エレメント・フォース〜灰の罪〜
太平洋北西に浮かぶ人工島。
名前を『天宮島』と言う。
全五基からなる超大型浮体式構造物で、どこの国家にも属さぬ、天宮島そのものが唯一の国家として機能する──超能力国家である。
世より疎まれ忌み嫌われた超能力者達を保護すると共に、超能力に関する研究が進められ、最先端科学を有するも島外に提供されることはない。
文字通り、世界から外された国だ。
そしてこれは、"全ての始まりを齎した能力暴走事故『一定空間内の全物質の消失』"が引き起こる少し前の物語である──
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「春休みくらいゆっくりさせろや」
灰爽由罪は不満げに吐き捨てた。
鈍い灰髪の前髪を掻き上げ、威圧するように剃り落された眉毛が覗く。眼つきも鋭く、赤い眼光は獣のようだ。
第三区立超創学校の制服で身を包む由罪の苛立ちを一身に浴びせられているのは、白衣を羽織る金髪の科学者風の男。
彼は正真正銘科学者であり、第三区零五研究所所長。名前をクラス・ラッセルと言う。
「それでも呼び出しに応じてる君は似合わず律儀な不良だよ。ちゃっかり制服まで着ちゃってさ」
クラスはデスクに置かれた缶コーヒーを一口含みながら、小馬鹿にするような調子で笑う。
強い舌打ちをする由罪。そこに更に挑むように、
「その眼、カラーコンタクトは視力を落とす原因になるぞ。君は視力が失われれば何もできんのだよ?」
「……るッせェぞ糞が。目も制服も、喧嘩売られ易いようにやってんだよ」
「赤い目と全剃り眉毛で不良をアピりつつ、超創の制服で俺は灰爽由罪だと更にアピる。いやいや、君はとても努力家だよ笑えるほどに」
「殺すぞ」
おや? 何か気に触ったかな? とクラスは嘯きながら、由罪に着席を促した。
ピキピキを額に血管を浮かせつつ由罪は傍の椅子に腰掛ける。
ここは零五研究所所長室。同研究所と契約を結んで長い由罪にとっては、幾度となく来慣れた場所である。
「で、今日は俺に何やらせようとしてんだ? 一基の塔でもぶっ壊すか」
由罪は自身がとんでもない事を口にしているとも気付かず、クラスもその重大さを知らない。
が、クラスは「そりゃ凄い問題になるからやめてくれよ」と鳥肌を摩りながら苦笑をもらす。
「んだよ、つまんねェな」
「まぁまぁ。それはしっかりと本題を聞いてから言ってくれ」
言ってクラスが手に取ったのは二枚の書類。二枚は同じモノで、その一枚を由罪に渡す。
「あ?」
「これは、ここ二ヶ月で行われたと思われる"政府無許可の無能力者に対する身体調査"によって、身体に何らかの障害を患った子供のリストだ」
由罪は書類に目を落とす。
連なる名前には年齢も表記されており、殆どが小学校にも上がっていない幼児ばかりだった。
無能力者。天宮島に住む超能力者の男女から生まれた人間で、文字通り超能力を持たない者を指す。
超能力者から産まれたとて、そこから超能力者が生まれる可能性は僅かだ。それこそ、『外』の無能力者達から生まれる可能性と変わらない。
つまり、『外』の人間と同じ種だ。
だが天宮島で産まれた者達に関しては、天宮島で暮らし天宮島で死していく事を条件に、この島の住民として認められる。親は子供に超能力に偏見を持たぬように教育し、無能力校の教育方針もそう作られている。
そんな無能力者達は、超能力者同士から産まれた特異性から定期的に検診を受けるのだが、それらは政府公認のチームが行う検診である。
しかし書類のリストに連なる幼児達は、"政府無許可"と知らずに検診を受け、何らかの身体障害を負っている。
コミュニケーション機能の低下や言語機能の低下。半身不随もあれば、視力損失、臓器機能不全。どれもこれも、決して無視できぬ重症だ。
由罪は書類から目を離すとつまらそうな顔を浮かべ、書類をクシャクシャにまるめてゴミ箱に投げた。
「つまんねェ事してんのは、どこの連中だ」
「理解が早くて助かる」
無能力の幼児を対象にした、政府無許可の検診。それを受けた幼児の殆どが障害を患って返ってきた。
