表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/76

19話 予想外すぎる言葉

 私が8歳の時、それはわかった。

 私には、魔法の才能があるらしい。

 それは、私の両親が、戯れに私に受けさせた、適性試験によって発覚した。


 なんとなく。


 そんな感じで受けた、適性試験は一週間にも及び、そして、その結果は周りの大人達を驚かせるような内容だった。

 六応門、すべての適正を備える。

 もちろん、その言葉が何を意味しているのかは、わからない。

 わからないけれど、周りの大人達の反応で、それが凄いんだってことはわかった。

 それから、私の周りの環境は、めまぐるしく変わっていった。

 魔法士として、私は。

 私は。


 私は、そんなものになりたくなかった。

 お母様、お父様が居るあの館で、笑って過ごすのが好きだった。

 ずっと兄様と一緒に居たかった。もっと遊んでいたかった。

 あの楡の木の上、そこからの景色をずっと見ていたかった。

 私は、魔法士なんかなりたくない。

 お父様も、お母様も、そしてみんな、期待する目で、言葉で、私を追い立てる。

 こんな力は、欲しくなかった。

 私は。


 私は。






 魔法、か。

 夢が覚め、目を覚ました俺は、改めてそれを思い出した。

 はぁ、とため息をつく。既にこの夢を見る事に、慣れてしまっている自分が居る。

 内容はともかくとして、俺は寝転がったまま、新しい情報を整理し始めた。


 魔法。

 手に吸い込まれた、降魔石。現出した、青い光の文様。そしてグイブナーグごと拷問部屋を滅茶苦茶にした、あの力。

 それは、魔法に他ならなかった。それ以外の説明が出来ない。

 要するに、俺は魔法が使える。

 そして、それはきっとこの体に秘密がある。もちろん、男の時、適正試験なんてやったことはない。だが、男だった頃からこんなだった、などという想像は、いくら何でも無いような気がする。それは最早、妄想に近い。

 つまり、俺は女になったことによって、魔法を使えるようになった。


 ただ、それは変な話でもある。

 アイリンが言う、魔法の適正は先天的という話と矛盾する。

 ……とはいえ。

 古代のクスリによって女になった身だし、多分だが、その前例もないはずだ。

 だとするならば、俺は、ひょっとすると世界でほぼ唯一に、後天的に魔法の適正を得た者なのかもしれない。


 そんなことを思い出すのも、もちろん夢のせいだ。

 いよいよ夢が、不気味なものになってきたと感じる。


 前までの夢は、それでもまだ一般的な知識に収まる話ではあった。長く生きれば、そういう経験も、どこかであったのかも知れない。そのものの知識でなくても、重ね合わされた経験が、そうしたビジョンを結ぶ事もあるかもしれない。


 だが、今の夢は、最早それを超えている。


 一週間の、適正試験。

 六応門などという、魔法の適正。


 そんな話は、知識は、流石に俺の中には無い。アイリンにも、聞いてはいない。

 だとしたら、この夢は、一体どこからきたのだろう。

 むしろ、夢の中の『私』は一体何者なのだろう。


 傷つかず、疲れもあまりない。後天的に魔法が使えるこの体。

 そして、自分の中にある、もう一つの経験。

 この二つの事実は、俺が今まで思っていた、『古代のクスリの影響によって女になった』という、状況からそう思い込んでいた単純なそれを、揺るがしている。

 今までも心の端々で、そうした想像に触れる場合があった。その度に、その結論を先延ばしにした。


 単純に、それが怖かったからだ。


 古代のクスリの影響に云々という結論は、何しろわかりやすい。

 わかりやすいからこそ、それでも比較的簡単に受け入れられるし、難易度はともかく元に戻ろうとするならば、そのクスリの影響とやらを打ち消すなり新たに飲み直すなりすれば戻れるんじゃないかと、漠然とではあっても想像できる。

 この場合、それが例え一縷であったとしても、解決策が想像できる事が重要だ。


 だが、クスリの影響ではなかったら?


