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27話 パルミラの努力

 そうこうしているうちに馬車が止まり、大休止、つまり昼飯となった。


 昼飯は、昨日と同じく、パンとベーコン、ソーセージ、チーズ。あとピクルスの類。

 それなりの量がもらえてしまうのだが、こっちは女3人なので、わりと残ってしまう。

 以前ならば、多分問題なく全部平らげられた量のはずなのだが、胃袋が小さいのか、ずいぶん小食になってしまった俺だった。そんな話は今更過ぎるのだが、レオンの屋敷で出される食事があまりにも豪華だったので、そういう意識が無かったのだろう。

 レオンの部隊は、これでもかなり食事は豪華な方だ。俺が傭兵だった頃は、パンと、チーズが出れば良い方だった。量も少ない。ただ、質的には十分普通寄りのその食事は、何となく懐かしさもあって安心してしまう。

 申し訳ないので、残った食事は、毎回届けに来る兵士にあげた。なんだか心底有り難がられた。徒歩なのだから、頑張って欲しい。


 そんな昼の大休止を経由して、軍隊はどんどん進む。

 昨日今日で、レオンの部隊―――この際なので、レオン軍団と呼ぶことにする―――の一日の動きがわかってきた。


 朝は、殆ど日の出と共に活動を開始する。

 この時期はまだ日が長いので、結構早起きだ。多分、炊事の係はさらに早めに起きるのか、目が覚めるとすぐに朝食になる。

 朝食のメニューは、パンとスープ。チーズが付く。パンやスープは、あの上等すぎるそれではなくて、パンはそれなりに固く、スープも味がかなり濃い。

 当たり前だが、パンは焼いている訳では無いはずなので、日持ちするよう焼き締めてあるのだろう。

 この朝飯の時間は割と短い。かなり慌ただしく、出発の準備を併行しながら食べる。ちなみに俺たちは、馬車の中で食事を貰って3人で食べる。慌ただしい中、俺たちが出来ることも無いからだ。外に出ても、精々、体を伸ばすぐらいで終わる。

 この間は、誰も彼もが忙しいのか、特に俺たちの知り合いに会うことは殆ど無い。部隊は馬車4台を含んで、行軍の関係上縦に伸びているが、当然配置があるのだろう。朝、主に俺が見かけるのはルーパートぐらいだった。レオンがどこに居るかはわからない。


 慌ただしく朝食が終わると、行軍に移る。

 この後昼までに一回小休止を挟むが、その間は移動し続ける。


 昼食の時間になると、さっきの昼飯が振る舞われる。このときも、俺たちは馬車の中で食べる。別に出てもいいのだが、およそ男所帯なので、なるべく控えるよう初日にレパードから言われたからだ。

 ただ、昼食を持ってくる担当は決まっているらしく、朝昼は、毎回同じ兵士が来る。兵士といっても、主に司厨の担当なのだろう。他とは違う軽鎧にエプロン姿が妙に滑稽な、若い兵士だった。


 ちなみに俺が食事をあげたのも彼で、折角なので名前を聞いたら、ジークと答えた。ついでなので、ジークが俺の食事を食べている間、少し話す。

 内容的には、そもそもこのレオン軍団はなんなのか、という話題だ。


 「ええと、この部隊はレオン様が、兵を率いるとき、第二軍団から選抜される集成部隊ですね。僕らは、親衛隊なんて呼んでますけど」


 おお、親衛隊。なるほど言われるとしっくり来るような気がする。

 聞いてみると、第二軍団そのものは、およそ1万2000程の部隊で、3個大隊と、魔法兵団、輜重部隊で構成されているらしい。バイドや、ルーパートはここでは小隊長などと呼ばれているが、本来は大隊長や中隊長なんだそうだ。