そこから由罪が導き出した結論。それをクラスが代弁する。
「これは明らかな人体実験だ。おそらく、無能力者から人為的に超能力者を作れないか、そんなとこだろうな」
「特定はできてんのかよ」
クラスは肩を落としながら、
「微妙だね。既に被害者家族とは話をしたんだけど、きっちり手の込んだやり口だよ、幼児を預かる所から返す所まで全部。幼児からもまともな情報は得られなかったし。だがまぁ、五大研究所のどれかではある」
由罪は眉間にしわを寄せる。
五大研究所。それは、天宮島に存在する全十五の超能力研究所の内、特に有名で大きな研究成果を上げる五つの研究所の事だ。
この第三区零五研究所もその一つに数えられ、他には第六区十三研究所、第八区零九研究所、第十二区十五研究所、第十四区零一研究所。
これらを有名にしている要因には、それぞれに各分野の最強クラスの超能力が所属している事も上げられる。
「零九は除外だろ」
「だね。俺もそう思うよ」
零九研究所には、由罪もよく知る二名の男女が所属している。
万能型属性系最強『四大元素』。
非物理型破壊系最強『超振機壊』。
零九はこの二名で成り立っていると言っても過言ではなく、もし零九が本件の主導者ならば、この二名が関わっていない訳が無い。
──ゆえに零九は除外。この二名は、"そのような"所業を許すような人間ではない。有り体に言えば、光側に属する人間だ。少なくとも、由罪はそう認識している。
更に消去法で、零一もあり得ない。零一研究所に所属する、特殊型治癒系最強『血飲治癒』は政府の人間であり、政府無許可などという危険極まりない行為はまず隠し通せない。
残るは、十三、十五、そして零五。
由罪はあえて問うてみる。
「零五が主犯でしたとかオチはねェだろうなァ?」
「もしそうだったなら、君の超能力で殺してくれよ──俺を」
クラスの言葉に冗談は含まれておらず、由罪は軽く息を吐き出した。
「そんときゃ遠慮なくぶっ殺すから安心してろや。いや、少しは逃げろよ面白くねェ」
「逃げられる訳が無いだろう……」
クラスは彼の超能力──万能型天候操作系最強『自由気象』の脅威を誰よりも知っているからこそ、この灰爽由罪に狙われて逃げ果せる自信など微塵もない。
そしてそれは、"敵"にも言える事。
「もう察しているとは思うけどね、政府の依頼で、君には"掃除"を頼みたい。政府無許可で検診を行い、挙句政府無承認の人体実験を行っている研究所を突き止め、主犯、他関係者を──」
クラスの言う掃除。いや、灰爽由罪に向けて頼む"掃除"とは、
「──好きなように殺せ」
政府公認の"殺人"。
天宮島の日常の裏で起こる研究者や超能力者の犯罪、政府の意向に対する背反行為。
それら"違法の闇"を光に出さず、"闇の中"で処理する"合法の闇"。
それが、天宮島最強超能力者の一人に数えられる『残酷王』灰爽由罪が持つもう一つの顔──政府公認の処刑人『残酷王』灰爽由罪が受け持つ仕事である。
所長室を出ようと扉に手をかけた由罪の背中に、クラスが言葉を投げた。
「黒の可能性が高いのは、十三研究所と十五研究所。まぁ無理にとは言わないが、無関係の者は殺すなよ」
「流れ弾は知らねえぞ」
「そこまで不器用じゃないだろう。そこを気にかける事が出来るのなら、多少荒っぽい手段でも構わんよ」
元より由罪はそのつもりだ。対象が絞れているのなら、そこに乗り込んで確かめれば早い話なのだから。
「俺ァ殺しが好きなんじゃねェよ。強い奴と戦いてェだけだ」
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天に輝く円月。照り出される街は静まり返り、昼間の慌ただしさは一切として失せている。
月夜の下を一人歩く由罪は缶コーヒーを片手に、呑気に欠伸を漏らしていた。
「つまらねェ事この上ねェな」
処刑人紛いの事を始めて何十件目になるだろうか。今回の依頼。別段、被害に合った幼児達を気にかけている訳でもない。
