822 クマさん、今後の方針を決める
「それで、あなたたちは、これからどうするの? ベルトラ草は、魔物がいて採取はしてないんでしょう」
「二人が巨大スネイクを倒してくれたから、ベルトラ草の採取に行こうと思う。マーネさんに作ってもらうにしてもベルトラ草は必要だから」
確かに、マーネさんに薬を作ってもらうにも素材となる薬草は必要だ。
「場所さえ教えてくれたら、わたしたちが採取してくるわよ」
マーネさんなら、ベルトラ草がどんな薬草なのか知っている。代わりに採取してくることはできる。
「気持ちはありがたいが、少し見つけにくい場所にあるから、俺たちが採取に行ったほうが早い」
「でも、魔物がいて採取はできなかったんでしょう」
薬草があるとこの近くまで行ったけど、魔物がいて採取ができなかったと言っていた。
「巨大スネイクから2日ほど逃げ回っていたから、魔物も移動しているかもしれない」
つまり、行ってみないと分からないってことだ。
「確認だけど、あなたたちの実力は? さっきは採取するだけなら2人だけの方がいいって言っていたけど。もしもの場合、魔物と戦えないと命に関わるわよ」
それはマーネさんも人のことは言えないんじゃと、心の中で思ったけど。マーネさんの場合、自分の身が守れないから、護衛としてわたしを雇っている。
「一応、俺たちはDランク冒険者だ。俺は剣を使う。リディアは弓がメインだけど、魔法も少し使えるから、多少は戦える」
「流石にあんな大きなスネイクは無理だけど」
あれは大き過ぎる。
ジェイドさんのパーティーぐらいの実力がないと無理だと思う。
Cランクの実力は欲しい。
「それと、さっきも言ったが、魔物との戦闘は避けている。リディアは目と耳が良くて索敵が得意なんだ。魔物が通った跡とか気付いてくれる」
「魔物が通った跡?」
「足跡とか、木に体を擦り付けた跡、ウルフなら毛が落ちているとか見つけて、なんとなく魔物が通った場所が分かるのよ。そういった場所を避けて進むの」
「リディアのおかげで魔物を回避できている。どうしても先に進まないと行けないときは、魔物の種類と数を確認して、倒せる魔物の数と判断したら、リディアが弓や魔法で奇襲をかけて、俺が突っ込んで倒す」
正面から戦うのではなく、遠くから攻撃をして、ダメージを負ったところに攻撃。
魔物だって、いきなり襲ってくる。
お互いに正々堂々と戦う必要はない。
先に見つけたほうが有利に戦うことができる。
わたしだって、探知スキルで居場所を確認して、先に攻撃を仕掛けてる。
「思っていたよりも優秀なのね」
「これしか、戦う方法がないだけさ」
ちゃんと自分たちの戦い方を確立しているなら、偉いと思う。
無理な戦いはしない。
「パーティーを組むことも考えたけど、妹の病気のために他の人に頼めないだろう。頼めたとしても、報酬の分配で言い争いになるかもしれない」
「それに、わたしたちが見つけた薬草の場所を教えることになるから、もしかするとパーティーを解散したあとに、その冒険者が薬草を採取に来る可能性もあるから」
確かに、無いとは言い切れない。
薬草の情報を手に入れることができれば、ゼクトさんたちは不要だ。
もちろん、そんなことはしない冒険者もいる。
でも、組んだ冒険者がしないとは言い切れない。
パーティーを組む相手を間違えれば、薬草を手に入れることができなくなる。
「そうね。森にあるものは誰のものでもない。誰が採取しても、咎められることはないわ」
森の中のものは誰かのものではない。
国が管理するならともかく 一番初めに見つけたからと言って、その人のものになるわけではない。
だから、なるべく他の人に知られないように対処することは、よくあることだと思う。
せっかく苦労して見つけたものを他人に奪われたくはない。
ゲームでも経験値や金稼ぎスポットは知られたくない。奪い合いになるからね。
一通り話を聞いたマーネさんは考え込む。
「ユナ、この子たちを連れて行くか、連れて行かないかは、あなたが決めなさい」
考えていたと思ったら、いきなりそんなことを言い出した。
「わたしが?」
「この中で、一番強いのはあなたよ。ユナにはそれを決める権限がある」
「権限なら、雇い主のマーネさんじゃないの?」
「違うわ。わたしにある権限は頼むだけよ」
「それって、同じじゃ」
「ユナには、それを断る権利がある。雇い主が無理難題を言うかもしれないわ。ユナはそれを断れる。危険な場所にいる場合、一番強い者、経験者が行動を決める権利があると、わたしは思っている。それが、一番、命の危険がないから」
確かに、ドラゴンを倒せとか無理難題を言われたら断る権利はある。
「あえて無理難題を言いたいなら、それを実行する力がある者を高いお金を払って雇ってくるのが、雇い主の役目よ」
そのための冒険者ランクだ。
低ランクでは無理でも、高ランクになれば可能かもしれない。
「だから、この場で最終決定を決めることができるのはユナなのよ」
押し付けられていると思うけど、正しい。
「ちなみに、わたしは戦闘では役立たずよ」
マーネさんは、なぜか胸を張って言う。
そうは言うけど、スネイクが嫌う液体は役に立った。
「薬草の採取なら、俺たち2人だけで」
「わたしたちに薬草の場所を知られたくない気持ちは分かるわ。でも、さっきの巨大スネイクが、森に入ってすぐの近場に出るなんて異常よ」
「そうなの?」
「この森は深いわ。どれだけ広がっているか分からない。昔にサーニャが召喚鳥を使って調査しようとしたけど、空を飛ぶ魔物に襲われて、すぐに中断したそうよ。ただ、サーニャ曰く、『森はどこまでも広がっていた』と言っていたわ」
サーニャさん、来たことがあったんだ。
それとも、王都から召喚鳥を飛ばしたのかな?
