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30話 ギルドマスター・アルク

 「……っ!」


 核心に触れそうだった機会をその男の出現によって折られ、俺は内心渦巻く怒りを視線に込めてその男にぶつける。

 怒鳴りつけるのを欠片残った理性が、ギリギリに押さえつけた。


 ギルドマスター。

 男はそう名乗った。

 恭しくも垂れた頭を、ゆっくりと戻し、俺を射貫くような視線で捕らえる。およそ40を超えたあたりの中年。だが、長身、体つき、そして何よりもその目が、その男の軒昂さを強く感じさせる。


 その男が発する無為の圧力に、俺はギリギリと奥歯を噛みしめ、より強く男を睨み付けた。不敵な笑みで見下ろされ、あからさまに威圧されている。

 そんな男から感じる敵意に近いそれが、より俺を昂ぶらせた。


 「……マスター」


 一触即発に近い雰囲気の中、横合いから係員の、この場には相応しくない冷めた声が響いた。


 「そうやって、『試す』のはやめてくださいと言ったはずです」


 その声に、男の圧力が急激に萎えた。その様に、つっかえを失ったように、俺は籠もった力を抜いてしまう。それでも男を警戒しながらも、その雰囲気の変貌に俺は軽く混乱した。

 男はそんな俺の目の前で目深に被ったフードを脱ぎ、固い表情を突然柔らかいものにし、にやっと笑った。


 「いやぁ、ごめんごめん。パッツィさん。ついやっちゃうんだよねぇ」


 ……先ほどまでの慇懃な態度は何処へやら、180度ほど口調を変えて、男は係員にあまり反省しているとは言いがたいような態度で頭を下げた。


 なんなんだ、こいつは。

 そのわけのわからなさに、混乱の度合いを深める俺。

 横で剣の束にまで手をかけて警戒していたパルミラも、やや脱力した感じにその手を離す。アイラなどは、混乱しきった顔で、今にもへなへなと崩れ落ちそうだった。


 「いい加減にして頂けますか?これ以上、来訪者が減ると私の仕事が無くなります」


 「いやホントごめん。次はちゃんと歓迎ムードでやるから」


 「むしろ何もしないでください。激しく迷惑です」


 クールに怒る係員に、ぺこぺこ謝る大男。先ほどまでの雰囲気など、微塵も感じさせないその光景に、脱力感だけが募る。

 なんなんだこれ。


 「うん、君たちも申し訳なかったね。ああ、うん、ごほん。ようそこ!ビレルワンディ冒険者ギルドへ!私が」


 「……ギルドマスターのアルクツール・バンベルクなんだろ」


 係員に怒られたからなのか、何故か大仰に自己紹介のやり直しをするアルクツールとやらに、冷め切った声で答える。


 「……出来れば、アルクと呼んでくれても」


 腰を折られた男は、目深に被ったフードを取りながら、打って変わって人好きのするはにかみの笑みを見せながら、いけしゃあしゃあとそんなことを言った。

 それにしても、いきなりフレンドリーにこられても反応に困る。先ほどまでとはギャップがありすぎるのと、それでもギルドマスターなどという地位がわかっているだけに、どう返して良いか悩まざるを得ない。


