそのまま壁際を見る。


 ―――あの屋敷の時、朝起きたらいつもレオンが居たな。


 その何も無い壁に、レオンの輪郭を見る。

 レオンは何時も笑っていた。子供っぽく俺をからかった。困った顔をしていた。苦笑していた。楽しそうだった。


 ……あんな顔は、していなかった。


 「……行くか」


 俺は脈絡も無くそう決断し、ベッドから飛び降りる。

 レオンはあんな顔を、すべきじゃない。

 それに、そうさせたのは間違いなく自分だ。だったらきっちり会って、話をしなきゃならないだろう。

 それで、レオンが許してくれるかどうか、わからないけれど。


 「どうするつもりなんです?」


 訝しむ二人を余所に、そのまま窓際に寄って、窓を開けた。


 既に外は夜。街の所々に、煌々と明かりが灯っている。まだまだ夜も更けたばかり。

 そのまま、窓から身を乗り出し、周りをぐるっと見回す。

 この部屋は、角部屋になっていて、最上階の三階。左隣を見ると、少し離れた場所に窓があって、明かりが漏れている。

 そこまでは少し距離があるし、明かりが漏れている以上、誰かが居ると思って良いだろう。

 下を見る。

 2階の窓が見えた。明かりは消えている。


 「よし」


 「なにが、よし、なんですか……」


 何をするつもりなのか気になったのだろう。寄ってきた二人に、俺は振り返って言った。


 「ちょっと手伝ってくれないか」


 にやりと笑う俺に、素直に頷くパルミラ。

 一方、アイラは結構嫌そうな顔をした。

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