81 クマさん、仕入れをする
開店して数日。
店はトラブルも起きずに順調にきている。
問題はジャガイモとチーズの流通だけだ。
店はモリンさんとティルミナさんに任せて、ジャガイモとチーズを作っている村に向かう。
近いのはジャガイモの村の方だ。
くまゆるに乗って30分も掛からずに村に着く。
くまゆるの速度は間違いなく上がっている。
やっぱり、わたしのレベルと連動しているため、わたしが強くなれば召喚獣も強くなっている。
そんなことを考えていると、街では出発するのも帰ってくるのも門の近くで行っていたため、その癖でくまゆるに乗ったまま村に近づいてしまった。
「なんだおまえは!」
村の入り口に立つ男がわたしを見て叫ぶ。
村の外からクマが近づいて来たと思ったら、そのクマの上にクマの格好をした女の子がいるんだから驚くだろう。
わたしでもそんなの見たら驚くよ。
「冒険者のユナだけどザモールさんいる?」
「もしかして、王都でジャガイモを買ってくれたクマの女の子っておまえさんのことか?」
わたしのこと村の人に話してくれたみたいだ。
「たぶんそうだと思うけど」
「なら、入ってくれ。話は聞いている」
男はわたしがジャガイモを買ってくれた人間だと知ると安堵する。
まあ、いきなり熊が現れたのだから仕方ない。
男の案内で村の中央付近にある家に連れていかれる。
「ザモール! 王都で会ったクマの格好をした女の子が来たぞ」
家の中からザモールさんが出てくる。
「お久しぶり」
友好の証のため挨拶をしてみる。
でも、男の反応は歓迎をしているようには感じられない。
「もしかして、誰かが病気になって文句を言いに来たのか?」
「違うよ。ジャガイモが足りなくなったから、買いに来たんだよ」
「冗談だろ。王都で売ったジャガイモはかなりの量があったはずだぞ」
「今、ジャガイモはわたしのお店の人気商品だよ」
「信じられない」
仕方ないのでわたしのオヤツをクマボックスから出す。
ポテトチップスとフライドポテト。
「ジャガイモから作った食べ物よ」
ザモールさんはジャガイモがスライスされたポテトチップスを食べる。
「美味い」
「ちょっとしたオヤツにいいでしょう。油で揚げて塩をかけるだけよ」
「こっちもフカフカして美味しい」
「そっちも油で揚げただけよ」
「本当にジャガイモなのか」
「あと、ピザにも乗せて食べているから減る量も多いのよ」
「ピザ?」
名前をいきなり言われても分からないだろうからピザもクマボックスから取り出す。
「これがピザ。ジャガイモは主役じゃないけど、ピザに必要な具よ」
ザモールさんはピザを食べる。
「美味い。本当に街では俺の作ったジャガイモが食べられているのか」
男はうっすらと涙を浮かべる。
「別に信じなくて良いから。ジャガイモある?」
「ああ、もちろんある」
「なるべく新鮮なジャガイモが欲しいから1ヶ月に2回、クリモニアの街に届けてもらえる?」
「馬車で3日。クリモニアで一泊して往復で7日か。少しきついな」
「なら、ジャガイモを運ばずに馬で来た場合は?」
「それなら、馬車も荷物もないから1日半に短縮できるな。でもジャガイモを運ばないと意味がないだろ」
「なら、これを使って」
盗賊から手に入れたアイテム袋を5つほど渡す。
「これは?」
「アイテム袋。使ったことがないからどのくらい入るか分からないけど使って」
「いいのか、こんな物を渡して」
「いいよ。ザモールさんが使わない時は他の村の人に使わせてもいいし。これがあれば運ぶのが楽でしょう」
「とても助かる」
「その代わりに月に2回はお願いね」
「ああ、分かった。約束する。それで毎回どのくらいの量を運べばいいんだ?」
「一回目は前回と同じぐらいで、次回からは『くまさんの憩いの店』って店があるから、その店のモリンさんって女性から聞いて」
「くまさんの憩いの店のモリンだな、分かった」
「それじゃ、よろしくね」
「もう、行くのか? 礼がしたかったんだが」
「まだ、行くところがあるからね」
くまきゅうを召喚してチーズの村に向かう。
交互に召喚しないと拗ねるからね。
ここからチーズの村は意外と近かった。
くまきゅうで行けば30分ほどで到着した。
村に近づくと酪農家特有の臭いが漂ってくる。
村に着くと一人の男が近づいてくる。
その姿は槍を持ち警戒をしている。
くまきゅうで驚かせちゃったかな?
