22話 街へ
「銀貨1枚、くれ」
翌日の朝、ベッドからむっくり起きた俺は、そこにきちんとレオンが居る事を確認し、開口一番、そう言った。
「……できたら、朝は挨拶から始めたいとか思ったりするんですが」
やや不満顔で、そんな贅沢なことを抜かすレオン。
「いやもうだってお前、何時も俺の部屋に許可無く居るだろ。それに案外何時も挨拶なんかじゃ始まってないぞ……まあ、おはようございます」
大抵は、レオンが俺を驚かすところから始まり、そのままペースを握られる状況だった。なので、今日は俺が先手を打ってみた。
そのままベッドから飛び降り、大きくのびをする。そして取って付けたように挨拶。ぺこりと礼も忘れない。
今日はよく寝れた。夢も見ていない。
「……おはようございます。それにしても、何故銀貨1枚を?」
自分のペースを崩さないよう、そのまま軽くストレッチする。しなくともかなりこの体は好調なのだが、かといってそれに慣れるのも怖い。ぐいぐいと腰を捻ったり、腕を伸ばしたりしながら、レオンの話を聞く。
「んー、報酬の前借りかな?銀貨の1枚ぐらいあるだろ?今日はテラベランの最終日だからよー、二人に街を案内してやりたいんだよね」
それは昨日、寝る前になんとなく俺が決めた事だった。
また自分で決めて、と、思われそうな気もするが、実際レオンにそう言って、何だかんだと断られたら二人にぬか喜びをさせてしまうことになって忍びない。
それに一応、俺たちはレオンの客だ。だから、レオンが反対するようだったら、俺はあっさり諦めようと思っていた。
「なるほど、それは良い考えですね……いや、私が考えつくべきことだったかもしれません。申し訳ない」
意外と、あっさりレオンは承諾した。
実のところ、半々ぐらいの確率で断られると思っていたのだが。
「ただ、領主交代に伴って、少し市街が混乱しています。ですので、あまり見目麗しい女性三人で送り出すのは、少し心配です。一人護衛とというか、同行させても構いませんか?」
その提案に、俺は少し思案する。
出来れば三人が良い。その方が気楽だからだ。
だが、レオンの言う話もそれはそれでもっともなので、断るのもどうかと思う。
「うーん……わかったよ。それは……って、同行者は実はレオン、とかいうオチが付いたりしないよな?」
いや、それはそれでもいいんだが、ただ、昨日の三人の会話の中で、一応警戒するという事になった手前、すこし気が引ける。
といっても、結局レオンで無くても、同行者はレオンの手の者だろうから、あまり意味は無いが。
「誠に残念なのですが、私ではありません。本当に、できれば一緒に行きたいのですが、おそらく私だと街中変な雰囲気になるでしょうし、それに今日は明日出立の最終的な調整などを行わなければなりませんので」
さすが空気が読める男、レオン。
確かに、レオンがついて来たならば、多分有名人であろう彼に気を遣って、周囲が妙な雰囲気になるに違いない。
それだと、俺たちが楽しめない。
「というわけで、人選はこちらでしておきますので……朝は食べて行かれるのでしょう?」
「ああ、そうする」
「では、まず朝食としましょう」
そう言ってレオンは椅子を立った。その様子に、ストレッチの終わった俺は、なんとない物足りない気分を覚えた。
「……今日は、何の用事だったんだ?」
一応聞く。
そうすると、レオンはすました顔のまま、両手を軽く広げて言った。
「いえ、特に。まあ、毎朝の日課のようなものだと思って頂ければ」
……ろくなもんじゃない。
例によって4人で朝食を食べる席で、俺はアイラとパルミラに、その提案をした。
街へ、行ってみないか?と。
レオンは、おや?という顔をしたが、そこは無視する。すると、二人とも声を合わせて行ってみたいと言ってくれた。
