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02話 混乱と機会

 「まあ、諦めないこった。俺は食ったし疲れたから少し寝る」


 そう言って、俺はアイラの前でごろっと横になった。

 実際、俺も焦っていたのかもしれない。

 冷静になってみると、今例えば縄を解けたとしても、そこからどうするかは何も考えていなかった。要するに、行き当たりばったりなわけで、チャンスがどうとか偉そうな事を言ってしまった自分が少し恥ずかしい。


 「その、クリスは」


 「あん?」


 そんな俺に遠慮がちに話しかけてくるアイラ。

 横になったものの、再び走り出した馬車の乗り心地の悪さに、ついイラついた俺はぶっきらぼうに返す。


 「なんで、そんなに、強いの?」


 強い……?

 いまいち、聞いてる内容がわからない。


 「何のことだ?」


 「だって」


 アイラは、言葉を選んでいるのか、少しずつ考えながら言葉を紡ぐ。


 「その、私は、もう諦めるしかないって思ってたし、他のみんなもそうだった。私たちは……なんていうか、運……が悪かったんだって。今までも、何時でも虐げられて……だから、奴隷として売られても、それは仕方ないんだって思ってた。たぶんそれは、みんなそう。仕方ないんだっ」


 「仕方ねーことなんか、ねーよ」


 俺はアイラのその言葉を遮って、言った。


 「なるほど、そりゃ、世の中にゃ、仕方ない事っていうのはあるさ。ただよ、それを受け入れて、仕方ねえなんて言えるのは、自分が十分頑張って、そういう果てに言う言葉であって、何かにブチあたってイキナリ一発目から言う言葉じゃねえよ」


 言いながら、思う。

 俺だってそうだ。

 なんか知らないが、自業自得とは言え女の身になって、それを受け入れられるかっていったら、そんなことはない。奴隷なんぞ、言うまでも無い。

 だから、諦めはしない。諦められない。仕方ないなんて、言えるはずもない。

 まだ、俺は何もやりきっていないのだから。

 まずは、この奴隷商人から逃げること。そして、元の体に戻ることを探すこと。

 これだけは、絶対に諦めるわけにいかない。


 「だいたいよ。このまま奴隷になってどうするんだよ。奴隷で生きていくのか?その先に、何があるって言うんだよ。唯々諾々、誰かにテメエの命、人生預けてそのままか?はっ、冗談じゃねえ」


 そのまま寝っ転がったまま、アホか、と結んだ。

 実際、奴隷は違法ではあっても、そういう立場、あるいは、そのものっていうのも見たことはある。それは別に珍しい話でもなかった。

 禁止されているからといって、誰もがそれに倣って従うほどには、この世界は、人間は、真面目ではない。

 事実こうして奴隷商人などという商売が成り立っているのだ。買い手が居るから、売り手がいる。


 ―――つまりは、そういうことだ。


 ただ、そうした奴隷っていうのは、みんな目が死んでて、俺から言わせれば生きてんだか、死んでんだか、わかんないような奴らばかりだった。

 まぁ、そういうふうに調教されるのかもしれないが、とにかくはっきり言えるのは、少なくとも俺はそうなりたくない。

 だったら、やはり諦めるワケにはいかない。


 「……やっぱり強いんですね、お姉様は」


 がたがたがたっ


 「おねえさま?」


 その前半はともかく後半のその言葉に、俺は途轍もない怖気を感じ、慌てて身を起こした。

 見つめる向こうで、アイラが何とも言えない微笑みで俺を見ている。周りを見回すと、他の女も一様に似たような眼差しで俺を見ていた。


 なんなんだ、これは。


 「いや、ちょっとまて、俺は」


 「だって、そんなに綺麗で、可愛らしくて、年下っぽく見えるのに、そんなにしっかりしてて、強くて……憧れます」


 男なんだぞ。

 と、言う前に、アイラにそう言われ詰め寄られた。近い。顔が、近い。

 というか、見るな。そんなしっとりした目で俺を見るな。


 「……俺が、かわいい?」


 俺はその視線から顔を背けながら、そういうのが精一杯だった。

 綺麗だのかわいいだの、これまでの生涯で初めて言われたし、これからも言われることは無いと普通に思っていた。

 そんな、思わず零れた言葉に、アイラは強くうなずいて、さらに詰め寄ってくる。

 別の意味で縛られている両手が心底もどかしい。


 「だって、こんな綺麗な銀髪に、びっくりするほど綺麗な肌。女の私から見ても、すごいって思います。なのに……青い大きな目、柔らかそうな唇、華奢な体……幼そうに見えるけど、そんなにしっかりした意思があって、それで」