 じゃあ、アイリンはどうなのかといえば、ただの兵卒らしく、その術式範囲が便利なので毎回魔法兵団から抜かれるという話だった。よかった。あいつ、大隊長とかでなくて。


 昼を過ぎたらもう一回小休止を経由して、日が傾き空が朱に染まる頃、ようやく軍団の一日が終わりを迎える。

 馬車が止まり、バタバタと野営の準備。この辺は、初日と変わりない。

 そして晩だけは、レオンが食事に誘いに顔を出すのだ。






 「いかがですか。馬車の旅は」


 たき火を囲み、食事を取りながら、レオンが言う。

 それは昨日の河原での雰囲気など、全く微塵も残さない、いつものレオンだった。むしろ俺の方が行動がおかしかったかも知れない。この辺は、さすがレオンと言うべきなのか。

 まあ、俺もその方が気を遣わなくてすんでいい。


 「ああ、快適なもんだよ。やっぱり同じ馬車でも、さすがに奴隷馬車とは違うな」


 俺たちを再度奴隷にしたレオンを軽く皮肉るように、俺は答えた。

 これくらいは言わせて欲しいところではある。


 「アイラさんと、パルミラさんはいかがです?何かあったら遠慮無く」


 俺の意図が分かってか苦笑しながら、二人に促すレオン。

 昨日もそうだが、最近、二人はレオンが同席しているとき、会話を遠慮しているような気がする。変な気遣いはしないでほしいところだ。


 「椅子が柔らかいし、寝る時も体が痛くならなくて、すごく良いです」


 「快適すぎて少し暇かも」


 「それは……」


 ごってりしたシチューをもりもり食べながら、パルミラは本気で遠慮無く言った。レオンの方も、まさか本当に言われるとは思っていなかったのか、少し鼻白む。

 その様を見てちょっと意地悪い笑みが出る俺。溜飲が下がる、というのか。

 とはいえ、パルミラのその願いは、なかなか解消は難しそうだ。


 「ごちそうさま」


 言ったパルミラも、特に期待してないのか、さっさとそういって、剣を手に席を立った。

 そのまま、どこかへ行こうとする。


 「っと」


 「どうしたんです?」


 「あいつ、昨日もそうだが、飯食った後、なんかしてるみたいだからよ。気になってな」


 慌てて俺も席を立つ。パルミラが何をしているのか、気になっていたからだ。

 その様に、アイラが聞いてくるので、パルミラを見失わないよう、視線を向けながら手短に答える。


 「のぞき見はあまり感心しませんよ?」


 レオンが常識的な事を言うが、既に同じように腰を浮かせている。気になるなら気になるって言えば良いのに。


 「あ、私も」


 置いて行かれないように、アイラも慌てて立ち上がる。

 三人揃って、のぞき見もなにもあるもんか。

 別段パルミラも隠しているわけでもなさそうだし、俺たちはぞろぞろとパルミラの背中を追った。






 「じゃあ、お願いする」


 追った先で見たのは、抜き身の剣を片手で構えたパルミラと、酷くやる気なさそうに、1メルほどの木剣を肩に担いだルーパートだった。


 「昨日も言ったけどさぁ。パルミラちゃん」


 既に二人の周りは、そうするのに十分なほど空間が空けられ、そしてそれを取り囲むように兵士達が興味津々な様子で並んでいる。

 とうに日は落ちてはいるが、過剰なほどにその場はカンテラで照らされ、二人は何重もの影を地面に落としていた。要するに、周りからすればいい見世物なのだ。

 もちろん、興味本位でやってきた俺たちも同じと言えば同じだが。


 「剣なら、バイドやレパード隊長のほうがちゃんとしてるぜ?教えるとか、柄じゃねーし。俺」


 「ルーパートが良い」


 パルミラの直球過ぎる言葉に、おおっ、と周囲がどよめく。

 まあ、剣さえ構えてなければ、或いはパルミラが顔を赤らめてでもしていれば、正常な反応なのかもしれないが。

 そうかといえば、パルミラは完全にやる気の構えだった。最近は慣れてきたので気にならなくなったが、その悪い目つきを座らせてルーパートに相対するその姿は、殺気すら籠もっているように見える。