わたしは危険でないことを証明するためにくまきゅうから降りる。
「クマの格好?」
男が近づいてくる。
「もしかして、王都でチーズを買ってくれた女の子ですか?」
男は尋ねてくる。
「そうだけど、王都でわたしにチーズを売ってくれたお爺ちゃんいる? チーズを買いに来たんだけど」
「はい、話は伺っています。こちらへどうぞ」
くまきゅうを戻し、男に付いていく。
「わたしのこと知っているの?」
「はい、村長より、クマの格好をした女の子が来たら村の中に通すように言われてます。チーズを全て買ってくれた恩人だから、丁重に扱うようにと警備をする者は言いつかってます」
「警備って、物々しいけど何かあったの?」
「最近、ゴブリンが現れて家畜を襲うんです。そのため見回りをしているんです」
ゴブリンね。
どこにいても有害にしかならないね。
村の中は家畜が多い。
牛も豚もヤギもいる。
男の人は一軒の家で止まる。
「村長! 王都でチーズを買ってくれた女の子が来てくれたぞ」
家からチーズを買った時のお爺ちゃんが出てくる。
村長だったんだね。
「おお、あのときのクマのお嬢ちゃん。本当に来てくれたのかい」
「来るって約束したでしょう。来たら安くチーズを売ってくれるって約束は忘れていないでしょうね」
「もちろんじゃ、こんなところじゃあれじゃ、中に入ってくだされ」
「それじゃ、村長。俺は見回りに戻るから」
「ああ、頼むぞ」
中に入ると村長は白い液体を出してくれる。
「どうぞ、絞りたての牛乳です」
一口飲むとほんのりと甘く、美味しい。
牛乳も買って帰ろう。
「今日はチーズを買いに来たのですかな?」
「そうだけど、チーズが無いとか?」
「いえ、チーズは沢山ありますぞ。ただ、このままだとチーズが作れなくなりそうでしてな」
聞き捨てならない言葉が出てきた。
「どうして、何かあったの?」
「この村の近くの森にゴブリンが住み始めたのじゃよ。そのゴブリンが村の家畜を襲いに来るのでな」
「冒険者ギルドに依頼は?」
「うむ、先日ユナさんに買ってもらったチーズの代金で依頼を出したのじゃが、誰も来てくれないんじゃ」
ゴブリンの依頼は不人気って聞いたけど本当なんだね。
「村人の力で追い返しているのじゃが、最近では数も増えて家畜が襲われるのを黙って見ているしかない状況ですな」
このままチーズが手に入らなくなるのは世界の損失だ。
それ以前にわたしが困る。
「わたしがゴブリンの討伐してくるよ」
「何を言っているんじゃ。おぬしのような女の子が、そもそもこの村には一人で来たのでは?」
「一人で来たよ。わたし冒険者だから大丈夫よ」
「じゃが」
「わたしもチーズが無くなると困るのよ。だから、わたしにはこの村を見捨てるって選択肢はないよ」
わたしはゴブリン討伐のため立ち上がる。
「本当に行くのかの?」
「チーズのためにね」
村長に聞いた森にやってくる。
探知魔法を使うと結構いることが分かる。
それじゃ、久しぶりに一人で行きますか。
ゴブリンがいる場所に向かって走り出す。
そして、サクッと終わらして戻ってくる。
「ユナさん、戻られたのかの? 行くのを思いとどまってくれたんじゃな」
村に戻ってくると村長が心配そうに村の入り口で待っていた。
「倒してきたよ。森の中にゴブリンは一匹もいないよ。あとついでにオークもいたから倒しておいたから」
「ユナさん、冗談でも――」
わたしはゴブリンとオークの死体を全て出す。
今後のことも考えて魔物は全て倒してきた。
もう、この付近には魔物はいない。
「ユナさん、これは!」
「だから、倒してきた証拠」
「本当に全てのゴブリンを倒して来てくれたんじゃな」
村長の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「感謝の言葉も出てきませんわい」
村の入り口にゴブリンの死体が山積みになっているのに気づいた村人が集まってくる。
「村長これは?」
「こちらのユナさんが倒してくれたんじゃ。もう、森には一匹のゴブリンもおらん。じゃから、ゴブリンに怯えることも無い。皆もユナさんに感謝を」
村長がそんなことを言うので皆が感謝の言葉をかけてくる。
「もし、魔石が欲しかったら、あげるから自分たちで解体して」
「よろしいのですかな?」
「その代わりに、お願いがあるんだけど」
「なんでしょうかの?」
村長が緊張するように尋ねてくる。
「クリモニアの街まで定期的にチーズを運んでもらえないかな?」
「それは構いませんが、それだけでよろしいのですかの?」
「いいよ。それじゃ、これを渡しておくね」
クマボックスからアイテム袋を5個ほど出す。
「これは、アイテム袋ですかな?」
「これがあれば運ぶのが楽でしょう」
「確かにそうじゃが。わたしどもは何もお礼ができませんぞ」
「気にしないでいいよ。チーズを失うデメリットを考えたら大きすぎるからね」
「そこまでわたしどものチーズを……」
「だから、これからも美味しいチーズをお願いね」
「ええ、分かりましたぞ。一生懸命に作らせてもらいますわい」
それから、村を回り、いろんな家畜を見せてもらう。
駄目もとでチーズの作り方も見せてほしいと頼んだら、快諾してくれた。
村の秘匿の技術じゃないのかな?
そのことを尋ねたら。
「村の恩人であるユナさんに隠すことはありませんのぅ」
と言われてしまった。
ゴブリンを退治しただけで、そこまで恩に感じさせてしまうと、悪いことをした気分になる。
もっとも、チーズの作り方を知ったからと言って他の場所で作るようなことはしないけど。
それから、わたしの歓迎の宴が行われる。
わたしはお礼として村のチーズがどんなに素晴らしい物かを知ってもらうために、石釜を作り、村のチーズでピザを作って村の人に振舞った。