クリモニアまで飛んで来たことがあったから、可能だと思う。
「それがたった2日、森に入っただけで、あんな魔物に襲われるなんて」
「2日?」
「2人は森に入って2日なのか?」
「そうだけど。2人は?」
「……10日です」
「魔物を避けて、遠回りしたせいね。それがユナとあなたたちの実力の差よ」
褒めてくれるのは嬉しいけど。
移動はくまゆるとくまきゅうがいてくれたからだ。
くまゆるとくまきゅうがいなかったら、わたしはともかく、マーネさんは徒歩になり、時間がかかったと思う。
「……兄さん」
「……分かった。彼女……」
ゼクトさんが、わたしを見る。
「ユナでいいよ」
マーネさんは年上だから「さん」付け呼びにしたけど、年下のクマの格好したわたしの呼び方に悩んでいた感じだったので、自分から答える。
「ユナがいいなら、頼む。俺たちも一緒に連れて行ってくれ。もし、危険な状況になったら、俺は見捨てても構わない。でも、リディアだけは守ってくれ」
「……兄さん!」
わたしが見捨てる前提?
まあ、ゼクトさんからしたら、2人の妹が大切なんだろう。
「ユナ、それでどうするの?」
どうするのもなにも、拒否はできない雰囲気でしょう。
わたしは考える。
個人的なことを言えば足手まとい。
わたしのメリットは道案内ぐらいだ。
もう少しメリットがほしい。
「そうだね。めぼしい薬草とかの生息地を知っていたら、マーネさんに教えてあげて」
「それは……」
「別に奪うつもりはないよ。目的の薬草が手に入れば、この森に来るのは今回が初めてで最後だし」
「そうね。わたしには用はないわね。それに、さっきも言ったけど、あなたたちと取り引きができれば問題ないわ。今後、この森の薬草が必要になれば、あなたたちに頼めばいいことだし」
「……分かった。それなら、案内する」
取り引き成立だ。わたしにメリットはないけど、マーネさんにメリットができたから、よしとする。
「あと、わたしの指示には従ってもらうからね」
「分かった」
「よろしくね。ユナちゃん」
2人は了承してくれる。
これも巨大スネイクを倒したおかげみたいだ。
そして、リディアさんはユナちゃん呼びらしい。
「それじゃ、一緒に行くなら、くまゆるとくまきゅうを紹介するね。黒いクマがくまゆる。白いクマがくまきゅう。わたしの召喚獣だよ。なにもしなければ、襲わないよ。でも、わたしたちに、なにかをしようとしたら、襲うから気を付けてね」
一応忠告はしておく。
ゼクトさんたちが襲いかかってくるとは思わないけど。なにが起きるか分からないのが人生だ。
いきなり、クマの着ぐるみを着せられて異世界に飛ばされることもある。
それに比べたら、冒険者に襲われる確率のほうが高いと思う。
「くまゆるとくまきゅうね。可愛らしい名前ね」
「この子たちは魔物が近くにいれば教えてくれるから、安心していいよ」
「それじゃ、わたしの出番はないわね」
「でも、なにか気付いたことがあったら教えて」
話もまとまり、わたしたちは洞窟を抜けることにする。
わたしはくまきゅうに、マーネさんはくまゆるに乗り、2人は歩く。
「出口まで、どのくらい?」
「そんなに遠くない」
「巨大スネイクに襲われて、少し走った程度だ」
ゼクトさんの言うとおりに、しばらく歩くと、外の光が見えてくる。
探知スキルを使う。
出口の方面には魔物はいない。
「それにしても、本当にスネイクが近寄ってこないな」
「わたしたちが通ったとき、何度も襲われたわ」
「わたしが作った薬よ。効果があるのは当たり前でしょう」
それ以外にも、くまゆるとくまきゅうがいることにも襲ってこない理由があるかもしれないけど、黙っておく。
薬が巨大スネイクに効果があったのは事実だ。
そして、わたしたちは無事に洞窟を出ることができた。
一緒に行くことになりました。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。