 いいいいいいい。


 例えば、場末の飲み屋の女や娼館とかで、『かっこいいね』とか、『男らしいね』とか、そういう取って付けたような褒め言葉は何度も聞いたことはある。

 だが、わかってるとは言え、女な自分をそのように評価されるのは、複雑を通り越して、恐怖でしかなかった。

 平たく言えば、おまえは女なんだぞ!ということを、凄まじく強い言葉で言われているようなものだった。


 「ば、ばか、やめ」


 「っ……、顔真っ赤ですよ。お姉様……すごく可愛い……」


 明らかにゾクゾクとした表情のまま、俺に迫ってくるアイラ。いよいよ怖い。

 ずるずると、足だけでゆっくりと後ずさる。しかしそれもつかの間、狭い馬車の中、俺の背中は壁にぶち当たった。一緒に乗ってた樽かもしれない。

 とにかく逃げ場が無くなった俺は、それでも必死に、壁の一部にでもなるかのように、可能な限り後ろに下がる。

 それに対して、四つん這いで獣のように迫るアイラ。目が潤んでいる。怖い。


 何されるんだよ俺。そもそもそれどころの話じゃないし、そんなことをしてる場合でも無いだろ。

 何?いわゆる吊り橋効果ってやつなのか?女同士で?なんで?


 「お姉様ぁ……」


 アイラの顔と、どこに向かうかわからないその唇が、いよいよ眼前に迫った時、突然それは起こった。


 ガ、ガァン!


 「うお!」


 「きゃあ!」


 突然、馬車の外から何かがぶつかる音が聞こえ、同時に大きく馬車が揺らいだ。変な体勢だった俺たちは床にごろごろと転がる。

 同時に上からバラバラと木屑が俺たちの周囲に降り注いだ。


 チャンス!


 とは、さすがに咄嗟に思えなかった。直前のそれが、俺にとっての修羅場過ぎた。

 ただ、それでも数瞬後には、気持ちを立て直し状況を伺う。

 馬車の揺れは収まったが、どうやら動きが止まっていた。それと同時に、外がにわかに騒がしくなる。


 「な、なんなんですか?!」


 「アイラ!チャンスだっ!縄をほどけっ!」


 仕方ない事だが、突然のことに動揺しまくってるアイラに強い口調で叫び、自分は油断無く視覚、聴覚で周囲の様子を観察する。


 動揺したり、怯えきってるアイラ含む女どもは取りあえず置いて、天井を見上げた。さっき降り注いだ木屑の原因を見る。


 果たして天井には、それなりに大きな穴が開いていた。ただ、それは精々首が通るかどうかという程度の穴で、そこから出られるかというと、ちょっと―――いやかなり難しい。それに位置が少し高すぎる。