朝食を食べ終わって、玄関に集合する。
二人とも、薄い刈安色のワンピースだ。手には麦わら帽子を持っている。良い感じに庶民ぽい。パルミラなどは完全にその辺の子供だ。この辺は、レオンが手を回してくれたのかも知れない。
俺は服を持ってきてくれたメイドに思いっきり駄々をこねた結果、白の短めのレースドレスに、臙脂色の半ズボンになった。
上はともかく、下はズボンが良かった。
屋敷では、確かにスカートだろうが、ワンピースだろうが、与えられたものを着ていたが、街に行くならスカートははきたくない。何しろ、不安になるのだ。色々と。
同じように麦わら帽子をもらって、頭にかぶせる。夏も終わりに近づいているとはいえ、まだまだ日差しは強い。
庭から外をみると、水平線には巨大な入道雲が浮かんでいる。今日も暑くなりそうだった。
「……あとは、同行者だけどな。誰が来るんだよ」
それでもわざわざ送り出しに来ているレオンに俺は聞いた。
よく考えたら、誰が来るというのを聞いていなかった。ひょっとしてアイリンだろうか。
「ええ、直ぐ来ると思いますが。とりあえずこれを」
小さな革袋を3つ、手渡される。見た目に比べてそれなりに重い。
中身を見ると、鉄貨が10枚入っていた。確かに、銀貨の1枚。
わざわざ鉄貨にしてくれたのは、レオンの気遣いだろう。実際、よほど大きな買い物をしないならば、銀貨は大きすぎて使いにくい。
素直に、ここはレオンに礼を述べておく。
「よー、お嬢さん方、今日はよろしくぅ!」
そんなことをしていたら、兵舎から声がした。出てきたのは……
げっ……ルーパートかよ……。
一応軍服だったはずの彼は、このときばかりはラフな服になっていた。黄土色の吊りズボンに、白のシャツ。頭にはアミダに被ったハンチング。それらを着崩した良い感じに線の細い町民スタイルだった。
正直、軍人だと言われても、十人中九人は信じないだろう。
レオンに見送られ、俺たちは四人で丘を下り始めた。しばらくは普通の砂利道で、特に何も無い。道の端までいけば、深緑色の下生えの上に並んだ、低い塀の向こうに街が見える。
ぼさぼさと歩くに従って、町並みの家々の屋根が、だんだんと目線から上へと上がっていく。見上げる頃には、坂道の終わりに門があって、守衛が二人詰めているそこを潜った。
潜る際にルーパートがお疲れさんと、衛士に声をかける。二人はそれがルーパートだとわかると、居住まいを正し敬礼を送った。
……一応、ちゃんと敬意を払われてるんだな。意外だ。
「さぁて、どこに行こうか?」
門を抜けると、そこは大通りだった。
俺の記憶が確かならば、この町には三つの大通りがあって、北の大門……俺たちが初日に抜けた門から続く、商業通り。そこから分岐して港に続く、港の倉庫街通り。そしてやや小さめの東門に続く、居住区通りに別れている。
そしてここは、居住区通り。周りを見回しても、ごくごく普通の家々が立ち並ぶだけで、特に見るべきところは無いし、行くべきところは無い。
「ふあー、大きい家ばっかりですねえー」
それでもアイラには、見るべきものがあったようだ。しきりに、街並みを見て感嘆したような声を上げる。
そうか、アイラは農村の出身だったな。そのまま奴隷みたいな事言ってたし、そもそもこうした街に来るのが初めてなのかも知れない。
確かにそうしてみると、この大通りに面した家々は立派だ。おおよそ、二階建て、三階建てが続く。
ただ、それは大通りに面しているからだ。
大通りに面するここは、つまる話、この街の一等地だといっていい。もちろん、中央に位置する領主の館や、レオンの屋敷は全く別として。
なので、必然的に裕福な層が住んでいるし、だからこそ家も大きい。
