794 リーゼ、頑張る
ユナさんとカガリちゃんが家から出て行きました。
わたしは2人が見えなくなるまで見送ります。
小さいカガリちゃんが見えなくなり、黒いクマさんの格好しているユナさんの姿も見えなくなります。
「……行ってしまったな」
お父様がユナさんたちが歩いて行ったほうを見ています。
「……うん」
「不思議な女の子たちだったな」
本当に不思議な女の子たちだった。
クマの家を初めて見たときも驚いたけど、クマの家からクマの格好したユナさんが出て来たことにも驚いた。
ベンデお爺ちゃんやバランさんたちは、このままお屋敷に残り、お父様が呼んだ人たちを待ちます。
その間、ベンデお爺ちゃんたちの話を聞きます。
「初めは信じてくれなかった。でも、最後には半信半疑だったが信じてくれたよ」
「俺たちも同様だ」
「だから、簡単に信じてくれないと思うぞ」
お母様やお姉ちゃん、家で働く使用人たちは、わたしを見て、信じてくれた。
もし、わたしが成長していなかったら、信じてくれなかったと思う。
「だから、わたしも一緒に参加します。きっと、わたしを見れば理解してくれます」
「そうか、わたしたちと違って、3年前の嬢ちゃんを知っていれば」
「はい。みなさんは子供のときから、わたしのことを知っています」
お父様は、この街の領主です。
わたしも何度も一緒にいました。
「幼かった嬢ちゃんが、こんなに綺麗な女の子になっていれば、これほど証明するものはないか」
ベンデお爺ちゃんたちが、わたしを見ます。
綺麗とかは別として、成長しているのは間違いないです。
そして、しばらくすると街の重鎮たちが家にやってきました。
みんな、呼ばれた理由が分からない表情をしています。
「ボラード様、わたしたちを呼んだ理由はなんでしょうか?」
商業ギルドのギルドマスターのメーゲンさんが代表としてお父様に尋ねる。
「まず、これから話すことは噓でも冗談でもないから、最後まで聞いてほしい」
お父様はお母様に説明したのと同じように、氷竜によって3年間街が凍っていたこと。住民も凍り付いていたこと。
そして、数日前に現れた2人の女の子によって氷竜が立ち去ったことを話す。
「……」
「……」
「……」
呼ばれた全員が顔を見合わせる。
「そんな冗談はよしてください。建物はもちろん、資料関係も水浸しで片付けが大変なんです」
静かに聞いていたメーゲンさんは呆れたように言います。
「3年間も凍っていて、生きていられるわけがないだろう」
冒険者ギルドのギルマスのグラゾさんも信じてくれません。
わたしもみんな凍って、死んだものだと思っていました。
「鉱山がどうなっているか確認して、船が来るまでに鉄鉱石の用意もしないといけない」
「いや。船は来ないから大丈夫だ」
船は来ません。
この街は見捨てられて、船は近寄らなくなりました。
「契約をしているんだ。来ないわけがない」
誰しもが昨日のような出来事で話します。
ベンデお爺ちゃんやバランさんたちが説明しても、信じようとはしません。
わたしは静かに立ち上がります。
「皆さん、お久しぶりです。リーゼです」
わたしは、みんなの顔を見ながら挨拶をします。
目は逸らさない。
「リーゼちゃん?」
「はい、お久しぶりです。メーゲンさん」
メーゲンさんはわたしを見て驚いた表情をします。
やっぱり、わたしに気付いていなかったみたいです。
「本当にリーゼちゃんなのか?」
まだ、幼かったわたしが、3年も成長して驚いているみたいです。
「メーゲンさんにとっては、わたしに会ったのは数日前と思いますが、わたしにとっては3年前です。皆さんはお父様たちの言葉を信じられないことだと思います。お母様も初めは信じてくれませんでした。でも、お父様やベンデお爺ちゃんたちが言っていることは本当のことです。氷竜の出現により、他の街との交流は絶たれ、誰もこの街に来ることもなくなりました。だから、お父様が言うとおり船が来ることもありません」
「本当にわたしたちは3年も凍っていたのか?」
「リーゼちゃんの親戚の子とか」
わたしを見ても、まだ半信半疑みたいです。
「わたしが幼いとき、メーゲンさんの大切な資料に落書きをして、困らせたことがありましたね。それから、奥さんと喧嘩して、幼いわたしに愚痴を言っていたことも覚えていますよ」
「本当に、リーゼちゃんなのか!?」
メーゲンさんは「本当に3年も」と小さい声で呟き始める。
わたしは次にグラゾさんを見る。
「わたしが冒険者ギルドに遊びに行った時、冒険者の顔を見て、泣いてしまい、グラゾさんを困らせたことがありましたね」
「ああ、あったな」
「あと冒険者が亡くなったとき、一人で泣いていましたよね」
「嬢ちゃんには、あのとき、見られていたな」
騒いでいたみんなが落ち着き始める。
「リーゼちゃん、本当に、わたしたちは3年間、凍っていたのか?」
「はい。だから、他の街から船は来ません。そうなれば、どうなるか分かりますか?」
「必要とする物資が届かなくなる」
「そうです。みなさんが理解するのが遅くなれば遅くなるほど、事態は深刻なことになります。物が買えません。物を売ることもできません」
物資が届かなければ、多くの人が困ることになります。
鉱山から掘り起こされる物を売ることができなければ、困る人はさらに増えます。
「だから、どうかお父様の言葉を信じてください」
わたしは頭を下げる。
「ボラード様、本当のことなんですね」
「リーゼちゃんのそっくりな人じゃないんだな」