あくまで闇。正義などを掲げるつもりもなく、由罪がこの仕事を受け持っている理由はただ一つだ。
強い奴と戦いたい。
戦闘狂いと言われても仕方ないし、それに対して遺憾もない。
それは己の誇示。
幼少時、弱さ故に虐げられ、弱さ故に捨てられ、弱さ故にこの島に逃げ込んで来た灰爽由罪という男の、己を保つ為の『俺は強い』と言う力の誇示。
"三王"の一角として最強に数えられる今であっても、更に上を。その上の強者を斃す事で、由罪は己の強さを己自身に刻み付ける事が出来る。
そうでなければ立ち上がれない。
「……チッ」
どうでもいい事を想起した自分に舌打ちをし、缶の中身を飲み干す。
放り投げた缶に小さな雷が落ち、缶は木っ端微塵に砕け散った。
由罪は携帯端末を取り出す。ホロウィンドウを展開、表示されているのは第六区十三研究所への道。黒である可能性が高い二つの研究所の一つ。
由罪の研究所がある三区から近い為、まずはここを定めたのだ。
夜の襲撃。常套手段である。
「夜はこれからだよなァ──」
突如、地面から数十メートルに及ぶ巨大な氷柱が突き出した。由罪の体は氷柱によって空に投げ出され、直後、由罪の足元に円盤状の氷が形成。
その円盤氷に足を着くと同時に、これも巨大な竜巻が発生。竜巻は円盤氷を浮遊させるように発生しており、円盤氷に乗って空を駆ける由罪の姿は、まるで空を海に、円盤氷を板に、竜巻を波に見立てて、サーフィンをしているようにも見えた。
歩く特級災害、改め天海を駆ける特級災害は、その暴威を奮いながら十三研究所に襲いかかる。
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第六区十三研究所。結論から言って、現時点で黒か白かを判断するには些か急ぎ過ぎであると由罪は考えた。
研究所のド真ん中に風穴を開けて突入し、一瞬で制圧。この時点で此処に所属する各分野最強クラスの超能力者が出張って来ない辺り、白だとも言えるだろう。バレてマズイ事をしているのであれば、警備を敷くのは当然だ。
しかしそれがない。物の見事に、研究所の警備はざる。と言うよりかは、通常通りの警備だろうか。加え、研究所内を一通り荒らして回るが目ぼしいものはない。あくまで由罪の目からではあるが、由罪とて無脳ではない。物の善し悪し程度判断できる。
「──チッ」
怯える所長を尻目に、強い舌打ちをする由罪。
所長、および研究員の反応。これら全てが演技、予め想定された襲撃に備えたモノかもしれない。その可能性は捨てずに持っておくべきだろう。
「情けをかけるつもりは微塵もねェが、喋るなら今に越したことはないッつーのは分かってるよな?」
赤い殺意の眼光が十三研究所所長を射抜く。
「し、知らない! 政府無許可なんて自殺行為する訳ないだろう!?」
天宮島政府が許可していない研究、あるいは開発。それらは厳しく制限され、犯せば処刑人によって抹殺される。
本件のような人体実験。他では、兵器開発なども当てはまる。兵器開発については多少例外も存在するが、基本的に天宮島では兵器の開発、所有は認められていないのだ。
それが政府の意向であり、法。そこにどのような考えが含まれているのかまでを由罪は知らないが、処刑人としてそれなりの知識は有している。
政府の意向に反すれば抹殺。それだけの簡単な話だ。
「オイ、ここのトップ能力者は誰だ、答えろ」
処刑人に胸ぐらを掴みあげられ、所長は白目を剥く勢いで答える。
「み、ミヤビ・アルゼナルだ!」
「あン? ミヤビ……そいつは確か……」
灰爽由罪が小学六年生の時、高校三年生で祈竜戦優勝した男の名前が、確かミヤビなんとかと言ったか。
なんとか記憶の棚から引き出した由罪は口端を吊り上げる。
「そいつは今何処にいる」
「な! ミヤビ君は関係ないだろう!?」
「うるせえ。どこにいるか聞いてんだよカス」
所長の喉元に突きつけられる氷柱。逆らえば容赦なく貫かれると危惧した所長はもはや気絶寸前だった。
「な、七区の自宅だろうけど、居るかは保証で、できない!」
由罪は無言で所長を突き放す。
──ミヤビ・アルゼナル!
