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20話 危険すぎる依頼

 「実は……私事で話しにくい事なのですが、私はとある貴族の令嬢と、見合いをしなければならない事になっているんですね」


 「はぁ、それで」


 そこまで聞いただけで、前回を超える嫌な予感がした。

 うわぁもう聞きたくないと、かなり耳と脳みそが拒否しているが、聞くと言ってしまった手前、嫌々ながら先を促す。


 「これまで様々な理由で断ったり先延ばしにしてきたのですが、今回の一件が思いの外あっさり片付いてしまったことと、その辺りの詳報がかなり正確に帝都に伝わってしまった事によって、これまでに無いほど強く、その要請が来る結果になりました」


 なるほど、アレだ。いわゆる政略云々ってヤツだ。さすが貴族様。我々下々の人間とは悩みの質が違いますねなどと、皮肉っぽく思う。

 レオンは真面目な顔で困ってるんですよ感満載で話してはいるが、はっきり言って、どうでもいい。


 「ただ、私としてもまだ結婚などはしたくないと考えているのです。そこでですね」


 「断る」


 俺は最後まで聞かずにそうバッサリ切り捨てた。


 「……最後まで聞いて下さいよ」


 悲しそうな顔をしてレオンが呟く。


 「アホか。聞くまでもねぇよ。どうせ俺を代役に立てて、相手を追い返そうとか思ってんだろ」


 「なぜわかりました?」


 「わかるわ!」


 こいつ俺を馬鹿にしているのか、と思ったが、言い当てられてビックリ顔のレオンを見るに、かなり本気だったらしい事が見て取れて呆れた。

 ああ、それで結婚してください。か。あれは別に全部が全部からかっていたわけじゃ無いんだな。

 ようやく俺は合点がいったが、だからといって納得できるかどうかはまた別の話だ。


 「お願いしますよ。困ってるんですから」


 心底困ったような顔をするレオン。不思議とこいつのこういう顔を見ると、心が揺れる。

 いやまて、これは演技かも知れない。だいたいさっき俺はからかわれたばっかりだ。

 知らずのうちに持ち上がってくる助けてやりたい的な感情をぐっと飲み込む。


 「勝手に困れ!だいたいな。俺は男なんだぞ!男!わかってんのかよ」


 「でも今は女なんでしょう。だったらいいじゃないですか」


 「中身は男だって言ってるだろ!」


 言ってから、さっきと同じ展開だと気付く。

 まって、ひょっとしてまたからかわれてるのか俺?


 「いや、今度は思い切り本気の話です……とにかく別に何も本気で結婚して欲しいと言っているわけじゃありません。あえて言えば、真似、フリ。つまり、演技をしてほしいという依頼です」


 考えていることをかなり正確に、事も無く言い当てられ絶句している間に、たたみかけられるように全部を語られた。


 依頼。依頼。


 ある意味、依頼だったら仕方ない。

 アイラの寂しそうな、何時まで居られる?の言葉が頭に浮かぶ。

 依頼を受ければ、もう少しこの生活を続けられる。

 それは、否定しながらも、抗いがたい魅力ではある。


 「……なんていうか、そんなに結婚が嫌なのかよ。結婚の一つや二つぽんぽんとしときゃいいんじゃねえのか」


 芽生える不穏な感情を押し殺して、あえて全く別の質問をする。

 我ながら無茶苦茶な事を言っている気もするが、そもそもコイツは貴族なのだから、結婚しても、側室A、側室B、とどんどん増やせば良いだけじゃ無いのか。貴族ってそんなもんじゃないのか。


 「貴方が私をどう思ってるかはわかりませんが、やはり結婚は結婚ですよ。一生に一度。真に愛する女性と添い遂げたいものです」


 「はぁ」


 適当な問いに、真面目な答え。俺は鼻白んで、ため息を漏らす。

 こんな素直にアイだの言っちゃうわけだ。まあ……貴族にあるまじき誠実さだとは言える。

 グイブナーグの例を出すまでも無く、これまで貴族っていうのは自分の欲望にかなり忠実で、嫁さん居ても、側室だのなんだのでハーレムを作りたがったあげく、メイドにまで手を付けるみたいなイメージを持っていた。

