850 コルボーの悪事
これで今日の分の薬は完成だ。
適当に作った薬が高値で売れる商売だから笑いが止まらない。
でも、貴族の俺がこんなことをしないといけないのは親父と兄貴のせいだ。
一方的に援助を切りやがって。
貴族の三男坊として生まれた俺は、家を継ぐことができない。
次男の兄貴は長男のスペアとして育てられたため勉強ができた。そのため今では王都で文官として働いている。
成人になれば家から追い出されることは分かっていた。
俺は頭はよくないし、剣術が上手いわけでもない。
文官にも騎士にもなれない。
俺が得意なことは何もなかった。
ただ、一つ。
女性に贈る花には詳しかった。
どの季節にどの花を贈ると喜ばれるとか、女性と一緒に飲むお茶の効能の話などをよくしていた。
それで、なんとなく植物の仕事を考えるようになった。
生きるためにはお金が必要だ。
それで、進んだのは薬師の道だった。
親父も人の役に立てるなら、家の名誉にも繋がるってことで、援助金を出してくれた。
でも、女性が好きでも勉強が苦手な俺には薬師の勉強は大変だった。
どうにか、ギリギリの成績で薬師の資格を手に入れることができた。
親父には成績のことは話さなかったので、喜んで店を作ってくれた。
ただ、援助するのはここまでと言われた。
それじゃ豪遊ができなくなる。
金がなければ女性は近寄ってこない。
それでなくても、貴族の三男坊なんて価値が低い。
一つ上の兄貴は優秀ってこともあって子爵家に婿入りしたが、俺を婿取りしてくれる女性はいなかった。
「どうして、俺がこんなことをしないといけないんだ」
貴族なら、適当に書類に印を押すだけの仕事で金が入ってくるのに。(実際は違います)
金があれば女も寄ってくるのに(人によります)
でも、その金がない。
薬を作るには薬草や道具が必要だ。
素材を仕入れるのもお金がかかる。
道具だって消耗品だ。
印を押すだけの仕事をして、遊びたかった。
でも、今はどうにかお金を稼ぐことができている。
それは、薬の元になる薬草がただ同然で入ってくるからだ。
バカな兄妹が家族の病気を治すために、薬草を採取して俺にくれる。
初めは熱だけだったが、ちょっと体に影響が出る薬物を飲ませたら、効果はてきめん。
俺のために薬草を運んでくる。
いい商売だ。
でも、他の薬師に診られたら、気づかれる恐れもあるから、圧力をかけておく。
まだ、貴族の息子って影響力があるため、街の薬師共は俺に従う。
商業ギルドにも手を回し、薬草は俺に回すように指示を出してある。
ただ、親父や兄貴に好き勝手やっていることがバレたら、不味いことは確かだ。まあ、バレなければいい。親父も兄貴も、俺には無関心だ。大事にならなければ親父たちの耳に入ることもない。
商売は順調に進む。
素材がタダ同然で入ってくるから、金がどんどん増えていく。
いい商売方法だ。
兄妹と同様のことを数人の患者に行った。
でも、途中で治すことを忘れない。
数ヶ月周期で、患者を変えて繰り返す。
家族や大切な人の病気を治すために、金を運んでくる。
そして、むしり取るだけむしり取ったら、病気を治してやる。
最後は俺に感謝するから、笑えてくる。
ただ、あの兄妹は便利すぎるので、治すことができない。
できれば、ずっと俺のためにタダで薬草を採取し続けてほしいものだ。
ただ、薬は自分で作らないといけないのが面倒くさい。
ソファーの上で寝転がっていると、ドアがノックされる。
「なんだ?」
「少し、よろしいでしょうか」
ゾーンだ。
俺が雇っている男だ。
主に一階で薬の販売を任せている。
商売ができそうな客がきたら、教えるように言ってある。
「入れ」
ドアが開き、ゾーンが入ってくる。
「どうした? 患者か?」
美容の薬、熱冷まし、風邪薬、ケガ薬。
「その、店の薬の大半が売れました」
薬は大量に購入するものではない。
「なんだ。街で、病気でも流行っているのか?」
「いえ、一人のお客さんが買っていきました」
一人で大量に薬を購入することはない。
「戦争でも起きたか?」
俺は笑う。
「その、王都の魔法省のマーネっていう子供が買っていきました」
「……マーネ?」
聞き覚えがある名前。
思いだす。
忌ま忌ましい名前。
「店の薬を購入して、効果を調べると言っていました」
「まさか売ったのか」
ゾーンは頷く。
「まだ、いるのか!」
「いえ、もう帰られました」
「なんで俺をすぐに呼ばなかった!」
俺が店にいれば、対処ができたかもしれない。
「申し訳ありません。いつも金になる客が来たとき以外呼ぶなと言われていましたので」
「だが、そんな大金を払う子供がいれば、金づると分かるだろう」
「その……呼びに行けませんでした」
ゾーンが下を向き、言いにくそうにしている。
「どういうことだ」
「申し訳ありません」
なんでも、利尿剤を飲まされたと言う。
「まさか、俺の店で漏らしたのか」
「申し訳ありません。でも、掃除はしました」
「ふざけるな。貴様の尿まみれの店で仕事をしろって言うのか」
「申し訳ありません」
ゾーンは何度も頭を下げる。
マーネ……ハーフエルフで、見た目が子供だが、れっきとした大人。
魔法省で働いており、ときおり学園に薬師の講師としてやってきた女だ。
苦々しい思い出しかない。
便秘に効く薬を作らされた。効果があるか、自分で確かめるように言われて生徒全員が飲まされ、トイレの取り合いになり、大変だった。
それだけじゃない。
授業をサボったら、次の授業では利尿剤を飲まされた。
噂では過去に飲まされた生徒がいたとは聞いていたが、まさか俺が飲まされるとは思わなかった。
俺はトイレに駆け込んだが、間に合わず、漏らすことになった。
貴族の俺がだ。
本来なら、貴族の力を使って、教師を辞めさせてやりたかったが、父親に漏らしたことなんて言えるわけもなく、教師1人になにもすることができなかった。
あの屈辱を与えたマーネが、この街にやってきて、俺の薬を買い、成分を調べるだと……。
「他に何か言っていなかったか」
「明日の朝に街を出ると。それと変なクマの格好をした女の子がいました。そのマーネって名乗った女の子の護衛だと言っていました」
「クマの格好した女?」
こいつは、なにを言っているんだ?