 「すいません。ここのギルドは見ての通りあまり人が来ませんので、暇をもてあましたマスターによる、このような妙なイタズラが行われたりします」


 戸惑う俺たちに頭を下げながら、わざわざ身も蓋もない解説をしてくれる係員パッツィさん。

 やや疲れた表情から察するに、慣れっこなのだろう。


 「イタズラとは失敬ですねパッツィさん。僕はですね、将来有望そうな冒険者を見るとイタ……じゃなく、こう応援をしたくなるだけですよ」


 何故か敬語になった一瞬本音が垣間見えるその言葉に、パッツィさんはもとより、俺たちの眉間にも皺が寄る。パッツィさんなどは、頭に手を当てて盛大にため息をついていた。

 素直に言えるのは、このギルドマスターがすごい困った人だ、ということだ。

 無責任ながら、パッツィさんは頑張って欲しいと思う。


 「全く。降魔石を無駄に使うほど、我がギルドはお金があるわけではありませんのに」


 憮然としたまま、パッツィさんは聞き捨てのならないことを口にした。


 「……降魔石?」


 それに引っかかったのは、パルミラも同じだったようで首をかしげながら問う。


 「魔法、使い、なのか……」


 目の前の人物を、信じられないような目で見てしまう俺。


 確かに、フードローブを着たその姿は、想像容易な魔法士のそれだった。アイリンもそんな軽装だった気がする。

 ただ、それを上回ってその男の体つきは、イメージする魔法士のそれとは、およそかけはなれていた。長衣に覆われてなおわかる、その太く引き締まった体つき。

 そして見る者を圧倒するほどの長身。

 その雰囲気を一言でいうならば、まさに容貌魁偉。

 はっきり言って、上半身裸で戦斧を振り回している方が、はるかにしっくりくる。


 「マスターはこう見えて帝国でも有数の魔法士なんですよ」


 パッツィさんが褒めてるように聞こえなくもない台詞で、残念そうに言う。


 「はぁ、魔法士」


 「驚いたかな?」


 得意そうなギルドマスターを、何ともいえない顔で見る。

 なんとなくだが、ギルドマスターほどにもなると、やはり歴戦の人間なのだな。主に肉弾戦方面で。

 などと漠然と考えていた全てが裏切られたような気になった。

 アイリンといい、ギルドマスターといい、こんな突拍子もない人物ばかりなのだろうか、魔法士は。


 「降魔石を無駄に、っていうことは、今、魔法を使ったんですか?」


 意外に鋭いことをアイラが言った。そう言われればそうだ。


 「ああ、さっきのはね『威圧』」


 「『威圧?』」


 「応門の一、光と、六の闇。それの混成魔法だね」


 さらっと言うギルドマスターに、聞き流しそうになったが、それってもしかしてわりと魔法の根本なんんじゃないだろうか。

 それに、『応門』。そう、『六応門』。

 それは、あの夢の中、『私』が考えていた、謎の言葉。


 「……ギルドマスター、魔法、について、教えてもらってもいいか?」


 躊躇いがちに、俺はギルドマスターにお願いする。

 神秘の力、魔法。教えてもらえるだろうかという気持ちが強い。

 それでも、俺はその魔法について知りたかった。ギルドマスターがさらっと今、漏らした応門というキーワード。そして魔法。

 これらをもう少し理解していけば、ひょっとするとこの身体の謎がわかるのかもしれない。

 それにアイリンの居ない現状。こうした魔法体系を知る機会は逃したくない。


 「ん、ああ、いいよ。それから僕の事は、アルクと呼んでほしいな」


 果たして、ギルドマスター・アルクは、魔法などより呼び名の方が余程重要だと言わんばかりに、拍子抜けするほどあっさりと応じた。






 「じゃあ、まず、六応門から、説明しようか。六応門については?」


 「いや、わからない」


 素直に首を振る。

 魔法とは何か、から始まらなくて良かった。『すごい力』で終わってしまいそうだし。


 「うん、六応門というのは、魔法の力に関わる六つの分類で、それぞれ光、火、風、水、土、闇を指してる。これらは、この世界にある物質の構成に関わっていて、根源ともいわれる『応力』を表しているんだ。ええと。詳しく言うと時間がかかるので、大雑把に『何かがそこにあるための力』と言っておこうかな」


 おそらくアルクは、これでももの凄く簡単に説明しているのだろうが、この段階で早くも、俺はついていくのにいっぱいになった。

 ええと、纏めると……この世界には6つの力がある、と。そして魔法はその6つの力に基づいている……かな。


 「この力は、何処にでもある。例えば、フッと息を吹くと、風が起こる。こんな感じだね。なぜ風が起こったのか。それは息を吹いたから。もの凄く単純に言えば、こうした当たり前を突き詰めていくと、魔法になるんだ」


 横でパルミラがフッと小さく息を吐いたのが聞こえた。

 思わず目を向けると、ムッとした顔でぷいと横を向く。魔法に興味があったのか。微笑ましい。


 「ただ、それは『何かがそこにあるための力』を理解できなければならない。これはいきなり難しくなる。普通、僕たちはこの『何かがそこにあるための力』の仕組みを理解できない。なぜなら、人間の考え方がそうなっているから、としか説明できない。だけど、希にそれが『なんとなく無意識にわかる』者が居る。それが、魔法士なんだよ。よく言う適性っていうのはこれのことだね」


