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01話 虜囚の奴隷達

 時代遅れの馬車が、でこぼこ道を走っていく。


 はた目にみていれば何でもない事なのだが、実際それに乗っているとなると、少し問題だ。

 がたがたゆれる馬車の乗り心地は最悪で、なおかつ俺達はクッションも何もないどころか、外を確認できる窓すらも無い箱の中に、積み荷も同然に転がっている。いや、転がされているからだ。

 だが、それは冷静に考えたら当然だった。俺達を運んでいる奴らからみれば、俺達はまさに荷そのものなのだから。


 結論を言えば。

 俺達を運んでいる奴らは奴隷商人で、俺達は奴隷である。


 もちろん、奴隷売買は今の国際協約では犯罪とされているので、場所にも依るが、捕まった場合、奴らはそれ相応の重罰を受ける事になる。それこそ死刑の可能性だってある。

 しかし悪いことは往々にしてとても儲かるので、死刑という危険を犯してまでこうした犯罪行為に走る者多いし、絶対にいなくなることはない。

 なので、これら被害者は馬に蹴られたものとして、諦めるしかない。

 が。


 「ふ……ぬ。ぬぐ……む」


 当然俺は諦めていなかった。


 必死になって後ろ手に縛られた手首を擦り合わせて縄を解こうともがく。

 冗談ではない。何が悲しくて奴隷なんぞにならなくてはならないのか。

 他の連中は既に完全に諦めているようだが、俺は絶対諦めなかった。

 奴隷なんか死んでも嫌だ。こんな馬鹿な人生絶対認めない。

 俺はどこともなく睨みながら、何度も何度も手首を擦り合わせた。


 捕まって三日目の朝の事だった。



挿絵(By みてみん)



 俺の名前はクリストファ・カーゾン。通称クリス。ちなみに女だ。


 女のくせに何という物言いかと思うだろうが、これには訳がある。

 訳というのは、俺がもと男だったからだ。

 簡単な説明に誤解の無いよう言っておくと、俺は俗に言うところのオカマではない。


 昔は正真正銘、男だったし、今は正真正銘、女だ。


 何がなんだかさっぱりわから無いと思うだろうが、事実だ。


 俺が女になったのは、古代の……おそらく魔法のかかった薬のせいだった。

 18歳にして、それなりに場数を踏んだ冒険者である俺は、ある古代遺跡に挑んでいた。

 冒険者というのは実に何でも屋の事だ。

 金さえ払えば護衛、傭兵、調査、探索なんでもやる。


 しかし、冒険者にして最大の仕事はまさに古代遺跡の探索だ。まあ探索と言えば聞こえはいいが、要するに墓荒らしのようなものなのだが。


 古代遺跡には普通には考えられないような、すごいお宝が眠っている。場合によっては一生遊んで暮らせるほどのお宝が眠っていることもある。

 だが古代遺跡は危険な場所でもある。

 常軌を逸した罠の数々。強力な守護モンスター達。

 だが、それらの危険にあえて立ち向かうだけの価値が古代遺跡にはある。だから、俺もその名も無き古代遺跡に挑んだ。


 俺にしては古代遺跡そのものに挑むのはそれが初めてではなかったのだが、そうかというと全く未踏の、一度も荒らされていない遺跡に挑むのはこれが初めての事だった。


 この未踏の遺跡を俺が見つけたのは、単純なる幸運からだった。

 いや、冒険者であれば一度は経験してみたいと思う程の、望外の僥倖といってもいい。それほどまでに、未踏の遺跡というものは、そう簡単には見つかったりしない。


 それはアートル遺跡群と呼ばれる冒険者内では割と有名な、ただそれだけに何度も探索され、ほぼ枯れきった遺跡群の一部にあった。基本的には枯れているため、普通の冒険者は有名であっても見向きもしない。

 そんな場所で何故俺が、その未踏の遺跡を発見したのかというと、言うように本当にただの幸運でしかなく、具体的に言うと、たまたま近くを通ったので、たまたま物見遊山的に遺跡に入り、たまたまその入り口を見つけた、などという自分でもどうかと思うぐらいフザケた理由によるものだった。


 だが兎にも角にも、そんな幸運を逃すわけも無い。未踏なのだ。

 リスクはあるが、第一踏の利益を最大限に享受せんがため、たった一人、その遺跡に足を踏み入れた。


 遺跡は地下に向かって掘り下げられたもので、俗に地下迷宮型と言うものだった。

 迷宮は比較的浅く五階層。とはいえ罠の数もモンスターの数もハンパではなかった。それでも俺は何とかそれら全てをクリアーし、予想以上のお宝をせしめることができた。

 換金すれば、一生とはいかないだろうが、10年は遊んで暮らせることは確実な量だった。


 だが……ちょっとした、ほんとに何でもないミスだった。

 俺は罠をひいてしまい、毒をその身に食らってしまった。


 しまったと思っても後の祭り。毒はかなりのスピードで俺の身体をかけめぐり始めた。あいにくと毒消しは持っていない。

 というのも毒消しと言うのは、毒によってそれこそ千差万別であり、その食らった毒との構成があわなければ、それは無用の長物以外の何者でもないからだ。古代遺跡で毒を食らうとしたら普通未知の毒なので、既製の毒消しはまったく意味の無いものとなる。

