03話 取るべき責任と、その手段
今回、人が死にます。
R-15とかにすべきなのかなぁ。
今のところ、奴隷商人、ゴブリン共に、外に出た俺たちに気付いた者はいない。
チャンスではあるが、程度の問題で危険な状況には変わりない。このままだと奴隷商人は間もなく全滅して、そうすれば俺たちの運命も終わる。
その前にここを脱出しなければならない。
背後を確認する。人数は、俺、アイラを含む5人。
薄暗い中と状況から埒外にあったため、3日間も一緒に居ながら全く気にしていなかったが、みんな若い。
アイラが20前後にして、あとは、25ぐらいのトロそうな女。18ぐらいの目が半分死んでる女。あとは―――12かそれぐらいの、ずいぶん目つきが悪い少女。
一応言うが全員それなりに美人、もしくは美少女だ。奴隷商人もなかなか見る目が良い。
間もなく全滅するので、そんな目利きも意味は無いが。
そして俺も含め、当然みんな何も持っていない。
服ですら、薄汚れた薄茶色のワンピース―――などといえば聞こえが良いが、はっきり言ってただの貫頭衣だ。それはそれで随分エロい格好と言えなくもない。
まあ、現状女である俺には悲しいほどどうでもいい事だ。というか俺なんかは元が全裸だっただけに、下着すらも着けていない。
服はともかく、靴もないのは問題だった。
街道とはいえ、そこまでしっかり整備されているわけではなく、ただの砂利道に過ぎない。走る事になるだろうが……足がどれだけ保つか。
とにかくこれから全力で逃げるにしては、あまり良好な状況ではない。俺だけならともかく、女たちは間違いなく足手まといだ。
「あ、あの、お、お姉、さま……」
そういう目で見ていたのかもしれない。アイラが怖ず怖ずと俺に何かを訴えようとしながら、それでも言葉を継げずにもごもごしている。
他の女たちも、察するものがあったのだろう。
様々ではあるが、縋るような目線で俺を見つめてくる。
その目を受けて、数瞬、逡巡する。
だが、俺は心にある何かを押しつぶして、全員に言った。
「~~~っ!逃げる!全員で行くぞ。遅れたら見捨てる。死ぬ気で走れ!いいな!」
それが俺の妥協点ギリギリだった。
甘いことはわかっている。正直、俺の冒険者的経験をもってしても、最適解は完全に『見捨てる』だった。
ただ、わかっていてなお、俺はこの哀れとしか言えない女達を見捨てられなかった。
それに、アイラといい、何だかんだで3日も一緒に居た俺は、情が移ってしまったのかもしれない。見捨てるなど、何を今更と思えた。
しょうが無いなどとは思いたくないが、自分で決めた。もう、考えないことにする。
「はい!」
クソ、良い返事だ。
どいつもこいつも、死んだ目してた癖になんて様。
でも、ああ、そうか。
そうしたのは、俺だ。
「よし、じゃあお前ら、10秒でその辺の役に立ちそうなモン、拾っとけ!持ちすぎるなよ!10秒経ったら、どんなモンでも諦めろ!やれ!」
だったら、責任を取らなきゃいけない。
一瞬、自嘲の笑みが口を歪める。
それを押さえ、女達に命令。自分も周りを見回す。
すぐに、うつぶせに倒れた奴隷商人を見つけた。こいつは俺達の世話らしき事をしていたヤツだったな。
見た目、外傷は無いが意識は無い。とりあえず近くに転がる、ヤツが持っていたのであろう小剣を手に取る。
軽く一振り。少し―――いや、かなり体が持って行かれる。嫌な現実だが、今は考える余裕は無い。
取りあえず役に立つかはわからないが、何も無いよりは良い。
ついでに懐を探って、腰に付けていたポーチを中身を確認しないまま、奪い取る。
とにかく時間が無い。最後に、腰に差してあったナイフを抜き取った。
「おい!時間だ!行くぞ!」
「は、はい!」
振り返って女達を見ると、皆、思い思いの道具を手にとっていた。
斧、ナイフ、ロープ、袋、鍋―――とりあえず鍋は捨てさせた。先を考えたら悪くは無いが大きい。単純に、足が遅くなる。
俺はもう一度周りを見回し状況を確認する。当たり前だがさっきより悪い。
だが、まだ運がいい。まだ誰も俺たちに気付いていない。
「よし、こっちだ。走れ!」
殆ど感で、逃げる方向を決めた。
街道に向かうのは、行くも帰るも駄目だ。隊商を襲うなら、普通、真っ先に封鎖すべき場所だからだ。
街道はなだらかな丘を横切っている。なので、下の方に逃げる。その方が早いし、そもそも隠れる場所の少ないここでは、確実にゴブリンどもは丘の稜線を超えてきたはず。
だとしたら、下に逃げるしかない。消去法だった。
もちろんそれを見越して下にも待ち構えている可能性はある。だが丘はなだらかで、見下ろす先に敵は見えない。多分、問題ないはず。
無責任にも程がある。わかっているが、今はその直感を信じるしかなかい。
「駆け下りるぞ!怪我すんなよ!置いてい」
ドガッ!