 魔法には、適性が必要だ。

 それは元々、俺も知っている知識だし、有名な話でもあるので、およそ冒険者であるなら殆どの者が知っている。


 ただ、『なんとなく無意識にわかる』というのがどういう状態なのかがわからない。そこはアルクが言うように、上手く説明できないのだろう。


 「じゃあ、六応門って何?」


 「六応門は、さっき言ったとおり、この世界を構成しているといわれる力だね。適性は、普通この六応門のどれかに寄っている。魔法士だからといって、全てがわかるわけじゃないんだ。大抵は、二門程度。三つ四つだと、かなり凄いかな」


 「あんたは?」


 「三つだね」


 凄いと言いながら、あっさり三つだというアルク。こいつも大概だ。

 ただ、今の言い様だと、六つ全てというのはどうなのだろう。


 「六つ全て、というのはあり得るのか?」


 「……うーん……僕は噂でしか聞いたこと無いけど、数年前その発現を見たという話があったね。ただ、それって本当に凄い事だから、今、話を聞かないってことは、誤報だったのかもしれない。そもそも今の今まで六応門全てっていうのは、聞いたことも無いしね。僕たち魔法士に伝わる、伝説の魔法士テトラも、五つだったっていうし」


 六応門、全てを備える。

 夢の『私』はそう言った。

 そして、その後、彼女はどうなったのだろう。


 「伝説の魔法士」


 突然、パルミラが声を上げた。

 見ると、少し興奮気味に両手を軽く結んで目を少し輝かせ気味だった。

 正直俺は、別の事を考えて、その部分は全く聞き流していたが、パルミラはそうでなかった、というか逆だったようだ。

 その何時にない様子を見るに、案外伝説の、とか、そうした英雄譚が好きなのかも知れない。


 「知りたいかな?」


 その様子に、アルクもニッと笑ってパルミラを煽る。

 それに対して、パルミラは、どうしようととでも言うように、俺を見た。その視線を受けて、仕方ないなと俺は小さく頷く。


 「短めに」


 俺に気を遣ってか、パルミラはアルクにそう答えた。


 「うん、テトラっていうのは、魔法を作ったとされる人だね。少なくとも二千年ぐらい昔、まだ魔法がこの世に無かった頃、世界はモンスターだらけで、人間ってもの凄く弱い存在だったらしい。その中、魔法というものを考え出して、それを広めたのがテトラ。人間の歴史って、ある意味そこから始まってるとも言えるかもしれないね」


 語られた内容は、思った以上に壮大な話だった。

 まさにそれは英雄たる英雄。素直にへぇ、と感嘆する。


 「それで、どんな力をもってたの?」


 食いつき気味に言葉を重ねるパルミラ。

 何時になくパルミラが興奮気味だった。意外すぎる。

 見た目はともかく、中身が20歳女性だと思えば、相当変わった趣味だなと思える。実際アイラなどは、俺と同じく『へぇ』程度の顔しかしていない。

 まあ、パルミラだし、今更変わってるも何もないような気もする。


 「そうだねぇ。五応門の適応なんて想像もできないから、伝え聞くだけになるけど、二千年前だからね。天を裂き、地を割るなんて、そんな感じでしか残ってないかな」


 天を裂いて、地を割る。

 ふと、自分の両手を見る。

 この憑依する『クリス』こそ、夢が正しいならば、その五応門を超える六応門の持ち主だ。だとするならば、ひょっとして俺も、その気になれば天を裂き、地を割れるのだろうか。

 それは如何にも現実離れした話で、どうにもそれが想像出来なかった。そして、あまり想像したくもなかった。


 強大すぎる力なんて―――


 「そんな力が、欲しい?」


 そんな声に、俺はハッとして顔を上げる。見下ろしてくるアルクと目が合う。

 力が、欲しい?