 だとしたら、俺は一体どうしてこの体になってしまったのか。

 そして、どうしたら元に戻れるのだろうか。

 すべてが、白紙に戻ってしまう。

 わからない事は、恐怖でしかない。身に覚えが無い場合は、特に。


 「……ぐすっ」


 不覚にも、目尻から少し涙が流れた。それに自分でも驚いて、誰にでも無く誤魔化すように枕に顔を埋める。

 駄目だ。この考えは、駄目だ。


 「……泣いているのですか?」


 「!!!!!!!!!!」


 予想していなかった横合いからの言葉に、俺はベッドから飛び起きて、そのままその端っこまで転がるように逃げた。

 その上で、毛布をかぶり防御態勢を整える。


 姿を確認する必要は無い。レオンだ。


 殆ど毎日来ているレオンだが、流石に今日は無いだろうと油断していたら、これだ。

 俺もちょっと、誰も居ないと思って油断しすぎだった。

 それにしても何なんだ、こいつは。俺の部屋に居るのは一歩譲ってもいいが、だとしたら昨日は一体何だったんだ。


 ちらっと、毛布を下げて顔を確認する。

 微妙に心配そうな顔つき。目が合った瞬間、苦笑気味の和やかな笑顔になった。ムカツクぐらい何時ものレオンだった。

 視線を捉えられた俺は、仕方なく毛布から首だけを出して、レオンに向き直った。そして思いっきり睨み付ける。


 「……昨日何してたんだよお前」


 最早、お前呼ばわりも全く気にしなかった。


 ―――いや、こういうことを聞くつもりじゃなかった。

 言ってから気付いたが言葉的に、昨日の事が気になって泣いていたの私、みたいな感じになってしまわないか。

 ……既に俺が男だってわかってる以上、それはまずいシチュエーションだ。主に俺の精神的に。


 「少し……考え事をしていましてね」


 そんな心配も裏腹、気付いたか気付いていないかわからないが、何の気無しふうにレオンは考えるそぶりをした。


 「何をそんなに考えてたんだよ」


 脊髄反射的にそう聞いてから、俺は、自分がレオンのペースに飲まれそうになっている事に気付く。聞いたら、聞かなければいけない。

 そこからの話がどうであろうとだ。


 「そうですね、およそ貴女の事についてです」


 やはり、というか、そう切り出してきた。

 大体が、そうだろうなとは思っていたものの、問題はその内容だ。男が、或いは女が、一方の異性の事ばかりを考えるといえば、一般的にはアレの事だと決まっている。


 ……が、そんな話ではないだろう。


 「穏やかじゃないね。で、結論は?」


 考えてみれば、レオンはここまでに俺の異常性についていろんな事を知っている可能性が高い。

 多分あの夜、光る謎の文様が発現したところを見られているはずだ。

 その時は惚けて何も言わなかったから、ひょっとしてあの文様は俺にしか見えないのかと思っていたが、グイブナーグの件を考えれば、そんなわけがない。

 そして昨日の俺の告白を聞いているコイツは、俺の殆どを知っている唯一の人間でもある。

 あと知らない事が残っているとしたら、謎の夢の話だけだ。


 その上で、レオンは考えたという。

 だとしたら、何かしらの結論を出したと考えて良いだろう。

 ご教授、願おうじゃ無いか。




 「単刀直入に言いますが、結婚していただけないでしょうか?」




 ……


 ……


 ……はぁ?


 何言ってんだコイツという目で見る。レオンの言葉が、頭の中で回っていて、うまく理解出来ない。

 なんだこいつ、今、なんて言った。ケッコン。結婚だと?