 魔法の解毒薬というものもあるにはあるのだが、高い。それでも1本は持っていたい代物ではあるのだが、その時の俺はひどい金欠だったので、持ち合わせてはいなかった。


 全身焼け付くような感覚。高山に登ったような息苦しさ。

頭はぐるぐると回転し、足腰はガタガタと崩れる。


 死ぬ。


 俺は本能的にそう思った。

 しかし、死ぬ間際というのは瞬間的に頭が冴えるらしい。

 俺はあることに気付き、背嚢一杯のお宝をかき回して、それを取り出した。


 ガラス管に入った5本の、たぶん、薬。それぞれ赤、青、白、緑、紫という、きれいだが薬にしてはアヤシイ色をしていた。

 一応ガラス管にはラベルが貼ってあったが、黄色く変色して朽ちており文字は判読不能だった。もし朽ちてなくても古代文字で書いてある筈なので、やっぱり俺には判読不能だっただろうが。


 ともかく俺はそれを飲んでみることに決めた。

 なにしろ古代の品である。その内1本は魔法的な解毒薬の可能性があるなどと、その時は思った。他の4本については目をつむることにする。


 しかしそれは危険な賭だった。古代の品は往々にして危険な物品が多く、鑑定していない段階での使用は死につながる場合もある。

 だが、この状態での使用に関して、俺は迷いはなかった。まさに毒を食らわば皿までだ。

 つまりヤケクソになっていた俺は、一気に5本すべて飲み干した。


 そして、飲んだとたん俺はひっくり返って気絶した。






 前置きが長くなったが、結論を言うと、毒は消えたが俺は女になった。それもおよそ冒険者稼業などという商売には向いて無さそうな、どこにでも居そうな小娘にだ。

 気絶から冷め、意識が完全に覚醒するまでの間、俺は迷宮内を無意識に彷徨していたらしい。そのうち意識がはっきりしてみると、女である自分を発見して驚愕した。

 たっぷり数時間ほど混乱し、我を取り戻して装備を見るが、明らかに元より小さくなった身体のサイズ的に、すっぽ抜けたのか何故か素っ裸。

 取得したはずのお宝すら、失っていた。


 怒りと混乱と後悔の中、それでも何とか俺は遺跡から脱出できたのは僥倖でしか無かった。だが、たまたま近くの街までと便乗した隊商が奴隷商人で、イキナリ俺は捕まってしまったというわけだ。


 冷静に考えてみれば大変な事だった。俺は2、3日の内に冒険者から小娘、小娘から奴隷へと立場が変化したのだ。


 それでも俺がそんなに慌ててないのは、単に俺が冒険者だったからに他ならない。証拠に他に捕まっている『お友達』は最初の内には泣き叫び、今ではすっかり落胆して転がっている。