 そこにもってきて、ここまで正論をきっぱり言ってのけるレオンに、どうしても好感のようなものを抱いてしまう。

 よくわからんが、コイツと結婚する相手は、幸せになれるんだろうなと漠然と思った。

 その上で、ここまでして回避されたい見合い相手とやらに何となく同情する。


 「相手の事は知ってるわけ?見合いの」


 「まぁ、一応は」


 政略結婚。相手の顔も知らない相手と結婚式場で初めてご対面。

 ではないのか。さすがに。


 「それでもそこまで嫌なのは、あれか。相手がすごいこう、不細工とか」


 「そんなことはないですよ?」


 そういうと、どこからか一枚の羊皮紙をレオンは取り出して、俺に渡した。

 そこには、いかにも身分が高そうな20歳ぐらいの女性が、高そうなドレスを着て扇子片手に椅子に座っている絵が描かれていた。かなり精巧な絵で、見ているだけで雰囲気が伝わる。

 肝心の女性は、十分美人だった。身近なこれに類する美人というと、アイラが思い浮かぶ。

 ただ、アイラのなんともいえない危なっかしい雰囲気と比べて、かなりキリッとしているというか、すましているというか、そんな印象を受ける。印象だけを言えば、どちらかというとパルミラに近い。


 「美人じゃないか」


 「まぁ、そうですね。ですが貴女のほうが美しいですよ」


 サラッとそんなことを言われて、ドキッとする俺。

 が、直ぐにうはぁという顔になる。

 確かに俺は美人だと思う。傲慢過ぎる話だが、それは元が男だから下せる客観的な評価だ。

 だからといって他人に美しいといわれても、まぁ……悪い気はしないが、しかし嬉しくはない。


 「ほっといてくれ」


 俺はわざとつっけどんに言い放つ。

 レオンは相変わらずにこにこ笑っている。

 それを見て俺はなんだかムカムカしてきた。


 「だいたい、なぜ俺なんだよ。パルミラは……まあ、アレとしても、アイラとか、そうじゃなくとも、メイドさんとかも居るだろ」


 パルミラはいろんな意味で無いなと失礼すぎる事を考えながら、何となくアイリンを言葉から外しつつ提案する。

 適当に言ったが、実際、アイラはこういうのは適役なんじゃないかと思う。レオンに拾われた晩に、あれほどぺらぺら喋りながら、演技をしていたぐらいだから。

 まあ、それはバレてはいたが……。


 「そこは、ちゃんと理由があるんですよ」


 どうせ碌でもない理由なんだろうなと思いつつ、仕方なく一応は聞いてみる。


 「実のところ、重要なのは容姿や器量とかではなく、髪の色です」


 「髪の色?」


 ふと、自分の髪を見る。

 銀だ。

 自分の肩口に乗ったそれが、視線を動かすにつれ、さらさらと背中に流れていった。

 実際銀髪というのは、珍しい。珍しいというか、多分俺も初めて見る。

 これに近い髪の色といえば白髪になるが、あの生気の抜けきった色とは全く質が違う。


 「そうです。貴女の立場は現状よくわからないものなのですが、それでは流石に演技以前の問題にしかなりません。よって、身分が必要です。このため、身分ある誰かを演じる必要があるのですが……その演じて欲しい対象が、やはり銀髪なので……」


 つまる、話、身分詐称ということか……。

 一気に話が複雑になったような気がした。


 身分。まぁ確かに。


 貴族なレオンが、例えば『この女性と結婚します』と言ったところで、それが奴隷上がりの謎の人物などという事になれば、幾ら本人が良いと言おうが、絶対周りが認めないだろう。100%間違いなく、問題になる。上流社会というのは、そういうものだ。

 なので、さしあたり俺には肩書きが必要になる。そこで、レオンはどっからかその身代わりになりそうな人物を見つけてきたわけだが、それが銀髪だった、と。

 言ったとおり、銀髪っていうのは無いに等しいほど珍しい。アイラは栗毛だし、レオンは金髪だ。メイドさんは様々だが、およそ栗毛、金髪、赤毛、黒髪のどれかに収まる。だいたいが、女になる前の俺も赤毛だった。


 より端的に言えば、この世の人間は普通先に挙げた4種類か、後は後天的な白髪以外ないといっていい。

 そういう意味では、レオンの話は筋が通っている。ただ。


 「銀髪はともかくとして、その演じる対象とやらに代役してもらえばいいんじゃないのか?」


 素朴な疑問を口にする。

 そこまではっきりした対象が居るなら、その彼女にお願いすればすべて解決するはずだ。


 「そうですね。説明しにくいのですが……、まずその彼女を、演じる対象としているのは、彼女が既にこの世の者ではないため、というのが一つ。そして、公式にはその彼女が生きている事になっている、というのがもう一つ。と言えば、大体わかってもらえますか?」