「事実だ。この3年間、何があったか聞いてほしい」
お父様やベンデお爺ちゃんたちが、この3年間の出来事を話す。
誰しもが信じられないような表情をしますが、静かに聞き、ときおり質問をする。
「氷竜が山頂に棲みついて3年……」
「卵を産むために……」
「街に船は来たが、氷竜がいると知ると誰も近寄らなくなった」
「それじゃ、本当に、今日来るはずの船は」
「来ることはない」
今日来る予定だった船は3年前のことだ。
「今後、来る予定の荷物も」
「来ることはない」
「掘った鉄鉱石を買いに来る船も」
「来ない」
商業ギルドのマスターや鉱山の関係者たちは信じられないといった表情をします。
買うことも売ることもできない。
「だから早く。交友関係にあった街に連絡をして、3年前に戻さないといけない。それも簡単なことではない。わたしたちの街は氷竜によって、滅んだと思われている。それを説明して、取り引きの再開を求めなければならない。でも、それは簡単なことではない。相手も、新たな取引先を見つけているはずだ」
「そうだな。本当に3年も経っていれば、違う場所から鉄鉱石を仕入れているはずだ。そこに買ってくれと頼んでも、今までどおりに買ってくれんだろう」
新しい取引先があれば、わたしたちの街から買う必要がない。
「仕入れもそうだ。頼んだからといって、すぐに用意ができるものじゃない」
わたしたちが食糧が欲しいと頼んだからと言って、簡単に用意ができるものではない。
小麦粉だって、新しい取り引き先を見つけ、そちらに卸しているはずだ。
「ボラード様が言っていることが事実なら、大変なことになる。いや、事実なんだろう」
みんながわたしを見る。
その目はカガリちゃんが言っていたとおりに、不思議な物を見るような目。
このような目を、これからも向けられることになる。
もし、カガリちゃんに言われていなかったら、心構えができずに、耐えきれなかったと思う。
カガリちゃんに前を向いて頑張ると約束をした。
だから、俯かない。
わたしのことを見て、お父様のことを信じ、動いてくれるなら、どれだけ見られても平気です。
「分かりました。それで、わたしたちはどうしたらいいのですか?」
わたしがみんなを見ていると、メーゲンさんが尋ねてくる。
どうやら、信じてくれたみたいです。
わたしたちは、これからどうするか話し合い、それぞれに役割が決められる。
商業ギルドと商人たちには至急、他の街に向かってもらい、街の現状を伝え、少しでも3年前と同じ関係になるように交渉をしてもらいます。
「それと、鉱山の一部の建物は氷竜によって壊され、地面も大変なことになっている。修復しないと馬車で移動できない」
氷竜の降りた場所には大きな段差ができ、馬車では通れません。
商業ギルドマスターであるメーゲンさんが状況を確認次第、至急職人たちを向かわせると言う。
「あと山頂の一部も崩れたりして、大変なことになっているので気を付けてください」
わたしは山頂から見た状況を伝えると、確認を含めて氷竜がいた巣に冒険者を向かわせることになりました。
あと、大きな問題が一つ残っています。
街の住民たちにどうやって伝えるかです。
「わたしが領主としての役目として話すが、皆と同じように話しても簡単には信じてもらえないだろう。だが、話さないといけない。理解してもらわないといけない。物資が届かない理由も理解してもらわないといけない。皆には、手伝ってほしい」
「商人組合には、わたしから伝えましょう。そこから、話を広げていけば、少しずつ広がっていくでしょう」
「実際問題、俺も半信半疑だが、冒険者には俺たちのほうから伝えておく。船の護衛として乗せて、他の街からこの街の話を聞けば信じるだろう」
現状では、外からこの街の状況を知ることが、理解への早道かもしれません。
「そういえば、別の氷竜がやってきて、クマの格好した女の子と、幼い子供が氷竜と戦って、追い払ったって本当なのか?」
「事実だ」
「その女の子たちは?」
「引き止めたが、今日、帰って行った。信じられないことは分かっている。氷竜の角や鱗があるから、確認してほしい」
お父様は、氷竜の角や鱗を見せることで、事実である証明をします。
氷竜の角と鱗を見たみんなは驚きの表情をし、商業ギルドマスターのメーゲンさんは目を輝かせていた。
「これはどうするんですか?」
ユナさんたちには街の復興にと言われています。
でも、それは街の人が亡くなり、たくさんの人の手が必要になるからとの理由でしたが、街の住民は生きていました。
「今のところ、どうするつもりもない。この街を救ってくれた恩人から譲ってもらった物。慌てて決めるつもりはない」
お父様の言葉にメーゲンさんは残念そうにします。
わたしもお父様の言うとおりに、売る必要はないと思います。
街の人たちは生きていました。
氷漬けだった街は大変なことになっていますが、住民が生きているなら、みんなで頑張れば大丈夫です。
そして、この家に集まったみんなが、それぞれが動き出します。
「リーゼ、ありがとうな」
お父様はお礼を言います。
「おまえが話してくれたから、みんな信じてくれた」
役に立てたならよかった。
前回の投稿をお休みして申し訳ありませんでした。
投稿ができない場合、今回のように活動報告やX(旧Twitter)にて、報告させていただきます。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。