 ちなみにお友達はみんな女だった。しかも美人ばかり。

 つまるところ、この奴隷商隊は『それ』専用の奴隷を扱っているということだ。おそらく富豪や地方領主などの金持ちの遊び道具として売られてしまうのだろう。

 全く持って、かわいそうと言うほか無いが、かわいそうなのはこっちも同じことだ。世知辛い世の中である。






 不意に馬車が止まった。

 なるほど、そう言う時間だ。要はメシというやつで、四六時中、外の様子も満足に見れない馬車の荷台にいた俺でも、腹の具合で時間がわかる。


 「オイ。女ども!飯だ!」


 案の定、後部の扉が開け放たれて、その向こうに景気の悪そうな面の男が姿を現した。

 男は荷台の中をゆっくりと見回すと、満足そうな顔をして外に用意してあった箱から堅そうなパンをドカドカ馬車の中に投げ入れ始めた。


 「しっかり食えよ!大切な商品なんだからな!」


 せせら笑うようなその声に、俺以外の女たちは一度ビクッと体をふるわせた後、のろのろとした動作で投げ入れられたパンに手を伸ばす。

 何しろ三日目のことだ、初めはメシも食えないほどに落胆していた彼女たちだが、体の欲求に耐えられなくなったのか、一人ずつそれを口にするようになった。

 あきらめが現実を見せているのだろう。奴隷になるのはイヤだが、死ぬのはもっとイヤだと言うことか。


 「おい!お前!」


 女たちが堅そうなパンを食べ始めるのを見て、扉を閉めようとした男に、俺は声をかけた。


 「何だ……またお前か」


 男は俺を確認し、嫌そうな声で応答する。


 「どうすんだよ!この状態でパンを食えってのか!縄だけでも解きやがれ!」


 実は縄で両手を縛られているのは、俺だけだったりする。理由は昨日の夜にいささか活発に動きすぎたためだ。


 「そのとおりだ。まあ、お前なら大丈夫だと俺は思うぞ。嫌なら食わないことだな」


 「畜生!俺は大切な商品じゃねぇってのか!おい!まて!この野郎っ!」


 言い終わらないうちに、男は幌の向こう側に消えた。

 畜生が。ぶっ殺してやる。絶対吠え面かかしてやるからな。


 「あのぅ……」


 心の中で黒い衝動をこね回していると、女の一人が俺に声をかけてきた。長い栗毛が特徴的な可愛らしい娘で……確か名前はアイラとか言った。

 自分が捕まったときには、既にこの幌の中にいた組だ。

 俺は転がったまま首を巡らせて、そちらを見る。すると目があった瞬間、アイラはビクッと体をふるわせた。どうやら憤懣やるかたない自分は、彼女を睨み付けてしまったらしい。

 罪無い者に敵意を向けたという罪悪感に、急速に気持ちが萎える。


 「……何だ」


 感情を抑えて、声をかける。

 するとアイラはオドオドとした目つきで、ゆっくりと俺の目の前に自分が持っていたパンを突き出した。


 「……はい」


 消えそうな声で、そう口にする。

 俺は一瞬呆気にとられた。改めてアイラの顔を視界に収める。

 そうするとアイラはニコッと儚げに笑ってパンを少しちぎって俺の口元に持ってきた。腹は空いているはずなのだが、なぜか突然食う気がなくなる。


 「……いらない……それよりも、縄を解いてくれ」


 そう言うと、アイラは困ったような顔になって、ふるふると首を振った。


 俺は盛大にため息をつく。

 これは昨日から繰り返された行動でもあった。

 まあ、確かに縄がとけたからと言って、どうにかなるかと言えば、俺にも全く自信はない。彼女たちが恐れているのは、縄を解いたことによる奴隷商どもの制裁なのだろう。

 気持ちは分かる。納得はできないが。


 「まあ、いいか。そのうち、チャンスが来たら解いてくれ」


 「チャンス?」


 不思議な顔をしておうむ返しにアイラは聞いてくる。

 俺はその顔に面食らったが、努めて冷静な顔を装い言い返した。


 「ああ。今はだめかもしれないが、そのうち……そうだな、そのうち脱出のチャンスがやってくる。絶対だ。その時解いてくれればいい」


 そうだ。チャンスは必ずやってくる。俺は冷静でなかったのかもしれない。今、じたばたしてもはじまらない。


 「……そんなの、信じられないです……」


 盛り上がっている俺の横で、アイラがそう呟いた。

 ため息と共に吐き出されたその言葉は背中に重くのしかかって、俺は急速に盛り下がった。


 「……なんでだよ」


 「だって……だって、信じられないです。私だって、ずっと、ずうっと、待ってたんですよ。でも、そんなものは来なかったです……来ないんですよ」


 突然アイラはそう捲し立てて、更にオイオイ泣き始めてしまった。ありゃーと思う間もなく、連鎖的に周りの女たちもぐすぐす泣き始める。

 俺はしばらくどうしようかなどと考えていたが、泣いている女たちを見ていると、不思議なほどイライラが募ってきた。泣き声もそれを助長する。


 「泣くんじゃねぇっ!」


 そして、俺はとうとう爆発した。

 俺が叫び声をあげると、女たちは言われたとおり全員泣きやんだ。おどおどした目でこちらを見る。アイラとて、当然例外ではない。


 「何もかんもあきらめんじゃねえ!いいか!奴隷になるってのはな、死んだも同然なんだぞ!そんなんになるくらいだったら、死ぬ気でなんかやってみろ!出来ないんなら、ここで死ねっ!」


 冗談じゃない。

 こいつらに付き合って、奴隷になるなんてまっぴらごめんだ。俺は絶対あきらめたくない。それこそ奴隷になるんだったら、本当に死んだ方がましだ。

 興奮が収まってきた。女たちは目をぱちくりさせて俺を見ている。どうしたらいいか、わからなくなっている目だ。


 落ち着くと、さすがに少しかわいそうに思えた。

 諦観的な考えは大っ嫌いだが、考えてみると、男である俺と彼女たちでは考え方が根本的に違うはずだ。そういう目で見ると、まあ、あるいは、アイラたちの反応と行動は当然なのかもしれない。


 俺はアイラがさっき、ちぎって置いたパンにかぶりついた。


 「死にたくなかったら、飯を食うんだ。腹が減ってちゃあ、いざって言うときチャンスも得られないからな」


 多少なりとも気を使ってそう言うと、アイラはさっきよりも確かな手つきで、パンを拾い口に運び始めた。他の女たちも同様で、多少の変化が見られる。


 「……ありがとう」


 アイラが儚げに笑う。なんか疲れたが、悪い気分ではない。

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