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F病棟の奇妙な住人達  作者: 麻香
7/7

FNo.7 504号室  メロウ

F病棟の敷地の広さは広大で、施設の充実度も一級品だ。

大きな図書館、食堂など生活に苦のないほど揃っている。

病室に風呂はないが、大浴場にはシャワールームもあり、いつでも入ることが出来る。

そして、波の立つ海水プールは彼女の領域と化していた。

ほかのプールもいくつかあるが、この海をモデルとした場所は彼女が一番ふさわしいだろう。


そう、彼女は人魚の娘。

足が魚の尾のようになっていないのは人間と人魚のハーフだからだ。

その代わりに彼女の身体の一部には鱗がある。

時折、太陽に反射し煌びやかになるそれは、彼女の美しさをよりいっそう引き立てるアクセサリーのようだった。


「また貴女はここにいらしたんですね」

「あれ?櫻じゃん、メリアルかと思ったのに…」

水から顔を出す少女は明るく来訪者を迎える。

「そのメリアルさんのためにお茶会を開こうと思ったので、貴女をお誘いに来たんですよ」

「おぉ!なるほど!あれ?でも予定にはなかったような……」

「もう準備はできていますから、いつもの所へいらしてください」

「はいはーい!了解ですっ!」



「…不器用だね、メリアルは」

眠たそうに羊の角が生えた少女が呟き、今日のクロテッドクリームとイチゴジャムをつけたスコーンをかぷ、と小さくほおばった。

「なッ…ひどいっ……」

「でも、そんなところがメリアルの良いところじゃん、私は好きだよ」

セイロンの注がれたカップをソーサーに戻すとメロウはほおづえをつきながらにやりと笑う。

「で、その子どうなの?……タイプ?」

「相変わらずだね」

そうやって羊の角が生えた少女は指に付いたクリームをなめとる。

「いいじゃない、ここのみんなドライすぎてつまらないんだもの」

「あたしにさらに追い打ちをかけても、しれっとしてるのがメロウよね」

「そうかな?」

「うん」

「ほら、あんこも言ってるじゃない。普段はあたしの後ろに隠れてるくせに」

「へへっ、気の許せる人じゃないと…なんか怖くて」

「まぁ、人魚は重宝されてたからね。その選択は正しいよ」

「ちょうほう?なんのこと?」

ぴしゃりと冷たい空気が一瞬漂った。

「……なんでもない」

「気にする必要は無いわメロウ、ほら紅茶が冷めちゃうわよ」


しばらく談笑していると、櫻がやって来た。

「こんにちは、皆さん。良い香りがしますね」

「あら、お茶会の主催者のくせに遅かったじゃない」

「ごめんなさい、メリアルさん」

「きれいな花」

表情に乏しいあんこが珍しく微笑むの視線の先、櫻の手には色とりどりの花と花瓶があった。

「ふふっ、でしょう。最近あんこさんが食用の植物をお調べになってるようだったので」

「なるほど、それでいなかったのね」

お邪魔させていただいても?と控えめに言う櫻は持ってきた花瓶に花を生け、空いている席に腰を下ろした。

櫻のせいでメリアルのことを聞きそびれてしまったことを惜しく思ったメロウはふてくされたように鱗が光る脚をふらふらと動かして話を聞いていた。

ふと時計を見たメリアルがいきなり立ち上がる。ガシャンと食器のこすれる音が盛大に響いた。

「メロウ、そろそろ時間じゃない!!早く戻らなきゃ!!」

「あー、どうりでダルイわけね」

「歩けそうですか?」

「ん、どうにか大丈夫そう」

眠そうに目を擦るメロウを見て、他の三人は彼女に気づかれないように目配せした。

「私が付き添いをします」

「ごめんなさい、せっかくのお茶会がお開きになっちゃって」

櫻の肩を借り、立ち上がるメロウは徐々に顔色が悪くなっていた。あんこは目を向けずぼそっと答え、メリアルは笑顔で送り出す。

「平気」

「気にしなくていいのよメロウ、またお話しましょう」



メリアルはメロウが去るのを見届けると羊の角を持つ少女を一瞥し、紅茶を注いだ。

「ああいうこと言っちゃ駄目でしょメロウは忘れてる子なんだから」

「…この間、本で読んだから」

「人魚について?まさか食材にするつもりじゃないでしょうね」

「薬になるらしい」

「……万能薬なんてこの世にはないのよ、あんこ。あたし達がよく知ってるでしょう」