 ただ、哀しいかな、実際の見た目はルーパートが子供をいじめているようにしか見えない。


 「ま、そこまで言われちゃしょーがねーか。何時でも良いぜ。パルミラ」


 木剣をやはり片手で、パルミラに向けるルーパート。周囲の空気が重くなる。


 「……なあ、ルーパートってどれだけ強いんだ?」


 そのまま動かなくなった二人を見ながら、レオンに小声で俺は聞いた。感心するような表情で、二人を見ていたレオンは、はたと我に返り、腕を組む。


 「そうですね。パルミラさんがどれほどなのかいまいちわかりませんが、あえて言えば、パルミラさんが怪我をするような事は間違いなくないだろう程度には」


 どうやらルーパートの強さに、レオンも自信があるようだ。

 その言葉を聞いて、アイラが心配顔から、複雑な表情に変わる。

 とはいえパルミラ20歳。多分三人の中で最強の女。頑張って欲しいところだ。


 「お、姫様じゃないですか」


 輪の後ろから声無くパルミラを応援していたら、最も近くに居た兵士に見付かり声をかけられた。

 そのままそれは周囲に伝わったらしく、姫様だ。本当だ。姫様姫様。おや、レオン様まで。などと声がザワザワと広がっていく。

 なにその姫様コール。それは一体誰のことだよ。

 ……などと自分を誤魔化す。そうか、既に姫様扱いなのか……。そういえばルーパートが『屋敷の全員知ってる』的な事を言ってたなぁ。


 「はっ!」


 やさぐれている間に、パルミラが突っ掛けた。

 姫様コールの中、一瞬ルーパートの注意がこっちにそれた気がする。その一瞬を抜いたのだろう。

 片手で構えた剣を、踏み込みながら、翻しての横薙ぎ。ルーパートの右胴を狙う。

 上手い軌道だ。ルーパートも右手持ちなので、その軌道だと受ける事は難しい。


 「っと」


 難しいが、避けるのはそうでは無かったようで、ルーパートはその場で軽くバックステップで躱す。

 だが、パルミラもそれを読んでいたようで、そのまま突っ込んだ。左手を振るう。

 あれ?と思う間もなく、そこにダガーを握り込んでいるのに気付いた。


 あのダガー、俺のだ。そういや返して貰ってないが、パルミラの中では貰ったことになっているんだろうか。別にいいけど。


 ともかく、そのダガーも、右胴に吸い込まれる。身長差を考えると、首から上の狙いはもとより考えていない感じだった。

 ただ、それは相手から見ると、狙いを特定しやすく、不利にしかならない。

 案の定、身を翻すルーパートに簡単に避けられる。


 「るぁっ!」


 だが、そこでパルミラは更に攻めた。躱された左手と上半身を、潜り込むように地面に向かって捻り込んだ。

 一瞬遅れて、鞭のようにしなるパルミラの足が、縦の軌道で飛んでくる。狙いは、ルーパートの頭、或いは肩口。

 息を飲む。上手いコンビネーションだった。右胴に注意をそらし、胴しか狙えないと思わせておいて、上段からの蹴り……これは躱せない。思わず息を飲み両手をぐっと握り込む。


 「ほい、と」


 その完璧なコンビネーションと思われた蹴りは、やはり、というべきなのか、いとも簡単にルーパートに体ごと受け止められた。

 ルーパートは躱すたび、後ろに下がっていた。だが、パルミラが蹴りを繰り出すと共に、そのまま前に出て、体を受け止めたのだ。

 パルミラは足先を作用点とする回転体。回転体を止めるには?……軸を押さえれば良い。

 その結果、パルミラは呆然とした顔で、良い感じにルーパートにお姫様だっこされていた。

 そんな様子を見て、俺はなんとなく思い出すものがあった。


 「あれってひょっとして、お前のとこの必殺技か何かじゃないだろうな?」


 前に俺がレオンに飛びかかった時も、気付いたらああなっていた。何となくだが、俺はそこに共通する何かを感じ、ジト目でレオンを見る。


 「まさか。偶然ですよ。偶然」


 ははは、と笑うレオンの笑みが、乾いていないのを見るに、一応は本当のことなのだろう。


 その後、やる気がなさそうな声で、でもわりと的確な事をルーパートはパルミラに教えていた。体の動かしかたがどうとか、ここでこうステップを踏む、とか。

 思うに、ルーパートの戦い方は、おそらくパルミラに合うのだろう。パルミラはそれを分かって、ルーパートを指名したに違いない。

 なぜ、こんな事をしているのか、などとは、聞くまでもなかった。

 パルミラはパルミラで、やることを見つけ、そしてそれに向かって努力していた。

 それは、純粋に嬉しいことでもあった。

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