沸き起こる戦闘欲。滅多に戦えない社会人、しかも祈竜戦優勝経験がある本当の実力者だ。
「今夜は楽しめそうじゃねえか」
その言葉は暴風と共に空へ舞い上がった。
「仕方あるまい、ミヤビを出せ」
暴風に紛れたその言葉を、灰爽由罪は聞き逃した。
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「そ〜れ〜そ〜れ〜そ〜れ〜ぼうそう〜〜」
まるで泥酔したサラリーマンのように、夜道でも構うことなく大声で歌っているのは黒髪の痩躯。
一瞬、男か女か分からない中性的な顔立ちをしているが、彼は男だ。日本とアメリカのハーフで、黒髪は日系を濃く受け継いだからだろう。
「そ〜れ〜ポルタ〜〜ポルタ〜ガイスト〜〜〜」
歌にもなってないそれを延々と歌いながら、彼は空に光る星を見た。
「あれまあ、随分とおっそろしい星を見つけちゃったなあ。いやぁ困った困った困ったちゃんっと」
彼は"落ちてくる星"に手をかざし、またも騒音を歌いだす。
「そぉれ〜〜〜そ〜れ〜ぼうそうだよ〜なんつって」
歌は軽快。
されど彼の周囲は歪だった。
既に車通りが無い道路へ躍り出た男の頭上。道路を挟むように植えられていた木々が軒並み引っこ抜かれ、更に停車してある車さえもが、彼の頭上に浮遊しているのだ。
それらはクルクルと旋回し、落下してくる星に狙いが定まる。
そして、一斉に射出された。
木々や車の弾丸。音速で射出されたそれは空中で星と衝突。凄まじい光──落雷により全て撃ち落とされ、空中で大爆発を起こした。
「あれまあ、今のでこの辺一帯は停電したぞ、俺知らねえよ」
ぷすぷすと煙を出す電線。
いや、それ以前に木々や車の弾丸の中に電柱も混ざっていたのだ、どちらにせよ周囲一帯の明かりは一斉に停電していたし、停電なおも規模を増していた。
男はカリカリと頭を掻く。
「……おふざけはダメってこと」
轟音。爆砕。落下したのは星ではなく、一人の少年だった。
強風が吹き荒れ、道路が捲れ上がりコンクリートの破片が辺りを襲う。
人間の所業じゃねぇや。彼はそう思うと同時に、コイツは間違いなく人間じゃあねぇよと自嘲気味に苦笑する。
「久々に出番かと思ったら、こんな怪物相手とはねえ。気が重い重い。なぁ……三王の灰爽君よお」
「つれねェな、ミヤビ・アルゼナル。今から相手してくれよ」
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流石は祈竜戦優勝経験者か。一度は頂点に立った超能力者に不意打ちの夜襲など通用しないようだ。
高密度の風をクッションにして上空二百メートルから難なく着地した由罪は楽しそうに口を吊り上げた。
眼前に立つ痩躯の黒い男──ミヤビ・アルゼナル。祈竜戦優勝経験者にして、非物理型念動系最強『騒霊暴走』を有する文字通り最強の一角に君臨した能力者。
そして、中学一年生にして『二王』と謳われた灰爽由罪とロゼッタ・リリエルの前年度に君臨していた──前『三王』の一人だ。
付けられた名は『幽霊の狂宴』
由罪の周囲の空気が重たく、大気が震え始める。
「ったくせっかちだねえ」
ミヤビが肩をすくめる。仕草とは裏腹に周囲一帯に弾け飛んだ無数のコンクリートの破片が浮遊、見える限りの道路を挟む木も宙を舞い始めた。
念動系、念動力と呼ばれる念じるだけで手を使わずとも物体を持ち上げたり投げたりする事が可能な超能力。ミヤビのそれは、数ある念動系の中でも最強の位にある。
「……の割りには焦りが微塵もねェな。さすが元"三王"ってか、ハハッ、ぜひ先輩からご享受願いたいね……テメェの強さをよォ!」
合図などない。
弾けた稲妻が木を燃やす。強いて言えばそれが合図だろうか。
ミヤビは冷静に、しかし極めて楽観的に対処する。
「なれば拙者、後輩の実力を測って差し上げよう……なんつって」
木が燃えた所で、直接触れている訳も無い為ミヤビにダメージはない。むしろ火すらミヤビの武器になる。
炎が蠢く。気体は導かれるように形態を変えていき、螺旋を描いて由罪へ牙を剥いた。
消し炭になった木は握りつぶされるように破砕。一瞬で炭の粉末と化し、炎を追って放たれる。