 俺が戸惑っている間に、その視線はパルミラに向いた。


 「欲しい、かもしれない」


 パルミラは少しだけ考えて、そう口にした。取って付けたように、かもしれないという言葉を継ぎ足す。


 「私は、要らないかなあ、怖いし」


 アイラが、興味なさげにそう言う。


 そう、怖い。

 強大すぎる力を持つなんて、怖いだけだ。

 そんな物を持って、一体何をすればいいのだろう。


 「俺は……そんなもの欲しくはない」


 パルミラとアイラが答えた手前、俺も何となく自分の意見を口にした。

 チラとアルクを見ると、再び目が合った。その目は、観察している、或いは何かを確認しているようにも見えた。

 少なくとも、その目は笑っていない。

 ふと、その視線に、俺は自分を突き通されているような感覚を覚える。それが、ひどく不安に思えた。

 謎だらけの自分。それを見通されているような―――


 ぱきん


 「っ!」


 首の後ろから、何かが弾ける音がした。


 「?お姉様、どうしたんですか?」


 「い、いや……」


 首筋に手を当てながら、何となくアイラの問いを誤魔化す。

 なんだ、これは。

 確か、以前にもこんな事があったような気がする。

 首を捻りながらアルクを見ると、一瞬だけ目が合い、そして直ぐに離れた。

 その瞬間のアルクの表情は、ずいぶん複雑なそれだった。

 一体何なんだ。


 「さて、それはともかく―――大体こんなものかな?他に聞きたい事は?」


 「あ、あと、降魔石って何なのか教えてくれ」


 一体何だろうと思う間もなくアルクが言った言葉に、話が終わりそうな気配を感じ、慌てて俺は聞いた。


 「ああ、これはね、魔法への最後の鍵、かな」


 「最後の、鍵?」


 そう言ってアルクは例の赤い石を懐から取り出して俺たちに見せる。

 俺は思わず、少しだけ後ずさった。一度は自分からやったものの、どうしてもアレが自分の体に埋まるというのが、気持ち悪く感じる。


 「うん、実のところ、魔法士は、『何かがそこにあるための力』の仕組みを理解しても、それだけでは魔法は使えない。理解して、それをイメージする。そしてこの降魔石を通してそれを発現する。簡単に言うと、これは手みたいなもので、例えば物を掴みたいとき、頭で考えるけどそれだけじゃ駄目だよね。実際に掴むのは、この手だ」


 そんな感じかな。とアルクは締めくくった。


 最後のはちょっとわかりやすかった。

 つまり俺は、一気に詰め込まれた魔法に関する一連の情報を、全部上手く理解出来たか、かなり怪しい。


 ふと振り返ると、アイラはかなりちんぷんかんぷんな顔になっていたし、パルミラも眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

 目つきが悪いだけに、人殺しのような顔になっていたが。


 でも、アイリンに聞いたときより、かなり整理できたような気がする。

 正直、他にも色々気になることはあるのだが、現段階でかなりあっぷあっぷな状態なので、今はこのあたりにしておいたほうがいいのかもしれない。

 また後で考えを整理し直す必要もあるだろう。


 「あ、ところで、なんで教えてくれないんですか?……その、迷宮から帰ってきた人の名前」


 すっかり魔法の話で忘れていたが、ふと思い出したようにアイラがアルクに聞いた。

 実際それが本題なのだが、俺としてはアルクに止められた時点で、それを突き詰めるのを半ば諦めていた。

 興奮して頭から抜けていたが、本来それをギルドが教えるわけがない。

 とはいえ、アイラやパルミラは知らない話ではあるし、あえてそれを聞くのを止めたりはしない。


 「あー、うん。それは実は規約なんだよね。有益な情報を提示してくれた相手の素性を教えるのは御法度なんだ。特に、そこで財宝なりしを持ち帰ったとあっちゃあ、それこそねぇ」