クマの格好って、クマの毛皮でも被っているのか?
そんな変な女がいると言うのか?
とりあえず情報だ。
ゾーンに店を閉めさせて、情報を集めるように指示を出した。
夕刻には情報が集まって来た。
商業ギルドでは、マーネがギルマスに明日の朝に街を出ることを伝えたそうだ。
それと、昨日もギルマスと会っていたそうだ。
もしかして、ギルマスが俺の情報を流したのか?
なんのためにマーネがギルマスに会ったのかという情報は得ることはできなかった。
あと情報としては、クマの格好をした女が一緒だったことぐらいだ。
ともかく、店の薬だ。
ちゃんとした効果がある薬もあれば、効果が薄い薬もある。
美容関係の薬は金持ちが何度も買ってくれるから、効果があるもの。
風邪薬は何度も買わせるため、効果が薄いものがほとんどだ。
調べられでもしたら、不正がバレる。
そうなったら、親父の援助もない俺の立場がなくなる。
親父なら、簡単に俺を切り捨てるだろう。
俺に使えるのは、貴族の息子って肩書きだけだ。
それがなくなれば、仕事も無くなる。
それだけは防がないとダメだ。
「それで、これからどうしますか?」
「あの男に連絡をしろ。明日の朝、王都に向かう街道の途中で襲わせて、薬を奪い取れと伝えろ」
男たちは、ちょっとした小悪党だ。
薬の金を払わない家に金を取りに行かせたり、薬の効果がないと文句を言ってくる客を追い返すのに使っている。
今回は、マーネ、一緒にいるクマの女の二人から、薬を奪う簡単な仕事だ。
「奪うだけでよろしいでしょうか」
痛めつける。殺す。いろいろとある。
男たちは小悪党だ。
殺しの命令をすれば引き受けないだろう。
簡単に殺しを請け負う人間は、そうはいない。
その点は使えないが、今回は薬さえ奪いかえせば問題はない。
証拠さえなければ、なんとでもなる。
俺は引き出しから、小袋を放り投げる。
「奪うだけで構わない。前金だ。成功すれば、同額払うと言え。あと、店の薬を買う金を持ってるんだ。それを追加報酬にさせろ」
ゾーンはお金が入った小袋を受け取ると部屋から出ていく。
ちゃんとした護衛をつけなかった自分を恨むんだな。
翌日、男たちが店にやってきた。
話をするため、部屋に通す。
「コルボー様、頼まれた薬です」
男たちは机の上に薬を並べる。
かなりの量だ。
ちゃんと全ての薬を回収したみたいだ。
「それで、女二人はどうした」
「コルボー様の指示通りに、脅かして、痛めつけて、放り出しておきました。報酬の方を」
「受け取れ」
俺は机の引き出しからお金が入った小袋を取り出し、男に放り投げる。
「ありがとうございます」
男たちは頭を下げると、部屋から出ていく。
さて、これからどうするか。
問題はマーネの次の行動だ。
男たちが、どこまで痛め付けたかによっては、今ごろ死んでいる可能性もある。
生きていれば、街に戻ってくる可能性もある。
あと魔法省が、どこまでマーネの行動を把握しているかだ。
そもそも、どうして、この街に?
なんで俺の薬を購入した?
他の薬師のところにも現れたのか?
調べさせたほうがいいかもしれないな。
俺は部下を呼ぶ。
「街の薬師に魔法省のマーネが訪ねてきたか確認しろ」
「すぐに確認します」
男は部屋をでていく。
俺は机の上に並んでいる薬を見る。
マーネが生きているなら、店に並んでいる薬も撤去したほうがいいかもしれないな。
証拠さえなければ、訴えられることはない。
コルボー登場。
少し遅かったかも。
書籍21巻 2025年2月7日発売予定です。
※申し訳ありません。22巻の作業のため、しばらく投稿日は1週間させていただきます。
※休みをいただく場合はあとがきに、急遽、投稿ができない場合は活動報告やX(旧Twitter)で連絡させていただきます。(できなかったらすみません)
※PASH UPにて「くまクマ熊ベアー」コミカライズ130話(12/27)公開中(ニコニコ漫画125話公開中)
※PASH UPにて「くまクマ熊ベアー」外伝22話(12/27)公開中(ニコニコ漫画20話公開中)
お時間がありましたら、コミカライズもよろしくお願いします。
【くまクマ熊ベアー発売予定】
書籍21巻 2025年2月7日発売予定。(次巻、22巻、作業中)
コミカライズ12巻 2024年8月3日に発売しました。(次巻、13巻発売日未定)
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。