「いいテンポだ、既に最高だぜ!」
由罪が広げた両手の掌から、北国もびっくりな猛吹雪が発生。螺旋の火を瞬く間に凍結させ、それに応変したミヤビが炭の粉末をUターンさせ自分の周囲へ引き戻した。
間髪入れず無数のコンクリート片が散弾の如く発射。
吹雪を消した由罪は襲いかかる無数のコンクリート片を上空から押し寄せる下降気流で一片も残らず叩き落とす。同時に由罪の頭上に展開される無数の氷柱、そして射出。
「前"三王"は現"三王"と比べて、地味なメンツだったからなあ。いや、君らが派手すぎるってだけなんだけどねえ」
ウンザリと呟くミヤビの前方、氷柱の軌道上の地面が高く突きあがった。『騒霊暴走』で無理矢理に地面を引っ張りあげて作った即席の壁である。
「テメェも十分派手じゃねェか」
土壁を隔てた向こうから聞こえる声にミヤビは苦笑いで返答する。
「あらゆる天候──いいや、あらゆる気象現象を際限なく引き起こす君と比べたら童謡とロックの差だよ」
面白い喩えだ。土壁が"内部から破裂"する爆音に混じって投げられた言葉。ミヤビはそりゃあどうもと言って──ニタァと口を裂いた。
「視覚が死角、なんつって」
「──!」
蠢く黒い影──ミヤビが捨てず保有し続けていた大量の炭の粉末が、由罪の全方位を取り囲んだ。
視覚の遮断。由罪には黒い粉末による霧のような景色しか見えていない。
ミヤビは喉を鳴らして笑う。
「灰爽由罪の『自由気象』の発動範囲は視界に依存する。多少視界外に拡張できるようだけど、何も見えなきゃ何もできない」
「あン? こんなもんで勝ったつもりか? たかが炭の粉末、風で吹き飛ばしゃ──!?」
由罪を中心に外へ向けて強風が発生する──が、取り囲む炭の粉末は微塵として吹き飛ばされる事はなかった。
「残念だなあ。その粉末の一粒一粒が俺の『騒霊暴走』の制御にある。いくら風が吹き荒れようが、その場に固定させて置く事は容易だよ」
その場から決して動かぬ炭の粉末によって視界を奪われた由罪。外の景色、相手の姿、それらが見えない以上、由罪はピンポイントの攻撃を放つことが不可能になったのだ。
視界が能力の発動範囲。範囲を視界外に拡張する事も可能だが、頭上や体の斜め後ろへ視野の拡張をしているに過ぎない。
だが、三六○度視界が遮られた。手当たり次第に能力を放ったとして、見えている景色──炭の粉末による結界外に出た瞬間能力は解除、消える。
「……チッ」
舌打ちをする口はおろか、目の中に炭の粉末が侵入する。二重で視界が奪われていく。
外からミヤビの勝ち誇った声。
「視界さえ奪えばいい。"三王"の一人、『残酷王』を攻略するにはこの手に限る……ってかこの手しかないだろうなあ。ハハハ」
「否定はしねェ。俺も自覚してた点だからな。ただまぁ、それをやってのける奴が居るとは思わなかった」
「そりゃ嘘だな。見てたぜえ最後の祈竜戦を」
最後の祈竜戦。それは由罪が出場停止処分を受けた"灰爽由罪が出場した最後の祈竜戦"の事だ。当時、由罪は中学三年生だった。
「……何が嘘だと?」
「祈竜戦決勝、相手は今では"三王"の一人に数えられる『四大元素』。三連覇がかかったその勝負で、君はルール違反によって敗退。ありゃあさすがの俺も腹抱えて笑ったもんだわ」
「…………」
「相手の右腕を文字通り吹き飛ばした残酷な戦い方。"二王"の君についた名は『残酷王』。しかし君は"右腕を吹き飛ばすつもりなどなかった"。あれは咄嗟の事故、だよねえ」
由罪は表情を動かさず、ミヤビの声に耳を傾けた。
──目を伏せながら。
「あの時、『四大元素』の放った火と君の放った水が軽い水蒸気爆発を起こした。その直後、右腕は鮮血と共に宙を舞った。考えれば簡単な話だ。君は水蒸気によって視界を遮られ、咄嗟に放った力は君の制御を離れた。だいたいの間隔で放たれたリミッターの外れた君の能力は、結果として相手の右腕を吹き飛ばしてしまった」
つまりとミヤビは冷めた声で、
「オマエのチート能力を掻い潜って視界を遮れる奴は一人居た。その『四大元素』──木葉詠真よりも、『騒霊暴走』ミヤビ・アルゼナルは劣っている。オマエがどれだけ『四精霊王』を買ってんのか知らねえがあ、その奢りが招いた敗北だよ」