 それなら何故その穴が開いたか、だ。


 クソったれで小汚い奴隷商人どもでも、さすがに商品を運ぶ馬車を一番頑丈にしている。

 そんな馬車に穴が開くぐらいだ。間違いなく、何かが外からぶつかったと考えるべきだ。それもかなり高速で。

 もちろん、今はそれがいったいなんだったのかはわからない。

 ただそれは、奴隷商人どもにとっても予測外の事態が発生した結果に違いない。


 「おい!ボサっとすんな!縄!縄だよ!いそげ!」


 「あ、え、は、はい」


 ぼやぼやしているアイラにイラつきながら、怒鳴りつける。

 そこでやっと我に返ったのか、俺から見たら十分ノロノロと、本人的にはわりと一生懸命風味で俺ににじり寄り、背中に回って、ゴソゴソと、多分縄をほどき始めた。


 俺はその間に、周囲の観察を続ける。

 とりあえず馬車は外が見えない。視覚的にわかるのは、さっきの穴からだけだ。空しか見えない。

 よって、耳を澄ます。


 さっきの衝撃から、外は騒然とした音で満ちている。

 奴隷商人どもが交わす喧噪。それに注意を向けるが、他の雑音が混じり、何を言っているのかはっきりと聞こえない。

 それ以外となると―――慌ただしく何か金属のようなもの―――これは剣を抜く音。あるいは金属鎧がすれる音。

 これらを総合して予想するに、何らかの外敵の襲撃を受けた、と考えるのが妥当だろう。

 要するに、完全に不意打ちを受けた奴隷商人どもが、慌てて迎え撃つ準備をしているというところだろうか。


 だが問題は……何から襲撃を受けたかだ。

 奴隷商を捕縛する為の、騎士団なのか。

 ―――いや、その可能性は、状況からかなり低いと言わざるを得ない。


 アートル遺跡群から3日の行程。どこへ向かっていたのかはわからないが、少なくともヤツらが帝都方面から来たのはわかっている。だとしたら、その逆側のどこかだ。

 街道上を走っているのは間違いないので、そこから分岐する幾つかの地点に俺たちは居る。それは小さな分岐を除けば、大体二カ所に限定される。

 要塞都市カクラワンガに向かうベレス大森林を貫くルートか、港町テラベランに向かう丘陵沿いのルートかのどちらかだ。


 「~~~~!かたい、よぅ」


 「わかったから早く!」


 アイラを急かしながら思考を続ける。確定はできないが、俺は丘陵ルートだと推定した。

 まず、ヤツらは奴隷商人だ。

 だとしたら、その商品をどこかでさばかなければならない。大森林を貫くルートの先にあるカクラワンガは要塞都市で、帝国の重要な軍事拠点でもある。つまり都市に入るには、かなり強度の高い検問をくぐらなければならない。

 奴隷商は帝国でも普通に違法だ。そこを思えば、カクラワンガに向かうとは思えない。

 それに違法な商品を売りさばくならば、港町の方が有利だろう。


 俺はそこまで考えて、天井にあいた穴を見上げた。

 青空が見える。


 はっきりはしないが森林地帯ではなさそうだ。ということは、今居る場所は丘陵沿いルートのどこか。少なくともアートル遺跡群から、馬車で3日目。

 俺はアートルに来る際、たまたまテラベランから乗り合い馬車でやってきたが、その際6日かかった。つまりここはアートルと、テラベランのおおよそ中間あたりということになる。


 だとするならば。


 「解けた!やった、やったよ!」


 「よし!ちょっと静かにしてくれ」


 縄が解けた事を大喜びするアイラ対し、ぞんざいにその口を封じる俺。アイラは凄まじく不満な表情になったが、今は仕方ない。自由になった両腕の手首を、軽くマッサージしながら耳をさらに澄ます。

 奴隷商人どもの声が、開いた穴から漏れてくる。


 『……が、……ゴブ…………きが』


 ゴブ。ゴブリン―――やっぱりだ。

 冒険者仲間では割と有名だが、この丘陵沿いの街道のちょうど中間地点で、ゴブリンというモンスターの隊商等に対する襲撃事件がここ最近続いている。おそらく近くに拠点があるのだろう。

 俺もアートルに来る際に乗り合わせた馬車の護衛として、雇われた身だった。幸いにしてその時は襲撃は無かったが。


 つまり今、この奴隷商人どもを襲っているのは、そのゴブリンだ。


 ゴブリンといえば、例の緑色の肌をした、せいぜい体長120セル程度の、全体からすると弱い部類にはいるモンスターだ。

 ヤツらはどこにでも拠点を築き、活動場所を選ばない。

 それ故にかなり有名なモンスターでもあり、殆ど誰もが知っている。子供に聞かせる昔話の悪役としても有名だ。


 そんな弱いゴブリンではあるが、最大の脅威は、群れる、ということにある。


 先も言ったとおり、ヤツらは拠点を作る。そこで群れるわけだが、その数がハンパない。

 少なく見積もってもその数は3桁はいくし、4桁近くになってもおかしくはない。

 そこまで増えたのなら農業でもして楽しく過ごしてくれてもいいのだが、そこはそれモンスターと呼ばれるだけあって、人を襲うことを生業としている。

 つまりそれは、たちの悪い盗賊集団だと言っても良い。


 とにかくそんなゴブリンどものコロニーが、この近くにあって、そして現在俺たちはそれに襲われている。

 外がわからないので何匹に襲われているかはさっぱりだが、経験的に最も少なく見積もっても50以上はいるとは思う。ちょっとした知能を持つヤツらは、隊商を襲うのであれば、それなりの数を揃えてやってくる。

