FNo.5 501号室α ユーリ
今回は僕について語るのかい?
あんまり期待しないでくれ、特に面白い話はできないから。
長くて寒く厳しい冬、吹雪の奥から聞いたことのある謡がこだまして聞こえてくる。
空耳かと思っていたらだんだん低い歌声が大きくなってゆく。
一緒に聞こえ始める雪を踏み固める音、だけど周りは真っ白でなんにも見えない。
そういうときは、死んだ戦士達が故郷へ還ってきたんだと母は言っていた。
僕はそうは思わない、どうせヘマをしたどこかの男が、雪の中で凍え死にそうになりながら、気を紛らわすために歌ってるんだと思っていた。
ここにはそういう罪人もたくさん来る。鉱山の仕事はさぞ辛いだろう。
毎年、何人もが死んでは取り替えられる。
そんな地獄みたいな所を仕切っているのが、僕の生まれたДраганов家だ。
文字どうり、血と汗と涙の結晶である宝石たちを、毎日のように眺めては、彼らの働きに対して金を出して、お抱えの細工職人に引き渡し、自分の店で売る。
宝石に関する一連の流れを一つの会社がやるのは珍しいらしいが、父はそれの方が信頼があって利点があると言っていた。
僕は父を尊敬している、そしてこの家を継ぐために同い年の子と遊ぶこともせず、勉強や父の手伝いをしていた。
僕がおかしいと周りの人はよく言っていた。実際そうだとその頃から既に思っていた。
“だって、何を食べても味がしない”
一流のシェフが作る料理も、たまに母が作る手料理も、全くの無味だった。
僕にとっての食事は食感だけの栄養摂取だ。でもきっと食べなきゃ生きていけない。
そうわかっていても、味気ない行為で一番嫌な時間だった。
ある日、兄の子会社が人工的に貴石を作り出すことが出来たらしい。
どんな仕組みかは分からないがコレを売れば、大儲けできる。
大衆向けの安価な人工宝石を売ると、見栄っ張りな中流階級などから注文が殺到し、そのお陰で父の会社はいっそう栄えた。
僕の一族は成人になると個人で宝石の入った指輪を一つ持たされる。
会社が最盛期を迎えようという頃、父は僕を呼び出して一つの宝石の欠片を取り出した。
指輪を渡すのは、繁栄のまじないのお守りとしての意味があるそうだ。
そんな根も葉もないことをよくもまぁ信じるとは思ったけど、あまり僕にかまっていられない父からの贈り物が嬉しくて仕方なかった。
「ユーリに似合うと思ってな……お前は末の息子ながら次代当主としての素質は十分にある、そろそろ持つべきだろう」
「お気持ちは嬉しいのですが、成人にはまだ早いですよ父上…あと何年か先です」
「せっかく天然の珍しい石が手に入ったんだ、この期を逃してしまいたくない」
このときの“天然”と言う言葉はやけに耳障りだった…人工に貴石を作り出せると言う話がでてから僕らの家は確かに栄えたものの、やけに胸騒ぎがしてしょうがない。
「珍しい石と言うなら、母上にでも差し上げて下さい…きっと喜ばれるでしょう」
「先にアンナには話を持ちかけたのだが、あいつがお前にと言ったんだ。お前が良ければ細工職人に渡そう、届くのは少し先になるだろうが……」
「そういうことでしたら、有り難く賜ります」
最近兄たちに煙たがられていたのを知ってか知らずか、両親は僕にその指輪を渡した。
兄たちの指輪よりも珍しい石、知性の色を持ちそれを与えられると信じられ、働き者の石言葉を冠するその石は僕にふさわしいと……青く輝くその石は小さくても人を魅了する美しさを秘めていた。
きっと食べ物に味が無いのは僕が病におかされているからだ、しかしそんな症状の病気はいくら調べても見つからなかった。きっとまだ誰もかかったことの無い難病なのだろう。
それが両親に知られてしまえば、僕に膨大なお金を掛けるか、見捨てるかのどちらかだ……どっちだって僕の助かる見込みはきわめて低いだろう。
自室のベッドの上で灯りに照らされた綺麗な装飾を施された指輪の石を眺める、石はその中で光を反射させていた。
「僕はあとどれだけ生きることができるのだろうか」
外の雪に音は飲み込まれ、静寂の夜の中でふと思い出したことがあった。
あまり占いとかを信じない僕がこんな事をするなんて、よっぽどまいっているんだと苦笑いしながら………。
母がよくする古いおまじない、願いを込めて指輪にキスをする。
“生きたい”
誰にも言わないこの願いをきっと僕は一生隠し続けることになるんだろう。
妙な感傷に浸ってるせいか、この時僕は重大なことに気づくのが遅れてしまった。
未だ感じたことがないその感覚に戸惑ったのかもしれない。
そう…確かにその指輪の宝石が美味しく感じたのだ。
美味しいってこういうことなのかと感動した。
「………これが……味?」
もう一度、舐めとって確かめる。
お母さんの手料理って…こんな味がするのかな?