足取りが重くなるメロウを櫻は支えながらプールへと歩いていた。

柔らかい金色の髪、蜂蜜色の瞳いつ見ても綺麗な人だと同姓ながら櫻は思う。

彼女は鱗があること以外は一見普通の娘だが、その身には(やま)いを受けていた。

プールまであと数十メートルのところで前に脚が出なくなったメロウは座り込んだ。

「ちょっと、おしゃべりし過ぎちゃったかしら」

そう弱々しく笑うメロウの脚に触れると流木の様に堅くなり始めている。

櫻はいそいで腕や頬に触れてみるとまだ硬化は始まっていない、安心したようにため息をつくと彼女はメロウに背を向け、しゃがみ込んだ。

「まったく貴女は……あれほど時間を気にしなさいと言ったのに」

「えへへっ、だってお茶会楽しいんだもの。あんこの作るお菓子も、メリアルの選ぶ茶葉もとっても美味しいのよ」

手慣れたように櫻はメロウを背負うと少し足早に歩き始めた。

「私や皆さんにこうやって心配をかけるのはいけないことですね」

「ごめんなさい…」

しょんぼりしている彼女を見て櫻は困り顔でため息をついた。


「そういえば、またカルネとリノンが貴女に時計を持たせようと企んでいましたよ」

「えーいらない、私が使ってたらすぐに海水で錆びて使い物にならなくなるわ」

「言われてみればそうですね…さぁ、着きましたよメロウさん」

プールサイドにメロウを下ろすと、彼女は勢いよくプールに飛び込んだ。

「ふぅ、生き返るわぁ」

「脚の調子はどうでしょう?」

「間に合ったみたい」

脚の鱗をさするように確かめるメロウは水を浴びていないとすぐに乾いてしまうらしい。

鱗の部分から乾燥が始まり、足先から身体を動かすことが出来なくなってゆく。

症状が悪化する前に水へ浸かれば元に戻るらしいが、そのために彼女の自由は制限されていた。


人魚姫(メロウ)は水から離れることは許されない”


「そういえば、カルネもリノンも最近見ないのだけれど、忙しいの?」

「私も食事の時以外あまり会いませんからね…」

ゆらゆらとプールの水と戯れるように泳ぐ彼女の姿は人魚のそれとまるで同じだった。

「そっかぁ…最近みんな来てくれないから寂しいわ……」

「いつも、岩陰に隠れていらっしゃるから、新人さんには見つけづらいのでしょうね」

なんだか彼女みたいです…性格は逆のようですが。

クスクスと笑う櫻を見てメロウはぷぅっと不服そうに頬を膨らませていた。


「“彼”はいらっしゃらないのですか?」

「……それが、最近悪化したらしくって…心配かけたくないって」

「そうだったんですか…ごめんなさい」

「ううん、いいの。大丈夫よ」

ぴしゃんと彼女の金色の髪から水が滴る。


「そうです!メロウさん、私の為に歌を歌ってくださいませんか?」

「えっ、いいの?…カルネに叱られちゃうかもしれないわ」

「それで彼がいらっしゃるならまた賑やかになるでしょう?」

「そんな、無理矢理…」

「良いじゃないですか、代わりに私の故郷の歌を歌って下さい。私も歌は得意なんですよ、メロウさんには及ばないかもしれませんが」

胸に手をあて笑う櫻を見て、メロウは頬を真っ赤に染めていた。

「そっ…そんなことないッ!」

それでは試してみましょうか、と櫻は口ずさみ始める、それは知らない国の言葉だった。

メロディに合わせるようにおそるおそるハミングするその歌声は、病棟に響き皆の心を癒やしていった。



水から長く離れて居られない彼女は寂しがり、その綺麗な歌声と美しさで人を呼び寄せた。

良い者も悪い者も。

そして彼女に酔わされ、狂わされ、死へと足を運んでいった。

唄の幻覚にとらわれた者は海へと身を投げていくのだ、とても安らかな顔で。

やがて彼女は忌み嫌われ、岩陰に隠れて過ごすようになった。

彼女の居場所はそこしか無かったのだ。


だれもが恐れ近づかなくなったその岸にたどり着いたのは果たして誰だったのか、彼女はもう忘れてしまった。




メロウ【ゆこ】

504号室に住む少女の患者。

美しい金色の髪と薄い茶色の瞳を持つ。

照れ屋な性格で、体の一部が鱗に覆われる病を患っています。

不治の病です。

左目から赤色の花が咲く病の患者に好きな人がいます。


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