 それは確かに、あえて言えば、都合が良い。

 既に死んでいるが、死んだことになっていない。

 これが何故なのかは、たぶん、政略的ななにかが理由なのだろう。

 そして死者は、それ以上語らない。もし、俺が言うように、実際生きているどこかの身分ある令嬢を代役にするならば、後々残ってしまう何かがあるかもしれない。

 だが、既に死んでいる者の、そして本来その身分で無い者を登用するならば、その辺もおおよそクリアする。


 最悪、対象そのものを抹殺してもいい。表に出ていたものは、元々、死んでいるのだから。そして裏の顔など、もともとどうでもいいわけだし。

 もちろん、この話も細々した部分では色々問題があるだろう。ただ、他のやり方を考えれば、おそらく圧倒的にリスクが少ないわけだ。


 「こちらをどうぞ」


 考えている間に、レオンがもう一枚、羊皮紙を出してきた。こちらはさっきのに比べて、かなり古い。

 というか、こいつはどこからこの紙を出してきているのか。準備していたとしたら用意周到すぎる。

 かなり乗せられてる気分になるが、一応黙って紙を受け取る。


 「……これは」


 そこに描かれていたのは、同じようにドレスを纏って、それでも所帯なさげに椅子に座る10歳ぐらいの女の子だった。

 かなり色褪せているものの、確かに銀の髪。そして、なによりも幼いながらもまるで人形のような可愛らしい顔立ちをしていた。きっと間違いなく、将来は美人になるだろう。しかも、絶世の、と形容するような。


 ―――つまり、俺のような。


 「クリスティーン・ルエル・フェルミラン。生きていれば、丁度貴女ぐらいの歳だったはずです。愛称は、クリス……どうです」


 羊皮紙のそれに釘付けになっている間に、レオンが淡々と続ける。


 「運命的なものを感じませんか?」


 「い、いや……」


 そう言うのが、精一杯だった。

 なんというか、運命的なものを確かに感じる。いや、それは運命的というか、もっと違う、何かだった。

 それを上手く表現できない。ただ、姿を見て、名前を聞くと、俺の中で重要な何かが繋がりそうな気がした。一方で、それを繋げてはいけない、と、頭のどこかが強く拒否する。


 この依頼は、やばい。


 実際、上流階級、それも貴族間の中に割り込むだけでもかなりやばいのに、加えて身分詐称のおまけ付き。これは、バレれば最悪死刑だろう。そうした意味では、確かに危険すぎる依頼だった。


 ただ、今感じる不安は、そうした意味とは別に、やばさを感じる。


 あえて言うならば、自分の存在意義そのものを問うようなやばさだ。具体的に何故かはわからない。ただ、本能がそれを叫んでいる。


 「というわけで、貴女しかいないんですよ。お願いします」


 レオンがぺこりとまた頭を下げる。

 貴族にまた頭を下げられた。そこまでのお願いだ。

 だが。


 「い……やだ……」


 圧倒的な恐怖が、それをもってしても拒絶した。

 歯を食いしばる。そうでなければ、奥歯を鳴らしていたかも知れない。心臓の音がやたら強く、大きく聞こえる。それが早鐘を打っているのがわかる。


 何故?どうしてここまで、俺は狼狽する?

 それは、それは、きっと。


 「……そうですか。それでは仕方ないですねえ……」


 あっさりと、レオンは引き下がった。

 えっ、と思う間もなく、羊皮紙を自然な動作で奪い取られる。

 本人は、特にショックを受けた様子も無い。

 実にあっさりした顔だった。むしろ、すっきりしたというか……。


 「ですが、帝都までは同行願えますか?」


 と、今度は交換条件的な話をしてきた。先ほどまでとはうってかわって、にこやかな顔で。


 「……何故?」


 素直な疑問を、口にする。どうにもさっきのショックが頭に残り、上手く思考が回らない。


 「貴女方には報酬を渡さなければならないのですが、色々処理を行った結果。今、渡すことが出来ません。ですから、一端帝都に戻り、改めてそこで渡そうと」


 報酬……。報酬か。

 そういえば、それは貰わなければならない。俺のためにも、二人のためにも。

 別段ここで貰う必要は無い。それにひょっとしたら、帝都の方が、今後を思えば便利かも知れない。


 「……わかったよ」


 レオンはそれを聞いて、それだけは満足そうに頷いた。


 別に、もうしばらくこの生活が出来ると、思ったわけではない。。

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