大声で笑いながら涙を流す、僕は味を感じないのではない--
「“僕は宝石にしか味を感じないんだ”」
それを見つけたときから僕の味覚が正常なのか、異常なのかどうでも良くなった。
幸いにも僕の一家の家業は宝石商、僕は新たな感情を弄ぶかのように宝石を蒐集した。気づかれないように、ひっそりと。
それは今の趣味にもなってるんだ。僕のコレクションは病棟に来るときには持ってこられなかったみたいだからね。でも病棟内ではいろんな宝石が手に入る。
また僕を頼って一人、その扉を叩く。僕の望む宝石を持って。
「やっほー!ユーリ、元気にしてた?」
血の滲んだ服を着て、大きな翼の代わりに袋を背負って、彼女がまた来る。
「リノン、クリスマスは今日じゃ無いよ」
彼女は刹那的に表情を変える、たぶんこれが彼女の本質に一番近いんだろうと思っている。
「今回もお願いしに来たんだ、コレを対価にして……」
「需要と供給のバランスが偏るとモノの価値が下がることがあるのを君は知ってるかい?」
そう茶化すのは、彼女が翼を堕とす度にその宝石のほとんどを僕に渡すからだ。お陰で僕の主食の三分の一程はリノンの翼でまかなわれている。
「あれ?ユーリはダイアモンドが好物なんだよね?それは需要に値しないの?」
「好きな物でも食べすぎると飽きるものさ」
「だったら、ワタシが堕とす前に食べちゃうってのもアリじゃないかな?ブルーダイヤに飽きたのなら普通のダイアモンドでも食べてれば?」
「それをやったら、君の苦痛が大変だと思うんだけど?」
どうして?と首をかしげるリノンに僕は小さくため息をついて冷たく言い捨てる。
「僕は君が大量出血しながら背中の肉を抉られるような痛みに必死に耐えて声を出すまいと足掻ているすぐ後ろで、わざわざ食事をとるような趣味はないから」
こういうことを自然と言うのは、たぶん嫌われたいとどこかで願っているんだろう。変になれ合いをして一喜一憂するのはもう疲れた。
だけどいつもリノンはケロッとした表情で僕の言葉に応える。
「ハハッ…今日も元気だねぇユーリ、ワタシは安心したよ。じゃあこれからもよろしくね」
僕が不機嫌になりかけていたのを知ってか知らずか、彼女は用件だけ済ませるとそそくさと退室した。
初対面で彼女に会ったときはビックリしたものだ。貴石をあんなにも簡単にその背中から作り出してしまう事ができるなんて。
頭をよぎるのは兄の子会社の話『人工的に貴石を作り出せた』ということ。
何も詳細を教えてもらえなかった僕は、錬金術の副産物かと思っていたが、もしかしたら………いや、何の得にもならない詮索はやめておこう。
とにかくここには他にも宝石を作れるヒトはたくさんいる。僕はみんなに知識を提供することによって、宝石を貰うような物々交換をして生計を立てている。
いつ死ぬかなんて忘れてしまうくらい平和なこの場所で、僕は美味しい宝石を食べながら、充実した生活を送ることが出来るだけで僕はきっと満足なんだろう。
そういえば、近頃彼女はとっても忙しそうにしている。
鉄壁の笑顔から見える焦りや苦悩にいったい何人が気づいているのだろうか。
察しが良い彼らなら気づいているかもしれない。
だいぶ人数が増えたぶん、バランスを保つのが難しくなったのか、はたまた彼女に何か目論みがあるのだろうか。まぁ、どちらにせよ……
「隠すなら、もっと上手にやらなきゃ駄目だよ」
あの雪の日のような静けさの中彼女の居ないところでそう呟いた。
Юрий〈ユーリ〉Иванович〈イヴァノヴィチ〉Драганов〈ドラガノフ〉【未那】
501号室に住む少年の患者。
藍色の髪と淡い水色の瞳を持つ。
用心深い性格で、宝石しか口にできない病を患っています。
不治の病です。
樹木角が生える病の患者に嫌いな人がいます。