 「はぁぁぁぁぁあぁ?」


 こいつは一体何を考えているのか。


 大体、昨日俺の話を聞いていただろ。俺は、男だと。

 にもかかわらず、コクハクどころか、それをすっ飛ばして、結婚してくれなどというレオンがもの凄く異次元の存在に俺は思えた。

 ベッドの上で毛布にくるまったまま、少しずつ距離を取る。

 俺の昨日の告白は、多分に人を引かせるようなものだったはずだ。だが、今のレオンの話は、その上をいく。

 つまり俺はドン引きだった。俺の人生の中で、はっきりと今、最も引いてると確信もって言えるぐらいに。


 「駄目ですか?」


 「いいわけないだろ!」


 少し不安げに、そう問うレオンに、たまらず俺は力一杯叫んだ。


 「何故です?」


 何故……って。

 あまりにもストレートな問いに、思わず言いよどむ。


 「いや、だって、俺、男だし」


 絞り出すように、答えた。

 答えた後に、『大丈夫、実は私は女よ』みたいな気色悪いオチを一瞬想像してしまい、慌てて頭を振って打ち消す。


 だめだ。だいぶん混乱している気がする。展開が予想外すぎる。


 ここまでくると、レオンが俺という存在に対しての何らかの推論を展開してくれるだろうなどと真面目に期待していた自分が少し恥ずかしい。

 過大評価過ぎたというべきなのだろうか、この場合。


 「ですが、今は正真正銘の女でしょう?何が問題なのでしょうか?」


 「いや確かにそうだけど……中身は男だって言ってるんだよ!だいたい何時までも女でいるつもりもねえよっ!」


 「そうでしたか……それは残念」


 悲鳴を上げるように叫ぶと、急にレオンは口調を落ち着かせたものにして、何時もの笑みに戻った。

 そのあっさりしすぎている引き下がりように、更に混乱の度合いを深める俺。


 「冗談はともかくとして、つまり私がお願いしたいのは、新たな依頼です」


 ……冗談?

 依頼?

 その言葉に一瞬呆ける。が、理解が追いつくと、今の話はレオンが俺をからかっていた事に気付き、一気に怒りが爆発した。


 「ふ、ざ、けんなっ!」


 俺は怒りのまま、毛布をはねのけ、ベッドから猛然とレオンに飛び掛かった。

 そのまま襟首を掴んで引き倒そうと


 「うあっ?!」


 した瞬間、視界がぐるっと回って、俺の体はすっぽりとレオンの両腕に収まった。

 一瞬目が回り意識が飛ぶ。

 そして何が起こったのか把握してみると、お姫様だっこでレオンに抱き留められている自分が居た。


 「お、おろせっ!はなせ馬鹿ッ!」


 バタバタと両手両足を振り回し抵抗してみるが、 体格差もあって全然びくともしない。

 仕方ないので、その体制のままレオンをギッと睨む。


 「すいません。今のは私が調子に乗りすぎました」


 そしたら、案外あっさりとレオンは頭を下げた。心底申し訳なさそうな顔で。

 それを見ると、俺の中にあった怒りがみるみる盛り下がっていくのを感じる。


 ……こいつ、貴族のくせに、あっさり俺みたいなヤツにあっさり頭を下げるのかよ……


 そう思うが、それがいかにもレオンぽい気もしたので、むかむかしながらも、気持ちが少し収まってくる。


 「……下ろせよ」


 「あ、ええ、はい」


 素直に頷くも、わざわざベッドに腰掛けるように下ろすレオン。

 紳士だと言えるかも知れないが、そもそも紳士はご婦人の部屋に無断侵入したあげく、人をからかったりしない。

 そんなレオンは、再び定位置に戻り、椅子に座った。心なしか、シュンとした面持ちで。

 そうした姿も、何時ものレオンからは想像出来ない。今日はやたら、いろんな面を見せている気がする。

 なんとなく、子供っぽい、というか。


 ……全く、こいつは。


 「……で!?一体何の依頼なんだよ」


 俺は横を向き、腕を組んで怒りを表現しながら、強い口調でレオンに聞いた。

 その上で、目線だけをチラッとレオンにやる。案の定、うなだれ気味のレオンはそれを聞いて、少し申し訳なさそうな顔で笑顔に戻った。


 単純な、やつだ。


 その様子を見て、何とも言えない感情が心に飛び込んできたが、俺はそれを努めて無視した。


 「聞いてくれるんですか?」


 「聞くだけだったらな!」


 吐き捨てるように、レオンに言う。ここで増長させてはいけない。しっかりと釘を刺しておく。


 「実は、困ったことがありまして」


 ……にもかかわらず、レオンは遠慮無く語り始めた。

 困ったこと。

 こいつの困ったことは、前回のこともあって、嫌な予感しかない。


 気付いてみると、結局レオンの話を聞いている自分がいる。

 俺は、ここを出て行くつもりじゃなかったのか。こんな話は、聞くべきではなかったのではないだろうか。


 ひょっとして、俺は、何だかんだでレオンに踊らされてるだけじゃないだろうか。

 その結論は不愉快ではあったが、俺が言い出した事だと無理矢理自分を納得させて、かなり仕方なく、耳を傾けた。

後半部?開始です。

後半と言いながら、中盤かもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