84 クマさん、人を助ける
この吹雪の中に人がいる。
考え付くのはわたしと同じ冒険者。
こんなところまで魔物を討伐に来たのかな?
くまゆるを見て驚いて攻撃でもされても面倒だから避けて移動しようと思ったが探知魔法の反応が動かない。
ビバークでもしているのかな。
吹雪の中、移動しているとは考えられない。
洞窟があり、休んでいるのかもしれない。
それならこのまま進んでも大丈夫かな?
どうしたものかと悩んだ挙句、進むことにした。
吹雪も徐々に強くなり始めている。
探知魔法を使い、反応がある近くに到着する。
辺りには洞窟も岩陰もかまくららしき物もない。まして人が立っている姿は無い。でも、探知魔法には反応がある。
考えられるのは雪に埋もれている。
これはマズイ状況?
目を凝らして積もっている雪を見る。
わたしより先にくまゆるが反応する。その反応した方向を見ると雪に埋もれているリュックが見えた。
駆けつけて雪をどかす。そこには二人の男女がお互いを抱き締めるように倒れていた。
「大丈夫!?」
雪を風魔法で吹き飛ばし、揺すってみる。
二人とも意識は無いが息はしている。
どこかに雪が防げる場所を探す。近くに小さな洞窟を見つける。
でも、それは吹雪が防げるほど大きくない。
なら、大きくすればいい。
くまきゅうを召喚してクマたちに二人を運ぶように頼む。
わたしは小さな洞窟に近寄り、魔法で雪崩が起きないように静かに洞窟を大きく広げる。
大きな洞窟を完成させると、王都に向かうときに使った、旅用のクマハウスを取り出す。
二人をクマハウスの中に運び、ソファーの上に寝かす。
冷えている体を温めるために毛布を取り出し二人にかけてあげる。
これだけだとまだ寒いので、クマハウスの部屋の温度も上げる。
クマハウスの中は基本、寒くも暑くもない。適度の温度が保たれるようになっている。でも、冷え切った二人を暖めるために火の魔石を使用して部屋の温度を上げる。
あとは目覚めるのを待つだけだ。
その間に食事を食べることにする。
キッチンに行って温かい食べ物と飲み物を用意して部屋に戻ると、女性の体が動き出し、ゆっくりと目が開いた。
「こ、ここは?」
「起きた?」
女性の目が部屋を見渡し、最後にわたしを捉える。
「……クマ?……あなたは?」
「わたしは冒険者のユナ。雪山で倒れているあなたたちを見つけたんだけど、覚えてる?」
女性は少し考え、何かを思い出したかと思うと叫ぶ。
「ダモン!」
「男の人ならそこで寝ているよ」
隣のソファーを指す。
そして、息をしている男を見て女性は安堵する。
「良かった。あなたが助けてくれたの?」
「たまたまね。雪の中で倒れているあなたたちを見つけただけよ」
「ありがとうございます。わたしはユウラと申します。こちらは夫のダモンと言います」
頭を下げる。
年齢は25前後かな?
エレローラさんのこともあるから分からないけど。
わたしは温めた牛乳をユウラさんに渡してあげる。
「それで、どうしてあんなところに?」
「はい、わたしたちはミリーラの町からクリモニアの街に向かうところでした」
「ミリーラの町って確か、この山を越えた先にある町だよね」
海がある町。
わたしが目指している町だ。
「はい、そうです。山脈を越えた先にあるクリモニアの街に食料を買いに行く途中だったのですが、力尽きて」
「食料? なんでまた雪山を越えて?」
「まだ、クリモニアの街まで伝わっていないのですね」
ユウラさんは寂しそうに言う。
「……?」
「今から一ヶ月ほど前に海に魔物が現れたんです」
「魔物?」
「冒険者の方が言うにはクラーケンだそうです。クラーケンは漁港の近くに現れ、船を襲うようになり、船は出港も入港もできなくなりました」
クラーケンってゲームだと海イベントのボスだった。
イカの化け物。
火、雷が弱点だけど、海の上だから火の威力は半減、雷はダメージは大きいが場所が海のため、失敗すると自分、仲間にも被害が出る面倒な魔物。
戦士系は役に立たず、魔法使いが活躍するイベントだった。
わたしも参加したけど、面倒な魔物だった記憶がある。
「そのため、町では魚を捕ることができなくなりました。魚を中心としてやってきた町には大打撃でした。魚は捕れない。外からは物資が入ってこない。唯一、魚が捕れる浅瀬は一部の人間が独占し始めました」
「独占って、そんなことみんな許すの?」
「商業ギルドが中心になってやっていますので誰も反抗はできません。逆らったら他の物資も購入ができなくなります」
「町に冒険者ギルドは無いの? 力を合わせてクラーケンを倒すとか?」
ユウラは首を横に振る。
「冒険者ギルドはあります。でも、クラーケンを倒せるほどの冒険者はいません」
イベントとはいえクラーケンはボスクラスだからな。
この世界だと、どのくらいのランクがあれば倒せるものなんだろう。
クラーケンのことを考えているとソファーに寝ているダモンが動きだす。
「ダモン、大丈夫?」
ユウラが心配そうに近寄る。
「ユウラ? 俺たちは」
「ここにいる冒険者のユナさんが助けてくれたのよ」
ダモンが上半身を起こし、わたしを見る。
「クマ?」
みんな同じ反応をするね。