 わかるだろう?と、アルクは俺を見ながら、そう締めた。


 確かにわかる。わかるから諦めたのだ。

 これは、ギルド規約の基本中の基本に近い。ギルドに加盟した冒険者の殆どが知っている規約でもある。

 なぜならそれは、ギルド員を守るために存在する規約であるためだ。


 「例えばアイラが、今金貨を100枚持っているとした場合、それを人に知られたいか?」


 いまいち理解出来てなさそうなアイラに向かって、仕方なく補足をする。


 「えっ……それはー……うーん」


 「パルミラはどうだ」


 「私なら隠す」


 悩むアイラを放っといて、パルミラに振ると、パルミラは即座に言い切った。

 さすがパルミラ、と言いたいところだが、これはちょっと考えればわかることだ。

 未だに悩むアイラに、しかたなく説明する。


 「さっきの話の続きだが、お前、金貨100枚を手に持って見せびらかしながら、さっきの通り歩いたとしたらどうなるんだよ」


 「……襲われますね、はい……」


 さしものアイラも気付いたようだ。なぜわからなかったんだろうという体で、どよんと沈んだ顔になる。

 ギルドがそうした情報を開示しないのは、ギルド員を守るための最低限のルールだ。

 ましてやわざわざギルドにだけは報告してくれている冒険者に対して、その情報を開示するなど、恩を仇で返しているようなものだと言える。


 だから、ギルドはそれを絶対に明かすことは無い。

 それはわかっているし、そうでなければならないのも、理解出来る。

 理解出来るからこそ、俺は諦めざるを得なかった。つまり、最早ギルドではこれ以上の情報は得られない。深いため息をつく。


 「だったら、迷宮に入って確かめたら良い」


 パルミラが思いっきり本気の目で提案した。

 確かに魅力的な提案なのだが、枯れているとはいえ、この三人で迷宮に入るなど、自殺行為を超えて、最早ワケのわからない狂った行為だ。パルミラはともかく、俺もアイラも、およそ武器と呼べるようなものすらも持っていない。しかも持っていても意味がないぐらい、弱い。

 ……ちょっと切なくなってきたな。


 それ以前に、そもそも駐屯地から抜け出した俺たちだ。

 流石にこれ以上の冒険は、色々な覚悟を決める必要がある。

 ただ、それらのリスクを考えてなお、パルミラの提案は魅力的だった。

 自分の目で見て、確認する。出来うるならば、そうしたい。

 知りたい。そして知る手段がある。

 それが如何に難しいのがわかってなお、抗いがたいほどの欲求が俺を悩ませた。


 「いやー、それが今は無理なんだねぇ」


 そんな狂おしい葛藤の中、アルクがもの凄いあっさりとした声で、俺の悩みを終わらせた。

 さすがに、呆気にとられ、アルクを見る。


 「……なんでだよ」


 俺は不機嫌さを隠さず、アルクを睨め付ける。


 「それがねぇ、昨日から軍が遺跡を占拠しちゃって、中に入れなくなってるんだよね」


 「……軍が?」


 また仕事減っちゃうね、などと彼女のため息を増やすアルクを無視して、俺はその言葉を頭の中で反芻する。


 軍。軍隊。


 軍というのは、そもそも余程の理由がそこになければ、その行動を起こしたりしない。

 つまり、軍にとって、或いは国にとって、そこに余程の目的が存在するということだ。

 その理由はなんなのだろうか。


 枯れたはずの遺跡群。何もないはずの迷宮。


 それが正しければ、どう考えてもそこを軍が占拠するなどという行為に繋がらない。なぜならそこでそうする価値がないから。

 だとするならば、逆に考えれば、いま現実に軍がそこにいるというのであれば、それはつまり―――


 ―――遺跡にはまだ、何かがある。


 そう考えるのが普通だ。軍が、そうするだけの何かが残っている。

 それはなんだろう。

 いや、そうじゃない。

 それは、俺に関係ある話か、そうでないか、だ。

 重要な点ではあるが、正直予想出来ない。


 一瞬、アルクを見るが、思い直して視線を外す。理由を聞いても、きっと知らないと言うだろう。

 何かしらの予想はあるかもしれないが、何となく、本当に何となく、この男が、俺は信用できなかった。


 ふと、アルクを見る。

 それに合わせて、アルクがこちらを向いた。表情こそ笑っているが、目はそうじゃない。


 ―――何となくなんかじゃない。

 こいつは何かを知っている。俺は確信めいた断定をする。

 だが、その目的が何なのかわからない。


 胡散臭いが、今は黙るしかない。

 それに、差し当たり何かをされたわけじゃない。

 結論だけをみれば、俺たちはただ教えを請い、そして親切に教えられただけだった。


 そう―――

 ―――親切にされただけだった。


 その結論に、俺は激しく動揺した。

 なぜなら、今現在、確かにそうされているからだった。

 勿論、アルクにではない。


 何かを隠している。何かを隠している。何かを―――。

 アルクのその笑顔が、レオンのそれにすり替わる。

 そのビジョンに、俺は胸が詰まる思いをした。


 ―――確かに。

 確かに、レオンも何かを隠している。

 でも、だからといって俺たちを騙している事にはならないじゃないか。


 急に、レオンに会いたいと思った。

 レオンに何も言わず抜け出したということを、今更ながら思い出す。


 早く帰ろう。

 早く帰るべきだ。


 心の中にわき上がってくる疑い。

 俺は頭を振って、そしてそれから逃れるように、帰る事を焦り始めた。

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