炭の粉末結界の外──ミヤビの周囲には、どこから引っ張ってきたのか巨大な鉄塊、コンクリート塊、鉄柱など、"標的を殺す"に十分な物々が灰爽由罪を狙い定めていた。
「処刑人も大変だなあ。馬鹿な事やってる所長も所長だが、正義の悪党ごっこやってるオマエもオマエだよ。
──じゃあな、高校生」
殺しの凶器が一斉に放たれた。
「正義の悪党? ああいい喩えだな。白でも黒でもない、灰色。まさに俺って訳だ。
──それと悪いな、社会人」
まず、落雷があった。
次に、地面から突き出す氷筍。
そして、火炎を伴った上昇気流、無数の氷柱を包した下降気流。
牙を剥いた投擲物は一つ残らず叩き落とされ、地面から突き出た氷の棘がミヤビの行動を限定し、自身を念動力で操って上空へ舞い上がったミヤビの頭上から氷柱を超加速させる下降気流が襲いかかった。体に無数の穴を開けて地面へ叩きつけられるミヤビを火炎旋風が空へ巻き上げ、
「俺は視界が発動範囲だが、ちと脳へ負担をかければ見えてなくても"能力を発動させたい範囲の光景を覚えてさえいれば"何ら問題はねェんだわ。ああ、テメェが言った通りのチートだ」
落雷がミヤビの体を貫き、
「実はもう一つあってな。見えずとも、覚えいなくとも──物体の内部から外へ向けて能力を発動できるっつーこの上ないチートがな」
既に霧散した炭の粉末。由罪は踵を返して、右腕を広げ──拳を握る。
「さて、俺に嘘貫き通した礼はしっかりとしなきゃなァ」
グギチャ──。
既に息絶えたミヤビの体内に発生したサイクロンが、その体を肉を判別不可能な微塵へ引き裂いた。
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「あなたがあの時、ミヤビ・アルゼナルを殺したおかげで、防衛戦争では私達が出張る羽目になったのですからね」
眼鏡をかけた怪しい白衣の男が皮肉気味に言った。
「ですがまあ、あの一件で身体障害を負った幼児達は無事回復しましたし、十三研究所の所長含めた所員全員を殺した雑なやり方も結果としては悪くはありませんでしたよ」
「……誰が昔話をしろなんて言った。さっさと要件を話せや」
「これは失礼──灰爽君」
灰爽由罪は白衣の男・鬼亀杜白蛇を睨みつけた。
この男はかつての防衛戦争の際、ブリーフィングの進行を担当し自身戦場にも出た政府の人間だ。
……嘘ではなかった。
──『宮殿』は政府最上層部。白蛇から語られたその組織の存在を、由罪は心底信用していない。
これまで灰爽由罪に回された"処刑"依頼の全ては政府上層部から研究所へ下されたモノだったが、その真の依頼主は『宮殿』だった。
由罪はそれを今し方知ったばかり──『宮殿』のメンバーだという鬼亀杜白蛇から明かされたのだ。
「存在隠してたっていうテメェらが、直々に俺の所に依頼しにきたってことは尋常じゃねェんだろ?」
「ええ、尋常ではありませんね。何せ今回の標的は────」
「──へぇ」
白蛇の口から出た名前に、由罪は自然と口端を吊り上げていた。
「いい加減、何かに関わってんだろうとは思ってたが……アイツ、ついには政府を敵に回したのか」
白蛇は眼鏡を押し上げ、ですが今回に関してはと続ける。
「標的の処刑が依頼ではありません。標的の捕縛、及び天宮島へ連れ戻す事。手段は問いません、対象が生きていればそれで構いません」
「あ? テメェらは一体何が目的でアイツを必要としてんだよ」
「……そうですね」
眼鏡の奥で瞳が怪しく光った。
「あなたが無事依頼を遂行させた暁にはお話ししましょう」
「…………まぁどうでもいい。祈竜戦バックれやがったせいで、こちとら溜まってたんだ。それを思う存分発散できるんなら文句はねェ」
灰色の処刑人が重い腰をあげる。
白い亀蛇がニヤリとして眼鏡を押し上げる。
「では、処刑人『残酷王』。準備が整い次第『楽園客船』に乗船し、捜索を開始してください」
「──ああ、久しぶりの『外』だ」
歩く災害が檻を出る。
唯一認めた者と戦り合う為に。
──文字通り、嵐が動きだした。