「ダモン、失礼よ」
「ああ、済まない。助けてくれてありがとう。それでここはどこなんだ?」
「わたしの家よ」
「俺たち助かったんだな……」
わたしはキッチンで牛乳を温めてダモンに持っていく。
「ありがとう。助かる」
受け取って一口飲み込む。
二人が落ち着き始めたので話の続きをする。
「でも、どうして二人は山脈に? 遠回りになるけど海沿いの道があるって聞いたけど」
「クラーケンが現れてからしばらくすると、海沿いの道に盗賊が現れるようになったんです」
「クラーケンは無理でも、盗賊ぐらい冒険者なら倒せるんじゃ」
二人は首を振る。
「それがランクが高い冒険者は町から逃げ出す人に雇われて出ていったんだよ」
「町に残っている冒険者はランクが低い者だけで……」
クラーケンは倒せない。盗賊も倒せない。
高ランク冒険者も町から出る前にやることはあるだろうに。
二人の話を要約すると、
海はクラーケンによって漁業も他の町からの物資も入らなくなり、唯一の道は盗賊が出て通ることができない。そして、冒険者は役立たず。
浅瀬の魚は一部の人間が独占。
「山は? 海だけじゃないでしょう」
山にはウルフもいれば、動物もいるだろうし、山の幸もある。
「はい、少しは手に入れることはできます。でも、それにも数には限りがあり、高いお金を払わないと手に入れることはできません」
「他の港はミリーラの町の海がクラーケンに襲われているのは知っているんだよね。国とか動かないの?」
王都じゃないけど、クラーケンなら国の兵が動いてもおかしくはないとおもうけど。
「わたしたちの町はどこの国にも属していません。そのため、クラーケンを倒しに来てくれる国はありません」
「そうなの?」
「昔、戦争していた時代に逃げのびた人々が集まって作り上げた町と聞いてます」
冒険者は駄目、国も駄目って、これって詰んでない?
うーん、どうしたものか?
わたし? 戦いませんよ。
さすがのクマも海の中では戦えない。
「二人はこれからどうするの?」
「可能ならクリモニアの街に行こうと思います」
「それで、戻ってこれるの?」
目的地にも着いていないのだ。
それを同じ道を通って帰れる可能性は低い。
「それは……」
「でも、行かないと子供も父も母もお腹を空かして待っています」
二人の言葉に力が篭っていない。
ここまでの道のりのことを思い出しているのだろう。
言葉では行くと言っても雪に埋もれて死に掛けた時のことが脳裏に浮かんでいるのだろう。
このまま行かせてもいいけど、途中で死なれでもしたら後味が悪い。
食料はウルフが5000匹近くあるし、パンやピザを作るために小麦粉も大量に持っている。
食料は腐るほど持っている。(腐らないけど)
「あのう、それで、ここはどこなんですか?」
「雪山の中だけど」
「「えっ」」
二人が驚く。
そりゃ、雪山の中に家があると言えば驚くよね。
「二人が倒れたところの近くの洞窟よ」
「本当ですか?」
「嘘と思うなら確認するといいよ」
二人はクマハウスを出ていく。
そして、すぐに戻ってくる。
「どうして、こんな洞窟の中に家があるんですか?」
「わたしが魔法で出したと思ってくれればいいよ」
「そんなことが……」
「できるから雪山に来たんだけどね」
クマさんシリーズが無かったらこんな雪山にいない。
そもそも来られない。
クマの服、召喚獣クマ、クマハウス、クマボックス。
便利なクマさんシリーズ。
「ところで、さっきの食料の件だけど、わたしがある程度持っているから譲るよ」
「本当か! 分けてもらえるなら助かるが・・」
「お願いがいくつかあるけどね」
「お金か? もちろん払う。これでどのくらい売ってもらえる?」
ダモンは皮袋を取り出し、テーブルの上にお金を出す。
銀貨、銅貨がテーブルの上に転がる。
たぶん、家にあるお金を掻き集めてきたお金なんだろう。
わたしの感覚で言えば多くはない。
「少ないと思うが、これが俺たちが出せる全財産だ。なるべく多く譲ってもらえると助かる」
ダモンは頭を下げる。
こんな小娘にそんなに深く頭を下げなくてもいいのに。
まあ、横柄にくれって言われたら断ったけど。
「お金はいらないよ」
ウルフの在庫処分に付き合ってもらいます。
「それじゃ、お願いとは」
「町を案内してくれればいいよ」
「それだけでいいのか」
「今はそれだけでいいよ。無理なお願いはしないから」
クラーケンがいなければオススメの魚屋さんを紹介してもらうんだけど。
とりあえずは町に行ってからかな。
「ありがとう」
こんな変な格好をした子供(見た目)にお礼が言えるんだね。
それだけ困っているってことかな。
「それよりも、今日は疲れているでしょう。食事の用意をするから、食べたら休んで。吹雪が止んでいたら、朝一で出発するから」
二人に温かい食事を用意してあげる。
二人はうっすらと涙を浮かべながら食事をしていた。
町にいたときにはあまり、食事を取っていなかったのだろう。
そんな状態で山脈を登るなんて無謀もいいところだ。
食事が終わると二人を2階の寝室に案内する。
わたしも自分の寝室に行き、今日の疲れを取るためにふとんに潜り込むことにする。