ただ、この通りから、奥まっていくと段々とその様相を変化させていく。どんどん家はみすぼらしくなっていき……最終的には家なんだか廃墟なんだかわからないようなモノが立ち並ぶスラムへとたどり着く。
そうした構造は、どこの街でも基本的には全く変わりない。治安とかも、まだテラベランはマシな方だが、そうしたスラムまで行ってしまうと、普通に危険だ。逆に言えば、大通りを歩く分には、特に問題は無い。
「北の門の方へ行こ……行きましょうか。ルーパートさん」
いつも通りに話そうとして、そういえば軽薄な印象ではあるけど、そもそも会話するのは初めてだと思い直し、一応口調を改める。
「はは、俺にそういう口調はしなくていーよ?あと、名前も呼び捨てにしてくれ。お嬢さん方」
気色悪いウィンクをしながら、もったいぶった言葉で締めるルーパート。
まあ、ルーパートだと、そう言ってくれるかなとは思った。だいたい、あの会議の席上で、俺は十分すぎるほど普通口調で話してたわけだし。
「わかったよ、ルーパート。あと、俺をお嬢さんと呼ぶな。クリスでいい」
「……改めて聞くとゾクゾクするな、その口調」
少し興奮顔のルーパート。変態か。そうか。
やや距離を取る。
「私のことはアイラと呼んでください。ルーパートさん」
「私はパルミラ。よろしく」
この変態に警戒を催さなかったのか、二人ともここぞとばかりに簡単に自己紹介をした。
そうすると、いかにも嬉しげに両手で軽くガッツポーズを見せて、ルーパートは続ける。
「いーねぇ、全く今日はツイてる。じゃあ、北門の方に行こうか」
「ねえっ、ルーパートさん、あれは?」
「んー……あれは噴水。この街、結構水は豊富だからね。アイラちゃんは見るの初めて?」
「はい!初めて見ました!あんな水が吹き上がって、綺麗」
居住区通りを抜けて、街の中央付近まで歩いた。その間に、おのぼりさんであるアイラは見目新しいものを見つけては、聞いてくる。それに対して、いちいちちゃんと受け答えするルーパートの構図となり、知らない間にアイラとルーパートはやたら親しくなっていた。
だからといって別に思うところがある、というわけじゃない。
むしろ、ここに至るまでに、俺はこのルーパートという男の評価を大きく変化させていた。
確かに、その言動や立ち振る舞いは軽薄なそれなわけだが、ポケットに手を突っ込んでだらだら歩いているようでも、ちゃんと歩調を合わしてくるし、大通りは、大通りだけに馬車の往来も多いのだが、自然と俺たちからみて道路側に立って歩いていたりする。それでいて、かなり自然な様子で周りを警戒しているのがわかる。
それに、結構スキが無い。
見た目丸腰のようにも見えるが、腰に二本の短剣を挿していて、ポケットに手を突っ込むなりして、そこから殆ど手を離さない。
だらだらした歩みも、それなりに考えた動きなのだろう。
やはり、それでも第二小隊長なだけある、というところなのだろうか。
「ここから商業区だね。で、どこへ行きたいんだ、クリス」
なんかルーパートも俺に対してはかなり遠慮が無くなってきている。
俺の口調や、態度から、彼の中の異性としての対象から外れたのだろう。まあ、それはそのほうがいい。
商業区。
たいてい外から来ると、ここが街そのものの姿となる。昼は昼で、多くの露天商が建ち並び、夜は夜で酒場の喧噪や、娼館の明かりが消えることは無い。
俺が以前ここに来たときも、そうだった。一度目は、初めてこの大陸に降り立ったとき。二度目は、それから数年後のことだ。故に、少し懐かしい場所でもある。
そして俺はここでぜひ行っておきたい場所があった。
確かにアイラやパルミラに街を見せたいというのが第一の目的としても、それはそれとして個人的に行きたい場所があった。
「冒険者ギルドへ」
俺ははっきりとルーパートに告げた。