 とにかくタチが悪いのだ。


 そうこうしているうちに、開いた穴から、わずかに剣戟と、さらに切迫した喧噪とが聞こえてくるようになった。

 戦況はわからないが、どっちが勝ったとしても、このままここに居て辿る末路は悲惨なそれでしかない。

 だが馬車の扉が固く閉められている現状、まだなにも出来ない。取りあえず扉近くに移動して、焦った奴隷商人の誰かが扉を開けるなりするのを待つことにする。もちろんその瞬間にヤッてやる為だ。

 そうするとアイラもついて来たが、差し当たって任せることも期待するようなこともないので放っておく。


 「ど、どうするんですか?」


 放っておいたら不安になったのか、しきりに話しかけてくるアイラ。

 しかし実際やることは無く、現在待つ以外のことが出来ない今、特に言うべき言葉は無い。それともここは、『大丈夫、問題ない』ぐらい嘯いってやったほうがいいのかもしれない。お姉様的に。

 ―――冗談じゃない。


 「おねえさまぁああぁ~」


 とはいえだんだん涙目になり、声の縋り度も増してきたので、流石に鬱陶しくなってきた。


 「わかったから、もう少し待」


 ドガッ!


 とか言った瞬間だった。

 屋根に穴が開いたのと同じ、いや明らかにそれ以上の揺れが、馬車全体を襲った。

 油断していたわけじゃない俺も、その揺れに床に転がる。


 「うおおっ?!」


 「きゃあああ!?」


 何かの破壊音が聞こえ揺れた馬車はそのまま斜めになって止まった。もちろん、俺を含む全員が傾いた方に転がり壁と床の角で団子になった。


 「くっそ!なんなんだ!」


 「お姉様、こわい!」


 悪態をついて起き上がろうにも、俺の上にアイラが乗って絡まっている。というか、絡まってきてる。アイラを引っぺがしながら、何とか周りを見回すと、今の衝撃で後ろの扉がゆがんで半開きになっているのが見えた。


 「……っ!アイラ、どけ!外に出るぞ!お前らも早くしろ!」


 なかなか剥がれないアイラにイラつきながら、容赦ない力尽くで振り解き、半開きになったドアを蹴り開ける。

 ドアの向こうで何かがぶつかり、くぐもった悲鳴を上げるのが聞こえたが、気にせずそのまま外に飛び出した。

 とにかく今しかない。地面に足をついて、そのまましゃがみ、素早く周りを見回す。


 「……ひっ!」


 俺の後ろで、同じく外を見ただろう、アイラの小さな悲鳴が聞こえた。


 燃える他の馬車。怯える馬のいななき。

 何匹ものゴブリンに群がられ、そのさび付いた剣で何カ所も貫かれた上に、血しぶきを上げて力尽きる奴隷商人たち。そんな修羅場が、そこかしこで繰り広げられていた。


 奴隷商人たちは明らかに劣勢だった。


 予想通りだがゴブリンの数が多すぎ、そしてこの規模の隊商にしては、奴隷商人の護衛は少なすぎた。奴隷商人故の身軽さを重視した編成が、明らかに裏目に出ている。そもそも奴隷商人は迎え撃った時点で敗北している。

 全力で逃げるべきだったし、おそらく普通ならばそうしていただろう。

 だが恐らく、奇襲を受け包囲された奴隷商人は、もはや迎え撃つしか手段が無かったのかもしれない。


 ともあれ奴隷商人どもは絶望的な迎撃戦を展開し、今まさに絶望しながら壊滅していくところだった。

 だからといって、ざまあみろ、とは思わない。

 何しろ、それでもまだ僅かに抵抗している奴隷商人どもが討ち果たされたら、今度は俺たちが標的だ。そしてそうなったが最後、奴隷商人よりも早く俺たちは壊滅……というか殲滅されてしまうだろう。

 要するに。


 「お前ら!逃げるぞ!」


 つまり、俺たちにそれ以外の選択肢は無い。

気付けば、何人かブクマしてくれていることに嬉しさとプレッシャーを感じる私です。

更新頻度は、おおよそ、これくらいだと思っていただければ……

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