「ぎゃっ!」
言い終わる前に、それは目の前で起きた。
18ぐらいの、目が半分死んで、でもさっきは少しそうではなくなっていた女。
その頭が突然つぶれ、短い悲鳴を上げ倒れた。
何が起こったのか、かろうじて見えた。
岩だ。
どこからともなく飛んできた岩が、彼女の頭を粉砕した。
倒れた女は、血を吹き出しながら少しの間痙攣して、その目を彷徨わせたあと動かなくなった。
端的に言うと、死んだ。
「きゃあああああー!!!!」
叫び声を上げたのは、一番年上のトロそうな女だった。
気付かれるだろうが!と内心舌打ちをするが、努めて無視して岩の飛んできた方を見る。
丘の稜線にその姿が見えた。
―――トロール!
トロール。おおよそこちらもゴブリンに並んで有名なモンスターだ。
体は3から4メル程度。見た目通り力が強いが、知能はかなり残念なタイプ。大男、総身に云々の、典型的なタイプのモンスターだ。
ただ知能が低いだけに、他の知能あるモンスターが使役していることがあり、それが格下のゴブリンであることも特には珍しくない。
珍しくは無いが、今はそれが恨めしい。
冷静になってみると、屋根に穴が開いたのも、馬車を傾かせたのも、トロールの石弾だったことがわかる。そもそも非力なゴブリンだけでは、無理なのだ。
さっきはそこまで気が回らなかったが、俺たちが乗っていた馬車の車輪が木っ端微塵にたたき割られているのに気付く―――傾くはずだ。
ただ幸運なことに、あるいは死んだ彼女にとっては不運なことに、トロールは後方支援に徹しているようだった。稜線から動かず、岩を投げている。あれが突入してきていて俺たちに立ちふさがった場合を考えると、今の方が全然マシだった。
「おい!モタモタすんな!走れ!逃げろ!」
残った女達に叫ぶ。
仲間が突然死んだ衝撃に固まっていたアイラと、目つきの悪い少女は、俺の声を聞いてハッとなって駆けだした。
だが悲鳴を上げたトロそうな女は、余程ショックだったのか、涙を流しながらその場を動かない。その上そのまま、ぺたんと地面に崩れ落ちた。
「……くそっ。お前ら先に行け!俺がなんとかする!」
二人を促し、トロそうな、だが今はパニックしすぎてトんでしまったらしい女に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!逃げるんだ!」
「あっ……あ……っ」
声をかけて揺さぶるが、声もまともに出ないぐらい混乱しているようだった。涙を滂沱と流す目の焦点が、微妙に合ってない。
「おい!」
もう一度、声をかける。ぶれていた視線が一瞬定まり、俺を見た。
その視線。
すがるような。
歯を食いしばる。ぎりっと奥歯が鳴いた。
そして周りを見回す。時間は無い。
息を吐いた。俺は彼女をもう一度見て、
「ごめんな」
そう言って、俺は手に持ったナイフを女の首めがけて振り抜いた。
「こひゅ……っ!」
女の首から鮮血が吹き出し、俺を濡らした。
女の口からは呼吸音が漏れ、目は『何故』と悲しそうに語った。それも一瞬。瞳から光が消え、ぐるっと上に巻き上がり、女は死んだ。
責任は、取らなきゃならない。
俺は死んだ女を、せめてゆっくりと地面に横たえ、まぶたを閉じてやった。
だが、それだけだ。
俺は躊躇無く、素早く踵を返し、二人を追って丘を降りる。
そしてそこには、二人の骸が残された。
短くてすいません。
書きながら投稿、という形式は初めての経験なので、どうにも構成が下手です。